25
日が完全に落ちる前にとライザは部屋のランプに火を灯す。
薄っすら暗かった部屋が明るくなる中でエリザベスはベッドの下を覗き込んで何かを引っ張り出している。
「何かお探しですか?」
ライザも手伝おうと近づくと、エリザベスは取り出した物を誇らしげに見せてきた。
エリザベスが手に持っているのは銀色の細い剣。
所々、綺麗な模様と宝石のようなものが付いており装飾が美しい。
「飾りじゃないわよ。ちゃんとした剣。あの男が来るか分からないけれど、私に仕返しに来る予感がするわね」
エリザベスは剣を鞘から抜いて点検をしている。
「エリザベスの勘は外れたことが無いから確かだろうな」
ヴィンセントが頷いているのを見てライザは首を傾げた。
「国を追われてわざわざここに?」
エリザベスは剣を手に持ったまま大きく頷いた。
「そうよ。結婚しろと命じたエリザベスを国に一回帰して、すぐにクーデターを起こしたということは、姫の事を大切にしていたに違いないって馬鹿でも思うわよ」
「国同士でいざこざを起したくないと思ったのではないですか?」
「それもあるわよ。だからこそ、いざこざを起してやろうとも思う男よ。姫を殺しに行けば国同士が対立するってね。次に王になる人が大変な目に合うということよ。ただ、私は殺されるような玉じゃないわよ」
「王はライザが入っていたエリザベスの事を軟弱だと思っているだろうからな。早く来るといいな。一発殴ってやらんと気が済まん」
優しそうだったブルーノが恐ろしい顔でニヤリと笑った。
この中で一番まともなのはもはやヴィンセント王だけだとライザはエリザベスから距離を取った。
ドアがノックされてすぐにヴィンセントの護衛騎士が顔を出す。
「ヴィンセント様、ヤツがこちらに向かっていると報告が。いかがしますか?」
ヤツとはアレクサンドル王の事だろう。
青ざめるライザと違い、部屋に居た三人は笑みを浮かべている。
「俺達が捕まえるのに手を貸そう。庭で迎え撃つぞ」
ヴィンセントの言葉にブルーノは肩をまわしながら嬉しそうだ。
「よしよし。俺は2発ぶん殴る。俺の分とエリザベスの体を傷つけた分だ」
「私はできる限りヤッてやるわよ」
意気揚々としたブルーノとエリザベスの声に護衛騎士が顔を曇らせた。
「あの、殺してしまうのはまずいかと思いますが」
「大丈夫だ、殺しはしない。……多分な」
ヴィンセントはチラリとやる気に満ちている二人を見て小さく呟いた。
肩をまわしながら部屋を出て行く3人の背にライザは小さく尋ねてみる。
「あの、私はここに残っていてもいいでしょうか」
「何言っているの、アンタもあの男に一発やってやりなさいよ。ほら、行くわよ」
そう言ってエリザベスはさっさと部屋を出て行ってしまう。
不安な顔をしているライザに見守っていた護衛騎士が慰めるような顔で頷いて外に出るように促した。
「できれば一つにまとまってくれていた方が護衛しやすいので姫様達の傍に居てくれると助かります」
「……わかりました」
そう言われては仕方ない。
ライザは観念して重い足取りでエリザベス達の後を追った。
屋敷の外に出るとすでに護衛騎士達がそれぞれ持ち場に立ち警戒しているのが見えた。
いつの間にかかがり火も焚かれていて山に囲まれている庭は明るい。
あからさまに待っていますというような状況で本当にアレクサンドル王はやってくるだろうか。
もし血塗れ王が来たらと不安だったが、最強のヴィンセントとブルーノが迎え撃てば勝てるのではないかと思ってくる。
せめて邪魔にならない様にと仁王立ちしている3人の背後から離れて見守ることにした。
エリザベスもいつの間にか剣にベルトを付けて腰に差してやる気満々だ。
ライザが辺りを見回していると、館の背後から息を切らした騎士が走って来た。
仁王立ちしているヴィンセントの前に来ると敬礼をする。
「報告します。アレクサンドル王と5名の騎士達が館までの一本道へと入りました」
「我らが追っていることは勘づかれていないだろうな」
ヴィンセントが言うと息を切らしている騎士が頷く。
「もちろんです。追手には気づいていないほどかなり激怒しながら馬を走らせています。左わきに創傷があるものと思われます。深さは分かりませんが、微量の出血があります。他の5名の騎士達もそれぞれ手負いです」
「フン、着替える暇もないほど慌てて国を出たか」
ブルーノはしたり顔で無精ひげを触りながらアレクサンドル王が来るであろう館に続く一本道を眺めている。
「一応、アレクサンドル王を国から追い出すことは成功したって感じね。早く捕まえないと返り討ちに会いそうだけれど。ヒョロ男とその弟だもの、弱い二人にはあの男を捕まえられなかったのね」
ワンピース姿に剣を差して凛と立っているエリザベスの姿が美しすぎてライザは目が離せなくなった。
金色の髪の毛を一つにまとめて怒りを称えた笑みを浮かべている姿はまるで戦いの神のように神々しい。
(やっぱり、中身が姫様じゃないとあんな風に美しくはならないわ)
外側だけ美しくても、中身が伴わないと凛とした美しさもエリザベスっぽさも無くなるのだろう。
「来たぞ」
ライザの耳には何も聞こえないが、ブルーノは呟いて剣に手をかけていつでも抜けるように身を低くする。
それに合わせてエリザベスも剣を抜いた。
ヴィンセントは二人の背後から腕を組んで一本道を眺めている、
しばらくすると馬の足音が聞こえてきて護衛騎士達も一斉に剣を抜いてアレクサンドル王一行を迎えた。
砂ぼこりと共に集団で馬に乗っていた一行が館への一本道を走ってくる。
先頭に鬼の形相をしたアレクサンドル王が剣を抜きながら走ってきている。
「こ、こわい」
お腹を蹴られたことを思い出し恐怖でライザは一歩下がる。
「お前らを殺して国をめちゃくちゃにしてやる」
地を這うような大きな声で叫ぶアレクサンドル王にヴィンセントは肩をすくめた。
「意味不明なことを言っているぞ。とうとう頭もやられたようだな」
「元からじゃなくって?私たちを殺しても国はめちゃくちゃにならないわよねぇ」
エリザベスが面白そうに言うとブルーノも頷いた。
「まったくだ。あれだけバカでよく王をやっていられたな」
「ルディ殿とブルーノ殿が裏でほとんどやっていたらしいぞ。馬鹿な王は権力を振りかざしてふんぞり返っていただけらしい」
「早く殺せばよかったのに」
ヴィンセントの言葉にエリザベスが馬鹿にしながら言った。
3人の呑気な会話をしているうちにもどんどんアレクサンドル王は近づいてくる。
「ひぃぃ、大丈夫ですか?私がここに居ても」
ライザが悲鳴を上げると同時に、一斉に騎士達が動き出した。
「アレクサンドル王は我らが相手する!」
ブルーノが叫ぶと、剣を抜いていた騎士達は一斉にアレクサンドルの後ろを走っていた部下たちに斬りかかった。
馬に乗るアレクサンドルの部下たちを馬から振り落とし地面に転がった男たちを一斉に騎士達が押さえつけた。
抵抗する間もなく男達を拘束していく。
「凄い!」
巻き込まれないように悲鳴を上げながらライザは呟いた。
あっという間にアレクサンドル王の部下たちは抵抗できないように拘束されている。
「我らの敵ではないという事」
剣を振りかざしているアレクサンドル王をヴィンセントは睨みつけた。
「うぉぉぉ!殺してやる!」
部下がやられたことに気づかないのか、気にしていないのかヴィセントの前に立っているエリザベスを睨みつけてアレクサンドル王は叫んで真っすぐに走ってきている。
アレクサンドル王が乗る馬はエリザベス達のすぐ傍だ。
常軌を逸しているアレクサンドル王にエリザベスは肩をすくめた。
「頭が可笑しくなっているじゃない?」
「そんな呑気に……やられますよ!」
馬の上から剣を振り下ろしたアレクサンドル王を前にエリザベスは呑気に無駄口を叩いているのを見てライザは可笑しいと思いつつ姫様の背に言うがエリザベスは余裕の表情だ。
姫様がやられてしまうとライザは恐ろしくて目を閉じた。