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「二階の私の部屋へ行きましょう」
エリザベスはそう言うとさっさと部屋を出て行く。
「失礼します」
ライザも慌てて二人に頭を下げるとエリザベスの後を追って部屋を出た。
廊下に出ると護衛騎士達が並んで立っていた。
その間をライザは頭を下げながら歩く。
「2階へ行くから邪魔をしないでね」
偉そうにライザの姿をしたエリザベスが護衛騎士達に言うと、彼らは信じられないものを見ているような顔をしながらも頷いた。
頭を下げているエリザベスが珍しすぎて目をまるくしている者もいる。
階段を上がり長い廊下の突き当りの部屋へとエリザベスは入っていく。
続いてライザも部屋に入ると、広い二間の部屋だった。
ベッドとソファーと机が置いてあり、そのほかの物は何もない。
「たまに避暑に来ているところなのよ。ここが私の部屋ね」
エリザベスはそう言うとベッドの上に腰かけた。
偉そうな態度をしている自分の姿を見るのは心が痛む。
ちっとも自分が偉そうにしている姿は似合わないし逆に不快感だ。
エリザベス姫ぐらい美しい女性であれば偉そうな態度をしていてもここまで嫌感じはしない。
ボーっと見ているライザにエリザベスは顔をしかめる。
「バカみたいにボーっとしてんじゃないわよ」
「すいません。自分の姿を客観的に見ることは初めてで、気持ち悪いものですね」
「そりゃ、そうでしょうよ。私も自分の姿を見ていると気味が悪いわ。その自信がなさそうな態度やめて下さる?もっと姫様らしくドンとしていなさいよ」
「すいません」
エリザベスがいつも偉そうにしているのは性格からくるものもあるのだろうが、姫様らしくというのが根底にあるのかとライザは納得する。
(偉そうな態度は姫様なりに意味があったのね)
じっとしているライザをエリザベスは睨みつける。
「ほら、さっさとお香に火を付けなさいよ。血塗れ王を失脚させしようとしているみたいだけれど、あの男がそんなことでやられるとは思わないわ」
「と、いいますと?」
首を傾げるライザにエリザベスはイライラしながら声を荒げた。
「アンタ馬鹿ねぇ。あの男がむざむざとやられる玉じゃないって言っているの。きっと嫌がらせにこの場所に来るかもしれないわよ。あの女と関わったから俺のツキが落ちたとか糞みたいな理由を言って、私たちを目の敵にするかもしれないわ」
「そんなバカな……」
そう言いつつも、急に暴力を加えたりする行動から通常の思考は持っていないからありえるかもしれないとライザは首を傾げつつ頷いた。
「ほら、思い当たるんじゃない。さっさと体を元に戻しましょう。そうしたら晴れて私はブルーノのお嫁さんよ」
妻になれることを想像しているのか、めずらしく上機嫌なエリザベスを見ながらライザはお香を皿の上に置いた。
マッチを擦って火をつける。
「火を付けました」
「テーブルの上に置いて、私の隣に座りなさい」
偉そうに命令されてライザは言われた通り、テーブルの上にお香が乗った皿を置いてエリアベスが座っているベッドへと向かう。
「横に失礼します」
エリザベスが頷いたのを見てライザは恐々とベッドに腰かけた。
「アンタは、元に戻ったらヒョロ男と結婚する予定なの?」
真剣に聞いてくるエリザベスにライザは首を振った。
「そんなこと考えたこともありません」
「ヒョロ男は結婚させてくれとお兄様に言ったみたいだし。アンタだってあの顔気に入っていたじゃない」
「そんな、ルディ様は王族の方ですし。私なんて釣り合いが取れないです」
ボソボソ言うライザにエリザベスは眉をひそめた。
「くだらないわねぇ。身分とか合わないとか関係ないわよ。自分がやりたいことをやればいいのよ。嫌なら断ればいいし、結婚したいのであれば一応侍女としてアンタの事は気に入っていたから保証人にはなるわよ」
意外な優しい言葉にライザの目に涙が溜まる。
「姫様ぁ。ありがとうございます。私なんかでいいのでしょうか」
「“私なんか”って自分を過小評価している人間には無理ね。自信を持てば行けるわよ。だって他人なんて関係ないんですもの」
「……なんだか、姫様を尊敬します」
我儘姫だと思っていてすいませんと心の中で謝ってライザは感動のあまり姫様の手を握った。エリザベスは気味が悪いというように慌てて手を振りほどこうとするがガクリと力が抜ける。
「なんだか、眠くなってきたわ」
「……私も眠いです」
ライザも眠気の為に呂律が回らなくなってきている。
瞼が重くなり開けているのもやっとの状態で隣のエリザベスをゆっくりと見た。
エリザベスは目を閉じてフラフラとベッドへと横になっているのを見て自分も寝ようと目を閉じながらベッドへ横になる。
(目を開けたら元の体に戻っていますように)
眠りに落ちていく意識の中でライザは心から願った。
どれぐらい寝ていたのだろう。
深い眠りの中で肩を強く揺すられてライザは目を開けた。
「やっと起きたわね。グータラ寝ているんじゃないわよ」
「すいません」
エリザベスの凛とした声にライザは慌ててベッドから起き上がった。
何度か瞬きをして偉そうに立っているエリザベスの姿を見つめた。
目の前に美しいエリザベス姫が立っている。
恐る恐る自分の体を見下ろすと見慣れた小さい胸が見える。
髪の毛を触ると肩まである赤茶色の毛が見えた。
「元に戻ったわよ。良かったわね」
自分の体を確かめているライザにエリザベスは手鏡を手渡した。
「ありがとうございます」
頭を下げて手鏡を受け取り、自分の顔を確認する。
長年見慣れた平凡な顔が鏡に映り、ライザは安堵の息を吐いた。
「よ、良かった!戻りましたね!」
「これで私はブルーノと結婚できるわ。アイツったら別の体だからと言って抱きしめてもくれなかったのよ!」
眉を吊り上げて怒っているエリザベスにライザは愛想笑いをしながら頷く。
「ずいぶん硬派な方ですね」
我儘なエリザベス姫が愛する人の意外な一面に驚くライザにエリザベスは自分が褒められたように嬉しそうだ。
エリザベスの体でルディに抱きしめられたことは口が裂けても言えない。
「真面目なのよ。私と結婚ができないって言い続けていたのは彼が初婚じゃないからよ。僕は君にふさわしくないってね。そんなこと私気にしないのに」
「えっ、前の奥様は?」
確かに初婚ではないのならヴィセントも渋るはずだ。
「かなり前に亡くなったわ。前の奥さんも愛していても構わないのよ。前妻を愛しているブルーノの事が好きだから傍に居たいと思っているの」
「そうだったのですね。素晴らしいですね」
乙女のような顔をして言うエリザベスにライザはまた感動をする。
やはりただの我儘ではないのだ。
尊敬のまなざしで見つめているライザをエリザベスは睨みつけた。
「アンタ、私の体で何をしていたのかしら?お腹に酷い痣があるのだけれど」
かなり怒っている様子のエリザベスにライザは必死に頭を下げた。
「す、すいません言い忘れていました。アレクサンドル王が突然訪ねてきまして。急にお腹と胸のあたりを蹴られました」
「なんですって!もちろんやり返したのでしょうね!」
ギリギリと歯を食いしばって言うエリザベスにライザは首を振った。
「やり返すなんてとんでもないです。あっという間に蹴られて、廊下に倒れて痛みで起き上がることもできませんでした。そのおかげで、アレクサンドル王は姫様に興味を無くして去って行きました」
「攻撃ぐらいちゃんと防ぎなさいよ!やられた分の100倍返ししなさい!」
「そんな無茶ですよ!」
「やられたらやり返す!そのために私は剣の稽古をしてきたのよ!ちょっとした男には負けないわ!」
「アレクサンドル王は凄い迫力で、とても恐ろしい人でした!姫様もやり返すなんてそんなことしないでください。死にますよ」
「私はそんなヤワな体ではないわよ!」
怒るエリザベスを宥めているとドアがノックされた。
ライザはエリザベスに落ち着くように笑みを浮かべてジェスチャーで伝えドアを開ける。
ドアの前に立っていたのは大きな体をしたブルーノとヴィンセント王だ。
「おっ、戻ったのか」
ドアを開けたライザを見てブルーノがにやりと笑っている。
「……よく、一目でわかりましたね」
驚くライザにブルーノは無精ひげを右手で触り少し考えている。
「そうだな。目の輝きと雰囲気が違うな」
「凄いですね」
思わず愛の力ですねと言う言葉をのみこんでライザは頷いた。
「ちょっと厄介なことになりそうだ」
鋭い眼光をライザと部屋の奥立っていたエリザベスに向けてブルーノは低い声で言った。
ドアを大きく開けて巨体を部屋に滑りこませると、後ろからヴィンセントも素早く部屋に入ってくる。
「勝気なエリザベスに戻ったか……」
腕を組んでいるエリザベスを見てヴィンセントは残念そうだ。
「実の妹が元に戻って普通は喜ぶものじゃなくって?」
エリザベスに睨まれてもヴィンセントは首を振った。
「ちっとも。可愛い顔をした優しい妹が理想だったから非常に残念だ」
「失礼ね。それで、厄介なことってなにかしら?」
静かにドアを閉めたのを確認してエリザベスが不機嫌な顔をして言うとヴィンセントは大きく息を吐いた。
「ルディ殿たちは、血塗れ王の拘束に失敗したということだ。王に心酔している部下とともに国を出たという報告が来ている」
「往生際が悪い男ね」
エリザベスは鼻で笑っているが、彼を直接見ているライザはこの館に彼が来るのではないかと不安になってくる。
ルディとロバートは無事なのだろうか。
そんなライザの顔色を見てヴィンセント口の端をかすかに上げて笑った。
「ルディ殿とロバート殿は無事だ」
「よかったです」
ホッとしているが顔色が悪いライザを見てエリザベスは馬鹿にした顔をしてくる。
「あんた、あの男がここに来るかって心配なんでしょ」
「よくわかりましたね」
驚くライザにエリザベスは偉そうにうなずいた。
「アンタの事なんてすぐわかるわよ。ここに来たって返り討ちにしてやるだけよ。私の腹を蹴って酷い痣を付けた仕返しはしたいから是非来てほしいわね」
「なに、エリザベスを蹴ったのか!あの男は!」
穏やかだったブルーノの顔が眉間に皺を寄せて目つきが鋭くなった。
人を殺しそうなほど殺気立っているブルーノの気迫にライザは思わずエリザベスの陰に隠れる。
3人の中では一番穏やかそうな人に見えたがさすが、エリザベスが惚れるだけの事はある。
今にも剣を抜きそうな勢いのブルーノを見てライザは頷く。
「確かに、アレクサンドル王がこの場に来ることは自殺行為ですね」
ブルーノもヴィンセントも大柄で剣の腕は一流だ。
二人を相手にしていたらさすがのアレクサンドル王も敵わないだろう。
そう思うと安心してライザは何気なく窓の外を見た。
辺りは薄暗くもうすぐ日が落ちようとしていた。