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フト目覚めるとまだ辺りは暗い。


どれぐらい眠っていたのだろうかと時計を見ると5時前をさしていた。

窓から見える空は真っ暗なので夜明け前なのだろう。

シンと静まり返った空気の中そっとベッドから降りる。


「いたたたっ」


蹴られた胸よりも、お腹に痛みが走り庇いながなんとか立ち上がる。

想像していたよりも痛みは深刻ではなさそうで一安心をしつつ、バスルームへと向かった。

鏡に映るエリザベスは起き抜けでも美しい。


「顔を殴られなくて良かったわ」


どの角度から見ても美しい顔が無事で良かったとライザは鏡を見ながら呟いた。

エリザベス姫ならば蹴られたときにどういう対応をしていただろうか。

そもそも、ブルーノやヴィンセントに鍛えられていたのであればそもそも殴られることも無かったかもしれない。


中身が違っていれば体が覚えているわけでないらしい。


とっさに防御も怒鳴ることもできなかった。


怒鳴ることをしなかったためにアレクサンドル王の興味が無くなったのは良かったのだろうか。

ライザはスッキリしない気分のまま軽く身支度を整えるともう一度鏡を見た。

青い瞳の美女が自分を見つめ返している。


「私もこんなに美人だったら、ルディ様とつり合いが取れたのかしら」


それでも早く自分の体に戻りたいと一つ息を吐いて痛むお腹を押さえながらバルコニーへと向かった。

少し新鮮な空気を吸いたいと窓を開ける。

夜明け前のひんやりとした空気が火照った顔に当たる。


お腹を押さえながらゆっくりとバルコニーに置いてある椅子へと座った。


辺りはまだ薄暗く、三日月が出ているが山の向こう側に視線を向けると空が明るくなり始めている。


椅子に座りながら空を見上げ、新鮮な空気を吸い込んだ。

森の匂いに気分が落ち着いてくる。

不安だった気分が落ち着いて、ゆったりとした気分で日が昇るのを眺めていると後ろから声を掛けられた。


「寒くない?」


「わっ!」


人が居ると思わず、驚いて声を上げてライザが振り返るとルディが立っていた。


身支度も完璧にしている彼は寝起きという雰囲気ではない。


「驚くので気配を消して後ろから声を掛けないでください」


ドキドキする胸を押さえつつ、ライザは何度目かのお願いをした。

ルディは軽く肩をすくめて手に持っていたブランケットを手渡してきた。


「気配を消しているつもりは無いけれど気を付けるよ。寒いから羽織るといい」


「ありがとうございます」


もうすぐ夏といえども、森の中の屋敷の朝は冷える。

肌寒かったのでありがたく、お礼を言ってライザはブランケットを肩から掛けた。


「体は大丈夫?」


ライザの横に立って心配そうに聞いてくるルディにライザは頷いた。


「ルディ様の言う通り、折れても無く大丈夫そうです。ちょっと青くなっていますけれど内臓も腫れている感じしませんし。痣程度だと思います」


「それは良かった。僕の兄が申し訳ない事をしたね」


ルディに謝られてライザは首を振った。


「ルディ様のせいではないですよ」


「そうだけれどね……。あの兄を野放しにしているのは僕のせいでもある。僕もロバートも兄とあまりかかわらないようにしているから……。今、城の中は大変らしい」


「そうなんですか?」


ライザが働いていた城は、仕事は忙しかったがヴィンセントが暴力を振るったなど聞いたことが無い。逆にエリザベス姫の我儘の噂は酷いという噂はあったが、それは真実だった。

それでも、アレクサンドル王のように人を突然蹴ったりすることは無かった。


「父が死んで約一年。兄は酷くなっていった。誰も注意する者が居なくなったからだろうね。今までは父の手前、兄もいろいろ押さえていたのだろう。今では気に入らない人間を痛めつけて突然殴ったり酷い時は殺してしまうようになった……」


「……酷いですね」


噂には聞いていたが本当にそんな王が存在するのだろうかと思っていたが昨日の様子ではやりそうだなとライザは思った。


「もともと粗暴な人だったが、ここ数か月はかなり酷くなっているようだね。兄上の部下が言っていたよ。多分精神的な病気か……脳が可笑しくなってしまったか……。まぁ、優しかったことなんて無いんだけれどあそこまで酷くはなかった」


「でも、昨日ミーガンさんが言っていましたけれど折れるほど蹴らなかったのは手加減をしていたかもしれないって……」


ライザが言うとルディは頷く。


「手加減はしていただろうね。君の様子を見たかったのもあると思うが、さすがに他国の姫に大怪我をさせれば問題になることぐらいは理解しているのだろうね。今、戦争をするのは避けたい。けれど準備が整えばいつかはけしかけるだろうね。姫という人質もいるし……」


そう言ってライザを見つめる。


「いやいや、私ですか……?」


まさか自分がこのままズルズルと居続けてしまうのかと不安になっていると、ルディはポケットから包みを取り出した。


「ロバートから預かって来た。前と同じお香だと言っていた」


「手に入ったのですね!」


これで元に戻れるかもしれないとライザは喜んで受け取った。

包み紙をそっと開けると、前回と同じ色と形のお香だった。

そっと匂いを嗅いでもあの日と同じスパイスの様なエキゾチックな匂いだ。


「間違いなく同じものだと思います」


「これで、元に戻れるかもしれないね」


微かに口角を上げて言うルディにライザは頷いた。


「はい。私にはこの美しすぎる体は不相応でした」


「ライザは元の体の方がきっと可愛らしいだろうね」


「えっ?えぇぇぇ?」


突然褒められてうろたえているライザにルディはクスクスと笑う。


「僕は確信しているんだけれどさ、ライザは僕の事が好きでしょ」


「え、えぇぇぇぇ?そ、そんなこと……考えていません」


突然何を言いだすのだとパニックになりながら侍女が王子となんてあるはずが無いと全否定する。

それでもルディの追求は止まらない。


「そうかなぁ?僕の勘違じゃないと思うんだけれどなぁ」


ニヤリと笑って意地悪くライザを青い瞳が見下ろした。


「な、何を根拠に……」


しどろもどろになりながらライザが言うとルディはさらりと爆弾発言をした。


「だって、僕もライザの事が異性として気に入っているからだよ。気になる子を見ていればわかるよ」


「ひぃぃぃ」


“異性として気に入っている”という言葉に驚きすぎて腹の痛みも忘れてライザはひっくり返った。


椅子から転げ落ちそうになったライザの体をルディが慌てて支える。


「そんなに驚かなくても。ライザが元に戻るのが楽しみだ」


「いや、そんな。私の元の体はどうしようもないあか抜けない平凡な顔です。身分だって高いわけじゃないし!ルディ様は勘違いしているのです!」


ルディに支えられながら捲し立てるライザに首を振る。


「ライザの顔は知っているよ。可愛らしい顔じゃないか」


「はいぃぃぃ?どこがですか?この世界一美しいエリザベス様の顔を可愛らしいとかいうのですよ!この顔だから私を好きだと勘違いしているのです!」


「それは無いかなぁ。むしろ僕その顔嫌いだから」


またルディの爆弾発言にライザは驚いてのけぞった。


「こ、この美しい顔が嫌いですって?女の私でさえ毎日鏡を見て惚れ惚れしているのに?信じられない!」


目をまるくしているライザにルディは肩をすくめる。


「美しければいいってもんじゃないよ。その美しさがちょっと苦手だね」


自分だって良い顔をしているくせにというライザの考えが解ったのかルディはまた肩をすくめた。


「僕の顔だって嫌いだって言う女性は沢山いるよ。男らしくないとか、優しすぎるから嫌いとかね」


「えっ?ルディ様の事をそんな風に思う女性が居るなんて信じられません。凄く優しいのに……」


「それは、ありがとう。人それぞれ趣味があるってこと!だから僕がライザの本当の顔を可愛らしいと思ったのは誰も否定はできないよね」


「……そうですけれど……」


人が何を思おうが自由だ。


ライザ自信が自分の顔を好きではないと思うことも、ルディがライザを可愛いと思うことも自由だ。

納得できないというようにライザが頷くと、ルディはにやりと笑う。


「で、僕が本当のライザを気に入っているというのも信じてくれた?」


意地悪く笑いながら言われてライザは頷くしかない。

人の心は自由なのだから。


「世の中色々な人が居るものですね……でも、多分間違いなく私が本当の体に戻ったら興味を無くすと思いますよ」


「どうして?」


「今は、美しいエリザベス様の見た目だから可愛らしく見えているだけでしょう。元はただの侍女です。こんな身分が低い人……色々つり合いが取れませんよ」


ルディが自分の事を気に入ってくれていると言われて嬉しいはずなのに、不安が大きくなり喜べない。

自分のことなど好きになる人が居るはずが無いと思っているライザにルディは呆れたように息を吐いた。


「身分って……。僕の母だって身分は低かったよ。僕はそんなことを考えないし気にしたことも無いね。それに君はそんなに身分は低くないだろう?」


「父が再婚してから私は居ない者として扱われていますけれど……。実家は関係ありません」


ライザの母が亡くなり、父が再婚したとたん家を追い出された。

父親からも連絡すらなく、ライザは実家とは縁を切ったつもりだ。

顔を顰めているライザにルディは頷いた。


「そうだね。実家は関係ない。それは僕も同じじゃない?」


「全然違いますけれど」


王子様と伯爵では全く違うとライザは首を振った。


「全く、強情だな。とにかく、一度ライザはバラ王国に帰ってもらう。そして、元に戻ってまた僕と会おう」


「えっ?」


突然の帰国を提案されてライザは驚いた。

ヴィンセントもエリザベスも了承してくれるだろうか。


「エリザベス姫は特に人生を楽しんでいるようですけれど、体をもとにもどしてくれますかね?」


ライザが言うとルディは肩をすくめる。


「そこは、ライザが説得してもらわないとね。そして、ちょっとこの館から僕も離れるから……」


「離れる?」


「そう。これは内緒話だからね」


そう小さく言うとルディはライザを勢いよく抱きしめた。

ギュッと力強く抱きしめられて身動きが取れない。

ドキドキしているライザの耳元にルディが囁いた。


「アレクサンドル王が狂暴すぎてね。部下たちが我慢できないらしい。クーデターを起こすらしいから、僕もロバートも参加するんだ」


まるで遠足に行くような気楽に言うルディにライザは息をのんだ。


「そんな。危ないのでは……」


抱きしめられて身動きが取れないライザはルディの胸の中で呟いた。


「そうだね。もしかしたら僕は兄上に殺されるかもしれない。これで会うのが最後かもしれない。だから言っておきたかったんだ。ライザの事が好きだよって」


これで最後かもしれないと言われてライザの心がギュッと切なくなる。


(最後かもしれない……)


ライザはルディの背中に手をまわして思いっきり抱き着いた。


「私も、優しくてカッコいいルディ様が会った時から大好きです」


勇気を振り絞って言うライザにルディもギュッと抱きしめる。


「ありがとう。僕も、ハンカチを貸してくれた時から大好きだよ」


地平線から上がって来た太陽が二人を照らす。

ルディはライザを抱きしめながら空を見上げ目を細めた。


「今日もいい天気になりそうだね。綺麗な空だよ」


ライザも振り返って空を見上げた。

雲一つない青空が広がっていて、なぜだか泣きたくなってくる。


「ライザ。きっと迎えに行くから。その時はあの可愛らしい顔で笑って迎えてほしい」


「元に戻れますかね」


不安になるライザをルディはギュッと抱きしめる。


「全部上手くいくよ」


決意をした声のルディにライザは頷いた。



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