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ライザが館に来てから晴れた日が続いていたが、今日は生憎の空模様だ。

薄暗く立ち込めた低い雲からシトシトと雨が降り続いている。

夜中から降り出した雨が地面を濡らし、水溜まりを作っていく。


リビングルームのソファーに座って、雨が葉に当たる様子をライザは眺めていた。

掃除も一通り終わり、これ以上することが無くなり暇なのだ。


読書をするにもライザが楽しめそうな本は置いていないようだった。

台所仕事をしているミーガンを手伝おうとしたが、断わられてしまった。

中身はライザだがエリザベスの姿をしているので台所までは任せられないとミーガンに言われている。


ぼーっと窓の外を眺めていると、後ろから声がかかった。


「暇そうだね」


「わっ、ビックリしました」


いつの間にか部屋に入ってきていたルディが壁にもたれかかって立っていた。

いつから居たのだろうか。


ルディは気配を消してライザの後ろに居ることが多く毎回驚いてしまう。


ライザが驚いたのに満足したのか、笑いながらソファーに座った。

書斎に引きこもっていたルディが出てきたという事はお茶の時間かとポケットから懐中時計を取り出してライザは時間を確認した。


「お茶を淹れますね」


時計を見るとそろそろお茶の時間だったことを思い出してライザが立ち上がるとルディは軽く頷く。


「ありがとう。今日は待ちきれなくて呼ばれる前に来てしまったよ」


「今日も、ミーガンさんは美味しいおやつをつくってくれていますものね」


ライザは立ち上がって部屋を出て台所へと向かった。


キッチンでは忙しく動いていたミーガンがライザに気づいて声を掛けてくる。


「おや、どうしたんだい?」


「ルディ様が休憩に入ったのでお茶をお出ししようと……」


「あぁ、そんな時間だね。ちょうどおやつも出来上がっているよ。今日は、レアチーズケーキよ」


テーブルの上には美味しそうなケーキが置かれていて、ミーガンはナイフを手に均等に斬っていく。

ミーガンは誇らしげに言うと切り分けたケーキをお皿に乗せていく。

お菓子作りが何よりも好きだというミーガンは毎日美味しいお菓子を作ってくれる。


「美味しそうですね」


お茶の準備をしながらライザが言うとミーガンは嬉しそうだ。


「美味しいわよ~!ルディ様も大好きなんだよね、チーズケーキ」


「ルディ様が甘いものお好きなのは驚きました」


「お酒飲まない人は甘党よね。ちなみにお兄様のアレクサンドル王は甘いのが大嫌いだから気を付けてね」


「お茶をお出しすることなど無いと思いますけれど。気に留めておきます」


ライザはお盆に切り分けたケーキの乗ったお皿を乗せて頭を下げた。


「ありがとうございます。ルディ様といただきますね」


「はいよ」


最近はルディと共にお茶をすることが日課になりつつある。


(ルディ様は偉そうな感じがしなくてとても話しやすいのよね……)


廊下を歩きながらライザは息を吐いた。


毎日とりとめもない会話をしてルディとお茶を飲むのが楽しみだ。

楽しみだが、彼の事が好きだという気持ちが大きくなってしまい自分の中でどうしようもできなくなっている。

手が届かない人なのに好きになっても報われないことは分かっている。


(はぁ。辛い)


窓に映る自分の姿を見てもう一度ため息をついた。

世界一美しいエリザベス姫の顔が自分をみかえしている。


(きっとこの姿だからルディ様も優しくしてくれるのよ)


優しくされているからと勘違いしないように気を付けよう。

ライザは心の中で呟いてリビングへと向かった。


「失礼します。今日は、レアチーズケーキですよ」


ソファーに座りながら書類を眺めていたルディはライザの声に顔を上げた。


「チーズケーキは好物なんだ。ミーガンの作るおやつはどれも美味しいし、ライザの淹れた紅茶も最高に美味しいしこの館に居ることが幸せに感じるなんてね」


噛みしめるように言うルディにケーキをテーブルに置いてお茶の準備をしていく。


「そんな大げさですよ」


「本来ならエリザベス姫が暴れている予定だったからこんなにゆっくりお茶ができるなんて幸せを感じるよ。下手したら部屋に閉じ込めようかと思うぐらい気が重かったんだよね」


そんなにエリザベス姫が嫌いなのかと、ライザはホッとする。

絶世の美女であってもルディは興味を抱かなかったという事だ。

紅茶をカップに注いでライザもソファーに腰かけた。


「ありがとう」


見た目はエリザベス姫だが中身は侍女なのだからお礼などいわなくていいのにルディはいつも微笑んでお礼を言ってくれる。


見た目だけでなくそんな優しいルディを好きになってしまうのは仕方ない事だ。


叶わないと思っても、想う事は自由だ。


ライザも微笑んで頷いてカップをそっと手に持った。

最高級の茶葉なために匂いを嗅ぐだけで落ち着く。

雨が降る音が響く室内でルディと共に過ごす時間が愛おしく感じる。


(永遠にこの時間がつづけばいいのに……)


ゆったりとした時間が流れる中でライザは心の中で呟いた。

特に何を話す訳でもないこの沈黙も気を使わないでいられる。

ゆっくりと紅茶を飲むルディを盗み見る。


ルディは何かを感じたのかハッと辺りを見回して立ち上がった。


素早く立ち上がると速足で窓辺まで行くと窓を開いた。


「ど、どうしたのですか?」


驚くライザにルディは窓から雨に濡れるのも気にせずに顔を出しながら注意深く外を見ている。


「馬の走る音が聞こえる……。馬は一頭のようだが……」


眉をひそめて呟いているルディにライザも立ち上がって後ろから外を眺めた。

ライザの耳には馬の足音も気配も感じないがルディの耳には聞こえているようだ。

不安に思っているライザを振り返ってルディは眉をひそめた。


「多分、ロバートだと思うけれど一応警戒しておいて」


「警戒とは?」


ライザが聞き返すとルディは厳しい顔をしたまま言った。


「兄上の場合もある。もしくはその仲間。僕と弟の前以外ではエリザベス姫を貫いて。すこしでも優しい雰囲気を出してしまったら兄上的には面白くないだろうからね」


「……わかりました」


ライザは頷いたものの上手く演じられるだろうかと不安になりながら窓の外眺めた。

シトシトと降っている雨の中、ライザにも馬の足音が聞こえてくる。

ルディの後ろから窓の外を見るとフードを被って馬に乗っている人物が二人に気づいて手を振って来た。


「ルディ兄上!大変だよ!」


馬に乗ったまま大きな声を出しているのはやはりロバートで窓辺に近づいてくる。


「どうしたんだ?」


ルディが問うとロバートは馬に乗ったままフードを取った。

金色の髪の毛に雨がしたたり落ちて顔を濡らしているがそれを気にする様子もなくルディに訴えた。


「大変だよ。もうすぐアレク兄上がここに来るよ!」


「えっ」


ルディとライザが驚くとロバートは後ろを振り返った。


「この館に帰ってくるときに部下を数人だけ連れて馬に乗っている兄上が見えたんだ。僕はわき道を使って速攻で走って来たけれど、もうすぐ来るよ!」


「それはまずいな」


ルディは呟くと、ロバートにうなずいた。


「知らせてくれて助かった」


「僕はしばらく身を隠すけれど、アレク兄上が帰ったらまた来るよ」


「わかった、気を付けて」


ロバートは頷いて馬の腹を蹴って館から離れていく。

その背を見送り、ルディはライザを振り返った。


「アレクサンドル王が来る。ライザは徹底的に僕に嫌われるようなことをしてほしい」


「ぐ、具体的には?」


血塗れ王に会うことに不安を感じながらライザが問うとルディは眉をひそめた。


「エリザベス姫がしていたことを全てするんだ。僕のことは“ヒョロ男”や“クズ”とか呼んでくれて構わないし、物を投げたり乱雑に行動してほしい。僕も君の事を心底嫌っているという“演技”をするから!もし、穏やかにお互い暮らしているとわかれば兄上はなにをするかわかったものじゃない」


早口に言うと、ルディは部屋を出て行った。

ライザも慌てて机の上の茶器をお盆に乗せて台所へと向かった。



ほとんど飲まれていない紅茶の入ったカップを手に台所へ向かうと、ケーキを頬張っているミーガンは驚いて目を見開いた。


「どうしたんだい?……もしかしてケーキが美味しくなかったとか?」


お盆の上の食べかけのケーキを見て不安そうに聞いてくるミーガンにライザは首を振った。


「違います。先ほどロバート様がいらしてアレクサンドル王がこちらに向かっていると知らせてくれました」


「なんだって!そりゃ大変だ!」


アレクサンドルという言葉にミーガンは驚いて椅子から立ち上がった。


「ロバート様は王が帰られるまで戻らないそうです。ルディ様はどこかに行きました」


「それがいいよ。ロバート様はあくまで公平で王にもルディ様にも肩入れしていないという立場を貫いていると思われているからね。屋敷に入り浸っていると知られれば大変だよ」


ミーガンも早口に言うとライザのお盆を取り上げてケーキを棚に入れて茶器を洗い始めた。

ライザを振り返ると泡だらけの手で部屋から出て行くようにジェスチャーしてきた。


「何ぼさっとしているんだい!あんたはわがままな乱暴姫なんだろう?台所になんてウロウロしてたら可笑しいだろう。さっさと部屋に戻んな」


「は、はい!」


ミーガンの迫力に慄きながら頷いて台所をでていくライザの背にミーガンが大きな声で叫ぶ。


「ちゃんとしたドレスに着替えなよ!そのドレスは簡素すぎるからね」


「は、はい!」


「大丈夫かね……」


ミーガンは一つため息をついて食器を洗い始めた。




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