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「しかし、にわかに信じられないねぇ。体が入れ替わるなんて」


紅茶を淹れながらミーガンがしみじみとライザを見つめて言った。

疲れたからちょっと寝てくると言ってロバートが部屋に下がり、ルディも書斎へと戻って行った。

ミーガンはルディの為に入れたお茶をお盆に乗せてもう一度ライザを見つめる。


「そうですね。早く元の体に戻りたいです」


長年侍女をしていたおかげで、お茶の準備は完璧だ。

台所仕事を手伝っているライザの顔を見てミーガンはしみじみ言う。


「本当に美しい顔ねー。世界一美しい姫様と言われていたのは聞いていたけれどここまでだと神々しいわね。エリザベス様本人ではないから目の前で言えるけど」


「そうですね。体が元に戻った時に、肌が荒れていたら怒られるので手入れが大変です」


ため息をつきながらライザが言うとミーガンは頷いた。


「そうでしょうね。でも美しい顔で困るこたぁないから一生このままでもいいんじゃないかい?」


ミーガンの言葉にライザは首を振った。


「困ります。そりゃ、元の私は美しくもなんともないですけれど姫様という扱いをされながら暮らしていくのも限界です。そういう性質ではないですし、エリザベス様のように振舞えないんです!」


「あぁ。わかるわ。アンタは動き回っていた方が性に合うわね。美しい姫様が台所仕事なんて合わないものね」


「じっとしている生活をしていなかったので。姫様のように命令をして人を動かすのは心が痛むんです」


ライザが言うとミーガンはわかると頷く。


「確かに。私も今その体と入れ替わっても困るわ。結局、私らはアクセク働かないと落ち着かないのかもしれないねぇ」


「早く元に戻りたいです……」


ポケットに入っている懐中時計を取り出して時間を見る。

紅茶の蒸し時間がちょうどいいのを確認してライザはお盆を手に取った。


「ルディ様にお茶お出ししてきますね」


「ありがとう。助かるわー。姫様一人だけで来たときはどうしようかと思ったけれど、中身が仕事好きだからすごく助かるよ」


「大袈裟ですよ」


ミーガンはとんでもないというように首を振る。


「大袈裟じゃないよ。ほら、ルディ様は王様に目を付けられているから信用のおける使用人しか館に置かないじゃない。そのおかげで人の手が足りてないのよ」


声をひそめて言うミーガン。


「そうだったのですね。出来る事があったら何でも言ってください」


「助かるわー。城の侍女だったらなんでもできるものね」


助かると何度も言われると少し嬉しくなる。

ここで少しでも役に立てることがあるのだ。

一日部屋でボーッとしているよりは気分が良い。


(私って働いているのが好きだったのね)


侍女をしている時は毎日疲れたと思っていたが、暇ができるとこれはこれで辛いことが分かった。

体が元に戻ったらしっかりと働こうとライザは決意をして書斎へと向かった。



廊下を歩き、書斎の扉をノックするとすぐに返事が返ってきた。

ドアを開けて中に入ると机の上で書類を見ていたルディが顔を上げる。


「お茶をお持ちしました」


軽く頭を下げてお盆を持って入ってくるライザを何度か瞬きをして見つめた後軽く首を振った。


「どうも慣れないな。エリザベス姫が僕にお茶を出すように見えてしまって落ち着かないね」


「そうですよね」


机の上にお茶を置きながらライザも頷く。

世界一美しい姫がお盆を持っている事が異様な光景だという事は理解できる。


「姫様に直接会ったのはあの日が初めてだったけれど、人柄はずっと調査していたからね。顔を見てもキツイ性格だってわかっているから、本人を見ると中身が違っているとわかっていても身構えちゃうな」


ルディは疲れたように言うと椅子の背もたれに体重を預ける。

軽く伸びをすると、机の上に広げていた書類を指さした。


「ロバートが調べてきた報告書だけれど見る?今、姫様がどう過ごしているか詳細に書いてあるけれど」


「……さっき聞いた話だと、ブルーノ様と仲良く過ごしているって言っていましたね」


軽く首を振って顔をしかめているライザにルディは軽く笑った。


「そうだね。晴れ晴れしているらしいけれど、ブルーノ伯はそれで満足なのかな」


「と、いいますと?」


「僕は人の見た目なんてものはどうでもいい人間なんだけれど、それでも外見と中身も会わせてその人だと思っているんだ」


「はぁ」


「ブルーノ伯と姫は幼馴染らしいけれど、共に過ごして育ったのは、金髪の青い瞳の女性であって、赤茶色い髪の毛のライザではないだろう?」


「そうですね」


ルディが何を言いたいかはわかったがライザは頷く。


(つまり、普通の顔の私と一緒に居てもブルーノ様は愛せないと言いたいのね)


「体が入れ替わっているのであれば、元に戻ってほしいと思うんだけれど。そうでないと困ることになるよね」


「……どうしてですか?」


自分のことなど忘れて二人で仲良くやっているのであれば心配することなど何もないではないか。

ルディは言いにくそうにライザを見上げた。


「最悪の展開を言うとさ、もしライザの体に入っている姫様が妊娠したらどうなるんだろうなと……」

「…………」


そこまでは考えていなかったと絶句しているライザにルディは言葉を続けた。


「ほら、問題だろう?もし、その状態で体が戻ったとしたら君とブルーノ伯との子供になる。決して姫の子ではないのだから。もしそうなったらどうするんだろうね?」


「……二人は私の体でそこまでしているという事ですか?」


青い顔をして言うライザにルディは肩をすくめた。


「さすがにそこまでは分からないけれど……。最悪の場合を考えないと」


「困ります!私の体でそんなことをされては!」


「だよねぇ。僕も印象が最悪な姫様の体がここにあると思うと落ち着かないよ」


「ルディ様はエリザベス姫が苦手なのですか?」


世界一美しい顔をしている姫様と結婚できるのは嬉しくないのだろうか。

殆どの男性は多少性格が難があっても、美しい女性と結婚できるとなれば嬉しいだろうと思っていたライザは首を傾げる。

意外な表情を浮かべているライザにルディは頷く。


「苦手だよ。僕、暴力的な人嫌いだから。暴言を吐く人も嫌いだし物を乱暴に扱う人も嫌いだ。そもそもエリザベス姫のすべてが苦手だね。知れば知るほど嫌悪感しかない」


顔をしかめるルディにライザは驚く。


「すべての男性はエリザベス姫様を好んでいると思っていました」


「性格と態度が最低だから、普通の男性は嫌なんじゃないかな。僕は姫の事を事前に知っているけれど、今の君だったら危ないよ。優しい美しい女性だからね。襲われないように気を付けてね」


「えっ」


「今のエリザベス姫は美しいうえに性格もいい、そしてよく働く。聖母みたいな女性に見えるからね。襲われても抵抗できないだろ?ちなみに本物のエリザベス姫は兄のヴィンセントとブルーノ伯に鍛えられているから戦闘もそれなりにできるらしいよ」


「えっ!姫様は、馬も乗れて剣も操れて、戦闘もできるなんて完璧じゃないですか!」


「男なら完璧だけれど。そんな女性、僕は嫌だよ」


眉をひそめて言うルディにライザは目を見開いた。


「人それぞれなのですね。少し生きる勇気が出てきました」


美しい女性の方が好きなのだろうと思っていたが、ルディは違うらしい。

むしろ、エリザベスの姿が苦手だと知って嬉しくなってくる。

かといって元の自分の姿が好みだと言われたわけではないが、きっとルディは性格重視なのだろうとライザは勝手に想像してみる。


(身分さえ乗り越えればよね……)


ライザはギュッとお盆を抱きしめながら目の前の美しいルディを見つめた。

性格も優ししい、顔もものすごく好みだ。

ただ身分が違いすぎる。

喜んだり落ち込んだりしているライザに、ルディは苦笑した。


「よっぽど自分に自信がないのかな?僕は元の体のライザも可愛いと思うけれど」


可愛いと言われて顔を赤くしているライザにルディは微笑む。

その笑みが美しすぎてライザはお盆で顔を隠した。


「あの、そんなに微笑まれると私の心臓が持たないのでやめてください」


「あははっ。それは面白いね」


何が面白いのか、ルディは笑って紅茶を一口飲んだ。


「ミーガンが淹れる味とだいぶ違う気がするんだけれど、ライザが淹れたの?茶葉をかえてはいないようだけれど……」


紅茶とライザの顔を交互に見てルディは驚いて声を上げた。


「そうですけれど……」


「へぇぇぇ、淹れる人が違うと味も変わるんだね」


そんなに味が違うだろうかと首を傾げているライザにルディは美しい笑みを見せる。


「これからはライザにお茶を淹れてもらおうかな」


「それは構いませんが」


ライザが頷くと、ルディは嬉しそうにもう一度微笑んだ。

美しい笑みにライザの胸がいっぱいになる。

ルディとの田舎の館の生活が続けばいいのに。

体が元に戻ればもう二度とこの館には戻れないのだと気付いて悲しくなった。






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