17
「いやぁ、遠かったよ」
ルディと湖へ出かけてから数日後、疲れた顔をしたロバートが屋敷へとやって来た。
屋敷の中ではエリザベスの中に入っているのはライザだとルディが言ってくれたおかげでのびのびと過ごすことが出来ている。
偉そうな対応をしなくていいというのはかなりストレスがない。
外に出ることは無いので屋敷の中ではライザとして振舞っている。
何もしない毎日から解放されて、ライザは毎日掃除をしたりハーブティー畑に行き世話をしたりしていた。
今も、畑から採ってきたハーブをちぎってポットに入れているところだった。
「あれ?」
ヅカヅカと台所へと入ってくるとエプロンを付けているエリザベスの姿のライザを見てロバートは目をまるくする。
「ん~?もしかして、もう本人が認めたってこと?」
怪訝な顔をして言うロバートに書斎から出てきたルディが頷いた。
「お前が持ってきたお香を嗅いだら体が入れ替わったそうだ」
「えー。もうお互い知っているってつまらないんだけど!見たかったよ!彼女が驚くところを!」
「ライザも辛かったようだよ。悪態をつかないといけないというストレスでうなされていたらしいし」
「そりゃ、そうだろうね」
ルディの言葉にロバートはガッカリしながら椅子に座った。
机の上に頬杖をついてじっとライザを見つめる。
エプロン姿のエリザベス姫を見て大きなため息をついた。
「いやぁ、悪いと思っているよ。僕は本当に性格が良くなると思ってお香を買ったんだ。兄想いの弟なんだよぉぉぉ」
切実に訴えるように言うが演技臭いセリフ回しにルディは眉をひそめた。
「わかっている。まぁ、僕としても我儘姫が来るよりは穏やかに生活出来ているからありがたいけれど……」
「それなら良かった!このままずっとそのままでも支障がないんじゃないかな」
けろりとして言うロバートにライザは眉をひそめる。
「困ります!このままエリザベス様の姿で過ごすなんて……どんな事件に巻き込まれるかもわからないし。いろいろと耐えられません」
「えー?そうかな。世界一美しい体だよ。僕ならずっとその美しい体でいたいけれどね」
ニヤニヤと笑いながらエリザベスの姿のライザを見つめる。
ロバートに悪意はないとわかっているが、元の姿を知っているだけにライザは落ち込んでしまう。
(どうせ、元の体は美人でもなんでもないけれど……)
それでも元に戻りたいと思っている。
美しすぎる体というのも管理が大変だ。
侍女で居た頃は仕事だと思ってエリザベスが髪の毛から足の先までいい匂いがする油を塗っているのを手伝っていたが、毎日それを自分がするのは大変だ。
普段は顔を洗って適当につけていた化粧水も今は丁寧につけている。
髪の毛のブラッシングも丁寧に朝晩と行っている。
エリザベス姫が元に戻った時に肌が荒れているだの髪の毛に張りが無いと言われて怒られることを想定しているから丁寧に扱っているのに、元に戻れないとしたら今までの努力は何なんだという事だ。
エリザベスの姿をしたライザと結婚といわれると話が違ってくる。
美しいエリザベスの姿で結婚をしても嬉しくもなんともない。
ライザとして愛されないのならルディと生活するなど拷問に近い。
ぐるぐる考えていると、ルディが顔を覗き込んできた。
美しい青い瞳と目があって、驚いて後ずさりをする。
「どうにかして元に戻す方法を探すから心配することは無いよ。他人の体でずっと過ごすのは辛いだろう」
「……とても、辛いです」
小さく言うライザにルディは頷いてロバートを振り返った。
「ほら、可哀想だろう。だから何とかして同じお香を持ってくるか、戻れる方法を確認してこい」
「面倒だなぁ。我儘姫とルディ兄上が嫌々暮らしているフリをしてすごしていれば万事解決なのに、やっぱりこのままでいいんじゃない?」
「お前は僕と体が入れ替わってもいいと思うのか?」
ルディに言われてロバートは少し考えながら頷いた。
「ルディ兄上の体になったら俺は今まで以上に女性にモテるからできれば変わってほしいぐらいだ」
「アレクサンドル兄上の憎しみも引き受けてくれるのか」
ルディに言われてロバートは顔をしかめた。
「それは嫌だな。アレクサンドル兄上はルディ兄上のことかなり嫌っているもんなぁ。良く殺されないよね」
しみじみ言うロバートにルディは肩をすくめる。
「僕が弱ったのを見てほくそ笑んでから嬲り殺すつもりなんだろう」
「まぁ、そんな感じだよね。我儘姫と結婚さることが出来てアレク兄上は今上機嫌だよ」
「そうだろうね」
ルディが頷くと、ロバートは疲れたように机の上に頭を置いた。
「アレク兄上のご機嫌を取ってきて、エリザベス姫の事を調べてきて、俺はもう疲れた。それなのに、とっくにエリザベスと侍女と体が入れ替わっている事を知っているんだもの。つまらない!」
「エリザベス様はどうされていますか?お元気でした?」
ライザが聞くと、ロバートはチラリと視線を向けてきた。
「元気も元気。遠目で見ただけだけど、アンタの体を使ってブルーノ伯と馬でラブラブデートをしていたよ」
「えっ。信じられない。私はどれだけ悩んでいるか……」
ムッとしているライザにロバートはにやりと笑った。
「ブルーノ伯の所に居るエリザベス姫専用の馬を乗りこなしていたよ。あの暴れ馬を乗りこなせるのはエリザベス姫以外居ないってね。侍女であるライザは馬には乗れない。違うかな?」
「その確認はもう終わっているよ」
ルディが言うとロバートは首を振った。
「ライザであることを証明しようと色々調べたのに。全部無駄じゃないか」
不貞腐れているロバートを慰めるようにルディは彼の肩を叩いた。
「いや、助かったよ。お前が色々調べてくれた事前情報がかなり役に立った」
「それなら良かった。ちなみに、アレク兄上には姫様は怒鳴って物を投げて大変だって伝えてあるからね。万が一、兄上が来たときはちゃんと演技をしてね」
ロバートに言われてライザは頷いた。
「頑張ります」
「ま、兄上がこんな田舎に来るとは思えないけれど。ルディ兄上が嫌がっている生活を一度は見に来るかもしれないね」
血塗れ王と言われている王がこの館に来ることを想像してライザは身震いをする。
今度こそ、中身が別人だとわかれば戦争になるかもしれない。
「ライザの思っている以上にアレク兄上はヤバイ人だから。血の気が多いというか、人が嫌いというか、頭が可笑しいというか。僕も理解が全くできない。もし、少しでも気に食わなければ殺されるかもしれないよ。冗談じゃなく」
真剣に言うロバートの言葉にライザはコクコクと頷いた。
ルディとロバートが念を押して言うぐらいアレクサンドル王は恐ろしい人なのだろう。
(そういえばあの、ヴィンセント様も恐れているようだったわね)
何者も迎え撃つというぐらい大きくて強いヴィンセントでさえアレクサンドル王を恐れているようだ。
アレクサンドル王にもし会ったら完璧にエリザベスを演じ切ろうとライザは決意をした。