4話-①
土曜日。真信乃は駅で転生士・健太と待ち合わせていた。スーツ姿は少なく、オシャレをして友人達と行き交う人々が多かった。いつもの癖で怪しい人物がいないか真信乃が観察していると、見覚えのある見てくれの少年少女がこちらへやって来るのが見えた。
「マノセ君! お待たせしました!」
「おはようございます」
健太と共に来たのは、ブラウンのジャンパースカートを身にまとう稀歩だった。真信乃はたしかに、健太にだけ待ち合わせの日時を教えたはずだった。何故彼女がいるんだと問い詰めると、健太はおそるおそる答えた。
「い、家の前で待ってて……」
「家の前?」
「そうですよ! お迎えにあがりました!」
「頼んでもないのに余計なことするな」
「でも、マノセ君と二人きりも緊張すると思いまして。なので、私が場を和ませてあげますよ!」
「いらないから」
真信乃があからさまに「迷惑なんだが」という視線を向ける。しかし稀歩は気付いていないのか、あえてフリをしているのか、真信乃を無視して健太の腕を引く。
「さ! 行きましょう!」
「おい待て! ついてくるならオレの指示に従え!」
「えー? 指示って一体、何させる気ですかあー? もしかして……いやらしいことですか!? きゃー! 変態騎士団!」
「ふざけるな! 団長じゃあるまいし、そんなことするか!」
「あ、団長がそういうことしそうっていうのは団員公認なんですね」
「そりゃそうだろ。あんなチャラ男、見て見ぬふりする方が至難だ」
「しょっちゅうメディアに露出してますもんね。こんなんじゃ、露出度がどんどん増していきそうですね。色んな意味で」
どんな意味だと、真信乃はあえて訊かなかった。その上、何となく想像できてしまった自分に幻滅した。変態の指揮する組織にいるせいか―――今度会ったら文句を言おうと、真信乃は頭の片隅にメモしておいた。
「そうだ、マノセ君。新幹線ですよね? 自由席ですか? 私切符買ってきます」
「え? 席はみんな自由だろうが」
「…………え?」
稀歩だけでなく、健太までも真信乃を凝視する。なんだその目は、と睨み返すが、怯んだのは健太だけだった。
「マノセ君、新幹線乗ったことないんですか?」
「無いけど、関係あるか? 切符買えば乗れるのに」
「たしかにそうですけど、新幹線って在来線とは違うんですよ?」
「…………ざいらいせん?」
未知の単語を復唱する真信乃に、稀歩は珍獣を見るような目を向けた。
「マノセ君……在来線知らないんですか?」
「なっ……やめろその目! そんな言葉、滅多に使われないだろ!」
「いえ、使われます。電車通勤通学でない方も知ってる常識的な言葉です」
「じょっ、常識……!?」
「逆に訊きますが、何故知らないんですか? 健太さんですら知ってるのに」
「ま、まあ俺は卓を通して知っただけで……」
真信乃がぎろりと睨むと、健太は肩を跳ね上げて稀歩の後ろに隠れた。
「こら、マノセ君! そうやっていちいち威嚇しない!」
「オレは不要な言葉なんて憶えないんだよ!」
「不要? マノセ君、団員としてはすごいですが、所詮はただの中学生ですねえ〜」
「なんだと!?」
嘲笑混じりの声に、真信乃の怒りが一気に増幅する。
「知らなくても問題はない!」
「まあ百歩譲って在来線を知らなくても良いですけど、切符の買い方は知ってないとダメですよ」
「な、何か違うのか?」
「違いますよ。違いすぎますよ。とりあえず買いますか。マノセ君、お金ありますか?」
「馬鹿にすんな。オレは騎士団員として働いてるんだぞ」
「そうでした。では、交通費は働いている真信乃先輩持ちで!」
「そうやってまた……!」
真信乃が怒る前に、稀歩は窓口へ行ってしまった。少しして戻ってくると、三人分の新幹線切符を手に持っていた。
「はい、これが新幹線に乗るための切符です」
稀歩は、乗車券と特急券を一枚ずつ真信乃に手渡した。そのサイズも枚数も予想外だったが、真信乃は記載された料金に驚愕した。
「たっか!」
「当たり前ですよ。新幹線ですから。でも、自由席ですからまだ安い方ですよ」
「これで!?」
「たかだか数百円で百キロ超過も乗せてくれるわけないじゃないですか」
さも当然のように言い、健太をつれて改札へ向かう稀歩。真信乃もしぶしぶついていくが、予想と現実のギャップに頭が混乱していた。
「切符は一枚で、小さいやつ。運賃だって二百円とか、そのくらい……」
「だから、それは在来線の話です。新幹線は長距離移動するんですから、それなりの運賃になります。二枚あるのは特別料金がかかるからです」
「特別?」
「速さとサービス料金です。まあ、乗れば分かりますよ。ね、健太さん?」
「あ、実は俺も初めてで……」
「そうなんですか!」
改札を通りながら談笑する稀歩と健太。その後ろで、真信乃は不満そうに足を進めていた―――別に、新幹線なんて滅多に乗らないし。知らなくったって関係ないだろ。
休日とは言っても、長期休暇など挟まない普通の日。それでも新幹線ホームにはまばらに人がいた。タイミング良く列車が到着し、三人は乗り込む。適度な乗客数の号車で座席を回転させ、稀歩と健太が隣り合わせに、その向かいに真信乃が座った。
「さて、目的地まで四時間くらいですかね。それまで何しましょうか?」
「四時間!?」
真信乃の驚きが車内に響く。稀歩が静かにするよう咎めると、不服そうな表情をしつつも声を落とした。
「新幹線は速いんじゃないのか!?」
「速いですよ。だから四時間で着くんじゃないんですか」
「それは速いと言わない!」
「マノセ君、科学はまだまだ発展途上なんですよ? そんな一瞬で長距離移動できるわけないじゃないですか。魔法だって、そこまで便利でもないのに」
「うぐ……」
ぐうの音は出たが、真っ当な正論に真信乃は黙るしかなかった。何もかもが思っていたことと違う。それを知らなかったことも、稀歩に教わったことも気に食わず、真信乃は顔をしかめて車窓を眺めた。列車は予定通り発車し、景色が流れていく。
「そうだ、マノセ君。時間もたっぷりあることですし、訊いてもいいですか?」
「なんだよ」
「マノセ君はどうして騎士団に入ったんですか?」
真信乃は稀歩を横目で見た。興味津々な視線を向け、いかにも「それっぽい理由」を期待しているようだった。
たしかに、騎士団に入団する者の大半は「そういう動機」だろう―――それ故、真信乃はこの手の質問をされるのが嫌いだった。
「知りたいのか?」
「知りたいです! 天才児・神崎真信乃がいかにして騎士団に入団したのか!」
「お、俺も知りたいです!」
健太も揃って目を輝かせている。真信乃はその視線から顔をそむけ、頬杖をついて再度景色を眺めた。
「家出したから」
静かな車内、真信乃の答えはたしかに稀歩と健太の耳に届いた。しかし二人は、それをインプットすることができなかった。
「……………………え?」
その結果、当然口から出たのは疑問符だった。
「イエデって言いました?」
「言った」
「イエデ………って、あの家出ですよね? 家を出ると書いて、家出」
「そうだけど」
「……………んん? 家出したから入団? どういう理論ですか? 健太さん、分かります?」
「いや、分からないです……」
そりゃそうだろうなと真信乃は一人で思う。騎士団に入団する代表的な動機は、「平和を守りたいから、騎士団に憧れたから」である。それ以外の理由など予想されておらず、二人が首を傾げるのも当然の反応だった。
「えっと、マノセ君? もう少し分かりやすくお願いします」
「家出したから行くとこなくて入団した」
「???」
即答するが、二人の疑問は晴れなかった。
「あの、もう少し分かりやすく」
「騎士団に寮があるだろ? だから」
しばらく沈黙が流れ、ようやく稀歩が口を開く。
「えっと………つまり、家出して行くところがなく、衣食住を確保するために騎士団の寮を狙って入団した………ということですか?」
「そういうこと」
まさかの回答に、稀歩と健太は目を丸くした。
「な、なんですか? そのヘンテコな理由は……」
「ヘンテコ? 衣食住と仕事を同時に確保できる最善の選択だろうが」
「たしかにそうですけど……いえ、そもそもどうして家出なんかしたんですか? まずその状況に疑問なんですが……」
自然な質問の流れに、真信乃の気分は更に落ち込んだ。それを回避するなら適当にはぐらかせば良いものの、どうしても彼は嘘を吐けなかった。嘘が嫌いな性格が裏目に出た結果である。
「……………親と喧嘩して」
「えっ………それだけで?」
それだけと言い切れるほどでもなかったが、それ以上の詮索は避けたかったため、真信乃は無言で頷いた。
「ええー! マノセ君、それ本当なんですか!? つまり、もう何年も実家に帰ってないってことですよね!?」
「そうだけど、それが何?」
「ダメですよ! 一度帰って、ちゃんと仲直りしないと! ね、健太さん!」
「そうですよ! 俺みたいになっちゃったらどうするんですか! 後悔しても遅いんですよ!」
不慮の事故に遭い、家族が心配で転生士になる―――真信乃は自身と両親を当てはめ、想像した。
「―――ありえないな」
「……ありえない?」
嘲笑混じりに吐き捨てた真信乃に、稀歩は耳と目を疑った。
「ああ、ありえない。不本意に死ぬことは嫌だけど、今のまま親と死別しても後悔なんてするわけない」
「そんなことないですよ! 絶対後悔します! 遠くに住んでいるのと二度と会えないのはまるで違いますよ!」
「分かってるよ。理解した上で言ってる」
「分かってません! マノセ君、冷静に考えてください! というか、何にしても仲直りして損はないでしょう!」
「そこまでする理由がない」
「なんでですか!」
やっぱりこいつは普通のやつらとは違うと、真信乃は再認識した。騎士団員に対して、規制線の外から眺めるだけではなく、躊躇なく入り込んでくる。
しかし、話題が悪かった―――真信乃は、青年のような低い声で答えた。
「親にとって、兄を殺したのはオレだからだ」
車窓は、トンネルの闇で塗り潰された。揺れと走行音が増し、彼らの沈黙を破る。真信乃は窓に映る稀歩を確認した。言葉を探しているのか、何か言おうとしたが口を閉じ、また開きを繰り返している。そうしてやっと出てきた言葉は、真信乃には少し意外なものだった。
「………マノセ君は、自分に価値が無いと思っているんですか?」
ここまで話したのは、団長と仲斗だけだった。訊いてきたくせに、どちらも最後には興味を無くし、特にコメントも無く終わっていた。真信乃も何かを求めていたわけではなかったため、それ以来その話をすることもなかった。
稀歩はおそらく食いつくだろうとは覚悟していたが、まさかそんなことを訊かれるとは思っておらず、逆に疑問が芽生えた。
「そんなこと、思ったことないが?」
「えっ? そ、そうなんですか?」
「当たり前だ。オレは何も悪いことしてない。オレの行動が結果的に兄の死に繋がっただけだ」
「…………それって、マノセ君のせい……ではないんですか?」
はあ、とため息を吐き、真信乃は稀歩を睨む。
「オレは、自分が魔導士であると自慢した。それを盗み聞きしていた男がその魔力を欲し、オレと勘違いして兄を攫った。しかし、人違いと分かると兄を殺した。これのどこが、オレのせいだって?」
淡々と、悲しむ様子もなく説明する真信乃に、健太は疑念の眼差しを向ける。
「あなたが自慢なんてしなければ、お兄さんは死ななかったのでは?」
「親もそう言った。『お前があんなことしなければ死ななかったんだ』って。だから家出した」
「逆ギレ……したってことですか?」
「―――ほんっと、何にも分かってないやつばっかだな」
少年が発したのは、怒りよりも呆れの多い声色だった。
「実際に兄を殺したのは犯人だ。真に悪いやつはそいつだ。そいつが行動を起こさなければ起きなかった、ただそれだけの話だろ」
「それはそうですけど……」
「悪意のあるやつに悪意を持って情報を流したのなら、責められて然るべきだと思う。だが、オレは自慢したかったからしただけだ。友達に、自分の魔力を知ってもらいたくてしただけだ。それを勝手に盗み聞きして、間違えて兄を攫って殺したのはあの男だ。それなのに、なんでオレが悪にされなきゃいけない?」
その言葉に、一切の迷いはなかった。強い意志を持って発する言葉に、健太はそれ以上言い返すことができなかった。その代わりか、稀歩が問いかける。
「……マノセ君は、少しの後ろめたさもないんですか?」
「無いな」
「後悔も?」
「無い」
「自分がいなければ……と思ったことも?」
トンネルから抜け、眩しい日差しが真信乃の背後から差す。
「当たり前だ。悪事に巻き込まれただけなのに、どうしてオレが割を食わなきゃならない?」
少年には、真っ直ぐ一本の芯が通っている。「悪いことをしたやつが悪い」と、自分に一切の非がないと本気で信じている。それが良いのか悪いのか、稀歩には分からない。だが、彼女は純粋に思った。皮肉でも何でもなく、ただ、率直に。
――――――羨ましい、と。