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ある思い人の回顧録  作者: 猪俣かいり
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6話-②

 車から降ろされ、両腕を後ろ手に縛られた稀歩は河原を歩かされる。執月を先頭に、数人の男女が稀歩を囲うようにつき、逃げられる状況ではない。立ち入り禁止の看板を通り過ぎ、人目のつかないところへ行くのだと稀歩はすぐに察した。


「あーあ。あたしが真信乃とタメだったら、こんな女が寄り付くこともなかったのに」


 執月の言葉に連動するように、男が稀歩の腹を蹴った。よろめく彼女を休ませることなく、無理矢理歩かせる。


「ずるいよねえ。同じ学校の生徒ってだけで、真信乃と一日中一緒にいられるんだから」


 今度は尻を蹴られる。女は、倒れた稀歩の髪を引っ張って立ち上がらせた。


「しかも、真信乃と一緒に旅行までして! ほんっとムカつく!」


 くるりと執月が振り向き、稀歩に詰め寄った。小さな手のひらが、彼女の頬を叩く。


「真信乃はあたしのものなの! あんたみたいなブスで低能なガキなんか相手にするわけないでしょ!」


 何回も頬を叩いて痛んだ手を握り、執月は稀歩の胸を殴った。


「ふざけんな! ふざけんな! あたしの真信乃を返せ!」


 怒りのままに殴り続ける執月に、稀歩は何もできずに倒れた。痛みで悶える彼女を見下ろし、執月はにたりと笑う。


「はっ……あんたはそういう姿がお似合いよ」

「……………」

「ねえ、何か言ったら? もっと泣き叫ぶ姿が見たいんだけど」


 顔を踏みつけられ、稀歩はぎゅっと目をつぶる。抵抗も懇願もしない彼女に、執月の怒りが煽られた。


「何か言えッ! このブスッ!」


 何度も何度も踏みつけるが、稀歩は一切の声を出さなかった。ひたすらに耐え、合間に見上げる緑色の瞳は――――――僅かに笑っていた。


「はあ…………………もういい。殺そ」


 疲れたように執月が呟く。被洗脳者達が稀歩を引きずり、川へ近付いた。執月は満面の笑みで手を振っている。


「じゃあね、勘違い女」


 男に担がれるその間も、稀歩は満足したような表情をしていた。


 ――――――当然の報いだ。「多くの人に迷惑をかけた罪人」なんて、生かしてはおけない。天罰だろう。

 これでやっと、つらい思いをしなくて済むのか。私はやっと自由になれるのか。

 嬉しいけど―――ちょっぴり怖い。


 ――――――マノセ君、悲しんでくれるかな?


 そんなこと………あるわけないか。私、マノセ君の役に立たなかったもん。むしろ、巻き込んで怪我させた。死んで清々したって言われるかも。

 それはちょっと………いや、かなり悲しいな。せめて少しでも、寂しいって思ってもらいたいな。死ぬなよって、少しでも泣いてほしいな。


 ――――――それは贅沢なお願いなのかな。私なんかが思っちゃいけないのかな。

 ああ、涙が溢れてきた。泣く資格なんか無いのに。散々人に迷惑をかけた人間が、なんて厚かましい。



 でも―――最期くらい、わがまま言わせてよ。



 ――――――――――――誰か、私を悼んで。死んだ私のこと、思ってよ。

 ――――――――――――それだけで、私は救われるのに。



 ――――――ねえ、誰か。





「稀歩ッ!」


 川へ投げ捨てられる瞬間、稀歩の視界は勢いよく流れた。風景が止まると、どうやら誰かに横抱きにされていると分かった。その「少年」は自分よりも大きな身体を軽々と持ち上げ、黄色い瞳は穏やかな光を放ち、あどけなさの残る顔は安堵したように笑った。


「よかった、間に合って」

「…………マノセ君」


 緑色の瞳に涙が溢れる。そっと降ろされた稀歩は、脱力してその場にへたれこむ。彼女の拘束を解くと、真信乃はインカムから友梨に伝えた。


「やっぱり執月が犯人だ。応援求む」

「分かったわ」


 真信乃は稀歩の前に立ち、執月と向き合う。彼女は拳を震わせ、ギッと睨み付けた。


「どうしてそんな女を助けるの!? 真信乃!」

「被害者だから。当然だろ」

「違うよッ! そいつは真信乃に付け込もうとした卑怯な女ッ! 卑しい女なのッ!」

「………本当に、執月なのか?」


 真信乃は信じられなかった。目の前で怒号を飛ばす女が、自分に懐いていた女だと思えなかった。もしかして、彼女すらも洗脳されているのではないかと疑ったほどだった。どちらにせよ、捕まえないことには始まらない。


「真信乃ッ! 今助けてあげる!」


 被洗脳者達が駆け出す。真信乃は稀歩から〝思い〟を吸い取り、彼らに立ち向かった。敵は五人、そのうち一人が強化魔力のようで、彼の連撃を避けることに真信乃は集中した。その隙を突いて女が真信乃の脇腹に触れると、そこが凍りついた。すぐに女を殴り飛ばし、真信乃は距離を取る。


「マノセ君!」


 不安そうな稀歩の声が響く。真信乃は一瞬視線をやって、大丈夫だと笑いかけた。そこへ男が飛びかかるが、真信乃は後方へ跳んで避ける。彼のターゲットは執月へ移された。


「執月! やめろ!」

「やめない! 真信乃の洗脳が解けるまで!」

「オレは洗脳なんかされてない!」

「されてるよ! その女に!」


 説得など無意味だろうと真信乃は悟った。強化魔力の男が追いかけてくるが、それを掻い潜って執月へ近付いた。彼女は無防備だ。体術も真信乃が勝る。彼女の懐に入ればこっちのもの、被洗脳者達も鎮まる。


「執月―――」


 目の前に迫った真信乃。刹那、彼はスローモーションのように、「それ」が構えられるのが見えた。


「目を覚まして! 真信乃!」


 ―――パンッ、と発砲音が鳴り響く。執月が撃った銃弾は、虚空を流れるだけで終わった。彼女も稀歩も、次の瞬間にようやく彼の姿を発見する。


「目を覚ませ、執月」


 真信乃は、執月の背後に回り込んでいた。執月は完全に背を向けている。ここから防御するのは不可能だと、誰もが認識できる状況だった。真信乃は躊躇なく彼女の首筋へ手を伸ばす。


「――――――ッ!?」


 ―――その途中で、止まった。執月の向こう、真信乃を見守る稀歩へ、大勢が襲いかかろうとしていた。真信乃と戦っている五人ではない。隠れていたのか、茂みや廃棄物の山から現れた者達が、稀歩へ一直線に向かっていた。


「まッ――――――!」


 真信乃は気を取られた。あまりに突然で、ここからでは間に合わなくて、それでも稀歩へ注意が向き、手が止まった―――それが、致命的だった。


「ッ――――――!」


 執月が真信乃に抱きついた。両腕で小さな身体を強く抱擁した。


「やめッ―――」

「真信乃………やっと捕まえた」


 真信乃が苦しそうに頭を押さえる。その一方、執月は嬉しそうだった。愛おしく抱きしめる女の腕の中で、少年は次第に力を失っていった。


「やッ―――めッ―――」

「マノセ君ッ!」

「ッ――――――」


 稀歩が叫ぶ。その瞬間、真信乃の腕がぶらんと下がった。執月がゆっくりと離れる。


「やった………やっと真信乃が手に入った……!」


 涙ながらに、執月はもう一度少年を抱きしめた。彼は抵抗せず呆然と立ち尽くしている。


「やっとだよお……! もう……真信乃、本当に苦労したんだから!」


 執月が頬を膨らませ、人形のような少年を眺める。何の反応も示さない人形でも、執月は満足そうに笑った。


「で、も! これからはずっと一緒だよ!」

「それが目的だったんですか……?」


 紫色の瞳がぎろりと動く。被洗脳者達に取り押さえられた稀歩と目が合う。


「マノセ君を手に入れることが目的だったんですか!」

「やだなあ、真信乃は過程だよ。魔導士の世界にするために必要な人材なの」


 少年の手を握ると、執月は頬を赤らめた。


「真信乃の魔力、すっごく強いじゃない? あたし一目惚れしちゃって! だから何とかして手に入れたかったの!」

「マノセ君……じゃなくて、魔力が目的……?」

「真信乃も、真信乃の魔力も好き! 真信乃、可愛いじゃない? お馬鹿なところとか! でも、仕事になるとカッコ良くて……もう本当に最高!」


 胸に押し付けるように、少年を抱きしめる執月。


「もっと早く手に入れたかったけど、真信乃ったら全く隙が無いんだもの。隠れて狙ってるところを見られたら不審に思われちゃうし、だからって正面から狙っても捕まえられないし……」


 執月の瞳が涙で潤む。


「でもこうしてあたしのところへ来てくれた。あの女なんかより、ちゃんとあたしを選んでくれた。ありがとう、真信乃」


 穏やかな視線が、少年から少女へ―――殺意に満ちた視線へと変化した。


「――――――あの女、殺して?」


 少年は駆け出した。稀歩は突き飛ばされて倒れ伏す。周りの者達は数歩下がり、執月は期待に胸を膨らませていた。


「…………ごめんなさい」


 緑色の瞳は涙した。迫りくる死に恐怖し泣いているのではない。

 最期まで、彼の役に立てなかった―――それが悔しくて悔しくて、仕方がなかった。


「ごめんなさい、マノセ君」


 せめて、あなたを解放して死にたかった。それだけが心残りだ。

 ―――ああ、きっと転生士はみんな、こうして未練を残したんだろう。

 私も転生するのだろうか。もしそうなったら、洗脳されたマノセ君を救うために宿主を殺すのだろうか。

いいや―――そんなことはできない。

 だってそれは、マノセ君が最も嫌う「悪」なのだから。



 ――――――羽石稀歩、お前はここで終わらねばならないの。

 潔く死になさい。





「どうして謝る?」





 ―――そっと、頭に触れる手。次の瞬間、勢いよく何かが通り過ぎる風を稀歩は感じた。起き上がり振り向いた先、全てを諦めた瞳が映したのは。

 ―――被洗脳者達を蹴散らす真信乃の姿だった。


「え………?」

「まっ真信乃!? 何してるの!?」


 執月の声が響くが、真信乃はお構いなしに敵を下していく。一般人はあっという間に気絶し、魔導士達と真信乃は対峙する。


「真信乃! 殺すのはそこの女だよ!」


 真信乃は女の魔導士へ迫った。女が地に手をつけると、そこから真信乃へ向かって凍りついていく。真信乃は跳躍し、その勢いで女の顎を膝蹴りする。


「違う! 真信乃! やめて!」


 執月の叫び声など聞こえないかのように、真信乃は戦い続ける。複数人の被洗脳者相手でも真信乃の動きは機敏で、しかし気を遣った一撃だった。手探り状態で困惑する横顔だった以前とは違い、確信を持った真剣なそれを、稀歩はただ呆然と眺めていた。


「どうして! なんでなの真信乃!」


 怒声の直後、真信乃は残り一人の敵を執月の方へ蹴り飛ばした。沈黙が流れる中、真信乃はくるりと踵を返して歩く。唖然とする稀歩の前で跪き、手を差し伸べた。


「今度はちゃんと守れたでしょ」


 稀歩はぽろぽろと涙を流した。


「今度は………じゃないです。今度も、です」


 稀歩がそっと手を乗せる。彼女の〝思い〟はいつも多量だが、今はこれまでで一番多く、真信乃は申し訳ない気持ちになった。


「………また、オレのせいで怖い思いをさせたな」

「いえ……マノセ君のせいじゃないです」

「いいや、オレのせいだよ―――これも」


 真信乃は立ち上がる。執月は般若のような恐ろしい顔で怒号を放った。


「真信乃ッ! どうして言うことが聞けないのッ!? 早くその女を殺せッ!」

「断る」

「どうしてッ! どうして洗脳が効いてないのッ!?」


 わけも分からず執月が怒鳴り散らす。稀歩も不思議に思っていた。たしかに真信乃は執月に触られて、洗脳にかかったような素振りを見せていたのに―――彼の後ろ顔を見上げる。


「あんまり種明かしはしたくないんだけど……ま、いいか」


 真信乃は辺りを見回し、投棄されていた空き缶を見つけて拾いにいく。


「オレの魔力は『変換』。触れた相手の〝思い〟を吸い取って、それを変換する」


 空き缶を持って戻ってきた真信乃は、それを見せつけるように握った。

 ―――次の瞬間、空き缶は凍りついた。


「変換先は、魔力。どんな魔力にも変換できるんだ」


 稀歩も執月も絶句した。

 普通、魔力は一つにつき一種類、つまり一人につき一つ。それが当たり前であり、疑問を持つ者も異議を唱える者もいなかった。

 しかし、真信乃の魔力はその制約を破っている。〝思い〟さえあれば、彼が使用できる魔法は無限大。そんなとんでもない魔力が存在してもいいのか―――稀歩の不安は、真信乃の説明で解消された。


「もちろん、能力上そういうことができるだけで、実際やろうとすると頭も体力も使う。普段変換してる強化魔法や、今みたいな氷魔法は比較的簡単に習得できたけど、一切できない魔法だってある。簡単に言えば、宝の持ち腐れ、器用貧乏ってとこかな」


 だけど―――真信乃は口元で指を立て、悪戯を企てる少年のように笑った。


「魔力を無効化する魔法は、とうの昔に習得してる。こういう厄介な敵がいるからな」


 ―――この子は、強い。稀歩は純粋に憧れた。自分のできることを最大限に行い、どんな事態にも対応する。諦めてしまった私と違って、彼は抗っているんだ。強敵にも、逆境にも、制約にも。


「すごい………すごいよ真信乃!」


 呆気にとられていた執月は、敵だというのに―――みるみるうちに目を輝かせた。


「そんな強い魔力だったなんて! 真信乃、やっぱりすごい!」

「執月の言うことは聞かないぞ」

「ううん、絶対聞かせる! 真信乃の魔力で魔導士の世界を取り戻すの!」

「そしたら成仏するのか?」


 ―――背後から伸びた手は、執月の両手首を掴んだ。その手は大きくごつく、彼女の知るものではない。その声も、聞き覚えがない―――注がれる魔力もだ。


「なっ………!?」

「もしそうなら、お前は一生成仏できないってことだな」


 執月は顔だけ振り向く。彼女を掴んでいたのは仲斗だった。突然の刺客に驚く間もなく、彼の魔力によって死を突きつけられる。


「離せッ!」

「真信乃おー、やっぱりこいつ転生士だぞ。それも、ビックサイズ」

「言ってることはよく分からないが、転生士なら早く処置してくれ」

「はいはい」

「待って! 真信乃、助けて!」


 執月が泣き叫ぶ。動揺した瞳は揺れ動いていた。


「真信乃、転生士を成仏させるんでしょ!? あたしこのままじゃ殺されちゃうよ! あたしの〝思い〟、抹消されちゃうよ!」

「……たしかに、〝思い〟を消し去ることは良くない」

「なら早く!」

「だけどさ……執月」


 真信乃はゆっくり歩み寄る。執月の手が届かない距離で立ち止まり、冷たく彼女を眺めた。


「どうして、魔導士の世界を取り戻したいんだ?」

「だってムカつくじゃない! 魔力も無いくせに我が物顔で蔓延る人間ども! 弱いくせに偉そうに! 生前も酷かったけど、この時代も最悪! ねっ、真信乃もそう思うでしょ!?」

「…………そうか」


 悲しいのか? 同僚がこんな人間だったことが? いや―――違う。この〝思い〟は、オレが抱いたこの感情は。


「お前、最低だよ」


 ――――――怒りだ。


「えっ……? 真信乃……?」

「お前の身勝手な〝思い〟で、洗脳された人間が大勢いた。お前の身勝手な〝思い〟を強要されて、人を殺した人間が大勢いた」

「だって……それはっ……!」

「オレは、悪意のある人間が大嫌いだが、それ以上に許せない……」


 ――――――それに巻き込まれて、不幸になった人間がいることが。


「真信乃っ……」

「進んで人を不幸にさせる人間なんて、罰せられて当然だ。未練だというなら尚更……」


 真信乃は、目の前にいる「悪」を蔑んだ。


「大人しく眠りにつけ」

「いやっ……! 真信乃っ! いやあっ! 助けてっ!」


 執月の〝思い〟が叫ばれる。これほど助けを求める人間を前にしているのに、真信乃は一切動じなかった。ただじっと、泣き叫ぶ彼女を眺めている。


「真信乃っ! どうしてっ!? 一緒に魔導士の世界作ろうよおっ!」

「………あのさ。そう言うんなら、なんで田口や二岡まで洗脳した? 執月の嫌う、『魔導士じゃない人間』なのに」


 何を思ったのか―――執月は涙を流しながらも、期待に満ちた目を見せた。


「あいつら真信乃に付き纏ったんでしょ!? だから洗脳してやったの! 一般人に襲いかかった犯罪者にすれば、真信乃はあいつらを悔いなく殺せるでしょ!? あたしは真信乃のためにあいつらを送り込んだの! それなのに真信乃ったら、どうして殺さなかったの!? 鬱憤を晴らす絶好のチャンスだったのに! でも分かるでしょ!? あたしの気持ち、伝わったでしょ!?」


 真信乃のためなの―――そう何度も訴えるたびに、真信乃の心中では嫌悪感ばかりが大きくなった。苦しそうな呼吸の合間に、自分の正当性を主張し続ける執月を、真信乃はもはや同僚とは思えなかった。


「―――オレのため、を言い訳にするな」


 ――――――虫唾が走る。


「そんなっ……真信乃……っ!」


 嫌だ、嫌だと執月は泣く。次第にその声は小さくなっていき、途切れ途切れになっていく。真信乃は沈黙のまま眺めていた。目の前で消えていく〝思い〟が、多くの人間を不幸にした〝思い〟が消えるのを見届ける。


「………静かに眠れ。能条執月」


 執月は唇を震わせ、声にならない何かを訴える。次の瞬間、彼女は光を放って消えた。跡形もなく、彼女の〝思い〟はなくなった。それを確認すると、真信乃は深いため息を吐いた。


「………執月があんな人間だったなんて」

「人なんて裏表があって当然だ」


 仲斗が手を払ってにやりと笑う。


「お子様の真信乃にはつらいか?」

「お子様じゃないが、つらいよ。仲間だと思ってたんだから」


 ふと振り向いた真信乃は、驚いて一瞬うろたえた。


「稀歩? どうしたんだ?」

「え? な、なんですか?」

「いやだって……」

「神崎ー!」


 真信乃の言葉を遮るように、彼を呼ぶ声が河原に響き渡る。騎士団員の応援がやっと到着したようだった。真信乃は彼らへ駆け寄り、状況を説明する。その背中を眺めながら、仲斗がぼそりと呟いた。


「お前、何が目的なんだ?」


 それが自分に向けた言葉だと、隣にいた稀歩は一拍遅れて気が付いた。


「……目的? 何のことですか?」

「転生士を無理矢理引きずり出す目的だよ」


 稀歩の表情が固まった。仲斗は真信乃のもとへ向かいながら、わざとらしく大声を上げる。


「お子様な真信乃に朗報だぞー」

「だからお子様じゃないって言ってるだろうが!」

「この女、しょっちゅう引っ越してるぞ」


 仲斗が指差した先には稀歩。真信乃は沈黙し、ジト目で仲斗を睨んだ。


「……だからなんだ?」

「え? 分からないのか? 真信乃はやっぱり鈍いお子様だな」

「分かるわけないだろ。稀歩が引っ越してるからなんだ。ていうか、どうやって調べた」

「身辺調査なんて簡単だよ。僕には心強い仲間がたくさんいるからな」

「記憶処置賛同者達か……」


 警察や救急隊も到着し、気絶する被洗脳者達が運ばれていく。騎士団員も現場の処理を行う中、真信乃は稀歩を呼び招く。彼女は言うとおりにするが、その足取りは重かった。


「で、仲斗。何が言いたい?」

「普通、しょっちゅう引っ越してるって聞いて、どう思う?」

「……何故、か?」

「ああ、そうだよなあ。気になるよなあ」


 深紅の鋭い視線に、稀歩の足が止まった。緑色の瞳は不安と困惑で満ちている。何故そんな顔をするのか、真信乃はそちらの疑問の方が強かった。


「稀歩? どうしたんだ?」

「えっ……えっと……」

「別に戸惑うことじゃないだろ? 進学のために家を出たことは」


 こいつ、本当に調べ上げたのか―――仲斗に呆れる一方、予想外の理由に真信乃は感心した。


「へえ、進学のため。ああ、だからあの高校にも入れたのか」

「え、ええ。まあ」

「……で? これが何だって?」

「真信乃は本当に察しが悪いな。人に裏表があるように、言葉にも裏表があるんだよ」

「言う気が無いなら帰るぞ」

「ああ分かったよ。真信乃は短気だな」


 稀歩が胸に手を当てる。鼓動が速くなる。仲斗の口元を凝視し、声に耳を澄ます。彼女の緊張している様子は、真信乃にも伝わってくる。どうしてそんな態度なのか―――仲斗の答えで、ようやく悟った。


「この女がいた街では、ことごとく事件が多発してたんだよ」





 転生士が意図せずに宿主を支配する、あの事件がな。





 ――――――言われたくなかった。せめて、自分で言いたかった。





「稀歩!?」


 突然、稀歩は駆け出した。不思議そうに眺める視線の中、河原から逃げ去っていく。真信乃が追いかけようとするも、仲斗に腕を掴まれた。


「真信乃、僕が言いたいことは分かったよな?」

「……稀歩が犯人だって言うんだろ。転生士に宿主を支配させる事件の」

「そうだ。あいつが無実の宿主も転生士も殺したんだ」


 仲斗の手を振り払い、真信乃はぎろりと睨み付けた。


「お前に言われて信用できるか」

「逃げ出したのが答えだろ。それでもまだあの女を庇うって?」

「稀歩はそんな人間じゃない!」

「ついさっき裏切られたくせに」


 ぐさりと言葉が突き刺さる。紛れもない事実に、真信乃は反論が思い浮かばなかった。


「ッ……いや、稀歩はそんな人間じゃ………そうだ。それならなんで成仏なんて提案した? 性悪ならそんなことせずに団員に処分させるだろ」

「真信乃に怪我させることが目的だったんじゃないか? お前は一応トップレベルの実力者だからな。弱らせてから何か仕出かすつもりだったんだろ」

「……たとえ、そうだったとしても」


 真信乃は仲斗の手首を掴み上げた。底無しの〝思い〟を吸い取りながら、黄色い瞳を強く光らせる。


「オレは稀歩の〝思い〟を直接本人から聞きたい。お前に引けを取らない、あの巨大な〝思い〟の所以を知りたい。何か理由があるはずだ」

「それを聞いてどうするんだ?」

「もちろん、解決させたい」


 ―――助けたいと思ったから。

 乱暴に仲斗の腕を振り落とし、真信乃は駆け出した。真っ直ぐな〝思い〟を、自分には一切向けられたことのない〝思い〟を見せつけられ、仲斗は僅かに物寂しそうに少年の背を眺める。


「真っ直ぐだな、お前は」


 青年の声は喧騒に紛れた。

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