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9話 突然のプロポーズ

 クリストファー殿下を追い出したフレッドが戻ってきて、心配そうに私の顔を覗き込む。


「ユーリ様、大丈夫ですか?」

「ええ、婚約解消してから三カ月も経つというのに驚いたわね。まったくいい迷惑だわ」


 それに実はお父様も相当怒っていたようだ。宰相を務めるお父様がクリストファー殿下の処罰を求めたなら、きっと彼はもう終わりだろう。この先明るい未来が待っているとは思えない。まあ、今まで好き勝手やってきたツケが回ってきたのだから仕方ない。


 気を取り直してお茶をひと口飲んだら、フレッドが私の足元に(ひざまず)いた。なんだろうと思って視線を向けると、見たことがないくらい真剣な表情をしている。いつも自信にあふれたサファイアブルーの瞳が、不安そうに揺れている。


「では、俺が求婚しても迷惑でしょうか?」

「え……?」


 突然の展開に驚き、言葉が続かない。

 きゅうこん、とフレッドは言った。この話の流れからして、球根ではないだろう。

 では吸魂? 脈絡がなさすぎる、却下。

 窮困? 言葉の前後がつながらない、却下。

 となると……まさか、いやいやそんな。ありえないでしょう。


 だって私は悪役令嬢で、婚約も解消して傷物だし。あれだけだらしない格好も見せてきたのに。


「ユーリ様と過ごすうちに、いつの間にか心惹かれておりました。この身に替えてもユーリ様を一生守り抜くと誓います。俺の妻になってください」


 ま……まさか、まさかの求婚だった……!! 前世も含めて初めてのプ、プロポーズッ!!


「そ、そんな……急に言われても……」


 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!! ちょっとテンパりすぎてなにも考えられない。


「……俺をただの男として見てもらえませんか?」


 熱を孕んだ瞳があまりにも真っ直ぐで。だけど、フレッドは護衛騎士だと思っていたから、そんな風に見たことがない。本当にイケメンだし、頼りになるし、誠実だし、ずっと私に尽くしてくれている。騎士の仕事じゃないのに家のことまでこなしてくれて騎士としては全幅の信頼を置いている。


 そうやってフレッドと過ごした帝国での日々を思い返すと、それは本当に穏やかで癒される毎日だった。ぐらりと私の心が揺さぶられる。


 ずっとずっと誰にも頼らず頑張ってきた私を、守ってくれると言ってくれるの?

 もう、ひとりで頑張らなくてもいいの?


 でも男性不信の私は、すぐに返事をすることができない。フレッドを男性として信じたい気持ちはあるけれど、どうしても信じるのが怖い。何度も何度も甘い言葉を囁かれては、裏切られ続けてきたのだ。


「こんなダラのプロを目指すような私で幻滅しないの?」

「ははっ、あれには驚きましたが、その前に十分すぎるほどお仕事をされてましたから。メリハリがあっていいと思います」

「本当に、ずっと、一生守ってくれるの?」

「はい、この剣に誓って。俺は生涯ユーリ様だけを愛し、お守りいたします」


 騎士が剣に誓うということは、まさしく命懸けで誓いを果たすということだ。誓いが果たせなければ自らの命を持って償うほど、その決意は固く重い。


 どうしよう、すごく嬉しい。でも、このまま頷いてもいいのだろうか?  前世も含めてこんな経験ないから、どうしていいのかわからない。それに、嬉しいだけじゃ返事できない。私の問題ではあるけれど、フレッドを異性として信頼できるかどうかわからないのに。


「あの、すごく嬉しいけど……ちょっと……」

「やはり、すぐには決断できませんか。では、俺と一緒に来ていただきたいところがございます」

「え? どこへ?」


 私が尋ねてもフレッドは微笑みを浮かべているだけだ。そのままエスコートされて家の外へと連れ出される。というか流れるように優雅なフレッドのエスコートに驚いた。気品漂う立ち居振る舞いも、まるでどこかの王子様みたいだ。


「ねえ、フレッド、どこに行くの?」

「…………」


 ダメだ、笑顔なのになにも答えてくれない。私はどこへ連れていかれるのだろう。フレッドのことだから、きっとおかしなところではないと思うけど。……え、大丈夫よね? どこかに連れ込んで監禁とか、しないわよね?

 いやいやいやいや、フレッドはそんなヤンデレキャラじゃないよね!?!?


 玄関を出ると家の前にはやたら立派な馬車が止まっていた。


「え、この馬車止まるところを間違えたのかしら? フレッド、避けてもらうように言ってくれる?」

「…………」


 微笑みを浮かべたフレッドは馬車の扉をガチャッと開いて、私に無言の圧力をかけてくる。どうやら馬車が止まる場所は家の前で間違いなかったらしい。まさに王子様のようにキラキラしているのに、ひしひしと伝わるプレッシャーに負けて馬車に乗り込んだ。


 馬車に揺られている間もフレッドは無言のままで、初めて見る様子にじわりと不安が込み上げる。車窓には薄いカーテンがかけられていて、外の様子はわからない。


 一時間ほどそのままの状態で、やっと目的地に着いたのか馬車は止まった。フレッドに宝物を扱うようにエスコートされて馬車から降りると、巨大な建物が視界に飛び込んでくる。純白に輝く美しい城壁と、目の覚めるような青い屋根——リンフォード帝国の帝都にある皇城がそこにあった。


「え、どうしてここに?」

「このまま私についてきてください」


 やっとフレッドが言葉を口にしたと思ったらそれだけで、どんどん皇城の中へ進んでいく。当然エスコートされてる私も引きずられるように連れていかれる。

 すれ違う貴族たちはみんな道を開けて、頭を下げていた。皇城を守る騎士については胸元に拳を当て、フレッドに敬礼している。


 これは、嫌な予感しかしない。


 やがて貴族たちの姿も見かけなくなり、騎士たちが厳重に警備する建物へ入った。フレッドはいまだ無言のままで、話しかけるのもはばかられる。


 どこをどう曲ったか覚えきれないほど、皇城の奥まで進みある扉の前で立ち止まった。純白の扉には薔薇の花が飾り彫されて、持ち手は金でできており繊細な模様が美しい。場所から考えてもやんごとなきお方のお部屋であることは間違いない。


「入るぞ」


 短く声を掛けて、純白の扉を押し開く。部屋にツカツカと進んでいくフレッドは私の手を握ったまま離してくれない。


 部屋の中は白で統一された家具が配置され、当然のように細やかな細工が施されている。鼻腔をくすぐる香りは、どこか懐かしくて切ない気持ちになった。


 この香り……どこかで……。


「ミカエラ」


 フレッドが声をかけた相手は、やはり皇族。帝国の皇女であるミカエラ殿下だった。

 ミカエラ殿下は絹糸のような銀髪を背中に流し、ぱっちりとした二重の瞳は目の覚めるような鮮やかな青だ。小ぶりの鼻と薄く色づいた唇がかわいらしい。


 しかもフレッドが皇女様を呼び捨てにするということは——


「お兄様、そんなに慌てて……ああ、もしかして失敗したのですか?」

「まだ失敗していない。だが、俺の決心がついたらここに連れてこいと言っただろう?」

「ええ、そうね。ふふふ、この時をどんなに待っていたか!」


 ミカエラ殿下は私に嬉しそうな笑顔を向ける。そしてやっぱりフレッドはこのリンフォード帝国の皇子だった……!! どうしてそんなやんごとなきお方が、私の護衛騎士なんぞをしていたのもわからない。途中から、もしかして、いやいや、もしかしなくてもそうだよね!? と思ってはいたけど。それに、私、ついさっきプロポーズされなかった? この皇子に!!

 

 ミカエラ殿下がなにを待っていたかは知らないけれど、きっと私は無関係だし勘違いだと思う。ていうか思いたい。

 だけど私には逃げ道なんて用意されていなかった。




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