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19話 神の采配

 私たちは聖女の穢れを浄化させる方法を模索していた。


「それでどうやって穢れを払うかよね。ミカはなにか知ってる?」

「うーん、原作だとイリスが聖剣に宿っている神々の力を使って、邪神を滅ぼしてたけど。聖女は生身の人間だから効くかどうか……」

「聖剣か……伝承では透き通る刃は悪しき心を打ち砕くとあるが、本当に実在するのか?」

「お兄様、聖剣は実在するわ。イリスが密かに受け継いでいるの」


 ミカは原作を読み込み、ファンブックも当然のように集め、さまざまな情報を網羅しているので本当に頼りになる。イリス様は何度か夜会でも会ったことがあった。燃えるような赤髪に琥珀色の瞳が印象的な令嬢だ。


「そうか、それならまずは聖剣だな」

「私がイリス様と面識があるから、一度バスティア王国へ戻るわ。帝国からうまく抜け出せれば……だけど」

「それなら俺とリンクがサポートする」

「フレッド、リンク……ありがとう」


 指名手配されている身では、帝国から出て戻ってくるのも危険が伴う。でもこのふたりがいてくれるなら、逃げ切れる可能性が高い。


 だけど、万が一私が捕まったり、聖剣が手に入れられなかったら? 聖剣だけに解決方法を絞るのでは、不測の事態に対応できない。


「ミカエラとマリサはここに残って、他の方法がないか調べてくれないかしら?」

「わかった。帝国図書館で古書を漁ってみるわ」

「うん、お願い。もし聖剣が使えなかった場合の準備もしておかないと」

「さすがユーリだな。俺の出番はなさそうだ」


 フレッドも同じことを考えていたのだろう。ミカもいるからなのか、いつもより若干控えめな甘い視線を送ってきた。


「そんなことないわ。私の専属護衛としてしっかり働いてもらうわよ」

「お任せください、ユーリ様」


 以前のようにかしこまった態度のフレッドに笑みがこぼれて、ふっと心が軽くなった気がした。

 自分では気が付いていなかったけど、指名手配という言葉にショックを受けていたようだ。いつもフレッドはこうして私に寄り添ってくれる。それがたまらなく心地よくて、嬉しかった。




 バスティア王国へは街道を通らず、狩人の格好をして山道を歩いた。コンラッド辺境伯は帝国との国境を守っているので、最短距離で領地へと向かう。道なき道を進み、息を潜めながら進んでいった。


 フレッドの手を借りながら、沢を渡り岩山を登って、やっと国境を越えたのは出発から一週間が過ぎていた。


 以前帝国へ向かった時は馬車の移動だったけど、途中でこまめに宿を取りながら進んでいたので今回の方が早く着いた。それなのにフレッドは、悲しそうに私を見つめている。


「はあ……ユーリの美しい髪が……」

「フレッド、仕方ないわ。邪魔だったんだもの」

「だからってそんなにバッサリ切らなくてもよかったのに……」


 山道を歩いてすぐに長い髪が邪魔だと思い、肩の上でバッサリと切り落としたのだ。この世界では貴族令嬢は長い髪がほとんどなので、フレッドは最初言葉にならないほど驚いていた。地面に落ちた髪をひと房拾い上げ「これだけ俺にくれ」というので頷いた。百合の時はずっとボブだったので、これでも長い方なんだけど。


 気を取り直して、山を下りて街道に出て南に半日歩けばコンラッド領に入る。フードをかぶってなるべく目立たないように足を進めた。時折馬車が通るけれど、薄汚れたローブを羽織る私たちには目もくれない。


「ここまでは指名手配書が届いていないようです。急いでコンラッド領へ向かい、辺境伯に会いましょう」


 リンクが先頭を歩き、私とフレッドがそれに続いた。ここでは追われていないと聞くとホッとする。気が緩んだのか、突風に煽られてフードから黒髪があらわになった。


「あっ……!」

「ユーリ、大丈夫だ」


 すぐにフレッドがフードを被せてくれるが、その直後後ろから馬車が通り過ぎた。繊細な装飾が施され、ぱっと見で高位貴族のものだとわかる。しかも背後から来た馬車ということは、もしかしたら私が帝国で指名手配されているという情報も掴んでいるかもしれない。


 一気に緊張感に包まれ、ジッと馬車の動向を窺った。すると少し先で馬車が止まる。なにもない街道の途中で止まるなんて、馬車の故障くらいしかない。でも止まった馬車にはそんな様子はなかった。


 黒髪は珍しいから目立ってしまうのに、迂闊だった……!


 ガチャリと音がして、護衛が降り立つ。エスコートされて馬車から降りてきたのは、懐かしい顔だった。


「レイチェル様……?」

「やっぱり! やっぱりユーリエス様でしたのね!」


 私の化粧水をバスティア王国で独占販売している、侯爵令嬢のレイチェル様だ。彼女とはクリストファー殿下の謝罪から打ち解けており、信頼のおける令嬢だ。


「それにしても、そのへアスタイル……随分バッサリとカットされましたのね。おかげで見逃すところでしたわ」

「あはは……いろいろと事情がありまして」

「それはわたくしも小耳に挟んでおります。ですが到底信じられなくて……ユーリエス様の向かうところまでお送りしますので、よろしければ馬車に乗ってくださいませ」


 その申し出はありがたいけれど逡巡する。確かにレイチェル様は信頼できるが、私たちを乗せて影響はないのだろうか? 大商会を営む侯爵家のご令嬢だ。万が一にも帝国から目をつけられたら後悔しても仕切れない。


「ふふ、巻き込んでしまわないかのご心配でしたら無用ですわ。これでも当家はあらゆる伝手がございます。ご安心くださいませ」


 まるで私の心を読んだかのようにズバリとほしい答えを返してくれた。


「それではレイチェル様、お言葉に甘えさせていただきます」


 優雅に上品に微笑むレイチェル様に続いて、私たち三人は馬車へ乗り込んだ。護衛は御者の隣に座り、馬車の中は事情を知った四人になる。最初に口を開いたのはレイチェル様だった。


「それで、いったいなにがありましたの? わたくしはユーリエス様が指名手配されていると聞き、本当に驚きましたのよ。あれだけ誠実な対応をされる方ですもの、きっと陰謀に巻き込まれたのだと思いましたわ」

「……はい、あまり詳しくはお話しできませんが、聖女へレーナの反感を買いまして追われる身となりました」


 それから転生の件は伏せて簡単に状況を説明した。レイチェル様は眉間に皺を寄せて、話をジッと聞いてくれた。


「なるほど。ではユーリエス様、援助を申し出ます。わたくしでできることならば、なんなりとお申し付けくださいませ」

「ですがそれではご迷惑が……」

「いいえ、ユーリエス様が捕まり汚名を着せられる方が許せませんわ。ユーリエス様にご紹介いただいた夫も同じ気持ちになるでしょう。さらに言うなら、このことが影響して化粧水の売り上げが落ちればわたくしにもダメージがございます。わたくしの都合でお助けしていると思っていただけませんか」


 レイチェル様は私が受け入れやすいように、そんな言い方をしてくれた。あの時、誠心誠意気持ちを伝えてよかったと思える。


「ありがとうございます。それならコンラッド辺境伯に会いたいのです。お口添えいただけますか?」

「あら、そんなことでよろしいのですか? それならお安いご用です。これからコンラッド辺境伯のお屋敷へ向かうところでしたの」

「それは助かります。よろしくお願いいたします」


 幸運とも呼べる神の采配に感謝する。もしかしたら本当に神様がいて、この物語を正しい方向に修正しているのではないかとさえ思えた。それくらい奇跡的な再会だった。




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