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17話 いつでも私が一番(へレーナ視点)

 中身が白木百合だと名乗った女は、聖女である私を睨みつけて部屋から出ていった。


 この私を睨みつけるなんて、生意気すぎる! この世界でも私は一番綺麗で、一番大切にされているのに!!


「なんなのよ、あの女!! ババアのくせに強がって、マジムカつくーっ!!!!」


 ソファーの上にあったクッションを、力いっぱい扉に投げつけた。私の下僕である神官たちが用意した、テーブルの上にあるカップも水差しもかわいいスイーツも全部手で払いのける。


 ガシャンッと大きな音を立てて、カップも飲み物もスーツもぐちゃぐちゃになった。その無惨な形をみて、ほんの少しスッキリする。

 大きな音を立てたので神官たちが、慌てて私のもとに戻ってきた。


「へレーナ様、なにかございましたか!?」

「なんてことだ、お怪我はございませんか?」

「ああ、そんなに唇を噛んではいけません。私がお慰めしますから、どうか気を沈めてください」


 そう言って、一番お気に入りの神官が私を抱き上げた。お姫様抱っこされて、寝室へと連れていかれる。そっとベッドに下ろされ、耳元で低く甘い声で囁いた。


「今日はどのようにご奉仕しますか?」

「……思いっきり抱いて」

「承知しました」


 神官の熱いキスを受けながら、私は今までのことを思い出していた。






 前世では先輩がいつも邪魔な存在だった。


 仕事ができて、他の社員からも信頼されて、美人で、優しそうな恋人もいて、なにもかも手にしていた。

 私にあるのは、若さとかわいい見た目だけ。それだって期間限定だ。だから全部持ってる先輩が妬ましかった。


 仕事をしても誰も褒めてくれないし、先輩を見習えと言われるばかりで、私の方がいい女なんだって認めさせたかった。


 それなのに、先輩の恋人を寝取ってもため息ひとつ吐いただけで悔しがらなかった。


 課長には先輩からパワハラを受けているけど、私の努力が足りないからと泣きつき徐々に私の味方にしてやった。仕事も信頼も壊したのは私なのにありがとうなんて言われて、子供じみた自分が余計に惨めになった。


 やっと先輩から全部奪って、これから私が一番になると思っていたのに。あの逆恨み店主に刺されて呆気なく死んでしまった。


 ぼやけていく太陽を見つめながら最後に思ったのは。


 ——やり直したい。今度こそ、いつも私が一番でいられるところでやり直したい。


 そう強く願った。




 前世の記憶が戻ったのは、流行病にかかって一週間寝込んだときだ。高熱と嘔吐で意識が朦朧としている時に、前にもこんなことがあったと死んだ時のことを思い出した。


 それから一気に記憶が蘇って、すぐに私が『勇者の末裔』に出てくる聖女へレーナだって気が付いた。こういう漫画はたくさん読んでたから、転生したんだってわかった。


 聖女の末路はわかっているから、要は邪神を復活させなければいいのだ。私がそういうのにかかわらなければ、断罪されることはない。


 それなら聖女としておいしいところだけ使えばいい。


 それから私は聖女の力を操り、教会に認められ世界を浄化して歩いた。そのうち教会も私のいうことは全部聞いてくれるようになって、その時にやっと私が一番になれたと思った。


 聖女の補佐として神官を選ぶ時は、とにかく顔で選んで夜の相手もさせた。最初は断っていた神官たちも、私が寄り添ってしなだれかかったらすぐに落ちたから、ただやせ我慢してただけみたいだった。


 ますます私に忠誠を誓う神官たちと、帝都を目指し皇帝へ謁見を申し出たのだ。


 だって私が一番になるためには、皇太子と結婚する必要があるから。皇太子妃となって、その後、皇后となれば私の夢は完成する。


 一番大きな国で、一番高貴な女になる。面倒なことは夫に任せて、好きなだけ贅沢して暮らせるのだ。


 そのためには、絶対に皇太子との結婚は外せない。

 でも。


 先輩がユーリエスになって、なにかが変わっているみたいだ。だって私のもとに邪教の信徒が現れることはなかったし、皇太子はイリスを好きになるはずなのにユーリエスと結婚すると言っていた。


 私も邪神の復活を求めていないから、大きく物語が変わった?

 どう変わったかはわからないけど……これはチャンスかもしれない。私が確実に一番になるために。そうだ、これを使えば皇太子を手に入れられるかもしれない。


 穢れを浄化するのが面倒で放っておいたら、いつの間にか私の中に大きな闇の力が溜まっていた。それは世界中の穢れが凝縮された、混沌の闇だ。


 あれ? もしかして、これで私自身が邪神になったら、この世界が私のものになる?

 皇帝の妻ではなく、私が世界の女王になれる?


 ぞくりと身体が震えた。


「へレーナ様、寒いのですか?」


 私を抱き終えた神官が、背中から抱きしめながら毛布を肩までかけてくる。


「ふふ、大丈夫よ。いいことを思いついたの。ふふふっ」

「ご機嫌が回復されたようで、なによりでございます」

「そうね、久しぶりに最高の気分だわ」


 どうして今まで思いつかなかったのだろう。こんな簡単なことだったのに。


「ねえ、明日もう一度皇帝に会うわ。約束を取り付けてきて」

「明日ですか? 承知しました」


 身だしなみを整えた神官が、準備のために寝室から出ていく。気だるい身体を起こして明日、皇帝に会う時の衣装を考えた。


「そうだ、せっかくだから私の魅力を存分に引き出せるドレスにしよう。修道服なんてダッサいし」


 私は鼻歌を歌いながら、別の神官に声をかけて明日の準備を進めさせた。




 翌朝、神官たちに朝からお風呂の準備をさせて全身を磨きあげた。パステルブルーのドレスに身を包み、ピンクダイヤモンドのアクセサリーで耳と首元を飾る。髪もアップにしてピンクダイヤモンドの髪飾りを刺した。

 完璧に準備を整えて謁見室へと向かった。


 私の華やかな容姿に相まって、ヒラヒラとフリルが揺れ可憐さに拍車をかけているはずだ。すれ違う貴族や騎士たちが驚いた様子で私に視線を向けている。


 気分よく謁見室までやってきて、昨日と同じようにレッドカーペットを優雅に歩いた。


「聖女へレーナ。本日は火急の用件ということだが、なにかありましたかな」

「ええ、私決めたの」

「なにを決めたと?」

「私がこの世界の女王になると決めたの」

「いったいなにをおっしゃっているのか……」


 話のわからない皇帝に、私は身体に渦巻く闇の力を解放してみせた。

 私の周囲に黒い霧が広がって、謁見室に広がっていく。


「……っ!」

「陛下! 陛下をお守りしろ!!」


 近衛騎士たちが皇帝を守るように立ち並んだ。そんなことをしても意味がないのに、必死な様子に笑いが込み上げる。


「ふふっ、あははははは! それで皇帝を守ったつもり?」


 私はさらに闇の力を放出して、皇帝の首に黒い霧を巻きつけ締め上げた。


「動かないで。それ以上動いたら皇帝の首を折るわよ」


 そのひと言で騎士たちはぴたりと動きを止める。私はゆっくりと皇帝が座る玉座の前にやってきた。


「ねぇ、宣言して。たった今から私が世界の女王だと」

「ぐっ……!」

「もう、面倒くさいなあ……ま、いいか。とにかく、今から私がこの世界の女王だからね!」


 そう宣言して、闇の力を操り皇帝を玉座から放り出した。その先に闇の力で檻を作って閉じ込める。空席になった玉座に優雅に上品に腰を下ろした。


「へぇ〜、ここから見える景色ってこんななんだ〜!」

「へレーナ様……! さすがでございます。私は貴女様に生涯忠誠を誓います!」

「私もです!」

「僕も……!」


 神官たちはそう言って、順番に私の足に口づけを落とした。


「いいわ、貴方たちは側近にしてあげる。じゃあ、私が世界の女王だってみんなに知らせて」

「承知しました。へレーナ様、他の者たちはいかがなさいますか?」

「うーん、皇帝はこのままで、他は適当にお仕事させといて。そのうちいうこと聞くでしょ。あ、そうだ。ユーリエスはムカついたから捕まえて」

「かしこまりました」


 これで私が世界で一番だ。やっと夢が叶った……!


 私は玉座を手に入れ、前世も含めて人生で最高の気分に酔いしれた。




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