迷惑を被る智の将軍①
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パトリックは困っていた。
彼は大国ウィザーディアにおける『智の将軍』と呼ばれる名将で、どんなに困難な局面でも彼にかかれば即座に打開されるほどに知略に優れた人物だった。
彼は救国の魔女が登場する前から既に国では英雄と見做されていた。そんな彼が頭を抱える事態というのは、相当な難題といえよう。
これは『救国の魔女』の伝説がこの国に生まれる前の話。
当時彼が困っていたのは、度重なる魔女からの襲撃だった。
パトリックという人物は、将軍ではあるものの傍目にはそうは見えない、ひょろっとした容姿をしていた。背が高く、筋肉もあまりなく、顔は好々爺というのがピッタリな、優しげな微笑みを常にたたえている初老の男性だった。
彼のことをよく知らない人は、『優しそうなお爺さんですね』と言い、彼のことを少し知る人は、『その優しそうな表情が要注意なんだ』と言う。そしてさらに彼のことをよく知る人は、『すべてをひっくるめて、彼は優しい。』そう彼を評する。
筋骨隆々とした各部隊の将軍が居並ぶ中、パトリックだけが場違いに見えるが、他の軍人からの信頼は厚かった。智の将軍と呼ばれるだけあって、主に策士として目を見張るような活躍を戦地で見せていた。
策士として活躍するのは勿論戦地だけではなかった。彼をその見かけで疎ましく思うものが居たとして、それを察知した彼はあらゆる人脈を使い、相手を籠絡してしまうのだ。最終的には彼の懐に入れられてしまっているため、かえって恐れられている。
彼の戦法はあまり真似できるものではなかった。
彼は基本的に人が好きだったので、周りにいる人達のことをよく見ていた。とてもよく見ていた。そして自分の配下の兵士たち全ての個性を把握していた。
そのため、戦闘中細かな指示が飛ぶ。
「特攻隊長ゴラムがそろそろ我慢の限界だ。好物のキャンディをやってもう少し我慢させろ」
「右翼後方、セシル。エドがおびえ始めるころだ。ロジャーと二人で励ましてやってくれ。前線が乱れる。」
逐一飛ぶ指令は、彼が小隊長だったころから変わらなかったが、三個師団を束ねる総大将になっても変わらなかったため、伝令が大変な思いをしていた。そこで彼は伝令用魔道具を作らせ、すべての兵士に配った。この魔道具によって戦果は飛躍的に伸びた。
また、パトリックは敵兵についてもよく見ていた。敵の戦略を熟知し、勝てる時のみ挑み、無駄な争いをしなかった。戦闘に至るまでに人脈を尽くして状況を改善した。結果、パトリックの戦勝数は少なかったが、みな影の参謀の存在をしっかりと認識していたので、彼に対する評価は変わらなかった。
そんな彼の頭を悩ませていたのが、いつの頃からかこの国に現れるようになった魔女の存在だった。
国を治めるための軍を指揮する将軍として、国の中での騒動に駆け付けないわけにはいかなかった。
別段、魔女は軍を襲ってくるわけではなかった。国に反旗を翻しているわけでもなかった。ただただ国の各地で『大暴れをしている何かが居る』という報を受けて軍を動かして平定にいくと、大抵その先にいるのはとある魔女だったというだけの話。
しかし、その暴れようがあまりにも大きく、インパクトも強かったために、兵士たちは一報を聞くと反射的に『また魔女からの襲撃が来ました! 』と告げるようになっていたのだ。
人が好きなパトリックにおいても、この魔女の行動は理解の外だった。理不尽な理由で度々駆り出されては、後始末に奔走することとなった。
この数年後。この魔女は国の英雄として列席されることになる。そして数々の英雄譚を作り上げていく。
ドラゴンの群れを操り人々を助けた魔女の話。
炎の橋を渡り精霊を助けた魔女の話。
暴れる魔物の群れを全滅させた話。
そして、この国ウィザーディアに蔓延る怪異を解決させた魔女の話。
これら代表的な話以外にも数々の話が小説となり演劇となり人々に語り継がれることになった。
まさかそのような展開になろうとは、当時のパトリックは全くもって…知っていた。そもそもこの話の仕掛け人はパトリック本人。英雄譚を作り上げたのだ。英雄譚のうち最後の一つ、『ウィザーディアに蔓延る怪異を解決させた魔女の話』これだけが真実に近い話であり、他は事実とはかけ離れていた。
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