閑話 親子
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小ヒューゴがまだ昔の名前だった頃の話。
彼の家は子沢山だった。彼の家に限らず、村では子沢山が多かった。理由は二つ。貧しい村なので、労働力が要るため。また、貧しい村なので、子どもの死亡率が高いため。たくさん産んで、その中から何人かが大人になれるのだ。
村は、二つの大国の狭間に広がる広大な荒野の中にポツンポツンと点在する、街道沿いの宿場の一つとしてそこにあった。背面には小さな丘があり、そこから湧く水場があるのも利点だった。
彼の父親は寡黙な人だったが、愛情深い人だった。彼を奉公に出そうと決めたのも父親だったが、なにも口減らしのために出したわけではなかった。
口の達者な成人している姉二人と、人に好かれるがずる賢いことばかり覚えてくる兄二人にいいように使われ、甘えん坊の弟妹達の面倒を何も言わずに真面目にこなす彼の様子を見て、このままでは彼は家族や周りの者に使われたままの存在になってしまうと危惧した。
何より歳に似合わずしっかりとしており、落ち着いた性格、そして周りをよく見る洞察力。この子はきちんと育てれば一角の人物になるだろうと、親の欲目かも知れないが、そう思えた。
彼らの村よりも少し栄えた隣村。そこにいる知人に息子の面倒を見て欲しいと告げると、『あの利発そうな坊やだろ? 』と相手もすでに目をつけていたらしく、話はすんなりと進んだ。
奉公先へと向かう馬車の上。
珍しく親子二人きり。
「大旦那様の言うことをよく聞くんだぞ。」
「はい。お父様。」
「小遣いはもらえるが、無駄遣いしないように。」
「はい。お父様。」
「…父を恨んでいるか? 」
「いいえ。お父様。」
無垢な瞳で見つめ返す息子を、父親は見つめた。
「なんの為に奉公先へとやるか、お前はわかっているのか?」
「はい。わかっています。お父様は、僕に学ぶ機会をくださったのです。」
「…賢い子だ。よく見て、よく学びなさい。これからの人生を自分で切り開くんだ。」
「はい。お父様。」
あまりにも聞き分けのいい息子が心配になり、父親は助言をした。
「感情を抑えることも大事だ。だが、自分が本当に伝えたいことは、きちんと口に出して言うんだぞ。機会を逃してはいけない。」
息子は返事をせずに父親を見上げる。
「寂しくはないか?」
「…寂しいです。」
そう言って、息子は父親の腹に抱きついた。
ようやく感情を素直に出した息子の頭を撫でる。
「父も寂しい。愛している。」
そう言って、しばらく静かに涙を流す息子の頭を撫で続けた。敢えて馬をゆっくりと走らせる。
「そろそろ村が見えてくる。」
そう言うと、息子はそっと顔を離した。そして自分で小さな水筒からハンカチに水をこぼし、目を冷やしていた。
(…こんな時まで敏い子だ。)
父親はそう思った。奉公先にみっともない顔を見せないよう、泣いている間も決してこすることはなかった。
他の兄弟ではこうはいかない。上の女の子たちは家を出るときは泣きはらした顔をしていた。上の男の子たちは家にいるが、奉公へ出されるとしたら別れの実感もなくふざけ続けていることだろう。この子よりも下の子たちは皆甘えん坊だ。おそらく奉公先についても泣いている。
「頑張ります。家族の為に。僕自身のためにも。」
そう言う立派な息子を、晴れやかな気持ちと寂しい気持ち両方入り混じりながら、知り合いの大店へと託した。
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