平凡な聖騎士②
よろしくお願いします。
少年が目を冷ましたとき、そこには幼い弟は居なかった。だだ広い荒野で黒髪の女の人と、青銀髪のきれいな男の人が焚き火を囲んで食事をしているだけだった。
不思議と自分の怪我は治っている。あれだけ血まみれだったのに。おそらく目の前の二人のどちらかが治してくれたのだ。
大怪我を治せるほどの能力のある人が目の前にいる。
それなのに弟はいない。賢い少年はそれが意味するところがわかってしまった。
「あ、あの…。」
目の前の男女に声をかける。返答はせずに、目線だけ少年に向ける女の人。男の人は別のことに気を取られているようで、動きもしなかった。
「ありがとうございます。」
何が起きたのかわからないが、この二人が助けてくれたのは確かだろう。少年は礼を言う。
女の人が「ああ。」とだけ言って、そのまま会話は途絶えた。
火のはぜる音だけが、荒野に響く。
先程までの事態が嘘のような静けさだった。少年は手足を動かしてみる。ちゃんと動くようだ。目の前の二人とも、まだどこかに移動する様子もなかったので、少年は立ち上がり、歩き出す。目的もなく歩き出したつもりだったのに、足は村の方へと向いてしまう。
少し離れた場所だったようで、遠くに村が見えた。
騒ぎを聞きつけたのだろう。派遣されてきたらしい国軍がいるのが見える。埋葬作業が行われているのだろう。
街道に目をやる。道の途中に、色鮮やかな小さな布がかけられた何かがあった。大きさは幼い子供を覆いかぶせる程度の布。そこは少年が幼い弟と共に倒れていただろうと思われる場所。
少年は涙を流さなかった。虚ろな瞳で鮮やかな布を見つめたあと、踵を返して焚き火のある場所へと戻っていった。
戻ると、焚き火はすでに消されており、二人は移動するところだったようだ。少年は、一度村の方を振り返ったが、前を向いて目の前の男女についていった。
ついて行ってみたものの、この二人、おかしい。
男の人は気がつくとすぐにいなくなっていた。かと思えば、ふらっと戻ってくる。
女の人も、待ってと言えば待ってくれるが、基本的にずんずんと進んでいく。助けてと言えば助けてくれるが、少年が獣に襲われていても、崖から落ちそうでも、何も言わなければ何もする気配がない。
少年は女の人に保護されたものだと思った。しかし、考えてみれば勝手についてきていただけだ。
少年はきちんとお願いすることにした。
「僕が一人で生きていけるようになるまで、助けてください」と。
お願いしたら、少しはましになった。置いて行かれることも多いし、基本的に助けてはくれないが、危なくなる前に助言をしてくれるようにはなった。
よくわからない関係のまま、三人での旅は続いていた。
ある日、女の人に、「おい」とよばれた。
とても乱暴な呼び方だと少年は思った。豪快な女性の知り合いも居たけれど、この人のような人は初めてだった。
でも、「おい」と呼ばれると少年と男の人が同時に振り向く。それに対して女の人は変な顔をした。
面倒だな、とつぶやいたあと、女の人は少年に名前を聞いた。
少年は名前を言おうとしたが、何故か言えなかった。
ここでは名無しの生活をしていた。お互い素性を知らない。何者でもなかった。
でも、名前を告げようとしたら、家族を思い出してしまった。家族から愛情を込めて呼ばれた名前を。その声を。
少年は唐突にその場で嘔吐した。
その様子を、女の人はただ見ていた。そして、こう言った。
「そうか、忘れたか。」
しばらくして落ち着いた少年は、今度は女の人の名前を尋ねた。
「私の名はカサンドラだ。」
カサンドラと名乗った女の人は、とても目力が強く、目を合わせるといつも緊張してしまう。でも、魔法使い(初めて見た)らしく、とても強い。共に旅をするにはとても頼もしかった。
男の人は会話に興味が無いようで、こちらを見ていなかった。
カサンドラに、二人の関係を聞いてみた。
「…? 」
本人もあまり把握していないような顔をしていた。
「恋人ですか?」
「ああ、それだ。恋人だ。」
…適当に返事したな。少年はそう思った。
「この人の名前はなんですか? 」
カサンドラに尋ねる。まだ数日の付き合いだが、男の人の方はまともにコミュニケーションが取れそうにないと思った。変わっているけれど、まだカサンドラの方がましだ。
「おい。お前名前はなんだ? 」
「え、僕? ヒューゴだよ。 」
カサンドラが男の人になぜか名前を訪ねていた。
少年は目の前の男女のやり取りが信じられなかった。
「え…と? 名前知らなかったのですか? 」
「ああ。二人きりなら必要なかったからな。」
お互い名前を知らないままこの二人も旅をしていたらしい。関係性は未だ謎だ。
そしてカサンドラは、何か思いついたらしく、少年を見つめてこう言った。
「三人だと名前がないと不便だ。お前に名前をつけてやろう。」
そして、腕を組んで満足そうにつげる。
「お前の名前はヒューゴだ。」
「え?」
「ヒューゴだ。」
(…意味がわからない。)
少年は混乱してカサンドラに問う。
「えっと、男の人の名前、ヒューゴさんですよね。」
「ああ、そうだ。」
満足そうに頷くカサンドラ。意見を変えることはむりそうだ。意図を聞くことも無理そうだ。少年はヒューゴと言う名をつけられた。
(区別するためにつけた名前なのに、同じ名前が二人になってしまう…。)
しかし、世話になっている身なので、反論する気も起きず、少年ヒューゴは名前を受け入れた。
大人のヒューゴも、この名付けに関して特に気にしていなさそうだった。
カサンドラとヒューゴとヒューゴ。
三人の奇妙な旅が続く。
読んでいただきありがとうございます。