平凡な聖騎士①
よろしくお願いします。
流血シーンがあります。苦手な方はご注意ください。
大国ウィザーディアに存在する五英雄は、救国の魔女、勇者、聖騎士、智将軍、剣聖。
そのうちの聖騎士は『聖騎士』の称号を受け取った時点でも、身分は見習い騎士のままだった。なぜなら、彼は当時まだ八歳だったから。この国では、正式に仕事に就くのは十六歳を過ぎてからとの法があった。
十六歳までは正式な騎士の職には就けない。しかし騎士養成学校に通っていたため、見習い騎士を名乗っていた。
後にイケメン騎士団の中の、子犬のような少年団長になる彼だったが、生まれつき素晴らしい能力があったわけではなかった。見かけも平凡だったし、生まれも平凡だった。常人と異なるのは、その育ちだった。
彼は大国ウィザーディアの生まれではない。辺境の国の田舎にある小さな村出身だった。
彼は兄弟が多かった。そしてしっかりとした性格だったため、少し大きな隣村に早いうちから丁稚奉公に出されていた。
まだ五歳のことだった。この周囲の村ではままあることで、幼い子供が大店の手伝いをする代わりに、世話をしてもらう性質の奉公だった。
二年ほど経ったある日のこと。
彼が奉公先で仕事の手伝いをしている間に、彼の村が魔獣に襲われた。それを知らずに十日に一度の帰省をするために彼は村に向かっていた。そして、目の前でまだ村が襲われているのを目撃してしまう。
幸か不幸か。
一日村に戻るのが早ければ彼も被害にあっていた。彼が魔獣の存在に気がついたのは、村に入る前だった。村から距離があるため魔獣に気づかれていない今なら、引き返すこともできた。
一日村に戻るのが遅ければ村が被害にあっているところを見ることはなかった。被害の報告は奉公先まで届くだろうし、嘆き悲しみはすれど安全な隣町に居られただろう。
しかし、目撃してしまった。目の前で家族や見知った者たちが襲われているのを見ておきながら放っておける性格でもなかった。
彼は家族を助けに行くことにした。
それでも、無謀な性格でもなかったので、村の中心で暴れる得体のしれない生き物のなるべく死角に入るように、慎重に外回りで村にある自宅へと近づいていった。
村の中心では蛸のような形の巨大な生き物が、いくつもある長い手足を振り回して、手当たり次第建物を壊していっていた。
その様子を注意深く見定めながら、じわりじわりと進み、何とか自宅へと辿り着く。すると、そこでは小さな弟が一人で物陰に隠れていた。
弟のもとへ駆け寄る。話を聞くとたまたま留守番をしていたのだという。
彼を安全なところへと連れ出そうと家に入った途端、建物の壁ごと兄弟は凪払われた。
木でできた簡素な建物だったため、木の壁が却って衝撃を和らげてくれたのか致命傷にはならなかった。
瓦礫となった自宅の一部の下で、彼は弟を抱きかかえながら息を潜める。魔獣の気配がまだそばにあった。
瓦礫で視界が塞がれて外の様子がよく見えない。
「おにいちゃん…」弱々しい声でしがみついてくる幼い弟を抱きしめて、何とか外の様子を伺う。
彼自身も齢七歳にしかなっていないが、一人隣村へ通ううちに、色々と学んでいたことが役に立った。野犬の対応や盗賊への警戒。魔獣相手は初めてだったが、やることは同じだった。相手の様子をよく見ること。機を逃さないこと。
顔を出して魔獣から見えてしまってはいけない。隙間から覗いても、それは相手からも見えるかもしれないということ。相手がどのような相手か分からない以上、下手には動けない。
弟の口を優しく塞ぎ、耳を澄ませる。どうやら、村人は避難所へ逃げていっているようだ。この周辺では複数の村が集まって自警団を作っている。きっと自警団の到着を待っているのだろう。
しかし魔獣の気配は騒ぎが大きい方、つまり人が大勢逃げていく方へと向かっているように思えた。
彼は静かに考える。群れが襲われているとき、はぐれた者から捕まるのは狩の定石。しかし、相手はこちらに気がついていない。そして、より目立つ方へと向っている。この場合どのように動くのが正解か。
彼は賭けに出た。
―村の自警団では勝てない。だから、避難所へ行ったら詰んでしまう。
そう考え、敢えて逆へ逃げる。
狙うのは村のそばの街道。
そこは国の聖教騎士団と呼ばれる騎士団がまれに通る。
―それに賭ける。
弟を抱きかかえ、物音がしないように苦戦しながら瓦礫から這い出る。そして、じわじわと匍匐前進で進む。まるで真綿で首を絞めるようなじれったい恐怖を感じながら、それでも辛抱強く進んでいく。
どれくらい経っただろうか。ようやく街道に辿り着いた。魔獣に見つかりにくいよう木陰に。しかし、通行人に気づかれやすいようなるべく通りからは見える位置に。そこで彼は気を失った。
更にどれくらい経っただろうか。聖教騎士団は通らない。それもそうだ。まれに通るだけ。そんなタイミングよく通るわけがない。
しかし、そこを通ったのは、大魔法使いカサンドラ。
カサンドラは行き倒れには関心を持たない。
少年がそこに居て、まだ生きているのはわかっていたが、よくあることなので目もくれない。
徐々に生命の灯火が小さくなっていくのを感じながら通り過ぎていく。
ところが、なぜかその灯火が大きくなる。
「お、弟。助けてください…」
掠れる声で、少年は血まみれの自分ではなく弟の命を助けてくれという。
幸か不幸か。
カサンドラが関心を持った。
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