何もしない勇者
よろしくお願いします。
カサンドラは国を出てから何年も放浪の旅を続けていた。
気の赴くままに、各国を、大陸を、人外の土地を渡り歩き、辺境の大陸に来た時。ある青年と出会う。
彼は緩やかな山の頂上付近で行き倒れていた。
行き倒れなど普段は無視するカサンドラだったが、その青年に関しては何と無く興味を惹かれた。
それは今まで見てきたモノの中で、一番美しいモノだったのだ。
透けるようにキラキラと風になびく青銀の髪。透けるような肌。うつ伏せではあるが、微かに見える整った目鼻立ち。
元王族のカサンドラは綺麗な人間は見慣れていたが、この青年の類は初めてだった。
「おい。」
カサンドラがぞんざいに声をかける。
初めは反応がなかったので、面倒になり一度は通り過ぎた。しかし、後ろから微かに声が聞こえた。
「…だれ?」
青年は声まで美しかった。
カサンドラは面白いものを見つけたと思った。
「通りすがりの魔女だ。」
「へ〜。」
行き倒れている割には余裕な回答だった。
「お前は何をしているんだ?」
「う〜ん、力が出ないから、寝てるの。」
よく分からない返答をする。
青年を無理矢理起こして、適当な壁面にもたれさせる。
正面から見た青年は、全体的に色素が薄く、生命力が弱そうという印象であった。
「何故力が出ない?」
「わからないよ。」
「力など食べて寝れば出てくるだろう。」
「そうなの? 疲れたときはいつも僕は寝ているよ。」
「…最後に食べたのはいつだ?」
「う〜ん。わからないな。」
「とりあえず、そこの木の実でも食べればよかったんだ。」
「え〜。食べ方わからないよ。」
青年は場違いな発言を続ける。
二人がいる山は木が生い茂っている訳ではなく、岩場が多く疎らに植物が生えている植生だった。そのまばらに生えた植物には赤々とした木の実が生っている。
近所の子どもたちがよくつまみ食いをするありふれた木の実だった。まばらに木が生えている分、目立っているのですぐに見つけられる。
そもそも山はそれほど高くないし、麓には大きな街が広がっている。半日で降りられるその街に行けば食べ物など豊富にあるだろう。行き倒れになるまでここにいる理由が見受けられない。
聞くと、立派なことをするために家を飛び出して来たという。特に食べ物は持ち合わせていないそうだ。
食べ物に興味がないらしく、何も口にしないまま、ここまで来たと青年は話した。
仕方がないので、カサンドラは木の実を潰して青年に食べさせてやった。
実はこの青年、ウィザーディアに於いてかなり高位の貴族の嫡男であった。
青年は両親に『僕は立派な人になる』と告げた。急に家を出たいと言い出した息子に対し、両親は反対…することもなくすぐ受け入れた。
浮世離れしたこの息子は到底爵位など継ぐことはできない。爵位は青年の弟に継がせることにして、青年を勘当した。
「もう戻ってくるな。」
そう言ったのは、父親なりの愛情であった。
母親は、青年がお腹を空かせて戻ってくるものだと思っていた。彼は自ら食事を取る意思がない。屋敷でも従者がつきっきりで食事を食べさせないと、すぐ他の事に興味を移してしまい、食べるのを辞めてしまう。
そんな風変わりな中身をしているのに、外見は至高の美しさを有しているものだから、社交界に入れてしまうとトラブルが起きるのはわかりきっていた。
母親もまた、青年がお腹を空かせて戻ってきたら、どこか田舎の領地に行って好きに過ごさせようと思っていた。
なかなか帰ってこない息子が心配で泣き暮らす母親を、父親が慰める。
「あの子は頼りないが、人から愛される才能がある。大丈夫だ。きっとどこかでうまくやっている。」
それからカサンドラと青年の二人は、共に行動することが多くなった。といっても、常に一緒にいる訳でもなく、お互い興味の赴くままに行動するため、別行動も多かった。
カサンドラが青年のことをふと思い出して、生きているか時折様子を見に行き、そのたびに行き倒れている青年に食事を与えた。青年もそれを受け入れた。
果たしてこの二人の関係は何なのか。恋愛関係だとか、友人関係だとか言うのにはいささか疑問が残る。カサンドラは給餌をする相手として青年を見ていたし、青年にとっては給餌器のような存在だった。
しかし、常人から理解されず、常人を理解することもできない二人は、なんだかんだ相性がよかったようで、共にいる時間は徐々に増えていった。
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