6月生まれの魔女の娘④
よろしくお願いします。
「なのに、なんで帰ってこないの! 」
辺境において常に最前線を担当する精鋭がそろった騎士団。その臨時本部で、ヒューゴは叫んでいた。
「何が『なのに』なんですか、団長。」
「遊んでないでそろそろ行きますよ、団長。」
若い上に気の優しいヒューゴ団長。団員皆扱いが適当だった。
叫ぶ団長を無視して皆仕事に出ていった。
ヒューゴは八歳で聖騎士の称号を得た。
十六歳でようやく正式な騎士の職についた。
十九歳で最年少の団長となった。
一方、ヒューゴの想い人であるアレクサンドリアは八歳の時(ヒューゴ十六歳)、母カサンドラと共に二人旅に出た。そして、その三年後カサンドラの行方不明情報が出てきてから更に二年。未だ帰ってきていなかった。
この時ヒューゴが二十一歳。アレクサンドリア十三歳。
ヒューゴはアレクサンドリアの帰りを待ち続けていた。
正直に言って、アレクサンドリアのヒューゴの扱いはひどいとも言えた。
カサンドラが居なくなった後も、アレクサンドリアからは定期的に一方的に連絡は来ていた。
そのため、彼女の無事はわかっていた。しかし、魔法の使えないヒューゴから連絡することはできない。(アレクサンドリアが訪ねてくれれば応えられるのだが。)
その上、アレクサンドリアは、いつでも行きたいところに行ける。いくら遠い場所にいるからといって、帰ってくるのに時間がかかるわけでは無かった。ただ単に帰ってくる意思がなかったのだ。
そんなアレクサンドリアがとうとう帰ってきた。拠点の古城にて疲れ果てて眠っていた。その様子を見つけたヒューゴは嬉しさのあまり駆け寄って抱きついた。
アレクサンドリアはたまたまヒューゴが見つけたのだと思っていたが、そうではなく、ヒューゴは毎週みんなと暮らした古城が恋しくて通っていたためすぐに見つけたのだった。
「なんですぐに帰って来てくれなかったの?」
心配と安堵が相まって、ヒューゴはつい不平を口にした。
「あなたの様子はどこにいてもよくわかりますから。」
平然と答えるアレクサンドリア。その答えに少し嬉しくなってしまうが、もう少し愚痴をこぼす。
「僕が心配してるとは思わなかったのかい?」
「あなたはいつも私の心配をしていますから。」
そう言われては返す言葉が無かった。
アレクサンドリアは母親が消えてから、母ゆかりの場所へ毎日廻って行っていたそうだ。
父を亡くし、母を失い、人外の地で置き去りにされたアレクサンドリア。母の逞しさを受け継いでいたから生き抜いてこられたものの父のその性質もまた受け入れていた。生きることの執着心が薄かったのだ。
何故生きているのか、その答えが見いだせないまま、何となく母の面影を追って、母のゆかり場所―母と共に旅して歩いた場所を放浪していたのだと言う。
「あちらこちらを歩き尽くしましたが、その答えは本当は最初からわかってたのだと思います。答え合わせをしていたと言うのでしょうか。」
アレクサンドリアはキラキラと美しく輝く瞳をヒューゴに向けて話す。
「私の生きる意味は、あなたが教えてくれるのです。」
それが私の答えです。アレクサンドリアはそう言った。
十三歳で帰ってきたアレクサンドリア。
アレクサンドリアは家族全員の意向でその素性を国に伏せているのだが、彼女のことをカサンドラ経由で見知っていたパトリックは、知らせを聞いて男泣きをしてその無事を喜んだ。
そして、パトリックが後見人として付くこととなった。
ゼンでもいいのではないかと言う案が出たが、ヒューゴが盛大に駄々をこねてパトリックにさせた。法的に擬似兄妹になるのは嫌だったのだ。少しでも結婚の可能性を減らしたくなかった。
住む場所は一緒でもいいのではないかとアレクサンドリアは言ったが、ヒューゴは再度盛大に拒否をした。
結婚するまでは一緒に住むことは出来ないと。
幼い頃から一緒にいたのに、なぜ?と不思議そうな顔をするアレクサンドリア。
その小首をかしげた時の一瞬の表情ですら愛らしい。
「その、色々と我慢をするのが大変だから、ね。」
ワタワタとそう説明するヒューゴ。
「何を我慢するのですか? 」
無垢な顔でそう聞いてくるが、具体的に説明できないヒューゴ。
さらに、『あなたは別に何も我慢しなくてもいいのですよ』と言われてしまってグッと喉が鳴ってしまう。
「触れたいと思ってしまうんだ。」
なんとか言葉を選んで紡ぎ出すが、
「いつも触っていますよ? 」と返されてしまう。
それは、小さな頃は風呂にも入れたし、大きくなってからも髪を拭いたりだとか、手を取ったりだとか、何かとスキンシップは多かったものたから、いまいち伝わらない。
黙り込んてしまったヒューゴに、
「一緒に住みたくないなら別にいいです。」
とスネ気味にアレクサンドリアが言ったものだから、ヒューゴの落胆といったらなかった。
落ち込んだヒューゴをみて、アレクサンドリアは呆れて笑いかけながらその柔らかな茶色の髪をなでてやった。
「古城に沢山遊びに来てくださいね。」
そうしてヒューゴは寮ぐらし、アレクサンドリアは古城に住むことが決まった。
古城の維持費は『住んでいないあなたが払うのはおかしい』と、ヒューゴが出そうとするのは拒まれてしまった。
その後しばらくして落ち着いてから、アレクサンドリアは仕事をしたいと言い出した。城の維持費を払う必要があるし、なにか新しいことをしてみたいからだと言っていた。
ヒューゴは本当ならアレクサンドリアを一歩も外に出したくなかった。しかし、あまりお願いをしてくることが少ない彼女のたっての希望を無視するわけにもいかない。
ヒューゴは妥協した。パトリックと共謀して人目につかない職場に就かせた。魔法が得意…と言うよりも類を見ないほどの達人だったので、魔法の古書を分析する仕事を紹介してもらった。魔術師たちも追い払った。
お絵かきで古今東西の魔法陣を描いていたほどの彼女だ。メキメキその頭角を表した。『表さないでほしい。』目立たないでほしいヒューゴはそうつぶやいた。
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