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救国の魔女と嘘つきな英雄達  作者: 成若小意
本編

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13/21

剣聖②

よろしくお願いします

「そうだな。」

ゼンは足を組み直して、椅子に深く腰掛けて指を組む。

大柄な彼はその体勢だけで様になる。


「カサンドラ殿は、戦闘狂で、冷徹で、雑だ。」

ふっと笑う。

「だが、面倒見がいい。」


「俺は雑に扱われたけどね!」


少しふてくされるヒューゴ。それに対してゼンは諭すように言う。


「いいか。ヒューゴ。わかっていると思うが。」


椅子に座ったゼンは、床に座ったヒューゴを見下ろす。それだけでも普通の新兵なら泣いてしまうところだが、ゼンに慣れているヒューゴは普通に見上げてくる。


いや、慣れる前から普通に接してきていた。歴戦の戦士ですらひと呼吸置いてから話かける程に殺気が身に染み込んでいるようなゼンだったが、後見人になった当時でも、まだ八歳のヒューゴは自然と手をつないできていた。


そんなヒューゴだから、ゼンにとっては可愛くて仕方ない弟子であり、息子であった。


「カサンドラ殿がこの国に住んだのはなんでだと思う?」




そう言われて、ヒューゴは考える。


カサンドラは流浪の民だ。この国に来るまでは定住しなかった。そもそもどこかに住む必要がない。どこにでも行けるし、どこでも生きていける。


そんなことはわかっていた。そのカサンドラが何故拠点を定めたのか? そうしなくてはいけない理由は?


それも本当は分かっていた。


超人であるカサンドラ。常人ではない勇者ヒューゴ。特別な娘アレクサンドリア。彼女はそもそも定住を決めた当時、生まれていない。その中で、普通の少年である、僕。


そう。

この国に住んだのは僕のため。

城を買ったのも僕のため。


僕のことを考えて、騎士学校に入れ、信頼の置ける後見人を見つけた。


普通の少年が普通に生きていけるよう、すべてを整えてくれた。




「…それはわかっていたよ。お師匠様自身には、この国に住む理由は特にない。」


「俺の言った通り、面倒見がいいだろう? 」


「…そうなんだよ。」


ヒューゴは力強く頷き、続ける。


「カサンドラは荒唐無稽で、雑で、冷酷だ。だけど、好奇心旺盛で面倒見が良くって愛情深い素敵な人なんだ!

だから、聖人みたいな英雄になんか仕立て上げないで欲しいんだ。」





ヒューゴが英雄譚の嘘を暴きたかった理由。それは、あまりにもキレイにえがかれている育ての親の本当の姿を、皆に知ってもらいたかったから。


「そうだ! パトリックさんにも手伝ってもらってさ。」


「それはできない。」


「なんで?」


「この話を作ったのはパトリックと俺だからだ。」






偽りの英雄譚をでっち上げた人物。それは、目の前の英雄、剣聖ゼンと、上司のパトリック二人だという。


ヒューゴは少し黙ったが、懲りずにこうきりかえす。


「それなら、むしろ覆しやすいじゃないか。」


「確かにな。だが、英雄に仕立て上げたのには理由がある。」


「それはお師匠様に負けてばかりの国軍が格好悪いからだろ。だからお師匠様を英雄にして、軍はそれを助けたってことにしたんだって、隊員達が言ってたよ。」


「それも一つの筋書きだ。でも筋書きはいくつか用意されていた。第二候補は悪者にするパターンだった。カサンドラ殿がこの国に住まなければ、何とでも言えたからな。でも、この国に住む理由があった。」


ゼンは腕を組んで、ヒューゴに促すように言う。


「さっきも言ったが、それはなんだと思う?」


「…それは。ぼく。」


「そうだ。話が本格的に進む前。称号授与式に出ることの条件を話し合ったんだ。提示された条件は、お前の住める環境をつくること。カサンドラ殿はお前がここで永住することを望んでいた。」


式典に興味のないカサンドラが出席するための交換条件。それはヒューゴが永住できるように取り計らうこと。


「そして俺とパトリックは考えたんだ。これから先、この国に住み続けることになるお前の育ての親が、悪者であるよりも善人の方がいいだろうと。」


カサンドラを悪者に仕立て上げる筋書きも用意できた。国に、魔物になる酒を造っていた親玉だと言ってしまえばいいだけだ。そうすれば、軍の出陣は悪の魔女を追い払うためという大義名分が得られる。しかし、そうはしなかった。


ゼンとパトリックは保身の為に嘘をついたのではなかった。






お師匠様の英雄譚の嘘を暴く。その計画は大人の事情で有耶無耶にされた。その事情とは、ヒューゴ本人を守るため。寄って集って、大人がヒューゴを守るために勝手に行動して勝手に守られていた。


「なんで、皆そんなに優しくしてくれるんですか。カサンドラにとって、僕の存在は、なんだと思いますか? 」


俯いたヒューゴが呟くその声は震えていた。


「僕は、ただついて行っただけの子どもだった。」


ゼンは椅子に深く腰掛け直す。


「カサンドラ殿は何でも大切にするわけではない。カサンドラ殿はかつて言っていた。」


ゼンはひと呼吸おいて、こう告げる。


「初めて大切に思ったのは勇者のヒューゴ。一番大切なのは娘アレクサンドリア。そして、一番長く世話をしたのは。一番手をかけたのは。ヒューゴ、お前だ。」






俯いたまま動かなくなってしまったヒューゴに声をかける。


「気持ちを我慢するのはお前の悪い癖だ。」


「…会いたいんだ。お師匠様に。」


カサンドラは娘との二人旅の途中、行方不明になってしまった。娘のアレクサンドリアから連絡は入ったものの、カサンドラに何が起きたのか依然としてわからないままだった。


ヒューゴは立ち上がって、ゼンの腹に抱きつく。


本当は英雄譚なんてどうでもいい。少しでもカサンドラに関わりのあるものに触れていたかった。カサンドラのあらゆる英雄譚も読み、あちこちでカサンドラの思い出を尋ねて周ったのだ。


ゼンに抱きついたままのヒューゴ。

子供のように泣きはしなかった。

しかし、ずっと離れない。

そして、そのまま眠りに落ちた。



ゼンは思う。

目の前の少年は。

両親を、家族を、育った村を目の前で亡くした。

過酷な環境を生き抜き、今度は育ての父を失くした。

さらに、育ての母を失った。

想い人は未だ戻らない。


しかし、懸命に生きている。自分のためではなく、人のために努力をする。

「だからお前は好かれるんだよ。」

そう呟いて、柔らかな栗毛をそっとなでた。

読んでいただき、ありがとうございます。

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