第92話 もしも、あるブロックを禁止区画に書き換えたらば。
後方を警戒していたとはいえ、結果的に、ノータイムで放たれた死神の愛を、無傷でやりすごせる道理はなかった。服の背部は大きく裂け、ウエストの辺りには赤い染みができている。苦痛に顔を歪ませながら、コーザが周りを見渡してみれば、相棒の姿がそばにない。コーザに遅れて移動したルーチカは、自身とは反対の通路に、避難していたのである。だが、これがコーザを救うことになったとは、まさか本人も気がついてはいるまい。
二人が別々の横道に退避したとき、フレデージアは隠すこともなく舌打ちしていた。いささか予定が狂ったからである。そもそも、ルーチカは妖精なのだから、攻撃を受けない。身を隠す必要すらないはずだ。それなのに、安全を確保しようと逃げたのだから、相手の頭が悪いというのも、少しばかり考えものである。これ以上、予期せぬ行動が増えてしまう前に、相手の神経をすり減らし、もう少しばかし単調にさせるのが得策か。
軽めの風を放ちながら、その合間を縫って、遠方より呼び寄せた個体を、コーザのもとへと向かわせた。
走査員。
クラゲとも管楽器ともつかない、げに奇怪なフォルムのモンスターである。
「なっ」
脇道へと入って来た機械を目にしたとき、コーザは驚愕を隠せなかった。それが、普段は滅多に見ることのない種類の、モンスターだったからである。
幸い、ランクはCで、決して強くはない。
だが、極めて俊敏で、他のモンスターに先んじて物資を探索、その居場所を知らせる役目を担っている。
そして、それが単なる驚きでおわらなかったのは、走査員がけたたましい叫びを、あげたからにほかならなかった。見渡すかぎり、近くに物資は落ちていないのだ。
(クソが! 人の所有物は探索の対象外……こいつは、いったい何に反応したってんだ!)
フレデージアが走査員を使った理由は、はっきりとしている。巡回車といい、走査員といい、どちらもがCランクの機械だ。かの妖精が、もっと高ランクのモンスターを操れるならば、初めからそうすればいいだけの話である。それができないからこその、走査員であろう。こうして、偶然にも物資を発見すれば、それに照応するモンスターが、走査員を通じて集まって来るからだ。きっと、その中にはB以上の個体もいるに違いない。
同様の考えは、すぐさまミージヒトも思いいたる。
「ん、今の通報はあなたがやったのかい? 操作の利かない個体を呼び寄せても、よかったのかな?」
「……いえ、ただの偶然でしょう」
子守歌の効果範囲ぎりぎりから、走査員を招集した訳は、その道中で物資を発見するのではないか、という期待を込めてのものだったが、まさかコーザの現在地にあったとは……ついている。
「ですが、たとえSランクが来ようと、何の問題もありません。こなたの風は、たとえ、最硬度を有する囲い屋の装甲であっても、難なく切り裂きます」
その事実は、ダンジョンの壁に亀裂をいれた点からも、明瞭だろう。強制顕現の最中にしか発動できない、という制限こそあれども、死神の愛に断てない機械は存在しない。この状態のフレデージアは、文字どおりの化け物なのである。
対するコーザは失態を演じていた。
走査員の警報を止めようと焦ったため、蛇の舌での対処を試みたのである。当然ながら、敵の俊敏性は、弾道の変化という小手先の仕事で、どうにかなるような安い代物ではない。もっと根本的な解決策が必要なのである。
(しくった……!)
スキルの無駄撃ち。
ただでさえ、ミージヒトとはレベルに差があるのだ。本来なら、コーザは一発たりとも、ミスしてはならない場面である。
すぐさま、火炎放射を鞭のようにしならせ、相手を葬るが、いざ倒してみたところで、絶望にも似た暗澹とした気分が、胸中を支配しただけだった。
「……」
無理やりに気分を変え、呼び寄せられた機械を特定しようと、注意深く地面を探索するが、やはりどこにも物資は見あたらない。
はたと、いつかルーチカに言われた台詞が、なぜだか急に思い起こされた。
『何を言ってやがんだ、相棒。お前は昔から、やたらとモンスターに襲われやすかったさ』
たしかに、自分は人よりも、機械の襲撃を受けやすかったかもしれない。モンスターは人を攻撃するのだから、当然、対象に近づかなければならない。同様に、物を拾うためにも接近は必要だ。
まだるっこしい表現はやめよう。
もしも、それが襲っていたのではなく、ただ単に物資を、回収しようとしていただけなのだとすれば? 拾得の対象は、コーザ自身にほかならないではないか。
「……ッ」
そんなことはあるはずがない――と、浮かんで来たそら恐ろしい考えを、頭から振り払うべく、コーザは激しく首を揺らした。
そうして、コーザの意識が一瞬それたとき、その体は前方へと大きく吹き飛んでいた。
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