第66話 うちは瞳を持っているがゆえに。
黒緑色の世界を、懸命に走りつづけていたコーザだったが、ついに耐えられなくなり、入れ墨に向かって叫んでいた。
「ミージヒトについてなんだがよ、居場所のあてぐらいねえのか? 事前に相当な準備をしていたんだろう!?」
返事はない。
不信に思って後ろを振り返ってみれば、そこにいたはずの入れ墨が、忽然と消えているではないか。
「クソッ! やられた!」
初めから、自分を一人にする腹づもりだったのか。
この場の案内は入れ墨に任せていた。これで、どの方向に進めばよいのかという、指針についてもコーザは失ったことになる。
「……」
しかし、それと同時に奇妙な考えも浮かんで来た。
(これは……逆にチャンスかもしれない。今の状況を、氷結の見張りがいなくなったと捉えるならば、この抗争から抜け出すきっかけになりうる)
とてもではないが、自分一人ではミージヒトを倒すことなんて、できやしない。そうであるならば、氷結のワープゲートを使うというところから、考えを改めなければならないだろう。まさか、あの氷結が本人の屍を見せることなしで、自分にワープゲートの使用を許可するとは、到底思えないからだ。
既知のルートを失う。
これはあまりに大きな痛手だが、それでも無理やりに一人で戦うよりかは、遥かに堅実で合理的だ。運よく、ミージヒトに出会えたならば、ムッチョーダ側のワープゲートを、内緒で使わせてもらおう。同じ貴重な瞳を持つよしみなのだ。向こうだって、色々と情報は交換したいだろう。まさか、等閑の対応はされないはずだ。
(それに……なんとなくだが、こっちの渦のほうがいい予感がする)
きっと、それは現実逃避が見せた、都合のよい妄想に違いない。だが、それでもかまわないと、自分に言い聞かせるようにして、益々コーザは意固地になりながら、ミージヒトの幻影を懸命に追った。
しかし、そう思って行動してみるものの、あいにくと待ち人という存在は、得てして簡単には現れてくれないのである。むしろ、余計な人物と鉢合わせることになった。
「コーザ……テメエ、やっぱり氷結の仲間じゃねえか!」
「うちだって好きで参加したわけじゃねえよ!」
そのように一応は主張してみるが、はなから相手は聞く耳を持っていないようで、拳銃の引き金に己の指をかけるばかりだ。
仕方なく、こちらも応戦する。できれば、今後に備え、弾の残数は維持しておきたかったのだが、背に腹は替えられない。
一瞬の躊躇。
その後に足を射抜いた。
あがる悲鳴。
すかさず、相手の取り落したハンドガンを、明後日のほうに蹴り飛ばした。これで向こうにスキルを使う手立てはない。無力化できた。
「ミージヒトはどこにいる!?」
怒鳴るコーザにびびりもしない。
そいつは痛む傷口に手を添えながら、歪んだ笑みをコーザに向けるだけだった。
「教えるわけねえだろ、バカが!」
当然の反応ではあるが、コーザとしても、それに気遣っているような余裕はない。ぐりぐりと、相手の傷口を広げるように足を押しあてた。
「うぐっ――」
その叫びは、後方からの呼びかけによって、ほとんどかき消されたと言ってよい。
「そこで何をしている! ……コーザ。お前は解放されたのではなかったのか?」
「いや……これは。どうしてもミージヒトに会いたくてな……居場所を知らないか?」
ごまかすのが難しい現場だが、まだ結構な距離もある。取り繕うよりほかにない。
(ヘーネベッタ……。こいつにはナリナーヅメが、相手にあたっていたんじゃねえのかよ!)
ということは、勝てないと踏んで逃走したか。さもなくば、やられてしまったということではないか。
危険すぎる。
応戦の意思がないことを示すべく、コーザは両手を挙げながら近づいていく。だが、一方のヘーネベッタは、残念だと言いたげにうつむいたまま、首を左右に振った。
「お前がミージヒトに会いたいというのは、心からの発言なのだろう……。それならば、どうして今しがたスキルを使ったのだ!」
(なんだと……)
さすがに傷口の状態は、これだけ離れていてはわからないはずだ。ましてや、それがコーザによるものであるかどうかなぞ、判別できるはずもない。
見ていたのか?
いや、直前の自分には十分な隙があった。もしも現場を目撃されていたのであれば、仲間を助けるという意味でも、挟攻されていなければ不自然だ。
(ほかの理由で見切られたのか……)
敵の発砲。
スカにも見えるが、それは羽の庭だ。
だが、そんなことはコーザにはわからない。
伏せると同時に、匍匐前進で横道にまで移動する。
(おそらくは、それがやつのスキル)
スキルを使ったかどうか――いや、使用中であるか否かについても、ひょっとすれば看破できるのやもしれない。
(補助の技はオンになっているかが丸見えか……。継続した効果のスキルを持たないうちには、大した意味はないが……)
だが、何よりも先ほどの空砲が気がかりだ。罪の科という、嫌な前例も知ったばかりなのだから、なおさらである。
「次は火炎放射にしてくれ。そのあとは普段どおりに」
「はいよ」
ナリナーヅメは自分に対し、スキルの仕組みが気になるかと尋ねていた。それはつまり、裏を返せば、そこには何かしらの理由がある、ということにほかならない。それがどのようなものであれ、事前に誘い水が飛んで来ると言うならば、そのことごとくを打ち払ってしまえばいい。火炎放射にはそれだけの力がある。
作戦は決まった。
意を決すると、コーザは本道へと踏みだした。
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次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




