第55話 解放
何がなんでもコーザを始末したい。
そのように激情を抱くグララムースにとって、ムッチョーダの提案は、とても聞き捨てられるようなものではなかった。
「ムッチョーダさん! ……コーザからよその話を聞くっていうのには、おれっちも反対しません。ですが、生かしておかなくてもいいでしょう。おれっちにやらせてくださいよ……必ず、ぶっ殺してやりますから」
その瞬間――。
ムッチョーダの裏拳は、グララムースの鼻柱を捉えていた。
鈍い音が辺りに響く。
それでも、うめき声は一つも聞こえて来ず、グララムースという人物の胆力が、図らずも垣間見られた。
「テメエはバカなのか、グララムース? こいつがなんで、コーラリネットに戻って来たと思っている。……まさか、目的を達成したから? 違うな。コーザの願いはダンジョンからの脱出だ。放っておいても、勇敢なるコーザさまは、再び未踏破領域にお帰りだ。勝手に消える人間なんざ、どうでもいい! 万が一にも、本当に出口を発見できるならそれでよし。そのときは、妖精王はまだ不佞たちを、見捨ててはいなかったという証明になる。あるいはまた、外の情報というお土産を持って、のこのこと顔を見せに来てくれるのであれば、改めて今日のような手厚い歓迎で、コーザをもてなそうじゃないか。どちらにせよ、コーザには手出しをしないほうが、不佞たちのためになる。氷結への憤りは次の機会まで取っておけ」
「はい……。すいやせんした」
淡々と謝辞を口にするグララムースの顔が、コーザにはどこか得意げに見えた。
※
ムッチョーダに連れられた場所にて、コーザはワープゲートの先で出会ったものを、順々に説明していく。その中には、当然のことながらイトロミカールの話もあった。
「……という感じで、このセーフティの住人はやたらと信心深い。実際、そことやり取りをしている仲介人が、辟易としていたほどだからな、相当なもんさ。そういや、ミージヒトも熱心に妖精を信じていたよな? うちもどうせイトロミカールに戻るのなら、相手のことを少しは理解してからにしたい。ミージヒトと、少し話させてくれないか?」
その言葉に、ムッチョーダは容赦なくコーザを睨みつけた。
「寝ぼけてんのか、コーザ。抗争の真っ最中だぜ?」
(この場にいるわけねえか……)
おおかた、氷結の監視などで忙しいのだろう。
「それもそうか。うちが知っている話っていうと、ざっとこんな感じかな」
「ああ。どれも新鮮な話で興味深かったよ。……それはそうと、コーザ。新技はなんだった?」
「ん……空砲のことか?」
訝しむより早くに答えられたのは、間違いなくチャールティンのおかげだろう。情報屋の一件から、莢の炎について尋ねられるのは慣れていた。
「いや、いい。忘れろ」
失言だったと言わんばかりに、ムッチョーダはぶっきらぼうに手を軽く振る。
(別に、ムッチョーダには本当のことを話しても、よかったかもしれないがな……)
だが、ついてしまった嘘は、最後まで貫き通すよりほかにない。座りっぱなしで固まった筋肉をほぐしながら、コーザはスキルについての話を、気にしない方針に決める。
「いい話が聞けてよかった。不佞が言うのもあれだが、くれぐれも気をつけろよ」
(……本当、お前が言うなって感じだぜ)
苦笑を浮かべてうなずけば、ムッチョーダはグララムースに指示を出す。曰く、コーザを見知った通路まで送り届けろ、と。
案内を務める人物が、好戦的なグララムースであることに、コーザは警戒を隠せなかったが、さすがに向こうも、ムッチョーダに殴られてからは、ずいぶんと大人しくしているようだ。慎ましく、コーザの前を歩いていく。
「後ろに気をつけるんだな!」
別れ際、捨て台詞として吐かれたものについても、安い脅し文句と捉えられる程度には、コーザも余裕を取り戻せていた。
(……一応は無事に抜けられてよかったぜ)
自分のこれまでの旅は、ある種の手柄になりうるのだと、そのことに気がついたコーザは、自分自身を誇るように、少しだけ口角をあげながら、ダンジョン内を進んでいく。
こうなっては、セーフティに立ち寄ることはしたくない。休息なぞで、余計な時間を取られてはいけないだろう。食糧についても同じだ。イトロミカールまでの日数は承知している。買い足さなくても大丈夫なはずだ。このまま最速でワープゲートを目指そう。
早くコーラリネットから脱したい。
その思いのまま、コーザは足を前へと運んでいた。
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