第1話 妖精迷宮
ガンガン。
金属を打ちつけるように鈍く、それでいて、どこか甲高い音が辺りにこだまする。ここは地下に広がったダンジョンの一角だ。縦横ともに三メートル。奥行きは広すぎてちょっとわからない。そんな長方形の空間を、細分化するように櫛状に広がっているのは、奇妙な形をした鉱物だった。
白く濁った鉱物である。
気泡でも多分に含まれていたのか、表面には小さな丸い穴が無数に見える。それらが地面から生えるようにして、天井や壁に勢いよくぶつかっているのだ。
現在進行形で――である。
何を隠そう。音の正体はそれである。この珍妙な現象を引き起こしているのは、ほかでもない。今、コーザが目の前で対峙している、奇怪な生物にほかならなかった。
「おっと、危ねえな。お次は上からかよ」
天井から自分に向かって伸びて来る、角錐のような形をした鉱物をかわし、着実に前へと進んでいく。危ないという言葉とは裏腹に、コーザの表情にはまだ余裕が見えるが、それも戦闘が長引けば、どうなるのかはわからない。時間とともに、角錐型の鉱物は増えつづけるのだ。それを減らす手段がコーザにはない以上、遠からずに劣勢となるだろう。
石拾い。
名前のとおり、ダンジョンに出現する鉱物を、好んで収集する生き物だ。いや……生き物という表現は、彼らにはふさわしくない。たしかに、容貌はふつうの生き物に見えることだろう。現に、コーザが相対しているのは小人だからだ。背丈にはとても釣りあわない、巨大な籠を背負ってこそいるものの、それさえ抜きにしてしまえば、一般的な小人のイメージに合致する。だが、たとえ見た目がそうであったとしても、彼らはどちらかというと、生物よりも機械に近い存在なのだ。その点だけは決して覆らない。
どこから来て、いずこへ向かっているのか。まるでわからない機械たちであったが、このダンジョンで暮らさざるをえない者はみな、コーザを含め、彼らを破壊することで生計を立てていた。
「行くぜ、相棒」
不敵な笑みを浮かべながら、コーザがおもむろにつぶやけば、それに応えるかのようにして、ちらりと拳銃が赤く光る。どのような仕組みで光っているのか、そんなものは定かでないが、とうの昔にコーザは考えるのを放棄していた。それが生きるうえで、どんな意味をもたらすというのか。高尚な原理の解明よりも、目先の実務のほうが、遥かに優先であることは疑いない。
トリガーを引く。
弾はない。そもそも、いれるところがない。
だが、それでも銃弾は確かに発射されるのである。
炎の弾丸だ。
燃え盛る火を、無理やりに銃弾へ変えたかのような、ひどく荒々しい一撃が、うなりを発しながら飛んでいく。バキボキ、ベコン……。そのまま軌道上にある鉱物もろとも、石拾いの頭部を打ち抜いた。
すでに、だいぶダメージを負っていた個体である。コーザの一撃はとどめを刺す形となり、まもなく壊れると、ついにはその動きを完全に停止させた。がらくたの塊となった石拾いは、壊れるやいなや、黒緑色の地面に吸いこまれるようにして、音もなくその姿を消す。あとに残ったのは、彼が溜めていたと思わしき、いくつかの鉱物だけである。
「今回も火の弾だったか。中々、違うものが現れねえな」
面白くないと言わんばかりの表情で、コーザは残された鉱物へと近づいていく。
トリガーを引く――その結果として生じる超常現象は、人が選べるような代物ではない。完全なるランダムだ。
いったいだれがそんなことを言いだしたのか。それはわからないが、やがて超自然の現象は、妖精の仕業と考えられるようになった。ただし、コーザに限って言えば、そのことをあまり信じてはいなかったので、先ほどの相棒という発言も、所詮は言葉の綾にすぎない。目に見えるもの以外は信じないと、そういう質だったからである。
純石と呼ばれる鉱物を拾いおえたコーザは、今一度自身の拳銃に言葉をかける。無論、それは儀礼的なもので、何か深いゆえがあってのことではない。まじないというよりも、愛着から来る気持ちの問題であろう。
「……さとて、進むか。相棒」
ここはダンジョン。脱出不能の地下空間である。閉じこめられた人の数は、だれにもまるっきりわからない。
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