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第六話「疑心」

 小屋のある地点まで戻ったところで、


「あれ、吉田さんじゃない?」


 (まもる)が海を振り返って指を差す。吉田の小型ボートが島へと近づいて来ている。しかし、船着場ではなく、どこか島の陰へと消えていった。


「どこかに入っていったな」

「そういや、朝も船着場に船はなかったもんな。今、家の下辺りに入ってったよな?」

「あぁ、何かありそうだな」

「どっか見える所ないかな?」

「ここからは無理だな。家の裏へまた戻ってみるか」

「お腹空いたー」と、めぐみはへろへろに疲れ切った声を出す。

「めぐみちゃん、もうちょっと頑張って。あとはあのボート、確認するだけだから」


 そう言う鉄男と守も、息をつかせながら石段を登り切ると、家の裏へと周り崖のある坂道を下って行く。


「あそこだな」

「うん、あそこだね」

「どうして?」


 めぐみが聞くと、


「波が立ってる所へは普通、船を着けないからだ」

「ふーん」と、鉄男の簡素な説明をめぐみは軽く流した。

「あの小屋の螺旋階段はここへとトンネルで繋がっていて、おそらく中に何か空洞ができているな。そこに吉田さんのボートはあるはずだ」

「そんでもって、あの家の地下室とも繋がっている、と。間違いないね」

「そこまで言い切れるの?」

「だってオレ、地下室で反対側のドア開けようとドアノブ握った時、何か隙間からヒンヤリした冷気が流れてきたんだよね」

「それを、何で今になって言うんだ」

「ごめん、忘れてた」


 鉄男が呆れていると、めぐみが「ねぇ、とりあえず何か食べようよ」待ちくたびれた様子で言い、三人は家の中へと戻った。



   ◇



 家の中へ入ると、一階には誰もいないようだった。キッチンへと向かいながら、


「野崎さんは? 二階かな?」

「かもな」


 少し、三人はホッとする。

 キッチンの戸棚を開けていくと、言われた通り食パンがちょうど三枚あった。


「冷蔵庫にバターあったよね、トーストして塗って食べよっと。守くん、鉄男さんは? そのまんま?」

「おまえ、食いもん前にして元気になんのな」

「誰だって、そうでしょ?」


 だが、守は食パンに疑惑の目を向ける。


「毒とか入ってないよな?」

「食パンは厳しくないか? 俺ならバターに混ぜる」


 めぐみが冷蔵庫から取り出したバターに、「え」と視線を落とす。


「いや、大丈夫だよ、めぐみちゃん」

「毒盛るなら、夕飯が一番ヤバくない?」

「誰が夕飯作るの?」

「そりゃあ、吉田さんだろ」

「じゃあ、大丈夫なんじゃない? 毒盛るって、殺人だし。吉田さんがするとは思えないもん」

「だと思いたいが……とりあえず、この食パンは安全だろう」


 そう言って、鉄男が食パンにかじりついた。それを見て、守も同様に。めぐみもバターを塗るのはやめて、そのままかじった。


 ──ウィーン


 不意を突かれた音に、鉄男がビクッと大きく飛び上がる。


「なにっ?」

「な、なに、てっちゃん?」

「なんなの?」


 守とめぐみは、音よりも大仰な鉄男のリアクションに驚く。


「あぁ、これか」


 キッチンの床上に直接あぐらをかいて座っていた鉄男が、腰をずらして後ろを指す。小荷物専用昇降機だ。それが作動した音だった。


「……大型観音開きの冷蔵庫にすっかり気を取られて見過ごしてたけど、それがあるなら地下があるって、すぐ気づけたよな……」


 間抜けなミスに男二人は黙り込む。


「それってエレベーターなの? でも、小さ過ぎない?」


 めぐみは見た事がなく知らなかった。家庭用もあるが、あまり完備している家は少ないだろう。


「これは小荷物用だ」


 鉄男がそう説明したところで、キッチンに吉田が入って来た。


「何もなくてすみません」

「いえ、いただいてます」


 食パンをくわえたまま、ペコリと頭を下げて、鉄男はエレベーターの前から立ち上がる。


「あぁ、すみません。ちょいと失礼」


 吉田はエレベーターの扉を開くと、中から段ボール箱二つを抱えて取り出し、キッチン台の上へと置いた。みかんやらブロッコリーと書かれた段ボール箱の中には、野菜や肉などの生鮮食品や缶詰などが大量に入っていた。


「便利ですね」

「えぇ、食材はまとめ買いしますので、結構重くて……大変助かっています。ぎっくり腰を起こしてから、先生が設置してれたんですよ」


 とても嬉しそうに喋る吉田に、「優しい先生ですね」と鉄男は口だけ揃えたが、個人的にはぎっくり腰の方が気になった。


「先生がおっしゃってましたけど、今夜、夕飯をご馳走してくれるんですか?」

「はい。あまり腕が良くないものですから、お口に合うかどうか分かりませんが……」

「あたしなんか、目玉焼きしか作れませんよぅ」


 段ボールから食材を取り出すのを手伝おうとしながら、冗談めかして言ったが、本当なのを守だけが知っていた。


「あぁ、手伝っていただかなくても大丈夫ですよ。応接間でゆっくりしていて下さい。後で、お茶をお持ちします」

「あ、いえ。吉田さんも夕飯の準備に忙しいでしょうから、お茶は結構ですよ」


 鉄男がやんわりと断ると、


「では、これを。お好きなのをどうぞ」


 と、缶入り炭酸ジュースを差し出される。あちこち島をうろついた後だ。甘くてのどごしの良い炭酸ジュースは有難いと、守とめぐみは飛びつく。缶入りなら毒も入っていないだろうし、安全だ。鉄男は眠気覚ましに缶コーヒーを一本選んだ。


 応接間へと入った鉄男達は、ソファーにぐったり沈み込むように座った。「疲れたー」と、守は炭酸ジュースのフタを開けて一気に飲み干し、「生きかえるぅー」

 めぐみはゴクゴクと三口飲んで、「はぁー」と息をついた。鉄男は一口ずつ区切りながら味わうように缶コーヒーを飲む。


「吉田さん、いい人じゃない」

「んーまぁね。でも缶ジュース一本で手なづけられるほど、オレはバカじゃないけど」


 ムッとめぐみの頬が膨れる。何か文句を言い返される前に、


「自販機やコンビニじゃあるまいし、普通は缶じゃなくてペットボトルで買うよな、スーパーなら。それをグラスに注ぎ分けてもいいのに、何かオレらが警戒してるってのが伝わってるのかもな」

「そりゃあ、そうだ。あの地下室を発見したからには、ここが危ない島だと思われてるのは、向こうも感じてるだろうな」

「ところがどっこい、あの先生とやらは平然としてるしなぁ」

「……ねぇ、洋子(ようこ)さんのこと、食事の時に聞いても平気かな?」

「聞くって何をだよ?」

「色々、知りたいじゃない。何の研究してるとか。洋子さんは自分を助けるためとしか言ってなかったけど」

「それは、向こうから話してくるまで待った方がいいだろう。自ら墓穴を掘る事はない」

「……そだね、やっぱ」

「それより、まだ夕飯には三時間はある。二人とも、ひと眠りしたらどうだ?」

「てっちゃんは?」

「今、ブラックコーヒー飲んだし、あまり眠くない。俺が見張ってるから、安心して寝てろ」

「さすがうちのリーダーは頼もしい! さっき、エレベーターごときにビビッてたけど」

「一言余計だ」


「じゃあ、マジ寝るから頼んだよ。オレ限界……」言いながら、寝落ちした守。めぐみも反対側のソファへ横たわった。鉄男は野崎が座っていた一人掛けのソファに座ると、目だけつむる。本当に何事もなく、明日この島から出られるのを願うしかない。だが、もし起こるとすれば、それは間違いなく今夜だ。



   ◇



 キッチンでは吉田が調理の下ごしらえをしていた。まだ夕飯まで優に三時間はあるが、若い者が好みそうなエビフライにしたため、背わたを取るのに手間がかかっていた。野崎は白身魚のフライを好むため、エビを調理するのは久しぶりだった。背わたを爪楊枝で取るのに目を細めながら、老眼を身に染めらせていると、


 ──ピンポーン


 キッチンに取り付けられたインターホンが鳴った。

 吉田は周囲を少し気にしながら、インターホンの受話ボタンを押す。その向こうで、『今、いいか』と、近付かなければ聞き取りづらい音声にも、吉田には言わんとする事が聞かずとも察しられていた。


「はい」


 大丈夫だという意味を込めて、普通の声量で返事する。


『今、私の部屋に来られるか?』

「はい」

『じゃあ、何か飲み物と一緒に頼む。その方が自然だろう』

「かしこまりました」


 そこで通話を終了した。

 吉田は、買って来たばかりの新鮮なレモンを半分に切って絞ると、ティーカップにお湯と一緒に注ぎ入れる。そこへ、たっぷりのハチミツを加えて混ぜた。それを持つと、トレーに乗せて二階へと運ぶ。途中、応接間の前を横切ったが、中から話し声などは聞こえなかった。休んでいるのだろうと、吉田は判断した。


 ──コンコン


 書斎のドアを二回、ノックすると中から「入っていいぞ」と返事が返ってくる。吉田はトレーを片手に慣れた所作でドアを開いて中へと入る。

 野崎はデスクの椅子に座り窓の外を向いていたが、くるりと椅子を回転させ吉田の方へ向いた。そして、


「吉田、わかっているな」


 一瞬の間を置き、


「はい」


 吉田は答える。


「マニュアルBだ、いいな」

「はいっ」


 語調を強めて、命令に従う。


「やるのは、食後のティータイムだ。で、何を出す」

「ケーキと、今お持ちしました、このレモンティーでございます」

「む、これか。フッ、なかなかいいじゃないか。この濁りと渋みで、何を入れても気づかれんだろう」ククッと笑う。


 野崎はギラつかせた目を三日月に細め、ティーカップを持ち上げレモンティーをすすり、「私にも同じ物を用意しろ。一緒に食べた方が安心を与えるだろう」


 そして口髭をいじりながら、


「時間は三十分以上で効くようにしろ、いいな」

「はい」


 野崎は再び椅子を回転させて窓際を向くと、片手を挙げ「下がっていいぞ」と合図した。それを受けて、吉田は一礼してから退室した。

 一階へ下り、キッチンへと戻ると、すぐに調理の準備に取り掛かろうとした吉田はワゴンの上に置いてあるレモンを一個手の平に掴み取り、じっと見つめる。その瞳には、暗澹とした渦が巻かれていた。



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