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第三話「地下室の脳」

 一階ホール入口の横のドアの前までやって来ると、


「差しちゃってもいい?」


 (まもる)が確認を取ると、「あぁ」と鉄男が答えた。


 ──カチッ


 小さな音を立てて鍵穴は回った。


「やっぱ、ここのだ」


 ゆっくりと守がドアを開くと、二人は中を覗き込む。めぐみは男二人の行動に半ば呆れた様子で後ろで立ったままだ。


「暗いな。守、何かスイッチないか?」

「あ、これかな」


 スイッチを探し出して付けるも、照明は薄暗い。幅一メートル程の螺旋階段が下へと続いていた。下から冷やりとした冷気が流れてくる。いつ何が出て来るか分からない不気味な雰囲気に、鉄男と守はゴクリと唾を飲み込む。

 ここは守が先頭を切って階段を下りて行く。


「めぐみちゃん、行くよ」

「ホントに?」


 めぐみは渋々と中へと入る。その後に鉄男が続く。

 階段を下へと降りると、左右両側に扉が現れた。


「どっちだろ?」


 言いながら、守は右側の頑丈そうな鉄製のドアノブを回す。「閉まってる」


「おい、アレ」


 鉄男が顎をしゃくって見上げる。その先には監視カメラが一台。


「ここにもあるのかよ」

「監視するほど、重要な場とも言えるな。鍵がかかってたくらいだしな。どうする? 引き返すか? それとも、もう片方のドアノブも回してみるか?」

「何、てっちゃん。怖がってんの? さっきの人形にもあんなに驚いて。冷静だけど、意外と弱腰だよなぁ」

「そうなの?」


 めぐみに聞かれ、鉄男は守に「うるさい」と声には出さずに睨んだ。

 今度は鉄男が左側のドアノブを回す。すると、カチャリとドアノブは回り、扉が開いた。


「……」

「……」

「……」


 三人はしばし、言葉を失う。

 広さ十畳程の部屋には、中央にステンレスの台が置かれてあり、壁際の棚には瓶に入った薬剤らしき物と、ホルマリン漬けにされた白いハツカネズミたち。ワゴンの上のパッドの中には、テレビでよく見る手術道具が並べられていた。


「何なの、ここ? 実験室? 手術室?」


 どちらにせよ、普通の家にはあるはずはないだろう異様な部屋だった。


「や、やっぱ戻ろうかなー」


 さすがに守も身を引かせる。


「……このステンレスの台は手術台というより、実験……解剖台みたいだな」

「げぇ、やめてくれよっ。マジこえーわ」

「もしかして、この家の持ち主さん、お医者さんじゃないの? さっきの部屋の本棚、医学書ばっかだったもん」

「なるほどな」

「いや、そうだとしても、こんな島の別荘に、こんな部屋……やっぱヤバくない? どうする、てっちゃん?」

「どうすると言っても……」


 三人は遭難して、どことも知れない島へと漂流している。この家で助けを待つしか他に術はない。


「ねぇねぇ、守くん、鉄男さん、来て」


 いつの間にか、更に奥の部屋へと行っためぐみが二人を呼ぶ。


「あっ、あいつっ」


 守が急いで奥の部屋へ向かう。


「何、やってんだよっ」

「何って、部屋を見てるの」


 めぐみは守を振り返りもせず、膝を曲げ腰をかがめて何かをジッと熱心に観察している。


「めぐみ、もうここ出よう。この地下室はさすがにヤバい感じがする。オレたちは何も見ず知らなかった事にするんだ、な?」


 守の後ろにいる鉄男も頷き同意する。


「うん、出るけど……その前に、これって脳みそ?」

「脳みそ?」


 鉄男が眉をひそめて部屋へと入って行き、めぐみの近くに寄る。守もめぐみが見つめている物体を横から首を伸ばして覗く。

 そこには、ガラスのカプセルに入った何かの〝脳〟があった。何本もの電気コードがその〝脳〟に吸盤で繋がれている。カプセル内ではコポコポという音と共に泡が下から上へと立ち上っていた。その周りには、赤と緑のランプが点灯する計器が置かれている。

 まるで何かの映画や漫画で見るような光景だった。


「こ、これって本物? 人間の?」

「……人間かどうかは分からないけど、作り物ではなく本物には違いなさそうだな」

「うそだろっ?」


 守が、オーマイガーとばかりに頭を抱えて髪をぐしゃりとさせる。これ以上、下手に秘密を知ってしまい、変なトラブルに巻き込まれたくはない。鉄男が天井を見上げると、今までとは違って六畳程の部屋に監視カメラが二台も備え付けられてあった。この〝脳〟がいかに重要な物かが分かる。


「ねぇねぇ、コレ」


 またも、めぐみが二人を呼び掛ける。カプセルの横に、一台のパソコンがデスクの上に置かれてあった。

 めぐみはデスクの椅子を引いてパソコンの前へと座る。そして、起動させてしまった。


「お、おいおい。それ、マズイだろ」


 パソコン画面を開くと、


「あ、パスワードがかかってる」


 パソコン画面にパスワードの認証画面が表示されている。


「めぐみ、やめとけよ」

「だってコレ、その脳みそと関係あるはずよ。研究データとか? 何のための脳みそか分かるはず」


 守の言うことも聞かず、めぐみはいくつかのパスワードを打ち込んでみる。が、どれも外れだ。「ダメだ、こいつやり出すと頑固で止められない」と、守が溜息を吐く。


「あーん、何だろ? 何かない? ねぇ」

「パスワードなんて、解けっこないだろ」


 めぐみは守を無視して、鉄男を仰ぎ見る。鉄男は腕を組んだ後、


「──洋子(ようこ)

「それだわ!」


 ピンッと、めぐみが人指し指を立てる。


「洋子って、さっきの女の子の名前? 何でだよ?」


 守はあまりにも単純な謎解きに腑に落ちない顔をする。


「これが映画やドラマだったら、よくあるからだ」


 そう言って、鉄男は思い出す。そういえば、あのアルバムの洋子の写真は七年前の日付で止まっていた。鉄男は何かが引っ掛かるのを覚える。

 洋子、人形、脳……

 三つのキーワードが絡み合い、そしてパズルのように繋がりかけた時、危険信号を察知して、鉄男はめぐみを止めかけようとした。が、


「開いたっ」


 すでにローマ字で打たれた『YOUKO』の文字にパソコン画面に複数のフォルダが現れる。

 その中に『洋子』と書かれたフォルダがあった。

 三人はパソコン画面にジッと目を凝らす。


「めぐみちゃん、これ……」


 これを開いてしまえば、何かが起こり始めるような嫌な予感を鉄男は感じる。だが、パスワードを解除した時点でもう手遅れかもしれなかった。


「めぐみ、ホントに開く気か?」

「うん、ここまで来たら、もうやるっきゃないでしょ」


 めぐみはマウスポインタを『洋子』に持っていき、クリックした。

 パソコン画面に『洋子の部屋』と表示されると同時、脳の周囲にある計器のランプがチカチカと点滅し出した。


「な、なんだ? やっぱヤバくない?」


 守が体を〝脳〟から退ける。まさかそれが動き出しはしないだろうと思いつつ、鉄男も身構える。めぐみはパソコン画面から目を離さず注視する。すると、


 ──コンニチハ


 キーボードのカーソルが流れるように動き文字が打たれた。


「なにっ、これ?」


 三人はパソコン画面を凝視する。


「……誰かとオンラインで繋がったんじゃない?」

「誰かって、誰よ? まさか……」

「洋子だな」

「えーっ」

「めぐみ、騒いでないで何か返事を返せよ」

「なによっ、さっきまでビビってたくせに」と、めぐみは守に皮肉りながら、キーボードを打つ。


 ──こんにちは

 ──アナタタチハ ダレナノ?


「返事したっ」

「アナタタチハって、、何でオレらのこと、分かるんだ?」

「Webカメラよ。このパソコン、内臓されてる」と、モニターのレンズをめぐみは指差す。そのまま、指を画面右下に。小さなウィンドウ画面に三人の顔が映っていた。だが、相手の映像は映っていない。マイクも設定されていないようだった。


「何て答えるの?」

「ダレって、怪しい者じゃありません。遭難者です。ってか?」

「そうじゃないだろ。まずは、名前が知りたいんだと思う」

「個人情報、喋っちゃうの?」

「下の名前だけでいいだろ」


 めぐみは再びキーボードを叩く。


 ──あたしは、めぐみ。あとの二人は左が守で右が鉄男です

 ──ワタシハ ヨウコ ヨロシクネ

 ──こちらこそ、よろしくね


 手を止めてフゥーと息を吐いためぐみは、


「この子、どこからアクセスしてるの?」

「そもそも人間か? AI知能とか? 向こうの顔が映らないから、あの写真の洋子かどうかも分からないよな」

「めぐみちゃん、聞いてみて」

「うん」


 ──あなたは、今どこにいるの?

 ──ヘヤヨ ワタシノヘヤ

 ──それは、どこ?

 ──コノイエノ ニカイヨ カイダンヲノボッテ ヒダリノヘヤ


 三人はギョッと目を見開いて顔を見合わせる。


「おいおい、そこって人形があった部屋だろ」

「今、帰って来たのかな?」

「それならそれでいいけどな。事情を説明して助けてもらえる」


 しかし、こんなまどろこしい接触をしてくる意味が鉄男には分からない。


 ──ヨカッタラ キテ


 ヨウコの方から誘いがかかり、そこで通信は途絶えた。


「どうするの?」

「行くしかないな、ヨウコとやらに会いに」

「マジ、行くのかよ」


 三人は地下室を出て、再び二階へと向かった。




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