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第二話「謎の洋館」

「てっちゃん、まだ向こうに道があるよ。あと、裏に物置があったよ」


 家の周りをぐるりと一周して来た(まもる)が言う。


「おまえは何を勝手にうろうろと」

「そうよ、人んちよ、ここ」

「それもあるけど、はぐれるな。危険だ」

「そんな、得体のしれない怪物が現れる生死がかかったサバイバルゲームみたいな……大げさだなぁ」

「そうだろ。誰も人がいないとなると、ここは無人島も同じだ」


 守とめぐみはハッとして、ようやく自分達の身に起きているのは非常事態だと再認識して、顔に緊張感を走らせる。


「で、家の裏に物置と、向こうに道があるのか。そうだな、まず道の方へ行ってみるか」

「う、うん、こっち」


 洋館から五十メートル程、坂道を歩いた先は崖になっていた。そこが島の先端部分だった。


「わぁお」


 一面の空に海が広がり、なかなかの絶景にめぐみが感動する。今しがたの緊張感はどこへやら飛んでいってしまったようだ。守は崖の下を見下ろす。高さ十メートルはありそうだった。


「あれ、てっちゃんのボートじゃない?」


 岩陰から微かに揺れているボートが見える。


「そうだな、俺のだ」

「そこから、ぐるりと回って来たみたいだね」


 島全体は直径百二十メートル程で、そう大きくはないと推測された。


「ねぇ、これからどうすんの?」

「さて、どうしよっか?」

「そうだなぁ、おまえならどうする?」


 守が後方へ親指を立てて、


「入っちゃう?」

「入るか」


 鉄男と守の二人はイタズラっ子の様な笑みを作る。


「入るって? あの家に? いいの? てか、閉まってるのにどうやって?」


 一直線へと、家の裏にある物置へと歩いて行く二人を、めぐみが質問を飛ばしながら追う。

 小さな物置の引き戸を開けると、中に農器具や草枯らしなどの農薬が置かれてあった。その中を物色して、中からバールを鉄男が手にした。


「これで、いいか」

「うん、そだね」

「ちょっと、そんな凶器使って……まさか、窓ガラスでも割って侵入する気?」

「まるで泥棒扱いするなよ。オレの良心が痛むだろ」

「めぐみちゃん、家の持ち主には後からちゃんと謝罪するよ。今は助かる手段を見つけるのが最優先なんだ。それに、派手に割ったりはしないから」


 鉄男は家の裏側を回り、


「ここにするか」


 一部がガラスになった裏口のドアに目標を決める。幸い、窓枠がいくつか入ってあるタイプで、必要以上に大きく割れてしまう恐れはなかった。鉄男がバールを振る。


 ──バリッ


 めぐみが小さく肩を跳ね上げて、「あーあ、やっちゃった」と、その肩を溜息と共に下ろした。


「てっちゃん、ガラスに気をつけて」


 割れたガラスの穴から腕を入れて伸ばし、ドアのロックを外して鍵を開けると、裏口のドアは開いた。

 三人は中を覗き込む。「失礼します」と、本当にコソ泥のように守が声をひそめて入って行く。鉄男とめぐみも中へと足を入れる。

 静まり返った家の中。冷やりとした冷気が足元に流れる。ここでも人の気配は感じられない。

 裏口からは長さ十五メートル程の通路が真っ直ぐにあった。入って少し進んだ右側に洗面所と思わしきドアがあり、その横を通り過ぎて、さらに奥へと進むと広い玄関ホールへと出た。


「広―い」


 外観と同じく白を基調とした壁に、吹き抜けになった高い天井にはシャンデリアが吊り下がっている。玄関の入口には生け花が飾られていた。そして、上へと続く階段。

 その階段へと登る手前に扉があった。守がドアノブに手を掛けて、


「ここ、鍵掛かってる」

「勝手に人んちのドア開けちゃダメよ」


 シッとめぐみに叱られる。


「見て、あの玄関の花、本物よ。全然枯れてないし、ここ数日間に誰かが生けたみたい。さっき、船着場に船がなかったし、今は出掛けてるだけなのかも」

「めぐみ、なかなか名推理。さすがミステリー映画と推理小説好き」


 フフンとめぐみが少し得意に鼻を鳴らす。


「じゃあ、めぐみちゃん、この鍵がかかった扉は何?」


 今さっき、守が回した扉を指す。


「んー、間取りからして部屋があるとは思えないし、よほど大事な物が入った収納スペース?」


 腕を組んで片手を口元に当て、探偵気取りにポーズを決めるめぐみ。その隙を狙ったように、鉄男が守の横っ腹を肘で小突く。そして小声で、


「おい、アレ」

「監視カメラ……かな?」

「これで三台目だ」

「監視するほど、この家ってヤバイのか? まさか今頃、オレ達をこっそり監視してたりして?」

「さぁな、ただの防犯用の監視カメラならいいけどな」

「何? どしたの?」

「何でもないよ、めぐみちゃん。向こうの奥へ行ってみるか。多分、キッチンになってるはずだ」


 鉄男はめぐみには余計な事は教えないようにした。

 ホールを横切ると、玄関から見て左側にダイニングがあった。食事をするための六人掛けのテーブルがあり、その奥にはくつろげそうなゆったりしたソファーが置かれてあった。玄関と同じく白い壁に木目調のフローリングの上には、ペルシャ模様の絨毯が敷かれ、周りの家具はアンティークな物で統一されている。家庭的な温かみを感じさせられた。

 守とめぐみは部屋を一周する。


「ねぇ、電話はないの?」

「ない……みたいだなぁ。あるとしたら、玄関か居間とかだと思うけど。なぁ、てっちゃん?」

「あぁ、でもキッチンにあったりしてな」


 と、鉄男はダイニングを軽く見回して、廊下を挟んだ向こうのキッチンへと行く。

そこには、L字型をした広いシンクと大きな冷蔵庫があった。


「開けちゃってもいいの?」

「緊急時だし、いいだろ。そもそも、中に入ったのは食料とか探すためだし」


 そう言って、守が扉を開ける。中には、バターと卵が一個、ベーコンが少量入っていた。


「ベーコンエッグかな」


 材料を見て、めぐみがメニューを思いつかせる。


「めぐみ、作れんの?」

「作れるわよっ。てか、これじゃ一人分しか作れない……」

「何か入れといてくれよなー」


 厚かましくも文句を垂れながら、ガッカリする二人。


「でも賞味期限は切れてないし、やっぱり誰かがいたのね。今頃、買い物に出掛けてるのかも」


 めぐみは出掛けた理由を探る。


「だとしたら、そのうち戻って来るかな?」

「それがいつかどうか分からないから、そのベーコン、おまえたち二人で分けて食べておけ」

「ベーコンって生で食べれんの?」

「食べれるんじゃないの? フライパンで焼くには……ちょっとさすがに図々しくて無理だわ」

「てか、てっちゃんは?」


 守が振り向くと、鉄男は卵を手に持ちジッと見つめている。


「生で飲む人、いるけどな」

「オレ、飲んだことあるよ。じゃあ、てっちゃんは生ベーコンで、オレが生卵にしよ」

「いや、一度挑戦してみたかったからな」


 覚悟を決めたところで、


「ねぇ、まだ二階見てないでしょ。食べるのは家の中、全部見て回ってからにしない? 落ち着かないし、何かここ、気味悪いもん」


 めぐみの勘は間違ってはいなく、現に怪しい監視カメラがある。鉄男と守は目線を合わせると、小さく頷く。


「よし、じゃあ二階も見に行くか」



   ◇



 二階へと続く階段を登ろうとして、


「ここは?」


 と、玄関から向かって右側のドアを守が開ける。

 部屋の中には革張りのソファーと低いテーブルがあり、壁に絵画が飾ってある。


「応接間かな?」

「電話は? ここにもないの?」

「特に何もないみたい」


 ここでも、守とめぐみは二人揃って肩を落とす。「行くぞ」と鉄男は先を促した。

 階段を登ると二階へと出る。そこから上へは続いておらず、二階建ての家だと分かった。階段を登ってすぐ左側と正面にドアが、右側の奥にもう一つドアがある。

 まず正面のドアを開けた。すると、三面の大きな窓が目の前に広がる。

 めぐみが近付きカーテンを開くと、


「わぁ」


 窓の外には空と海が一望できた。すっかり濃霧も消えて、快晴だ。

 部屋は夫婦の寝室なのかツインベッドが置かれてあり、壁紙は清楚なブルーとピンクの小花柄。オシャレな飾り棚にはオルゴールやブリザードフラワーが飾られていた。

 まるでリゾートホテルのようだった。

 めぐみはふかふかのベッドにポスンッと体を上下に跳ねらしながら座り、


「あたし、こんな部屋に住みたいな」

「じゃあ、住めよ」

「イヤよ!」

「どっちだよ」


 守とめぐみの緊張感も、霧のようにすっかり晴れてしまっていた。二人がじゃれ合っている間、鉄男は広がる海へと目を凝らす。

 周囲に他の島があるかどうかを確かめるが、一つもない。見渡す限り、水平線が続いている。鉄男が知る限り、こんな島はない。瀬戸内海から大きく太平洋にまで流れてしまったとでもいうのか。


「それより、ここにも電話ないのかよ」


 めぐみはすでに電話を諦め、


「この家の人って、どんな人だろ?」


 話を他へと移す。


「そりゃあ、こんなすごい別荘持ってるくらいだからな、どっかの大企業の社長さんか何かだろ」

「その社長さん、若くてカッコ良くて独身かなぁ? これを機会に、お近付きになれたりして?」

「おまえなぁ、こんな時に何を変な妄想してんだよ」


 そろそろ疲れもピーク差し掛かったか、現実逃避な会話を始めた二人を部屋に残して、鉄男は廊下に出る。階段を登って左側に位置する部屋を開けた。だが、


「うわ──っ」


 そのまま、慌ててドアを閉める。「てっちゃんっ?」その声を聞いた守が廊下に飛び出て来る。


「てっちゃん、どしたのっ?」

「なに? なに?」


 めぐみも側に近付いて来る。


「人が、いた……いや、違うかもしれないけど、突然で驚いてしまっただけだ」

「マジ? この部屋の中?」

「この家の人? 守くん、開けて」

「えぇ、オレ?」


 守は困惑したが、頼りがいのある男らしさをアピールするよう、平然を装ってドアノブを回した。

 開かれたドアの向こう──長い髪の人物が一人。ロッキングチェアに腰掛けていた。窓の方を向いて、後ろ姿しか見えない。

 部屋の中には白いレースのベッドとドレッサーがあるだけだった。

 三人は顔を見合わせる。


「誰なの?」


 と、めぐみが声をひそめる。


「こっち向かないけど、寝てるのかな?」

「人形じゃないか?」


 鉄男が警戒しながらそっと近付づき、ゆっくりと前へと回り込み確かめる。


「人形だ」


 それを聞いて、守とめぐみも近付く。


「よくできてるな、本物みたいだ」

「何か、気味ワルー」


 めぐみはあまりのリアルさに肩を抱いてブルッと体を震わせ気持ち悪がる。それほどまでに生々しく本物そっくりに作られていた。色白の肌に艶のある長い黒髪の人形は、美しい少女に見える。


「コレ、何だ? コードがある」


 守が手に取ってたぐり寄せると、黒いコードが人形の腰の部分辺りに繋がっているようだった。


「人形を動かすためのコードかもしれないな」

「え、ヤダ、動くの? この人形……何のために? もうワケ分かんないっ。電話もないし、もう出ようよぅ」

「まだ、一部屋残ってるよな? そこにも何か隠されてるかも」

「何、守くん。いつから探偵になったの?」

「だってさ、気にならないのか? フツーこんな怪しそうなロボット人形置かないと思うし、さっきから至る所に監視カメラもあるし……」


 そこまで言って、守はハッと口を塞ぐ。


「監視カメラ?」


 めぐみが天井を首を伸ばして見上げる。天井の隅に一台、この部屋にも監視カメラが設置されていた。


「えーっ? 何なの、ホントに? ねぇ、鉄男さん、守くんに何か言ってやってよ。早くここから出たい、あたし」

「じゃあ、最後に残った部屋を覗いてから終わりでいいな? 守」

「あぁ、分かったよ」


 三人は一番奥の部屋へと向かった。



   ◇



 最後の部屋は、大きなデスクと社長室にありそうな座り心地の良さそうな革張りのチェアに、大きく天井まである高さの本棚にはぎっしりと分厚い本が並んであった。


「書斎かな? うん、何かありそう」


 守が机の引き出しを勝手に開けて物色していく。めぐみは「すごーい、難しそうな本ばっか」と、本棚を眺める。


「守、ほどほどにしとけよ」

「別に金品が出てきても盗んだりしないって。それより、この写真立ての人って……」


 机の上に置かれた卓上の写真立てに写る人物。


「この男性って、この家の持ち主じゃない?」


 中年くらいの男性と十歳くらいの女の子が、花の咲いた庭先のような所で立ち並んで写っていた。


「んでもって、この女の子、さっきの人形に激似じゃね?」

「そう……だな。確かに、似ている」

「なに?」と、めぐみが鉄男と守の間に割って入ると、「わっ、さっきの人形とそっくり!」


 男性はともかくとして、何故この写真に酷似した人形があるのか。謎は更に深まった。


「ちょっと、それよこせ」


 鉄男は守から写真立てを奪い取ると、中を開けて写真の裏をめくる。そこには『洋子(ようこ)、十四歳』と記されていた。


「洋子って、この写真に写ってる子? だよな?」

「だな」

「洋子ちゃんていうのね」


 鉄男は何か思い立ったかのように本棚へと向かうと、端から端まで指で辿っていく。そして、アルバムらしき物を見つけて抜き取る。それには『家族の思い出』と表紙に書かれてある。開くと、洋子の幼少の頃と思われる写真がいくつも貼られていた。そこには母親らしき人物も写っていた。


「その写真立ての人、この家の人達に間違いないな」

「鉄男さん、アルバムまで見ちゃっていいの? プライバシー侵害にならないの?」

「そうだな、ちょっと行き過ぎだ」

「でも、今さらだよなー」


 守の言う通り、もう後に引くに引けない状態になってしまっていた。守は引き続き部屋の中を探り、鉄男はアルバムをめくっていたが、途中でパタリと閉じた。やはり、他人の思い出を勝手に見るのには罪悪感があった。

 鉄男は窓の外を見る。


「近くに船でも通ってくれるといいんだがな」

「じゃあ、さっきの見晴らしの良い部屋で見張ってる?」

「そうだな」


 それが最善かもしれないと、鉄男は窓際に寄り掛かって考えていると、


「あっ」


 やたら分厚い本を手にしていためぐみが声を上げる。それは、よく見ると本の形をした木製の箱になっていた。


「これ、木の本。中に鍵が入ってる」

「鍵? めぐみ、隠してる鍵なんか見つけちゃったのかよ」

「そんなの知らないわよ。……何の鍵?」

「金庫だろう」


 本棚の横には迫力満点な存在感のある大きな金庫が備えられていた。何か入っているのか想像を掻き立てられるが、大抵この手の金庫というものには大した物は入っていなかったりする。


「鍵……待てよ、一階ホールの鍵が掛かってたドアがあったよな?」

「……もしかして、開けてみる気か?」

「うんっ。てっちゃん、めぐみ、行こっ」

「おいおい」

「えー、まだやるの? 探偵ごっこ」



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