華やかな舞踏会で
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この作品は毎日午前11時と午後8時に新話を公開していく予定です。よろしくお願いいたします。
「小説家になろう」only作品です。
舞踏会当日、グルヴィアがふいにわたし室を訪ねて来た。彼女は赤紫系のドレスを粋に着こなし、いつにもまして美しかった。
「マリーナ、さあ、来たわよ。あら、まあ、マリーナったら、なんて美しいの」と、せわしなく感嘆の声をあげてから、「いよいよ秘密のベールを脱いで世間にでるのね。といっても、この一週間、あなたを訪ねる男たちが列をなしたと社交界で噂になっているわよ」
「そんな噂が?」
「あら、わたしは嘘をつけない女よ。誰かいい男はいた?」
着付け係の侍女にドレスのウエスト部分をさらに締め付けられ返事ができなかった。
いい男?
そう、いい男はいた。ただ、その男はわたしの家族もグルヴィアも使用人たちさえ気に入らないだろうけど。
「どうなのよ。はっきりなさい、その顔、なにかあったのね」
「いいえ」と、わたしはほほ笑んだ。「なにもなかったわ」
「まあ、いいわ。今日だけは主役を譲るわよ。秘蔵の友を自慢するのが楽しみなんだから」
「まあ、あなたはいつもゴージャスよ」
「それは、当然よ。それにしても、マリーナ。この胸の開き具合たら、ほんと絶妙よ。いい仕事をしたわね、アニータ」
胸の開いたデコルテのドレスは、これ以上はないというほど乳房を豊かに際立たせ、腰を締め付けている。
ミルズガルズの城にいるとき、いけ好かないメガネの服装担当者から、さんざん苦しいドレスに慣らされていたので、息が詰まりはしないけど。
「お褒めにあずかり、ありがとうございます。グルヴィアさま」と、アニータは自慢気だった。
「それから、こちらを、大公さまから預かっておりますけど、いかがでしょうか」
「まあ、アニータ。これは秘宝といってもよいレベルの首飾りね」
「さようでございましょうとも。特殊な魔石で作られた、世界に二つとない宝玉でございます」
「わたしに貸して」
アニータが、「あっ、それは」と反対する前に、グルヴィアが宝石箱からヘルモーズ家の家宝を取り出し、鏡の前で自らの首に巻きつけた。
「あ、あ、あの、グルヴィアさま」
「輝く光でめまいを起こしそう。誰か、わたしを介抱して」と、彼女は叫んで実際に気を失うフリをした。
グルヴィアはしばらく気を失う演技をしながら、一向に首飾りを外す気配はなく、アニータをやきもきさせた。それから、名残惜しそうにわたしの首元に返した。
「完璧だわ。この淡い虹色のドレスに光輝く魔石の首飾り。マリーナ、あなたの乳白色の肌に、これほど美しい一対はないわよ」
「そろそろお時間ですが」
アニータの心配はつきない。
グルヴィアは振り返ると、チチチっと、人差し指を左右に振った。
「だめよ、アニータ。主役はね、ちょっとだけ遅れて登場したほうがいいの。その方がドラマチックだから。今からわたしが舞踏会場に登場しておくわ。あとしばらく、最後の夜を楽しんでいらっしゃい。その後はもう、あなたは公の王女よ。それからね、マリーナ」
「なあに?」
「舞踏会場には、二階の二重らせん階段から登場するのよ。他の人たちみたいに、中庭の入り口とか、左棟のギャラリーから登場してはだめよ。女王のように、高い位置から、下々を睥睨して、降りてらっしゃい」
「まあ、グルヴィア」
「じゃあ、後でね。幸運を」
「あなたこそ」
妖艶な色気を振りまいてグルヴィアは去った。
わたしはため息を漏らすと、グルヴィアの言う公の立場になるために歩きはじめた。
わたし室を振り返ったとき、そこに置き去りにするものに、なぜか泣きたくなった。穏やかなミルズガルズの生活や、責任のない子ども時代や、そういった諸々のものに。
それから、グルヴィアの忠告通り螺旋階段に向かった。二階のダイニングスペースを抜け、回廊を通って。アニータが心配そうに先導している。
「お姫さま」と、アニータは吹き抜けの大広間に至る回廊で振り返った。
「わたしは、ここまでしかお供ができませんが。そのお姿、本当に本当に誇らしく存じます」
彼女はエプロンの先で目もとをぬぐった。両親の代わりに実質的にわたしを育ててくれた愛情深いアニータ。
「アニータ、おおげさよ。では、いってくるわ」
「いってらっしゃいませ」
アニータは膝を曲げて腰を折り、頭を下げた。そして、そのままの姿勢でわたしが見えなくなるまで見送っていた。
(つづく)