暴漢に襲われて その2
わたしはバスタブに横になっており、泡で身体が隠れている。
男の顔は赤らみ興奮していた。助けを求めて騒いでも無駄だろう。逆に別の男を呼び寄せるだけかもしれない。
目を閉じた。
「おお、オレと遊んでくれるのか」
「わたしは疲れているの」
「すぐ、元気にしてやるぜ」
バスタブの縁を手で持ち、半身を起こした。石鹸の泡が揺れ裸の上半身が空気に触れる。
そのまま立ち上がった。
男はポカーンと口を開けて、魅入られたようにわたしを見つめている。おぞましく汚れた手が震え、素肌に触れようとした。
「手加減するほど、余裕がないわ」
低く冷たい声で言いながら、マナに集中した。力を魔石に集める。
左右のブレスレットを合わせ、と、カキーンという金属的な音とともに、光の矢が男の下半身をまっすぐに貫いた。
男のぶざまに膨れ上がったそれを、正確に打ち砕く。
一瞬、奴の目が飛び出すかというほど剥かれた。衝撃の強さに声も出ないのだろう。あるいは、悶絶するほどの苦しみなのか。
男は救いを求めるかのように震える手を差し出してきた。その手を冷たく払うと、数歩背後にたたらを踏み、下半身を両手で押さえ、目をむき出し口から泡を吹いて倒れた。
どうも気絶したようだ。
「この忙しいのに。せめて、動いて逃げるだけの根性を見せることできないの!」
不平を言葉にしたが、誰も助けてはくれない。
素肌にタオルを巻いてドアを開け、男に向かって、もう一度、魔石の力を集中した。
今回は一点ではなく、身体全体に。力を放出すると、男の身体が開いたドアの外へ吹っ飛んだ。
向かい側に泊まっていた客がドアを開いて顔をだした。彼は気絶している男を見て、それから、髪から水を滴らせ、バスタオルで身体を巻いたわたしに視線を移した。
「何事だね?」
「暴漢よ」
「なるほど。それで助けが必要ですか」
「ないわ」
「ま、そのようだな」と、笑って彼はドアを閉めた。
わたしもドアを閉めると、今度こそ鍵をかけた。
部屋の鏡を見ながら、買ってきたドレスに着替える。前ボタンが短い間隔で並ぶ面倒なドレスだったが、なんとか着付け、それから髪を整えた。
化粧品はないが、日に焼けた健康的な顔色で以前より顔がほっそりしている。頬のこけた顔に、目が大きく輝き、濡れたようなまつげが淵を彩る。この日焼けした肌色はわたしに似合っていると思う。
だから、この新しく得た顔に満足した。
ユーセイ、あなたに溺れて変わってしまった。
身体のうちから輝く照りが肌を包んでいる。今なら、あのグルヴィアの官能的な容姿にも勝てるかもしれない。
さあ、時間がない。
部屋を出ると、例の暴漢は廊下から消えていて、代わりに騎士の姿をした男が壁にもたれて立っていた。先ほど、向かいの部屋から顔を出した男だった。
「お出かけかな、お嬢さん」
「そうです」
「ご一緒しましょうか? さき程のような男がいないとも限らない」
「必要はないわ」
「まあ、確かにそのようですが」と、彼はおおらかに笑って自ら名乗った。
「フレーヴァング王国聖騎士エイクスと申します。お助けが必要かと馳せ参じそこねた、マヌケな男でもあります」
右手をくるくると回転させて優雅に腰を折る。久しぶりに見た馴染みのある挨拶だった。この物腰、まちがいなく騎士の訓練を受けた者なのだろう。
わたしは、軽く膝を折って腰を下げ会釈した。
「聖騎士とやら。では、お願いがあります」
「なんなりと、お美しい方」
「王城へ案内してください」
「御心のままに」
それから、彼が手際よく馬車を手配してくれ、フレーヴァング城に向かった。
さあ、本当の戦いはこれからだ。
ユーセイ、あなたのために強くなる。だから、待っていて。あなたを必ず救ってみせる。
でもね、ユーセイ。自分がこれからすることを成功させたいけど、でも、半分は成功してほしくないの。とてもエゴイストだとも思うけど……。
どうしたらいいのだろう。あなたのことを考えると胸が痛くなる。自分の身体など、どうでもいい。何を捨てても、あなたを助けたい。
(つづく)