社交界へ
お読みくださって、本当にありがとうございます。
この作品は、毎晩午後8時に2話づつ公開していく予定です。
今回だけ、午前9時に公開させていただきます。
わたしは首都の中心部にあるヘルモーズ城に到着した。わが家の紋章であるリーラの花が門を飾り、普段はリーラ城と呼ばれるほうが多い。到着してすぐ、右棟の執務室から降りて来た父がわたしを抱擁した。
「マリーナ、しばらく見ないうちに、また美しく成長したね。年齢とともに、お母さまにますます似てくる」
「そうでしょうか、お父さま」
「さあ、もっと顔を見せておくれ。わたしの王女」
父の喜びは感じても、わたしの心は鉛のように重かった。
「お父さま。お願いがあるのですが」
「なんだね」
「舞踏会に、呼んでほしい吟遊詩人がいるの」
「お前のお披露目だ。好きにするがいい」
「ありがとうございます」
「さあ、まずは部屋にいって、休みなさい。わたしは仕事があるから、ディナー時に会おう。ユング・ド・ボフグ卿ご夫妻とご子息を食事に招待している。それから……」
父は、この国の有力者たちの名前を次々とあげた。
徐々に父の声が遠のき、わたしはわたしの仮面をかぶり、しとやかに「まあ、それは嬉しいですわ。お父さま」と、口にし続ける。一方、頭のなかでは先ほど出会ったばかりの吟遊詩人のことばかりを考えていた。
城内にある二間続きのわたし室に戻ると、アニータが旅装をといてくれた。されるがまま人形のように、わたしの世話を焼く侍女たちに身体を委ねた。
わたしの心は、あの男の顔や声、なんという名前だったか。
「ユーセイ」
唇にのせて名前を呼ぶと、ドキっと心臓が高鳴った。
バスタブでわたしの身体を洗う侍女のひとりが、「お姫さまも、ご存知なのでしょうか」と聞いた。
「ユーセイを知っているの?」
「今、王都では大変に人気のある吟遊詩人でございます」
「そうなの」
「貴婦人たちから引っ張りダコだそうでございます」
「聞いたことがあるの?」
「はい、あの一度だけですけれども、本当にうっとりしました」
「どういう方なの?」
「謎が多いようです。そこがまた素敵なのですが。音楽ギルドが所有する奴隷なのですが、一年ちょっと前に現れて、あっという間に名を知られるようになった方にございます」
ユーセイ。そんなに人気のある吟遊詩人で奴隷なのか。
「どうかなさいましたか」
「いえ、なんでもないの」
その夜は寝苦しかった。浅い眠りの後、明け方になって、男の夢を見た。顔がわからない男が、わたしを呼ぶ夢で、はっとして飛び起きていた。
(つづく)