再び出あった彼
ユーセイが行ってしまう!
「あの、見てらしたの」
彼がふり返って、優しげな顔でほほえんだ。
「見ていました」
「助けてくださらなかった」
「いや。出る幕はなかったな」
わたしは首元まで赤くなっている? きっとそう、真っ赤になっているにちがいない。
「僕が見たのは、あなたが男を撃退しているところでした。いったい、あれはなんの技ですか」と、彼が聞いた。
「技?」
「腕から光がほとばしり、男がいきなり苦しみだした」
「魔射光。ご存知ないの?」
「はじめてです」
「そう……、ですか」
「それにしても、あなたのような方がここで何をなさっているのです。迷われたのですか」
「あなたこそ、なにを」
「ある屋敷に呼ばれたので向かう途中です」
心が冷えた。ユーセイはグルヴィアに会うつもりで歩いている。当然そうなんだけど。
「もしかして、グルヴィア・エラン=エルジュのお屋敷でしょうか?」
自分が、なぜこれほど冷静じゃないのか、理由がわからない。でも、心の別の部分では怯えもしていた。彼にとってわたしは、その辺のゴミと変わらない存在かもしれないと思って。
「ご存知のお屋敷ですか」
「あなたを呼ぶと聞いたから」
「それで、逃げたのですね」と、彼はほほ笑んだ。
これは、きっとジョークだ。彼が冗談を言っている。
「いえ、それは」
「マリーナ王女さま」と、彼がわたしの名前を呼んだ。
「わたしを覚えてくださったの」
「二度、お会いしましたから。最初は道で、次は舞踏会で。今回が三度目ですね」
正確には四度目だけど、リーラ城で階段を駆け下りる彼を見て息が止まった。
「エラン=エルジュの屋敷に行くのですね」
「はい、そうです」
「わたしもです。ペットのポンポを置き忘れてしまって」
彼が歯を見せて笑った。心から笑ったような自然で飾らない笑顔だった。口もとの骨ばった頬にシワが寄る。なんて惹き込まれる笑顔だろう。きっと、多くの女たちがこの顔を見るために……、グルヴィアはなんて言っていた? そう、五百ダラールの男だ。その金を支払うのだ。
「今日は風が強い、じきに砂嵐になりそうです」
「砂嵐?」
「砂嵐です」
「わたしは、あの、まだ、王都に来たばかりで、砂嵐を知らないのです」
ユーセイは、先を歩きはじめた。駝竜を引いて後を追う。彼は奴隷だ。金で買われる男だ。呪文のように心のなかで唱えてみた。
「あの、グルヴィアの屋敷に戻るので、ご一緒しても」
「急ぎましょう」
彼は先をいく。その背後を左手で駝竜を引いて、右手と右足が一緒にでるという、きわめて不自然な歩き方でついていく。人気のない石畳を駝竜の跫音だけが響く。
彼の言うとおり、風が強くなってきた。
朝のうちは晴天で美しい日だったが、今は周囲に霧がかかったようになっている。
砂まじりの風が吹いているせいだ。育った田舎では南の砂漠から飛んでくる砂塵はたまにあったが、砂嵐は経験がない。
正面から近づいてきた男たちが、「ついてないな。砂嵐になりそうだぞ」と、すれ違いざまに言ったのが聞こえた。
彼はマントで口を覆いながら、わたしに手を差し出した。
「あ、あの」
「まずいな。これは本格的な砂嵐になりそうです。失礼ですが、お手を。周囲が砂で見えなくなる前に」
彼は逡巡するわたしの手首を強引につかんだ。彼の指の感触をむき出しの肌に感じて身体が火照る。そして、わたしたちは走った。
しかし、遅かった。すぐに砂嵐に巻き込まれてしまった。ゴーという音とともに周囲の景色が消えていく。
彼のマントがひるがえり、そして、わたしを包んだ。
(つづく)




