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暴漢におそわれる

 美しい彼女とベッドにいる彼を想像するだけで心が壊れそうになった。

 わたしはグルヴィアの屋敷から走り出て、駝竜にまたがった。


 どのくらい走ったろうか。

 覚えてなくて。膝が寂しいって。で、ポンポがいないことに気づいたときは、かなり遠くまで来ていた。


 手綱を引いた時――

 いきなり、駝竜が暴れはじめた。

 田舎で扱いなれたメス竜ではなく、城の厩舎に繋がれていたオス竜。荒々しい性格なのか、あるいは何かに驚いたのか。今はそんなこと考えている場合じゃなかった。

 激しく身体を震わせて暴れる駝竜。


「どうどうどう」と、胴を叩いたが興奮しきっている。


 駝竜はもともと竜の亜種、飼いならされてはいるが誇り高い生き物である。激しく飛び跳ねコントロールがきかない。

 振り落とされる!

 街の中心部から外れた人通りの少ない場所だ。ここで事故にあえば、助けてくれる人もいないだろう。


「お願い、静まって。お願い」


 必死に話しかけた。駝竜に振り落とされて、首の骨を折る事故が稀にあると聞いている。

 と、ふいに駝竜が跳ねるのをやめた。鼻息は荒く、まだ興奮しているけど。


「大丈夫だがや?」


 男のダミ声が聞こえた。駝竜の首先で口輪を押さえている男がいる。


「あ、ありがとうございます」

「ねえちゃん、あんた、無茶だよ。こいつは、女の乗り物じゃないぜ」

「ええ、ええ」


 大人しくなった駝竜の首筋を撫でて、背筋を伸ばし、もう一度「ありがとう」と礼を言った。

 男の顔はヒゲに埋まり表情が見えない。服装は貧しく汚れている。首輪を持つ腕には目立つ傷痕がいくつもあって、肌が赤黒く毛深かった。


「おいおい、ねえちゃん、それだけかや」


 男は、いやな感じで笑っていて、目付きも鋭く恐ろしい。

 周囲を見渡した。建物はうす汚れ周囲にはゴミが散乱している。いつの間にか治安の悪い場所に来てしまったようだ。王都は城を出ると危険な場所があると聞いている。

 考えてみると、駝竜の興奮も不自然だった。まだ、足踏みしているが、その右足の動きがぎこちない。


「ねえちゃん」と、男は下卑た笑いを貼り付けたまま、駝竜の首輪を離さない。

「離してください」

「おや、助けた相手に、ずいぶんの口の聞き方がや」

「それはお礼申しあげます。もう、大丈夫ですから」

「へええ、礼儀知らずなやっちゃな」


 これは、ただで帰してくれそうにない。


「わたしを王女と知って、そのような口をきくのですか」

「王女。おや、王女と」


 男は歯の抜けた口を大きく開けて、キャハハと声をあげた。地獄の底からのぶきみな笑い声のよう。


「ええかい。あんたは確かに金持ちのねえちゃんだろうが、王女さまじゃねえぜよ。王女さまってのは、ひとりで駝竜なんかに乗って、こんな場所には来やしねえぜ」


 男の平然とした視線で気づいた。この男は計画的に何かの手を使って、駝竜を暴れさせたにちがいない。


「駝竜に何かしましたね」

「ほお、今度は脅しがや。さあ、おじさんが礼儀を教えて可愛がっちゃる。あんたみたいな上者は、めったに会えねぇ。奴隷として売りとばしゃあ、大きな金が動くぜ。この駝竜もええし。さあ、おとなしく降りな。ケガするぜ」


 男に仲間はいなさそうだったから、逆らうのはやめて駝竜から降りた。


「そうそう、素直でいい子だ。もっと騒ぐと思ったがな」

「あなたは誰を相手にしているのか、わかっていません」

「ほほう、口だけは達者がや。向こう見ずな、ねえちゃんだで」


 わたしは王女だ。

 幼いころから厳しい訓練と教育を受けてきた。護身術も習っている。とくに、魔石の使い方に生まれながらの才能があると教師が言っていた。


 魔石には、さまざまな用途がある。が、その一番は武器としてだ。身体のマナと反応して武器にすることができる。

 両腕に魔石のブレスレットをつけていて……、王女としての立場は危険を伴うと用心のためだったが、これまで必要としたことはない。


 実戦で使えるだろうか。背中を冷たい汗が落ちるのを感じる。


「もう一度、言います。手を引きなさい」

「ほおれ、このおじさんを楽しませてくれるがや」


 くさい息と欲望に理性を失った男がのしかかってきた瞬間、その場に身体を沈め、両手首を打ち合わせた。魔石が発動する。

 熱い。身体から熱がほとばしる。みぞおちの奥で息を吸い力を入れる。


 カツ〜ン

 カツ〜ン


 音とともに閃光が放たれる。男が目を押さえて、ギャッともグッとも言う奇妙な悲鳴を発した。


「警告はしました」

「い、いてえ。いてえ、このメス、なにしやがる」


 男が再びおそいかかろうとして、魔石のさらなる光を受けた。目を押さえ、その場に転がり、痛みに震えている。


「駝竜に何をしました」と、問い詰めた。

「や、やめて、やめてくれ〜〜、ハ、ハリ、針だ。針を撃った」

「それが、あなたの礼儀ですか」

「た、助けて、助けてくれ。た、頼む、許してくれ。し、死ぬ。く、苦しい」


 両手首を離して男に向かって解き放ったマナを戻した。男は怯えた表情で、その場に腰を抜かし、次に四つん這いのまま動物のように逃げ去った。

 男が去ったのを確認して息をついた。


 アニータに知られたら、さぞ怒られることだろう。そっちが恐ろしい。

 荒くなった息を整え、駝竜の身体を確認すると、臀部に細い針が刺さっている。手綱を引いた瞬間、吹き矢で撃ったのか、それとも、順番は逆だったのか。


 足が震えてきた……。

 相手がひとりだったから良かったけど、数人だと危なかった。

 その時、背後から、パンパンパンと拍手する音が聞こえた。びくっとして、振り返った。


 ユーセイが立っていた。彼が目の前に立っている。


 だから、あのユーセイが。

 あ、あの、あの人が、あの人が目の前にいて。

 目を閉じて、また、開けた。確かに、そこにいる。夢じゃない。

 ベージュのマントを肩にした魅惑的な姿で……、ああ、それ以上、近づかないで。だって、胸の鼓動が聞こえてしまう。


 いえ、この胸の鼓動は暴漢に襲われたためだ。いいわ、言い訳はできたから。バカみたいなことを考えていたら、彼が楽器を肩に背負い去っていこうとした。


(つづく)

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