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最初の一歩はこちらから ~似たもの同士のささやかな恋の始まり~

作者: 真矢すみれ

 目の前には、大好きな人。

 場所、彼の部屋。

 しかも、ベッドの上。

 おあつらえ向きに、今日はクリスマスイブ。

 家には私と彼の二人しかいない。


 ただし、私の一方的な片思い。


 ベッドの上、詰め寄る私に彼はかなり引き気味。

 ……というか、実際に引きまくって後退した結果、背中は壁にぶつかり、現在とっても困った顔をしていた。


 私、水島毬絵みずしままりえ、24歳。

 彼、沖田慶哉おきたけいや、27歳。


 れっきとした大人同士です。



   ☆   ☆   ☆



「ケイちゃん、好き」

「ありがとう」


 満面の笑顔でさらりと受け流さないで欲しい。


「ケイちゃん、付き合って」

「どこに?」


 真顔で聞き返さないで欲しい。

 どこに、じゃなくて、「私と付き合って」なんだ。



 ケイちゃんは、私の言葉をいつも本気にしてくれない。


 3つ年上の優しいいとこのお兄さん。

 それが、ケイちゃん。



「ケイちゃん、私のこと、好き?」

「好きだよ」


 即答。


 早い話、おむつをしてる赤ちゃんの時から知っている、そんな関係。

 笑顔で返ってくる返事。言葉面だけは私が欲しいものなのだけど……。



   ☆   ☆   ☆



 この恋に気がついたのは、高校生の時。

 3つ年上のケイちゃんが大学生になって、彼女ができたんだって聞いた時。


「ケイにも、とうとう彼女ができたのよ」


 ケイちゃんのお母さん、つまり伯母さんがそう言った時、周りの景色が一瞬でグレーアウトした。

 その時まで、ケイちゃんは大好きないとこでしかなかったから、彼女という言葉にショックを受けている自分に驚いた。

 男子校出身のケイちゃん。

 それまで、女の人の話を聞いたことは一度もなかった。



 ケイちゃんが彼女と別れたと聞いたのも、やっぱり伯母さんからだった。


「ケイ、ふられたらしくて、すごく落ち込んでるのよ」


 母と二人でそんな話をしているのを聞いて、こんなところでネタにされてるケイちゃんを気の毒に思ったし、落ち込んでいると聞いて胸が詰まった。

 なのに、ケイちゃんがフリーになったというのは嬉しくて、どこかで心が浮き立っていた。



   ☆   ☆   ☆



 ケイちゃんに近づきたくて、ケイちゃんと同じ会社に入った。


 よく入れたものだと思う。IT系コンサル会社。

 就職活動は死ぬ気で頑張った。


 嫌われてはいない。

 むしろ、可愛がってもらっていると思う。小さい時からずっと。



「ねえ、沖田さんと付き合ってるの?」


 沖田さん……沖田慶哉、ケイちゃん。


 家が近所だから、毎朝同じ電車で通勤する。

 会社の事を教えてだの何だの言って、半ば強引に習慣にしたのだ。つまり、確信犯。


 お給料日前には金欠だと言ってケイちゃんにランチをおごってもらう。

 もちろん、お給料が出たら今度はお礼だと言っておごり返すためにランチに誘うのだ。


 こんな風にいつも一緒にいるから、いとこだけど名字が違うから、最初はよく「付き合ってるの?」なんて、そんな事を聞かれた。


 二人一緒の時に聞かれると、ケイちゃんは笑って、


「いとこなんですよ」


 と、私の頭をくしゃっとなでた。



   ☆   ☆   ☆



 好きって何回も言った。


 でも少しだけ、逃げていたのかな?

 冗談めかして言っているつもりはないけど、もしかしたら真剣みが足りなかったのかも知れない。


 ケイちゃんは、怖いくらいに整った綺麗な顔をしている。

 背も高い。

 そして、優しくて誠実。

 だから、ケイちゃんに言い寄る女の人は多い。


 ケイちゃんはどうやら、学生時代に付き合っていた彼女から結構こっぴどくふられたらしい。

 それ以来、誰とも付き合っていないし誰かと付き合おうともしない。

 社内外からやってくる美女たちのアプローチにも全くなびかない。

 笑顔でやんわりお断り。


 そして、私もその人たちと同じようにスルリとかわされ続けている。



   ☆   ☆   ☆



「確かに、それは、ちょっとやばそうですね」


 仕上がった大量の資料を取りに行くべく階段を降りて行くと、ケイちゃんの声が耳に飛び込んで来た。

 同じ会社に勤めているからこそのサプライズ。 


 ケイちゃんの声に思わず頬が緩んだ瞬間、その広い背中の向こうにいた女の人と目が合った。

 確かケイちゃんの部署の先輩女性。

 引き締まった身体に、理知的な印象の瞳。すらりと背の高い綺麗な人。

 彼女は私をちらりと見てから、ケイちゃんの腕に手を伸ばした。


「ゴミがついてるわよ」


「あ、すみません」


 女の人は満面の笑みをケイちゃんに向けた。こびた笑顔が鼻につく。

 そんなあからさまに牽制しなくても……。

 残念ながら、ケイちゃんは結構もてるから、私はこういうシチュエーションに慣れているんだ。


「でね、S社の件だけど、悪いけど打ち合わせに付き合って欲しいの」


 仕事の話、しかも、ちょっと深刻そうな雰囲気。

 その上、来るなよ来るなよってオーラがひしひしと感じられる。

 これじゃあ、声なんてかけられやしない。

 がっかりしながら、私は更に階段を降りることにした。



   ☆   ☆   ☆



 同期のトモとのランチタイム。

 デザートのティラミスをつつきながら、トモが言った。


「ね、沖田さんとどうなってんの? いい加減ものにしないと、誰かに持ってかれちゃうよ?」


 その言葉がぐさりと胸に突き刺さる。

 そんなはずはないと思いたい。

 けど、ケイちゃんをフリーにしておいたら、いつか誰かの毒牙にかかりそうな気がしてならない。


 ケイちゃんは見た目が良いだけじゃない。

 優しくて誠実な人なんだ。

 酒の上の間違いだとしても、きっと事が起これば責任を取ってしまう。


 12月も半ば。

 クリスマスは目前だし、その後はお正月で次がバレンタイン。

 独り者の女性が彼氏を一番求める時期って、今頃だと思う。


「沖田さん、かなり狙われてるよ。頑張りな」


「……頑張ってみる」



   ☆   ☆   ☆



 総勢7人のいとこの中で女の子は私一人。そして、私が一番チビだった。

 何かにつけて仲間はずれにされる私と、いつも一緒に遊んでくれるのはケイちゃんだった。


 転んで膝小僧を擦りむいても、2つ上の実の兄は「そんなのなめときゃ治る」って、私を置いて走って行く。

 でも、ケイちゃんは私の涙を拭い、私をおぶって家まで連れて帰ってくれた。

 ケイちゃんの背中で見た、大きな夕日に照らされたオレンジ色に輝く雲。朱く染まった街並。輝く街路樹。


「夕焼け、きれいだね」


 ケイちゃんの穏やかな声、その背のぬくもり、優しさを思い出すだけで、心がほっこりと暖まる。

 自分を置いて行っちゃった薄情なお兄ちゃんへの恨みごとも、ケイちゃんのおかげで緩やかに氷解した。



 私だけにじゃない。

 ケイちゃんは誰にでも優しかった。


 今はもう亡きおばあちゃん。

 うちに遊びに来ると、ケイちゃん、必ず、おばあちゃんの肩を叩いていってたっけ。


 お手伝いを頼まれそうになると、他の子たちはみんな逃げ出すのに、律儀に「何をすればいい?」って大人の元に向かうのはケイちゃん。


 大人になってから、すっかり認知症が進んじゃったおばあちゃんに、好物のおはぎを手土産に会いに来ては優しい声で話しかけているのも、イマイチ要領を得ないおばあちゃんの昔話に笑顔で相槌を打つのも、全部ケイちゃんだった。


 いつだって優しい、大好きないとこのお兄さん。


 整ったその顔が好きだった訳じゃない。

 引き締まった身体や180センチ以上もある長身が好きな訳でもない。


 私が好きなのは、ケイちゃんそのものだ。



   ☆   ☆   ☆



 ケイちゃんが誰とも付き合わないのは、過去に何かがあったから。

 そんなの分かってる。

 聞いてもはぐらかされる。

 私はケイちゃんから見て、多分、未だに年下の守ってあげなきゃいけない女の子。

 だけど、本当は違う。

 ケイちゃんの前だけでは女の子っぽい私は、実は、割と男っぽい性格をしている。


 もしかして、今までのイメージをぶち壊したら、現状打破できるかも知れない?


 私はそんな事を思いついた。



   ☆   ☆   ☆



 そして、今。


 目の前には、大好きな人。ケイちゃん。

 ここは彼の部屋。

 おあつらえ向きに、今日はクリスマスイブ。


 家には私と彼の二人しかいない。


「ケイちゃん、おはよう」


 分厚い遮光カーテンを開け、まだ眠っているケイちゃんのベッドの上によいしょと上る。

 ベッドが大きくきしんだ。


「……え? マリちゃん?」


 いとこ故、部屋で突然私の声がしても、ケイちゃんは驚かない。

 けど、うっすら目を開けたケイちゃんは、次の瞬間に両目を見開き飛び起きた。

 ちょこんと、ケイちゃんのベッドの上に正座する私、ケイちゃんの目にはどう映っただろう?

 襟ぐりが大きく開いた丈の短い、キラキラと光沢のあるワインレッドのワンピース。

 頭には大きなリボン。


 ストッキングは履いてこなかった。


「メリークリスマス!」


 笑顔で言うと、ケイちゃん、さすがに何が起こったのか分かったようで、じりじりと後退した。

 私はもちろん、追いかける。

 じきに、壁際に追い詰められたケイちゃんは、困った顔で私を見た。


「マ、……マリちゃん?」


「ケイちゃん、好き」


「……あの、それは」


 さすがに、この状態ではケイちゃんの無敵のスルー力も適わない。

 

 ドンッ。


 私はケイちゃんの顔の横に、両手をついた。

 それから、ゆっくりと顔を近づける。

 ケイちゃんの驚いた目。その瞳の中に自分の姿を見つけた。


 唇を、そっとケイちゃんのそれに押し当てた。

 唇が触れる瞬間は目をつむったから、初めてのキスで、ケイちゃんがどんな表情をしていたかは分からない。


 ああ。

 ずっと、こうやって触れたかったんだ。

 

 心の中がほんわか暖かい何かでいっぱいになる。

 ケイちゃんの唇は、とても柔らかくて暖かかった。

 ゆっくりと唇を離して目を開けた。


「こういう意味の……好き」


 ケイちゃんの目から、驚きの表情が消えない。

 もしかして、私なら大丈夫って思ったのは勘違いだったのかも知れない。

 そう思ったら泣きたくなってきたけど、泣いてなんていられない。


 もう、後には引けないんだ。



「私にしときなよ」


「……マリちゃん?」


 ケイちゃんが不安げに私の名を呼ぶ。


「私、ケイちゃんの整った顔とか身長とか、そんな外見なんて見てないよ?」


 壁から手を離して、ケイちゃんの顔を両手で挟んだ。


「ケイちゃんの優しさ、いっぱい知ってるよ?」


 ねえ、ケイちゃん。


「本当は恐がりなのも、涙もろいのも、寂しがり屋なのも、私、全部知ってるよ?」


 おばあちゃんが亡くなった時、一番泣いたのはケイちゃんだった。

 絶叫マシンやお化け屋敷が大嫌いなのも、ホラー映画が見られないのも、全部知ってる。

 私が赤ちゃんで、ケイちゃんが3歳の時からの付き合いじゃん。


「何を気にしてるのか知らないけど、私なら、もう全部知ってるよ? 私にしときなよ」


 ケイちゃんの身体のこわばりが少しとれた気がして、今度はケイちゃんの肩に手を置き、もう一度、唇を合わせた。

 唇を合わせながら、私はケイちゃんの背中に手を回した。


 ぎこちなくケイちゃんの身体が動き、ケイちゃんの腕が静かに私の背中に回された。



   ☆   ☆   ☆



 後日。


「昔の彼女に何て言われたの?」


 そう聞いた時、ケイちゃんは遠い目をして言った。


「女友だちといるみたい。悪いけど、男を感じない」


 思わず笑うと、ケイちゃんに「おい」と頭をぐりぐりされた。


「ケイちゃんを笑ったんじゃないよ。私たち似たもの同士だなって」


「ん?」


「私も昔言われたんだ」


「何て?」


「オカンといるみたいで、正直萎えるって」


 私の言葉を聞いて、ケイちゃんはぷっと吹き出した。


「ひどっ」


 ほおを膨らませてすねると、ケイちゃんは、ごめんと言って私をぎゅっと抱きしめた。



(完)

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