核の氷河期
世界にはかつて様々な「違い」があった。
かつては、な。
今となってはこの有様だ。
各国の武力が衝突した、幾度となくな。
開戦の理由は分からねえ。
当時の俺はほんの7歳のガキンチョだったからな。
今となっては50のおっさんだがな。
ま、俺の老いを笑うのは勝手なんだがちっと頭を雪に突っ込んで考えてみて欲しい。
頭を冷やすって言うんだろ?
まぁ話を戻すとしよう。
終戦したのは俺が9の時。
だがその頃の俺は母に連れられて各地を放浪としていたよ。
なんでかは分かるよな?
核兵器だよ。
何十発の核が世界に降り注いだ。
んで、当時の俺はその景色を見て無邪気にもはしゃいでいた。
おいおい、早まるなよ。
結論を急ぐな、な?
別に俺がサイコパスな訳じゃない。
俺が無邪気にはしゃいでいたのは核によって出来た、普通じゃ絶対にお目にかかれない雪だった。
もう分かるよな?
核の冬の始まりだ。
まぁ、風情のある言い方をするのなら「立冬」って奴だ。
だが終戦当時は真夏だった。
地球温暖化だの二酸化炭素がどうだの言っているのが嘘みたいに世界には雪が降った。
人類は地球温暖化の問題を解決した訳だ。
もちろん邪道だかな。
その結果として多くの人間が死んだ。
焼死したり凍死したりな。
核によって影だけを形見に死んだ奴もいたし降り積もる雪によって冷害となり死んだ奴もいた。
うちのお袋は餓死だったよ。
当時ガキンチョだった俺は常に空腹状態だった。
自分が飢え死ぬことを知ってなお、お袋は食料の殆どを俺に寄越したんだ。
母が死んだことに気が付く、いや、母が死んだ事を認めて決着をつけるまでにはしばらく時間が必要だった。
冷たくなった母の体を抱えて暫く呆然としていたよ。
おっと、あんたが聞きたいのは俺の生い立ちじゃなくて世界がこんなんになった理由だったか?
ん?
続けてもいいってか?
なら遠慮なく語らせてもらおうかね。
俺の視点からきっちり今の状態まで語るから気長に聞いていってくれや。
暫く呆然としていた俺だったが足音が聞こえてふと我に返ったんだ。
んで、俺は逃げた。
なにか嫌な予感がしたもんだからな。
そして逃げて少し離れたところから覗き込んでゾッとしたよ。
男が冷たくなったお袋を犯してた。
母の体はただ振動してた。
それを見た俺は、また逃げたんだ。
べソかきながらな。
近くには街があった。
だがやっぱり終戦を祝う雰囲気じゃなかった。
核兵器をもって終戦を掴み取った俺たちは今度は後片付けも出来ない環境に晒されることとなった。
お前らだって使ったナイフはキチンと手入れしてからしまうだろ?
人類は片すことの出来ないものをポカポカと撃ってそれを後世の俺達に丸投げしたんだ。
勝者と敗者もいなかったよ。
俺たちは生き残ることに精一杯だった。
進路なんて考えてる暇もない。
俺は今を生きるので精一杯だった。
核の撃たれた土地はもちろんその隣の街だって作物は一切育たなかった。
なんてことは無い、俺たちは核の恐ろしさを初めて身をもって知った。
やがて俺達は人種を超えて集まり始めた。
敵国の人間だろうともうどうでもよかったんだ。
どうやって集まったのかって?
簡単なことさ。
インターネット…いや、あんたらの世代じゃ分かんねえか。
要はどこの誰とでも連絡を取れるオーパーツを使って集合場所を決めて凍りついた海を渡って来たんだ。
で、集まった人数を数えてみたら1億人弱の人間がそこに居た。
別に俺が数えたわけじゃない。
さっき言ったオーパーツを使ってざっくりと割り出したのさ。
で、中には絶滅した種族もいた。
その中で1番規模が大きかったのは日本人っていう人種だ。
旧ユーラシア大陸の東の端にあった小さな島国だった。
奴らは確か6000万人ぐらいいたって話だが島国だから逃げる場所なんてない。
結果としてあっという間に滅んで行ったんだとよ。
完全にでは無いけどな。
中には他の国に亡命して凌いでいたって奴もいるらしい。
とは言ってもその数は2~30人ぐらいって話だ。
話を戻そうか。
こんな絶望的な世界に放り出された俺たちはとっくの昔にプライドなんてものは捨てちまった。
そこにいる1億人全員がだ。
宗教の聖水はただの水に成り下がったし聖書は薪だった。
豚肉を食えない宗教も豚を食ったし牛を食えない宗教も牛を食った。
米を食っていた種族は小麦から作られたパンを食っていた。
不思議なことに死人が出るような争いは起きなかった。
簡単な話だ。
争えば腹が減る。
その事に気づくまでは少し時間がかかったがな。
それでも暴動が原因で死ぬような奴はいなかった。
あの時まではな。
簡単な話でこれは人類が文明を作り始めた頃からの性さ。
早い話が権力闘争だ。
当時のリーダーは比較的緩い政策で1億を纏めてた。
それに目をつけた不届き者、いやクソッタレな奴らがクーデターを起こしたって訳だ。
んで、独裁を始めた。
弾圧的な政治なんで反発を産むだけだ。
反逆者は殺して食い扶持を確保した。
いくらかの食料を手に入れたがこれは正しいのか?
あんたの価値観が俺と同じことを願うが俺たち被支配者の答えは「No」だった。
んで、みんな逃げた。
てんでバラバラにな。
氷に閉ざされた故郷に帰る奴もいたしその集団から逃げて別のコミュニティを作る奴もいた。
ただぶらぶらして当てを探す奴もいた。
それが当時17歳の俺さ。
あんたでもあるな。
ん、シンガポールコミュニティの出身だって?
なるほど、珍しいな。
確か、あそこの出身だって言ってる奴もいたな。
パーシヴァルって奴はいたか?
アーサー・パーシヴァルだ。
なんだ、あんたのコミュニティの創立者なのか。
ってことはあいつは本物だったってことだな。
あそこにいるあいつはいつでも信用ならない面してたもんだからな、あいつを貶すつもりはなかったんだ。
おっと、話を戻そうか。
そこから先は皆それぞれの歴史を紡いだ。
コミュニティってのは排他的だからな。
俺が知ってるのはシベリアのコミュニティだ。
元々ソビエト連邦の流刑地だったコミュニティの住人は寒さに異常なくらいの耐性を持っていた。
正確には獲得したんだろうがな。
そして核によって国が成り立たなくなった時、あいつらは自立的な生活を始めた。
んで、今も細々と自給自足な生活を送ってるだろう。
ヨーロッパでは他のコミュニティよりももっと小さな集まりで各地に散らばっている。
俺が見た限りでは100以上はあるだろうな。
ヨーロッパは地域ごとに全く違う文化があるから細分化されてったんだろうな。
アフリカに人類の姿はない。
残念なことに搾取されて痩せこけた土地には誰も住み着かなかった。
でかい砂漠もアフリカ進出を躊躇わせる一因だ。
アメリカはワシントンには独裁政府がある。
かつて俺達が向かった世界最大のコミュニティだった。
今は知らないけどな。
あそこのコミュニティは近づかないもんでな。
ロサンゼルスだったら朽ち果てた。
元々砂漠に無理やり建てた街だ。
今となってはお尋ね者の隠れ家にもなってる。
アジアだったら北京や上海、南京で小さいのがいくらかあるっきりだ。
とりあえずそんなもんかな。
随分とかけあしになってきたがこれが俺の知る世界の歴史だ。
今のあんたが置かれた状況ってのが少しくらいならわかったか?
で、ここからは俺の言伝だ。
話題転換が無理矢理だって?
まぁ俺も何か話を残しておきたいのよ。
そうだな、核の恐怖ってのは語ったと思う。
だが、それ以前に問題があると俺は思うんだ。
要は戦争だ。
人類同士の争いほど醜いものは無い。
そして人々同士が争うから兵器というものは発展した。
核の冬、俺に言わせれば核の氷河期だがとにかくこの状況は人間の争いの結果だ。
だからこの状況が改善して人類が再び発展したらどうするのか、簡単な話よ。
平和の鳩にしては随分とむさいおっさんだが言わせてもらおう。
国境もへったくれもなく人類が纏まればいいんだ。
そうすれば人類は大きな区分としてこんな馬鹿なことをしないで済む。
ま、難しいだろうがよ。
もし、それでももし、何十年後、俺がくたばって何年後かは想像つかないが人類が発展したのならこの言伝を未来に届けてくれよ、若いの。
なんだって?
あんたは物書きじゃないのか?
シンガポールは物書きが多いって話を聞いたんだか違ったか?
まぁいいさ。
人の話をこんなに上手く聞けるんだ、物書きに向いてるよ。
んじゃ、俺の話はこれで終わりだ。
遠き過去から遥かなる未来へ愛をこめてポール・ティベッツより。
なんてな。
(サィディ著『核の氷河期』より抜粋)