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ある父の日のこと

作者: 小野 大地

よかったら読んでみてください(^-^)

 午後一時、腹が減り目が覚めた俺は、やっとふとんから出て階段を下りた。リビングには誰もいない。あるのは「ご飯用意しといたから食べろ」のメモだけ。そのメモを見て俺はイライラした。「食べろ」の命令口調がかんにさわったからだ。俺はこう思った。(俺は親父に生きさせられてるんじゃねぇ!俺は自分の意志で生きてるんだ!たしかに、おやじのおかげで生まれてこれたのかもしれない。だけど、生まれた瞬間から俺は一人の個性を持った人間なんだ!誰の意見にも左右されない!だから、命令される筋合いなんてねぇんだ!)俺はメモをぐちゃぐちゃに丸めてごみ箱に捨てた。ごみ箱はもうぱんぱんだったので、紙くずはカサッと音を立てて床に落ちた。

「くそっ」小さく俺はつぶやいた。ごみ箱は、うねうね縮れた髪の毛やら変な液体やらで満たされていた。しかし、腹が減ってイラだっていた俺は、そんなこと気にもせず紙くずを奥にねじ込んだ。さて、飯を食おう。おぼんの上には、サランラップに包まれた白米とたまごのふりかけ、なすのインスタント味噌汁が乗っている。インスタントの方は冷めるのでまだ作られていない。

「ちっ!なすかよ!」俺の嫌いななすが具だった。そのなすをおぼんの上からどかし、たまごのふりかけを手に取った。しかし、「キリトリ」の所をつまんでいるのになかなか開かない。しまいには腹が減った焦りで手汗がにじんでくる。

「このやろう!」むきになってぶっちぎった。すると、まるで冬場のシャワーのように、たまごが噴き出してきた。その勢いはおぼんの上では収まらない。なすの上に数粒かかった。その数は、むしろ白米にかかったのより多かった。

「くそっ!」俺ははしを机にたたきつけた。

「もう飯なんていらん!死んだって構うもんか!命なんてどうだっていい!俺は悪くないんだ!悪いのは親父だ!第一親父が触れた時点で食う気が失せるんだよ!」俺は誰もいないのに早口にまくしたてた。なぜ俺はこんなにすぐカッとなってしまうのだろうか。周りは、思春期だからしょうがないとか分かったようなことを言う。たしかにそうなのかもしれない。だけど、そんな理由で落ち着けたら苦労しない。誰も、俺のことなんか理解してくれないんだ。誰にだって俺みたいな頃があったくせに。しかし、そうは言っても、飯は食わなければならない。俺はその事実にイラつきながらも、仕方なく台所へと向かう。そして、なすを奥の方にねじ込んで、手前にある別の具をてきとうにつかみ取った。


 「ガチャ」ちょうどふりかけご飯を食べ終わった頃、親父が部屋に入ってきた。なぜか苦そうな顔をしている。(意味が分からない!その顔やめてくれ!しかもこっち見んな!)心の中でそう思った。しかし、そう思えば思うほど親父もしかめっ面をかましてくる。そのきもい顔が言う。

「なんでなすのインスタント味噌汁じゃなくてコーンスープを飲んでるんだ!」

「は!?」

「野菜が取れてないと思って、お前の為に用意してやったんだぞ!」

「は!?知らねぇよ!余計なお世話だよ!」

「おい、何てことを言うんだ!父さんだってお前のことを思って・・・」

「うるせぇな!あっち行けよ!このおたんこなす!」親父の話を無視して俺は叫んだ。自分でも言い過ぎているのは分かっている。言葉にとげを添えてしまっているのも気づいている。できることなら優しくしたい。実際優しくしようとしている。でもできない。周りは、素直になれていないのだとかわけの分からないことを言う。でも違う。本当にしようとしているのにできないのだ。

「まあいい、好きにしろ」親父は寂しそうにつぶやく。そしてどこかへ行った。俺はコーンスープに向き直る。グイッと一気に飲み干した。のどに引っかかるようで、とてもまずかった。


 朝ご飯を食べ終わり、気を紛らわすためにスマホをいじっていた。しばらくはさっきのことが頭を離れなかったが、気づいたら寝ていた。一時間ぐらい寝たのだろうか。頭がぼーっとしている。あれ?何してたんだっけ?ぼやけた頭で考える。あっ。ああ、あれか。思い出さなきゃよかった。まあ、いいや。ゲームでもやろっかな。小腹がすいたので台所からポテトチップスを持ってきて自分の部屋に行った。


 「ひゃっほ~ 楽し~」やっぱりゲームは最高。ゲームはどんな時にやっても大体楽しい。ゲームを作ってくれた人に感謝だな。この時間がずっと続けばいいのに、そう思った。ちょうどその時。

「ガチャ」ドアが開く音がした。誰かは大体見当がついている。まあそもそも家には俺の他に一人しかいないのだが。身に覚えのある感情を抱きながら、振り返る。親父が眉間にしわを寄せて立っていた。「なんだよ!」俺は、その眉間に負けないぐらいの威圧で親父をにらんでやった。

「宿題やったのか?」

「はぁ!?そんなもん、ねぇよ・・・」いや、本当はあった。俺だってゲームが終わったらやろうと思っていた。だけど、親父にやれと言われると、全くやる気がなくなった。親父は言う。

「なんだその返事は!どうせ宿題があるんだろ!?ゲームなんかしてないで勉強しなさい!」俺も言い返す。

「あぁん!?宿題なんてねぇっつってんだろ!そんなことより、なんで俺の部屋にノックもしないで入ってきてんだよ!プライバシーのかけらもねぇな!」

「なんだと、父さんはちゃんとドアをノックしたんだぞ!それにお前の名前だってしっかり呼んだ!それなのに、お前は大声でゲームなんかしてた・・・」親父は鼻をすすりながら、最後の方は語勢も弱くなっていた。大人のくせにそんな姿見せんじゃねぇよ!不意にイライラがこみあげてくる。そして、言いようのない感情が後から追いかけてきた。(宿題をしなくて困るのは俺だろ!?なのになんで親父が悲しむんだよ!俺を罵って責任を押し付ければいいじゃねぇか!なのになんで親父が責任を感じようとしてんだよ!)まずい。ずいぶん感傷的になってしまった。このままでは取り返しのつかないことになってしまう。早くあいつをどかさなければ。

「いつまでそこに立ってんだよ!用が済んだんならさっさと帰れ!」そう言いながら俺は、ポテトチップスの入っていた袋を投げつけた。かさかさと音を立ててカスが飛び出た。親父はしゃがんで、袋の中に戻そうとカスを集める。カスは、ほこりとか髪の毛とかとぐちゃぐちゃに混ざっていた。すると突然、親父が寂しそうにつぶやきだした。

「お前も昔は素直で可愛かったのに・・・」

「ドキッ!!!」突然、体に電気が走った。何だ、この感じは。鼓動が速くなっている。まるで、大切な人が死んだときのように、心が震えていた。しまった。こんな姿を見られるわけにはいかない。早くドアを閉めなければ。しゃがんでカスを拾う親父の前で俺は強くドアを閉めた。はぁ、はぁ。呼吸が全く落ち着かない。俺は完全に取り乱していた。ただ、いつも通りその原因を親父になすりつける気は、なぜか起きなかった。今までに感じたことのない不思議な感情だった。ゲームを続ける気はもはや起きなかった。そして、ゲームの電源を力強く切った。


 宿題が終わり一息つく。普段ならゲームをするところだが、今はする気にならない。その代わりに散歩でもしようと思う。日が傾き始めた昼下がりの空、日差しがとても強い。たまに雲に隠れて日差しが和らぐのだが、またすぐに現れて俺を激しく熱した。その様子はまるで、ギラギラ鋭い目がまぶたの間から見え隠れするかのようだった。とても恐い。親父からは俺がこんな風に見えていたのか、そう思う。不意に謝りたくなった。無意識の内にストレスをぶつけていたこと、意味もなくやつ当たりしたこと、非情にも暴言を浴びせたことの全てを謝罪したいと思った。ただ一方で、親父の立場に立ってみれば、決して俺に謝って欲しいと思っているわけでもないのだ、とも思った。太陽の刺激がなければ、毎日にメリハリもないし、気持ちが内向きになって心にハリがなくなるだろう。昼間の太陽こそ厳しいが、それを我慢しさえすれば、朝日のすがすがしさと夕日の美しさを味わえる。同じ太陽でも朝は待ち遠しく、昼間はうっとうしい。昼間にうっとうしいと感じていたのにも関わらず、夜になって会えなくなると寂しくなったりする。だからこそ、親父はあの時泣いたのではないか。だからこそ、「お前も昔は素直で可愛かったのに」と言っておきながら、思春期の俺をいつまでも大切にしてくれたのではないか。だからこそ、親父は俺が思春期を乗り越える為に我慢をしてくれていたのではないか。そして、一人では絶対に乗り越えることのできなかったこの壁を乗り越えた今、俺は親父に、謝るのではなく感謝するべきだと思った。はっとして空を見上げる。太陽はまた少し傾いていた。


 そう思いを巡らしている間にずいぶん歩いてきた。橋の上で落ちていく夕日を眺めていた。すると、後ろで女子高生が帰りながら話しているのが聞こえた。

「今日、父の日なの知ってた?」

「へぇ、そうなんだ、全然知らなかった。母の日は毎年お母さんにプレゼントあげるけど、父の日は何もしない」

「お父さん可愛そうじゃない?www」

「いや、そんなことないよ。だって、あの人いつも余計なことして家族に迷惑かけてるんだもん。この前なんて、柄にも似ず食器棚の整理なんかしようとするから、お皿何枚も割って大騒ぎしたんだから。当然の仕打ちだわwww」この女子高生はなんてひどいことを言うのだろうか。今の俺はそう思う。しかし、少し前まで俺もそんなひどいことを言っていたのだ。女子高生達は、父の日の話題はそれきりにしてまた別の話に移っていった。ほとんどの人が平然と過ごす今日という一日は、俺にとっては特別な一日だった。おもむろに空を見上げる。夕日がとても綺麗だった。

最後まで読んでいただきありがとうございました(^-^)

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