第5話 トロイメライ第3王女殿下
トロイメライ・バスチカン・アナスツィアータ第3王女殿下。
それがボクのことらしい。
所謂、どこかの国の王女様ってことだ。そんなこと言われても、トロイとして目覚めたボクの人生は、まだ一日も経っていないのに、坊主からアタシを飛び越えて、王女様って、全く持って頭がついていかない。
どこでそれが分かったかといえば、ほどけたサバイバルスーツのインナースーツの内側に埋め込まれていたプレートデバイスに書かれていたのだ。
このデバイスは結構小さなもので、肉眼での視認は難しいのだけど、これを見つけた人がここには居たんだ。
ちなみにボクの両の耳たぶにも同じものが埋め込んであるらしいのだけれど。ボクを拾ってくれた親方の手下、もとい部下が、それを解読したという訳なんだ。
国家機密級のプロテクトがかけられたプレートデバイスを僅か数時間で解読できるって、かなり犯罪級の技術なんだけど、親方の仕事にはそういう腕のある人が必要なんだって。
そして、それが、誰あろう初日重労働仲間のスカーの兄貴だった。名前は、ドン・ファーガソン、有名企業をその秀でた技術のみで渡り歩く、伝説級の技術者らしい。ついた異名は、レジェンドン。なんかかっこ悪い!
そうそう、なんでまだ、ボクって言ってるのかって?(仮)は取ったけど。
思いがけず、自分が女の子と判明したんだけど、そのことが自分じゃ無いような気がしているからだ。自分の意識の中では股間にパオーンなブツがぶら下がっているつもりだったのに。
サバイバルスーツがはだけ、股間部の排せつ補助装置が外れた時、「ブツが落ちた」みたいな感覚に襲われてしまった。
もちろん、仮にあったとしても落ちてしまうような脱着可能物でないことは百も承知だ。
だから、ブツが無いと自覚したボクは、首を曲げておそるおそる体を見下ろしたんだ。すると、胸の左右に小さな山があった。太っているわけではないので、これは小さいながらもオ〇パイというものだと理解した。
両手で触ってみたら、ぷにゅぷにゅして柔らかく、それが自分の体の一部であると実感した。
さらに下を見下ろしたら、あの風も無いののぶらぶらするブツがなかったんだ。これ以上のことは細かく描写はできないけど、その時のボクはひどく落胆して、その場でうずくまって、しくしくと泣き出してしまった。
その様子は、さながら、か弱い女の子だったと、ジョアンナが後で話してくれた。やっぱり、ボクは女の子なんだ。
だけども、精神としてのボクは、この現実は簡単には受け入れがたくて、直ぐに、自分をアタシと言うのも気恥ずかしかった。
相変わらずの見た目は、中性的な少年みたいなんだし、これまで同様、ボクでいいかなってね。
ジョアンナもあっさりと、「トロイがいいなら、それでいいんじゃないかな」って言ってくれた。
親方も、「いきなり王女様とか言うのもなあ、おまえさんは、やっぱ坊主でいいや。無事に返すまではな。それで許してくれ、俺は気取ったことは苦手なんだよ」と言って、女将さんも変わらず「坊や」と言ってくれる。ザックも、ガンツも「坊主」と言ってる。
この事実に一番ショックを受けたと思ったショタ好きのアネゴなんだろうと思ったけど、少女もイケル口になったみたいで、ユリネゴが開花してしまった。
ボクは開花したてのユリネゴの部屋に拉致され、いろんなことをされていたら、ジョアンナが入って来て、普段は見ることのないジョアンナの格闘術を見てしまった。
殴りも蹴りもしない、その不思議な体術は、荒ぶるユリネゴをあっと言う間に床にねじ伏せてしまった。逆関節を決められたユリネゴは床をタップするしかなかった。
かくして、囚われの姫君は、騎士ジョアンナに連れ戻され、ジョアンナの部屋で、・・・・・。これ以上は、話せない。
脱線してしまった。話を戻すと。
ボクはボクでいいと思うんだという話なんだ。もしも、ボクの記憶が戻ったら、きっと今のボクは居なくなるかもしれないけど、ボクはボクで居続けたい。
できれば、ジョアンナと一緒にいたい。どうしてだか分からないけど、ボクの心がそう求めるんだ。
あの衝撃的な運命の日から、3日が過ぎた。
ボクは、ジョアンナと毎日、従業員達の食事を朝、昼、晩と作り続けている。
ジョアンナはどんな料理でも手際よくこなす。12歳で先代の料理長から役職を譲り受け、5年のキャリアを積んでいる。
見習いとして始めたのが7歳の時らしいから、今年で10年め、年はおとめ座の17歳ということだ。
ちなみにボクの年齢は、プレートデバイスによると、ジョアンナとお揃いの星座のおとめ座で、15歳ということだった。
ボクは乙女なのかもしれないが、心は、ジョアンナの弟のつもりなんだ。
さて、第3王女なる身分のボクがどんな訳で、このユーロピア共和国連邦、そうそう、やっと、この国の名前が分かった。この国の公用語は英語とドイツ語、ロシア語、フランス語、スペイン語とかなり多言語が混在している。
いち言語に統一できなかったのは多様性を認めた結果だったらしいが、一番使用人口が多いのは、英語で、僕らが話している言葉も英語だった。
ただ、昔の国の名前が出てきたが、建物の類は壊れたり、地中に埋まったり、海底に没したり、焼けたりと、その面影は、この荒野の片隅にも古都の廃墟という場所があり、そこに地殻うねりで寄せられた建物の残骸が集まった場所があるのらしい。
そして今日は、西暦2520年4月1日ということだ。
大昔には、4月1日は軽いジョークを飛ばしてふざけあう習慣があったらしいが、今この時代には似つかわしくないと廃止されているとも聞いた。やって見つかれば処罰の対象になるらしい。
親方の手下、どうしても親方の、と話しだすと親方のあの凶悪犯のような顔が浮かびあがってしまい手下と言ってしまう。
手下じゃなく、部下にはアラン・ソーンダイク博士と言う地質学者が居て、その人にこの国と世界の歴史を教えてもらった。
荒野開発の主な仕事は、鉱物資源の採取にあるのだけど、地質学者の知識はこの仕事にはとても重要なんだ。数百年前の地殻変動の影響で、それまであった地球の地形は変貌し、あらゆる国家が消滅してしまったんだ。
そして、地層もぐだぐだにほじくり返され、新たに鉱脈を見つけ出さないといけない状況てなわけで、親方のような商売が成り立つ背景が生まれたのだという。
地殻がほじくり返されたおかげで、それまで発見されることのなかった、あまたの鉱石が発見されることになり、それに付随する技術も発達した。
ボクらが乗ってるトラクターの動力源も新たに発見された鉱石の応用から生まれたものなのだ。
何せ、このボクは自分のことはおろか、世界のことが全く分かっていないというか、記憶が消えているのだ。
でも、何かについて考え込んだ時だけ、それに関連したものがふいに連鎖的に無数の映像として、頭の中を走り抜けていくのだけど、その情報量はとてつもなく多すぎて、頭にとどめておくことができないんだ。
でも、言語については思い出した。ほぼ完全かもしれない。母国語が英語以外の従業員も何人かいるけど、彼らとその言葉で会話できたし、文字も書いて説明もできた。
あと、記憶の中身には、平民の暮らしような風景も交じっていた。今時、お城暮らしをしている王族などいないが、それなりにお金のある大きな家の筈。なのに、狭い、ものがぎっしりで、貧相な食事の光景まで見てしまった。
ボクは、身の上がアレなだけで、平素は平民のような暮らしをしていたとも考えられるけど。不思議なのは、家族のことをこれっぽっちも心配しない自分が居ることかな。
飛行機の墜落現場の惨状が、とてつもなくひどいものだったことは既に聞いた。ボク以外の生存者はゼロだったことも。
事故現場を見た親方一行は、生存者の捜索も行って、近隣の連邦警察にも事故を報告したけど、遠方すぎて事故処理代行を任され結果は機密化して、手運びするよう通達があったらしい。
この手の事故は荒野では実は頻繁にあるらしく、地方の連邦警察じゃ、移動距離もさることながら、人手不足もあって処理もままならないから、発見した民間に代行させるらしい。
そこそこの金一封くらいはあるらしいけど、親方は善意の人だから、そんなものには興味ないんだ。起きたばかりのボクには、心配かけまいと冗談っぽく話してたけどね。
でも、乗ってた飛行機には、ボクをお忍びで乗せていた関係者、もしかすると母親や側近、親類縁者が同行していた可能性があるのに、彼らの安否を全く気にもかけていないんだ。
親方の手下、?。もう、手下でいいかな。親方の手下の女医師、ノラ・ミャンオンによれば、強すぎるショックのあまり、自己防衛的に記憶を遠ざけている可能性があるって言うんだ。
それ以外の可能性としては、人為的に薬物か装置を使って一時的に記憶に蓋をするという処置をされてるとも言ってた。それはボクが非公式の第3王女で、命を狙われ、一人だけ生かされたという事実と、実際にそういう研究がされている事実からの推測もあるのだって。
どちらにしても、ボクの記憶は簡単には蘇らないような気がした。
で、カタイ話は置いといて、余談ですが、このミャンオンさん。黒髪で細い切れ目の超美人さんなんですよ。この人の話をすると、この話数が埋まってしまうので、またの機会に話します。って、誰へ説明だ。
さて、話戻って、
ユーロピア共和国連邦は、大地殻変動の後を生き延びた人類が集まって作った新たな国家だった。ここはかつて、ユーラシア大陸と呼ばれた場所だ。今は500年前の3分の1ぐらいになってしまった。
大地殻変動の発端となったのは、巨大隕石の落下衝突に寄るもので、当時の文明では、その隕石の軌道変更や破壊は不可能だった。
他には地中深くに地下都市を築いてやり過ごそうや他の惑星への避難などを唱えるお花畑学者も居たらしいから、未曽有の危機的状況だったのだろう。
結局は、被害が少ないとされる場所に逃げる案になり、一部は地下シェルターや大型船などという方策もなされた、そういったものに入れない人もいたけど、今の子孫はそういう残された人々の子孫が多いということだった。
それで気になるボクの国だが、その国名は、ボクの名前、トロイメライ・バスチカン・アナスツィアータにある”バチスカン”がそれだった。これは、一族の名前でもある。
つい一か月前にパシフィック共和国連邦の小国、バスチカン公国にて、クーデターが起き、現在、国内は大混乱で、王族関係者の情報はトップシークレット扱いでアクセスできない状況だ。
それでもスカーの兄貴は果敢に攻め込み、情報を引き出したのだけれど、第3王女の逃亡はおろか、第3王女の話そのものが改ざんの痕跡すらなかったらしい。
第3王女の存在はこれまで公にはされていないため、過去の王室記録にも一切の記録が無いということだった。
でも、その第3王女は要らないってことではなかったようで、こうして、このユーロピア共和国連邦の荒野で飛行機事故に遭い、家族、もしくはお付きの者たちの働きにより脱出ポッドに乗せられ射出されたということなのだ。
ちなみに、パシフィック共和国連邦というのは、かつて太平洋と呼ばれた海域が地殻変動の影響で、新たな島が誕生し、その周辺に居た国々の生き残りの人々で形成した統合国家なのだ。
スカー、もといドン兄貴がボクが乗っていた事故機のドライブレコーダーを秘密裏にコピーし、解析したらしいけど(これも立派な犯罪では?)、公式のフライト記録と一致するものは無かったということだった。
第3王女は公には居ないことになっているのだから、隠密に国外逃亡したというのは信ぴょう性が高いけど、この記憶を亡くす前のボクが殺されねばならないような理由があったのかが分からない。
王位継承権とかが関係あるような気もするが、科学文明が進んだ世界で、王族が主権を持っていないのに必要なのだろうか?
ソーンダイク博士の言葉を借りるなら、世界の王族は歴史的存在価値として存続しているだけで、特権階級には居るものの政治力は政治家にでもならない限り全く無いということだった。
それでも裏利権的なものはあるだろうから、その秘密を託されていたのかもしれないっていうのは、人知れず恨みを買わされているようでなんだか怖い話だ。
そんなことが分かったので、親方はこのままボクをこれまでの遭難者と同様に連邦警察に届け出るのは、どうかと悩んでいた。
どうせ、事後報告的な一派ひとかけら的に倉庫に埋没させられる報告だし、それならば、ボクの件はふせておいて、生存者はなく、身元不明のため遺品以外は共同墓地へ埋葬という手続きになったのだと。
ボクは何者かの手によって暗殺されそうになった身だ。このまま連邦警察に差し出せば、見受け引き取り人は、明らかに暗殺者の一味がかかわっているだろう。そうなったら、ボクは命が無いのだから、こうした方がボクの安全が図れるって。
こんな恐ろしい話を、親方とドン兄貴が話していたのを、偶然にもボクは通風孔から聞いてしまったんだ。
なんで、ボクは通風孔に居たのかって?
小柄な体格を利用して、通風孔に忍び込んで皆のスパイをしてたって?まさか?
ジョアンナがキッチンの換気扇や冷蔵庫、冷凍庫、食器洗浄機やガス管まわり、配電盤など異常があったらすぐに対応してくれているゲーリー爺さんが、車体中央部にある配電盤のヒューズが切れ、配線の一部が焼けて、修理するには中央部をかなり開けないといけない事案があったんだ。
たまたま、ゲーリー爺さんが工事の許可をとりにザック兄貴と交渉してたところに、ボクが通りかかって、そこに広げられていた配電盤の図面や、修理箇所の情報をみたら、通風孔を伝って、中央部に行って作業した方が早いって提案したんだ。
でも、通風孔はそこそこ広いとは言っても、ここの従業員だとがたいが大きくて、ゲーリー爺さんだと、途中で倒れたらと不安になる。
そこで、ボクがやると言い出したんだ。何故だか分からないがボクにはその修理の方法が理解できた。考えをまとめたというより、最初から知ってるって感じなんだ。
そこで、ゲーリー爺さんはボクに電気工事の簡単な技量テストをその場でしたけど、ボクはなんなく道具を使いこなし、爺さんのテストに合格して、通信機を持って通風孔に入ったんだ。
修理は無事終わり、爺さんに連絡して、一番近場の通風孔の出口を目指して進んでいた途中で、ボクは偶然にも自分のこれからの身の振り方についての話を聞いてしまったんだ。
親方はこのままボクを家族として引き取る決意をしてくれたみたいなんだ。そして、どこかの機会で、もっと安全なことろに逃がすことも考えてくれてるなんて、親方は顔は凶悪犯罪者だけど、とてもいい人だ!
親方を「パパ」と呼んでもいい!いや、呼びたい!女将さんは「ママ」かな?、ジョアンナとユリネゴはお姉ちゃん、ザックとガンツはお兄ちゃん、・・・
ことの危険さとは無縁の勝手で、お花畑な妄想が脳内をかけめぐっていた。