19 遠くから聞こえる声
『まじ生きていやがるぜ』
うるさいっ!
『なんで生き残ったんだろうな』
黙れっ!
『家族を犠牲にして自分だけ生き残ったんだぜ、信じられないな』
うるさいって言っているだろう!
手元にあった物を相手に向かって次々に投げつける
それでも非難する声は止まらなかった
この野郎っ!
我慢できなくて相手に殴りかかった
翌朝、目が覚めると部屋の中がグチャグチャになっていた
TVは画面に穴が開いていた
本棚からは本が全部投げ出されていた
窓のガラスは割られて紙が貼られていた
机の上のものは床にぶちまけられていた
「誰だ、こんなに酷い事するやつは」
思わず声に出た
すると
<トントン>
入口のドアがノックされて白衣を着た医者が入ってきた
「昨日は酷かったみたいだな」
医者が呆れたように言ってきた
どうやらこの惨状はオレがやったらしい
ああまたか
気分が暗くなった
あれは3年前のこと
会社からの帰り道
青になった横断歩道を渡ろうとしたら
<ドスン>
と強い衝撃があったことだけは憶えている
ブレーキをかけずに赤信号の交差点に入った車にはねられた(そうだ)
無灯火の上、よそ見をしていた(そうだ)
街路灯や街の明かりでヘッドライトを付けていないことに気がつかなかったそうだ
だからオレの方も気が付くのが遅れた
典型的な不幸な事故(と保険屋が言っていた)
その際にオレは頭を強く打った(らしい)
それにより幻聴が聞こえるようになった
おかげでまともな生活ができなくなった
そして専門の病院に入院することとなった
原因は頭を強く打ったことらしい
もっとも原因が判ったからといって治る物でもないんだとか
薬で症状を和らげることしかできないらしい
つまりは一生このまんま
オレを轢いた加害者はというと
青信号なので交差点に進入したらいきなり人が横断歩道を渡ろうとして飛び出してきた
と言って水掛け論になり懲役2年で交通刑務所を出て普通の生活をしている
事故直後から幻聴が聞こえ始めたせいでオレの主張 ~相手が悪い~ はほとんど採用されなかった




