表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
36/41

025.絶望

 そして、翌日。

 日曜日。

 悠たちは私立水鏡(みかがみ)大学附属中学校の校庭にいた。


 全四校の水泳部の選手たちが、一堂に会している。

 その人数は、一〇余名。

 生徒たちの前では、日本水泳連盟会長の大石健二氏が話をしている。


「……そして、恒例ですが、タイム決勝として進めていきます」


 タイム決勝とは、予選で泳いだ記録で順位をつけ、決勝を行わない方式である。

 つまり一発勝負になる。


「あ゛あ゛っ、うう゛ん。ああ、失礼しました。……四中の水は、凶悪です。みなさん、心して掛かって下さい」


 大石の言葉に、生徒たちの顔が強ばる。

 高い危険を伴うこの試合で、生き残るために。

 そして、スイマーとして世界を救うために。


「それではみなさんのご勇姿、楽しみにしています」


†††


 一〇〇MBtは、開会式後すぐの招集だった。

 悠たちは応援席の最前列に陣取っている。


 と、一組目が出てきた。

 ぶるぶると震えながら。


 水泳において、コースが九あり、中央に行けば行くほどタイムの速い人がそのコースに着くことになる。

 また組数が後になればなるほど参加する人のタイムが速い。

 今回の一〇〇MBtに出場するのは一二人で、燐は二組目の三コースになる。


「Take your marks……」


 ピッ――!


 全者一斉にスタートした。

 理想的なフォームで入水する。

 しかし、その瞬間、


「うあーっ!」

「いやだぁー!」

「あ゛あ゛――ッ!」


 そのすべての選手が泳ぐことなどできず、頭を抱えて叫びだした。


「こ、これは……」


 悠の疑問に対し、


「これが四中の、世界で二番目に《聖別》の弱い水の恐ろしさよ」


 紀の声は低く。


「死人が出てもおかしくない水よ。今までは運良く死者は出なかったけれど、これからもそうだとは限らない」

「そんな」

「でも、良い経験になるんだ。頂点に立ったときに体験することを、今から経験することは」


 アランがそう言った。

 紀も同意する。


「ええ、そうよ。それにスイマーを目指すなら、今後これに近い水に触れることが出てくるわ。最終的には、これよりも強いオリンピックの水にも。なら、ここで一度経験して。無理だと判断したなら、スイマーをやめた方が良い。人生は長い、だからこそ水泳に人生を捧げるのは、勇敢ではあるがリスクが高いの」


 たしかにそうだ。

 もしも卒業後も水泳を続けて、途中で心折れれば。

 それから一般の会社に勤めようとしても、あまりにも環境が違いすぎて馴染めない。

 下手をすれば、会社を辞めることになる。

 そうすれば、日々の糧を得ることすらできなくてのたれ死ぬ。

 実際にそのような末路のスイマーは数多い。

 それに、あまりの恐怖に精神崩壊したり植物状態になるスイマーも多い。

 ならば、ここで見極めるという紀やアランの言葉は、たしかに正論で。


 と、そのとき、第二組が出場してきた。

 その全員が、震えている。

 燐も例外ではない。


 何かにせかされるかのように。

 全員は足早にスタート台に立つ。


「Take your marks……」


 ピッ――!


 スタートは、遅れていた。

 恐怖心からだろうか。

 体勢も乱れている。

 うまくくの字にならず、腹から着水している。


 その瞬間に響き渡る、絶叫。

 泳げているのは燐と、四コースを泳ぐ黄緑(きみどり)選手のみ。

 その二人にしたって、常の泳ぎではない。

 まるでなまりでも呑み込んだかのように重い。


 速い選手とはみな、上半身が水面から完全に浮き上がっている。

 水をうまく捉えられるから推進力が上がり、身体が自然に浮かんでいるのだ。

 しかし今、二人の身体は水面下に沈んでしまっている。

 豪快と言うより、重くつらそうなイメージを受ける。


 なんとか一〇〇Mを泳ぎ終わったタイムは、黄緑選手は一分九秒八九、燐が一分一〇秒〇二。

 遅すぎるくらいだが、この状況では速いと見るべきか。


 二人は足を引きずるようにして戻っていく。

 そんな二人に、惜しみない拍手が送られた。


†††


 一〇分ほどすると、燐が戻ってきた。

 息は荒く、未だ震えが収まっていない。


「棄権した方が良い」


 燐は呟いた。


「あれは、生半可なもんじゃない。レース中に一〇〇回は死んだ。どれだけして集中しても、水が身体を引きづり込もうとしてくる。抵抗しても無駄なんだ」

「そんなに……」


 燐は呟く悠の肩を掴んで言う。


「お前はそろそろ招集だろ? 棄権しろ。あれは危険すぎる。ジュニアオリンピックとは比較にならないくらい恐ろしい。実際に死ぬのもおかしくは決してないぞ」


 たしかに危険だろう。

 見ているだけでそのすさまじさが伝わってきた。

 でも。


 ――《聖別》されていないのならば。

 ――彼女と直接会えるかもしれない。


 ……だから。


「いや、出る」

「馬鹿なことを!」


 燐は思いとどまらせようと、掴んでいる肩に力を込める。

 しかし悠の決心は揺るがない。


「オリンピックに出場してやりたいと思っていたことが、今ここで実現できるかもしれない……」


 そう言い残し、招集所へと向かっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ