020.面影
翌日。
練習が終わった後。
悠はプールに残って、《聖別》の弱い水にたゆたっていた。
紀には伝えてある。練習ではなく、クールダウンとしてと。考えたいことがあると。
悠が無茶をしないよう見張ることを条件として、了承を得て、今、仰向けでたゆたいながら、天井を眺めていた。
「……」
この水は《聖別》が弱い。
だからこそ、こんなにも心を、身体を、破壊しようとする怨嗟に身を焦がされて。
同時に、こんなにも、彼女を感じる。
悠は目蓋を閉じて、身体を反転させた。
口端から漏れ出る空気の音。
そしてかすかに脳裏に描かれる、彼女の姿。
彼女はこちらを向かない。
悠が声をかけても、伝わらない。
だけど、こんなにも伝えたい思いがある。
(ありがとう……)
ずっと言いたかったこと。
今よりもさらに強い水である四中対抗戦では、彼女と再会できる予感がして。
その時には言えるだろうこと。
(早く会いたい……きみに早く会いたいよ……)
右手を伸ばしながら、そう思った。
まだ遠い。
彼女との距離は遠い。
手を伸ばしても、届かない。
まるで月に手を伸ばしているかのように。
その手は何もつかめない。
あのとき、彼女に助けられて。
ずっとずっと、会いたくて。
笑顔を見せてほしくて。
話を、したくて。
こぽり、と空気が漏れる。
それに合わせて、彼女の姿も揺れた。
それが、彼女との距離を思わせて。
彼女とのつながりの薄さを思わせて。
(……間に合うだろうか)
紀と誓った制限タイムには、いまだ届いていない。
達成できなければ、四中対抗戦へ出場することは叶わない。
彼女と再会できる、その可能性を失ってしまう。
……時間は、ない。
悠はあの時のことを思い出していた。
荒ぶる"海"に身を飲まれていた、あの時のことを。
そして、彼女に出会った、あの瞬間を。
(……必ず)
あの"海"へと消えていく彼女の姿。
そのまま会えないなんて耐えられない。
負けられない。負けてなんていられない。
成し遂げて見せる、と。
何を犠牲にしても、と。
悠の心に火が付いた。
かっと目を開いて、勢いよく立ち上がる。
音を立てて水面が波立つ中、悠はつぶやいた。
「……待っていてくれ」
……期限まで、残りわずか。




