001.出会い
『だから』
少女は言った。
暗い暗い、暗がりの中で。
『だから、約束よ』
そこには誰も居ない。
彼女の姿しか。
『たとえ、世界が終わっても。あなたが記憶を風化させても』
祈りを捧げるかのように。
呟く。
『あたしを――』
†††
コールタールのように粘性のある黒い世界。
世界を破壊する力を秘めた、“海”。
全身をロープで縛られ、深く深く沈んでいく。
かすれゆく意識。
こぽこぽと口端から漏れ出る気泡は、すでに出尽くして久しい。
――死、ぬ……。
暴れる力などもうない。
幾つもの国を沈めた暴虐の“海”は、一〇歳の少年にしかすぎない悠の意思など無視して、引きずり込んでいく。
ただただ、奈落の底へと。
脳が酸欠を起こしたのか。一瞬視界が真っ白に染まった。
同時に、全身から力が抜け、無重力を感じる。
ザザと乱れる視界。
まるで遙か彼方から俯瞰しているかのように、意識が遠くなっていく。
それはあたかも真っ暗な部屋にテレビをつけ、それをどんどんと距離を広げながら見ているようで。
自分の姿すら見えぬ、一切の光すら喰らう暗黒の世界。
一切の生命の存在を許さぬ寂寞とした空間。
その中に、純白の美しい少女の姿が。
まるで少女自身が光であるかのように。
少女の細微まで判断することはできない。
いや、大まかな形しか。
だけどわかる。その美しさが。
腰まで伸びた艶やかな髪。
足首まである長いドレス。
外観から、恐らくは悠と同じく、一〇歳程度であろう。
どこかのお嬢様のようで。
――綺麗、だ……。
これほど美しいものは見たことがない、と悠は思った。
眼前の彼女の姿は、一種の奇跡。
今まで感じたことのない感動が、衝撃が、心に。
重く、鋭く、響く。
だけど。
造形がわからぬ真っ白なその顔は、おそらく無表情で。
――笑顔を、見せてほしい。
――僕だけに。
――手に入れたいんだ……、どうしても。
抗いがたき欲望。
誘惑。
そして、予感。
そう。
きっと彼女は、笑いかけてくれる。
微笑んでくれる。
僕だけに。
言葉にならずとも。
口は無音のまま形を作る。
それを見た少女は、一瞬身体を震わせて。
ゆっくりと悠を見下ろす少女。
『 、 』
鼓膜を介さず。
声なき声が、悠の脳に直接響く。
――そうすれば……君を。
『 。 、 』
その言葉に、悠の目蓋は閉じられていく。
あたかも了承するかのように。
そして。
悠の口が、ゆっくりと動かされていく。
――すべてを――
――捧げる……――




