032 何も無い、何も無い。
「朝から何も口にしていませんでしたので、昼食・・・いいえ、ブランチといきましょうか」
そういえば、この世界についてからは何も食べて無かった。脚の疲れが抜けるのにはもう少し時間が欲しいからちょうど良かった。
しかし、太陽はずいぶん高くなったのでお昼の時間だろうが、何故言い換えた?
「遅めの朝食とはずいぶんな言い方じゃないか?」
「リトは変な事に気がつきますねぇ。いちいち答えるのが大変なのですが、本当に困ったものです」
嘘つけ!って思った。本当に面倒と思うなら「昼食・・・」って、くぐもったりしない。
「もしかして、この世界は1日2食の習慣だったりするのか」
思いつきで言ってみた。昼食が無い理由としては単純明快な推理だ。それに昔は2食が当たり前だったらしい。
3食の習慣は何時からだっただろうか。都市伝説では食品系メーカーの陰謀論が上がっていた様な気がするけど。
「なんだ。ご存じでしたか・・・」
何となくガッカリした口調というか棒読みっぽかった気がする。きっと「昔は東西問わず、2食が普通でした~」とか、からかいたかったのだろう。
「なんで、わざわざ遠回りに言うんだ?端的でいいから「2食の習慣なのでブランチにしよう」とか言えば済むんじゃないか」
「詳しくは後回しにしますが、リトには『転生者』ではなく、元からこの世界の住人として暮らして欲しいのです。生活習慣の違いを早く気付いて欲しいのです。これが『牧歌的な生活』をする為のも必要な条件で、御座います」
そういえば私からの契約の目的は『牧歌的に素朴でのんびりした生活』なのだから、例えば「オレは転生者だ~」って行動してしまうと、全てぶち壊しになるって事か。
・・・って言う事含めて、「遠回しに言うな」って言ったつもりなんだけど。
「それでは、これから食事をしましょうか」
道化者はスーツの内側から財布でも取り出すかの様に、おむすび2つを取り出して私とクレハに1つづつ手渡した。
そもそも、おにぎりなんて大きな物をスーツの何処にしまっていたのだろうか?それに、本来なら笹の葉とかで包んでいる物が、素のままというのが大問題だ。取り出した位置的には『脇の下』なのだ。
コレは女の姿のメフィストでも同じだ。私に『そういう趣味』は無い。
「いただき、ます」
そういってクレハが口元に運んだので、慌てて止めようとしたが、間に合わなかった。
ボトボトボト・・・
聞き慣れない音がしたと思うと、おむすびだった物が原型を留めずクレハの膝元に毀れ落ちた。
よく見たらクレハがおむすびを握りつぶしてしまったのだ。どうやら噛むのにつられ一緒に握ってしまったのだろう。動作が慣れていないというのは何とも大変な事だろうか。
「あう~」
クレハが涙目で私の顔を見つめる。
『怪しい食べ物』を口にしなくて良かったとは思ったけど、そんなに見つめられても困る。
「コレをどうぞ」
とポケットティッシュを渡されたので、とりあえず毀れた残骸を拭き取った。
「コレもどうぞ」
今度は水が入った紙コップ2つを渡された。コレも水筒とか使わず、素のまま持ち出したって感じだ。流石に有り得ないと思って
「飲み物なんて何処にしまっていたんだよ」
と不意に漏らしてしまった。
「何処って、ポケットからですが、何か不満でも」
そう言ってジャケットを開くと空間の亀裂らしい『ナニカ』が目に付いた。一瞬、未来の道具かと思ったがここは異世界、
「アイテムボックスか?それ!」
おお!この世界でもアイテムボックスって能力有るんだ!!って、声を弾ませてしまった。道化者は軽く頷いた。
『怪しい食べ物』では無い事が分かって安心すると、クレハがヨダレを垂らして私のおむすびをガン見していた。ヨダレ汚ぇって思ったけど、クレハにとっては『初めての食事』な訳で、ご馳走なのだろう。
そのまま渡しても良いけど・・・また握りつぶされては困るので、小さく千切って口元へ運んだ。
あ~ん。ぱくっ。もぐもぐ。
何となく、雛に餌を与える親鳥な気分になるが、とても嬉しそうなので、これはこれで良いか。
「っっぱ!!」
と、突然驚いた声と共に米粒を吹き出した。私の顔が米粒まみれになる。
「ご、ごめ、ごめん、なさ、い」
酸っぱい口で呂律が回っていなかった。
具は梅干しだった。手元を見て考えた結果、梅干しの部位は私が食べる事にした。
「所で、私にはどんなスキルが与えられたんだい?もちろんアイテムボックとか定番のスキルは有るよな」
「何度も言ってます様に、リトのスキルはゼーレ・・・」
「そうじゃなくって、さっき見せたアイテムボックス能力は当然有るよな。使い方教えてくれよ。それから魔法が使える世界なんだろ。秘めた魔力が大きいとかあるよな。身体能力は強化されてるよな。それからステータスが見れるとか解るとか・・・鑑定眼とかいうスキルは当然付与してくれてるよな!」
異世界転生な物語なら、ド定番に与えられるスキルだと裏付け確認をする。はぐらかされそうな雰囲気だったので直球で問い掛ける。
「何も有りませんが、問題でも?」
道化者はしれっと答えた。
「何も無いって・・・ちょっと待ってくれ。ここは異世界だろ。テンプレなスキルじゃないのか」
「ですから、何も御座いません。牧歌的生活を望まれてるのに、先程のスキルは必要なので御座いますか」
念を押す様に、トーン低い口調で答えた。丁寧な言葉が逆に凄みを増す。
その通り・・・だと思う。普通に暮らすなら無くても差し支え無いスキルだけど・・・
「た・・・たしかにそうだけど・・・本当に、何も付与されて無いの・・・か?」
「ええ、何も」
「本当に何も無いのか・・・」
「どうしたのです?もしかして大魔王でも討伐したかったのですか。それならばそういう契約を求めればよかったではありませんか」
道化者の・・・悪魔の口から「魔王討伐したいんですね」と出てきた事に違和感は感じるが、私の望みはそんな波瀾万丈な人生では無い。のんびり暮らしたいのだ。浅はかな期待をした自分が情けなく、そして気が重くなる
「何も無い・・・いいえ詳しく言えば違いましたね。その体はこの世界の人族と同じ肉体ですので、人族が出来る事は努力次第で何でも出来る可能性があります。何にでも成れる可能性。これが与えられたスキルという事になります」
つまり『村人の子供LV1』って事だろう。ジョブチェンジすればそれなりに希望の生活ができると言う事か。
「そうは言うけど、スキル無しっていうのは、心許なくないか。それにこの子供の体。どうやって冒険して日銭を稼いで暮らせば良いだよ」
「冒険?どうしてですか。どうして、その様な危険な暮らしを求めるです?」
「危険も何も、異世界転生した者は冒険者暮らしで生計立てて、頃合い見つけて身を固めるってのはテンプレなんだろ。だったら力はあるべきだろう!大荷物を担ぐ訳じゃ無いんだ。邪魔にならないじゃ無いか」
「冒険なんてとんでもない。その様は危険な場所へ案内してしまったら『契約』に反してしまいます。『契約』に従って安心して過ごせる国へ案内します。もっともその後にどの様に行動するかはリト次第ではありますが」
「契約に従って?安全な国に?本当かよ」
「ええもちろんです。それから安心して暮らす為には、身の丈を超える力を持ってはならないのです。例え清貧な者でも大金をいう力を得たらどの様になってしまうのか、容易に想像できると思いませんか」
大金を手に入れるって言っても、宝くじに当たったならって事しか想像できないけど・・・
そういえば「宝くじに当たった人々のその後」って話しを聞いた事があったかな。結局は当たる前より生活が苦しくなったとか有った気がする。
それに、誰にも当たった事を言わなかったとしても、金遣いが派手になって周囲に勘ぐられるらしい。そして亡者に取り憑かれるとかなんとかと。
要は過度な力は逆に危険だって言いたいのは解った。だからといって何も無しってのはどうなんだよ。
宝くじでの1等は求めないけど、せめて3等位のスキルは与えたっていいじゃ無いか。流石に何も無しっていうのは本当に心許ない。
・・・何も無い?
「ちょっと待てよ、何も無いって言うけど、言葉ってどうなってる?会話、大丈夫だよな。自動翻訳とか共通言語とか、そういうスキル・・・は、ちゃんと付与されてるよな?!」
「共通言語ですか?・・・え~と、エスペラント言語の事を言ってますか?」
「国際補助語じゃねえよ。そういうボケはいいから!会話が出来ないのは大問題じゃねーか!言葉なんてテンプレ中のテンプレじゃないかよ!・・・まさか、無いって言わないよな・・・?」
「ええ、何もありませんが、何か不満でも?」
「不満大ありだ!コミュニケーション取れなくどうやって暮らせってんだよ。これって、契約の反故だよな、ヲイ!」
「反故だなんてとんでもない。契約通りです。逆に問いますが、リトは幼い子供が難しい言葉を理路整然に口早でしゃべるのをどう思いますか。よくよくイメージしてくださいな」
「・・・正直に答えるなら、怖いし気味が悪い。できるなら近寄って欲しくない、とは思う・・・」
「そうでしょうとも。言葉も同じく、年相応を超えると畏怖されるモノなのです」
「言いたい事は分かったが、それでも会話が出来ないのは一番問題な所じゃないかよ」
「それはご心配なく。その為のチュートリアルでしたから」
「チュートリアル?なんだよソレは?何時そんな入門の手引きみたいな事をしたんだよ」
「その為のおとぎ話です。詳細は省きますが、日本語とこの世界の言葉を交ぜて話していましたので、片言位は出来るはずです。ですから心配しなくて大丈夫です。そしてこれから言葉を覚えていけば、例え大人びた物言いでも、例え多言語を駆使できたとしても、誰も不思議には思わないでしょう。リトが学んで身につけたスキルになるのですから」
自動翻訳するスキルを今後『共通言語』と称するが、この共通言語もある意味チートスキルだという事だったのか。鉄板中の鉄板設定だから気にも止めなかったけど、実は凄いスキルなんだと今更実感した。
しかし、なんというか、色々とうやむやに誤魔化された気がするので素直に納得できない。
それから、『神様の祝福』とか言っていたかな?そこまでチートスキルを求めていた訳じゃないけど、本当に何のスキルも与えられてないんだなぁと思うと、流石に失望に近い感情が湧き上がり視界が滲んできた。




