第二章 最終話 いつかAIの支配下で
「んじゃ、私こっちだから。ばいばい!」
一之瀬が元気よく手を振って俺たちと逆方向に歩いて行った。
「委員長はあっちの駅側か。俺たちは商店街の方なんだ。廻はどの辺に住んでるんだ?」
もみじが何の気なしに聞いてくる。その質問に、心がざわついた。血の気が引いた。
俺はいったい、どこに住んでるんだ? 家族はいるのか? こいつらにも、家族はいるのか? そいつらは、Tera AIなんだろうか。
一度疑問に思った。この世界はどこまで造られているんだろうか、と。学園まで造れば日中の生徒には問題ない。だが、休んでいる生徒は? サボっている生徒は?
そういえば、前に一之瀬に連れられた喫茶店では、ちゃんと店員がいた。ということは町一つくらいは造られているのかもしれない。
何にせよ、疑問だ。
「俺は。俺は、あっちの方だ」
俺は適当な方向を指した。その道が商店街に通じてないことを祈りながら。
「そっか。なら俺たちとも違う方向だな。じゃ、ばいばい。また明日」
「またね、高嶺君」
そう言って、もみじと山落さんは連れだって歩いて行った。あっちに、商店街があるのだろう。
つうか、夜どうすんだよ。俺の記憶に家の情報なんかないぞ……。公園かなんかにいるのはどうだろう。警察にさえ見つからなければ何とかなるだろう。いや、その暮らしを千日間続けるのはきつい。なら、学校に、住む?
「やあ、廻くん。こんなところでどうしたんだい」
自分を呼ぶ声に誰かと思うと、校長の長谷沼清彦だった。
「校長……。俺は、どこに住んでいるんですか」
「君かい? 君は確か、図書館の隣のアパートではなかったか?」
家があるのか! そうか、一応、家はあるんだな。
「そ、そうでした。ありがとうございます。えぇと、さようなら」
図書館がどこにあるのかは知らないが、一刻も早く校長から立ち去りたくて、早口で言った。そのとき季節外れの風が吹いて、身震いをした。
嫌な予感がした。
「廻くん、良かったら話を聞かせてもらえないか? 報告の日にはまだあるが、ここであったのも何かの縁だ。どうだろう?」
そしてその予感はすぐに現実――事実と成り果てる。
校長は、小本は、その他科学者たちは、敵かもしれない。俺の味方は誰もいないかもしれない。
そんな状況下で、うかつに知りえた情報をぺらぺら話すのは得策でない。
けど、誰が敵か分からないというのは、誰が味方か分からないということで、自分から敵を作るのはもっとあほらしい。
「えぇ、いいですよ。どこか入りましょうか?」
「いや、家に来なさい。そこなら誰かに聞かれる心配もない」
それはつまり、誰も助けてくれないってことか……。
「でけぇ」
校長の家は、超豪邸で、立派な庭や完璧に手入れされた木、日の入りが緻密に計算された設計をしていた。
「人が、いませんね」
「あぁ、造られた世界に我々科学者が入っているだけだからね。何度実験を重ねて、どんなに月日が経とうとも、手入れをせずに朽ちるということはない。季節に合わせて変化するだけなんだ」
校長の言葉には、『だから君にオリジナルはいないんだ』と言い聞かせようとしている節がある。どうして俺にオリジナルがあることを隠すのだろう。
実験の本当の目的が何であれ、俺にオリジナルがいることと関係はないだろうに。
「それで、何か分かったかい?」
そうだな……、もみじのことを話してみようか。
一之瀬については触れないでおこう。
「もみじ、旭紅葉ってやつのことなんですけど、他のやつよりは見覚えがある気がするんすよね。何か、懐かしいっていうか」
「旭くんというと、君と同じクラスの男子生徒だね。懐かしいというのは、前回の記憶からの懐かしさかい?」
「いえ、もっとこう、昔からの馴染みって感じで」
言い終わって校長を見てみると、深く考え込んでいるように思えた。
「なるほど。他の人にその懐かしさは感じられなかったのか?」
「はい。特に、一……あ、いや、山落さんとかには全く」
「山落……あぁ、旭くんの幼馴染で、商店街に住んでいるんだったね。二組、清川先生が担任のクラスの生徒だったか」
すごいな、よくそんなに生徒のことを覚えているもんだ。……いや、おかしいだろう。計画の第一人者だからって、そんな詳細に覚えているもんなのか? いやでも、俺自身ですら覚えていない家の位置を知っていた。ならそこまで不審に思わなくてもいいのだろうか。
「清川先生っていうちと、数学のですか」
「そうだ。彼は天才プログラマーで、Tera AIを未完成の状態から完璧に持って行った、最高の腕を持っている。その点では、清川先生は君の生みの親だね」
そう言って校長は笑った。やはりどうしても俺たちはAIらしい。
「そうだ、こんな本を拾ったんですが」
白坏先輩の私物だろうか、『いつかAIの支配下で』……きっと何かあるに違いない。これは割とリスキーな行動だ。だが、真実に近づくには賭けも必要だ。
「これは……どこで、拾ったんだ……?」
つっ、失敗だったか!?
焦った俺は、本に手を伸ばし、
「あ、いや、すいません、何でもないです」
取り返そうとしたが、避けられてそれは叶わなかった。
「ふむ、私も見たことがないな……。だが、さっき言った通り、清川先生ならば何か知っているかもしれないな」
どうやら、ここで校長に危害を加えられそうにはないようだ。俺はほっと安堵し、この機を見逃さずにおいとますることにした。
「また来てくれたまえ、それでは、夜道には気を付けてな」
「はい、おやすみなさい」
造られた世界の中で、不審者などいるのかと思いつつ、挨拶して家を出た。
なるほど、多少の街頭があるとはいえ、確かに夜道は暗かった。闇に紛れて見えないものもあるかもしれないな……。
「――先生の仰せのままに」
なんて考えながら歩いていく。というか俺は自分の家、図書館までの道のりを知らないんだけど……えっ?
後ろから声が聞こえた……気がした。
気のせいだろうか?
「高嶺廻、確認」
いや! 確かに聞こえた! くぐもっていて分かりにくいが、女の声のようだ。
どこだ、一体どこから?
「只今、開始」
なんっ……!
どこからともなく、声が聞こえ、言い終わると共に、俺の右腕から血が吹き出していた。
「痛っっ……てぇえええぇ……!」
「攻撃、成功。次のフェーズに移行」
次に聞こえた言葉には、少しの嬉しさが混じっているように感じた。
だ、だが……そのおかげで敵の位置を把握できる!
「下だああ!」
「……っ!」
読み通り、物音を立てて一瞬動きが止まった。ゴミ箱の側に隠れていたのか……!
「……失敗。あり得ない。……。はい。仰せのままに。さよなら、高嶺廻」
は――?
声を出す前に、首から血が噴き出した。喋れなどしない。息も出来ない。
そのまま俺は膝から崩れて、地面に伏した。
自分の血が辺りを覆っているのだろうか、生温い感触が少しだけ身体にまとわりついた。しかし、それも数瞬の間だけ。
俺はそこで命を手放した…………。
ここがどこかは分からない。
自分が何者かも分からない。
けれど、ここで感じたものを記憶しておこうと思う。
部屋は円形のホールで、成人男性が楽に入れる棺の様なものが、円形に六つ、並んでいた。それとは別に、同じ大きさのものが今度は横並びにあった。数は不明。
そして、それらは全て青白く、薄気味悪い様子でぼやっと光っている。
男の声を感じた。だが、意味をなして入ってこない。言葉というよりは音を発しているだけのように思える。
次いで感じたのは老けた男の声。残念ながらこちらも上手く入ってこない。
ここで自分の意識は消えかける。最後に自分は何者かを知りたかった。最後の意識を繋ぎ止めて、自分が何者か、それだけに集中させた。
自分は――眼鏡を掛けていた。眼鏡の奥の瞳は、まぶたが閉じられていて確認出来なかったが……涙を流していると意識に訴えてくるような……そんな、気が、したんだ。
次?
もう少し時間かかります。