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ワラシと風鈴  作者: 小町沙都子
3/10

Chapter3

 少女の名前はカヨ、といった。

 ワラシはほとんどしゃべらないので名前はそれほど重要ではなかったが、カヨの方で教えてくれた。

 だけどワラシの名前は聞かないで、いつも「あんた」とか「トシ坊」と呼んだ。

 カヨは足も細くて、ゆっくりしか歩けない。二人の遊びは庭の中に限られた。体が弱いからか、カヨは学校へ行っていないようだった。

 だから二人は一日中、好きなだけ遊ぶことができた。

 生い茂る草木も、庭を訪れるバッタやチョウ、甲虫にトカゲ、瓦屋根に巣を作っているスズメや、時折り迷い込む野良ネコも二人の友達だった。

 と言っても一方的で、カヨとワラシが網や手製のわなでつかまえようとするので、虫や鳥たちには迷惑だっただろう。

 家の中で遊ぶこともあった。カヨの部屋は庭に面した縁台のある畳の部屋で、小さなたんすの引き出しには、きれいな千代紙や毛糸玉や、古ぼけた小さい人形などが大事そうにしまってあった。

 カヨは折り紙も得意だった。紙を途中まで切り込んで、くちばしでつながった四羽の折りヅルを器用に作ってワラシを驚かせた。

 ワラシが折り紙で手裏剣を作ると、二人で人形を壁に並べてあてっこして遊んだ。

 毛糸であやとりを作り、一人あやとりをどちらが早く出来るか競争することもあった。焦るといつもなら出来るはずが、はずす指を間違えて糸が絡まってしまい、元に戻すのに苦労した。

 カヨと一緒に住んでいる少年は、学校から帰ってくると家でつまらなそうにごろごろしていた。

(おれが見えれば、いっしょに遊んでやるのに)

 とワラシは思った。が、少年がまるっきり自分のことが見えていないのは明らかだった。

 時々、昼間からカヨが布団を敷いて眠っているときは、ワラシは邪魔をしないように一人で過ごした。近くの山林や田畑、川まで遠征して、村の隅々まで歩き回った。

 子供の姿はあまりなく、見かけるとしても走っている車の窓や家の中からだけだった。自分を見つけてもらっていないのに勝手に家に上がるのは、気が進まなかった。

 だから、カヨ以外の誰かと友達になるとしたら、あの少年しかいなかったのだが。


 夏休みに入って、サトルは毎日退屈で、どうにかなりそうだった。

 お母さんはすっかり周囲に溶け込んで、お盆に開かれる村の一大イベントの夏祭りに向けて、毎日何かの集まりに出て行って留守がちだった。

「サトルもおばあちゃんがいるからさびしくないわよね。お昼ごはんは作っておくから、おばあちゃんと二人で食べてね」

 今日はそう言って、自分はお弁当を用意して、夕方まで帰ってこないつもりらしかった。

 おばあちゃんは入れ歯をなくしてしまったのか、歯のない歯ぐきでもそもそといつまでも口の中に食べ物を入れてゆっくり食べていた。

 まともにそれを見ていると、サトルは気持ちが悪くなった。

 一人で食べる方がましかとも思ったが、なんとなくおばあちゃんの面倒をみなければ、という義務感があったから、我慢してなるべくおばあちゃんを見ないようにして一緒に昼ご飯を食べた。

 黙々と食べていると気が重くなるので、テレビをつけた。

 ずいぶん昔の再放送に違いない時代物をやっていて、見るともなしにチョンマゲ姿のチャンバラシーンを見ていると、おばあちゃんは「いやだねぇ、昔の人は殺し合いばっかりして」とつぶやいてテレビをぱちんと消して、そのまま自分の部屋へ行ってしまった。

(作りものなんだって、ひょっとしてわかってないんじゃないかなぁ)

 サトルはおばあちゃんの後姿を見ながら、そう思った。そして、テーブルの上の食べ残しやこぼしたおかずを片付けながらため息をついた。

 こういうのって、ふつうは孫がこぼしておばあちゃんが片付けるのにな。

 片付けが終わったころには、おばあちゃんはうとうと昼寝を始め、サトルはまたテレビをつけた。

 チャンバラシーンはとっくに終わっていて、どのチャンネルを回しても、面白そうな番組は全然やっていなかった。

 あきらめて、サトルはまた二階の自分の部屋に上がった。


次の日は朝から雲ひとつないいい天気で、ついに家にいるのに耐えきれなくなったサトルは、一人で外に出た。

 山道を歩いて、川まで行こうと思った。

 途中で何かにつまずいて思い切り転んだ。太い木の根と、上から垂れ下がった枝の間に足がはさまったのだった。足首がジンジン痛んだ。

「くそっ!」

 足を引き抜くと、枝を思い切り引っぱった。根にからみついた方はすぐに取れて足元でぶらぶらしたが、上の枝はどんなに力いっぱいひっぱっても、折れもせず頑丈にしなった。

 ふと思い立って、サトルは木の根からはずした枝にのぼり棒の要領で飛びついた。

 サトルの体重がかかると、枝は勢いよく振り子のように下の崖に向かって飛び出した。

「うひゃー」

 サトルは高い声をあげて枝にしがみついた。見上げると、濃い緑の葉が幾重にも重なって、その間からまぶしい光がちらちら目に刺さった。ぶらぶら揺れながら空気の匂いをかぐと、湿っぽい葉と土と木の匂いがした。

 ふと木々の間に人かげが目に入った。

 一人の少年が、太い木の枝に座ってサトルを見ていた。髪はうっとうしく伸びきっていて、ゆかたか甚平みたいな泥だらけの服を着て、手足も顔もかなり薄汚れている。

(なんだ、一人で外でぶらぶらしてるやつもいたんだ)

 サトルはちょっと緊張したが、すぐに優越感が込み上げてきた。

(おれの木だけど使わせてやってもいいぜ)

 そう言っている自分を想像して、サトルは口の端でにんまり笑った。

 次の瞬間、サトルはぎょっとした。

 つい今さっき、崖の向こう側の木の枝に座っていたそいつが、いつの間にか自分の真下にいて、自分を見あげているのだ。

(い、いつの間に!)

 サトルが枝を放して木の根に降り立った時、その少年は跡かたもなく消えていた。

 何だかちょっと気味が悪くなって、サトルは山道から広い道路へ出た。

 明るいところに出るとほっとしたが、その分猛烈な暑さに体がまいってしまった。

 結局その日は果樹園や田んぼの用水路で遊んでいるうち道に迷って、さんざん歩き回ったあげく、川に着く前に家の近くに出たので、そのまま家に帰ってしまった。


 次の日は朝から小雨が降っていた。

「公民館へ、盆踊りの講習会に行ってくるわね」

 お母さんはゆかたを抱えていそいそ出かけて行った。

 サトルはもう読む本も漫画も種がつき、一年以上新しいソフトを買ってもらっていないので、ゲーム機は手に取る気もせず、かといって早々と宿題に手をつける気にもならず、退屈しのぎに家の中をあちこちうろつきまわった。

 この家は、お父さんの生まれ育った家で、もとはおじいちゃんの実家でもあった、百年以上たつ古い家だった。

 一階には、サトルが生まれるまでは土間があったが、赤ちゃんだったサトルが危ないだろうとつぶして普通のダイニングキッチンにした。だから、その部分だけは家の中でけっこう新しかった。

 ダイニングキッチンから続くのは、古い畳の部屋をそのまま使った客間で、サトルが小さい頃は、おじいちゃんやおばあちゃんをたずねて近所の人がやって来て結構にぎわっていたようだが、今はお父さんが日曜日にごろ寝するほかは、ほとんど使っていない。

 その向こうに庭に面したおばあちゃんの部屋があり、ダイニングキッチンからいつもおばあちゃんの姿を確認できた。

 この家に引っ越してきた当初はずいぶん乱雑になっていた家の中を一か月ぐらいかけてお母さんが少しずつ片付け、気がつくと客間とおばあちゃんの部屋以外は、前に住んでいたマンションによく似たサトルたちの家らしい空間が出来上がっていた。

 お母さんは何度もの引っ越しの中で、なるべく家の中の雰囲気を変えずに新しい家を整える技を身につけたらしい。テーブルなどの家具の配置や、カーテンやトイレのカバーなどが変わらないというだけで、環境が変わっても家の中では今まで通り落ち着くことが出来た。

 廊下を隔てた反対側にふろ場とトイレ、二階に続く階段があり、二階はお父さんとお母さんの部屋、サトルの部屋のほかに、板張りの広い納戸があった。

 納戸の中には、古いもの、使わないものがほとんど整理されないまま乱雑に押し込んであった。

 それにサトルたちが持ってきた新しい「とりあえず使わないもの」の段ボール箱がかなり追加されたが、古い田舎家の納戸はそれぐらいは軽く呑み込んでしまえるほど広かった。

 しんとした、見慣れないものがたくさんひそんでいる納戸は、ちょっとのぞくだけでもなんだか魅力的だった。それでいて、一歩踏み込むには気が引ける、不思議な場所でもあった。

 庭に面したおばあちゃんの畳の部屋は天井に太い梁があり、晴れた日には庭から差し込む光が部屋をいくぶん明るくしていたが、いつもちょっぴりかび臭く、薄暗かった。

 たんすが大小一つずつと、仏壇と座卓があるきりの、殺風景な部屋だ。 

 あちこちうろついたあげく、サトルはとうとうおばあちゃんの部屋で行き詰まった。

 おばあちゃんは新聞を手に、うとうとしていた。

 サトルは部屋の中を見回した。

 低いたんすの上に載せられた、うっすらほこりの積もった仏壇の前に、籐細工の丸い椅子があり、座ったまま線香に火をつけたり、手を合わせたりできるようになっている。

 仏壇の中には、おじいちゃんの写真とまだ新しい位牌の前に、いつのかわからないお菓子、その奥にはよく見えないが他の位牌や木の板のようなものが何枚か押し込められていた。

 再びサトルの頭に、元気だったころのおばあちゃんの姿が浮かんだ。

 おばあちゃんは毎朝仏壇に水とお線香を供えて、手を合わせて目をつぶるとしばらく何かつぶやいていた。黒い仏壇はいつもサトルの顔が映るくらいぴかぴかだった。

 今の仏壇はすっかりくすんで、何も映らない。指でなぞると字が書けそうだった。

「そのお菓子、食べてもいいよ」

 不意におばあちゃんが目を覚まして言った。

サトルは裏返してみて、賞味期限がとっくに過ぎているのを確認すると、

「いい、いらない」

と首を振った。

 何となくそのまま部屋を出るのも悪い気がして、サトルはおばあちゃんと向かい合って座った。

「お母さんはお出かけ?」

「うん。今日はお昼過ぎに帰るって」

 今日はちゃんと会話が成り立っている。サトルはちょっとほっとした。

 サトルは前から気になっていたことを聞いてみることにした。

「おばあちゃん、トシ坊ってだれ?」

「わたしの、おとうと」

 おばあちゃんは小雨の降る庭を見つめながら答えた。

 おばあちゃんの弟なら、もう結構なおじいちゃんだ。そういえば、おばあちゃんには兄弟っているのかな。サトルはついでにその辺も聞いてみよう、と思った。

「今どこにいるの。ぼく、会ったことある?」

「川で流された。五歳のときに」

 おばあちゃんの淡々とした返事に、サトルはどきっとして言葉を失った。予想もしない答えだった。流された、って、死んじゃったってこと?そこまではもう聞けなかった。

「ちょっと、おトイレ」

 おばあちゃんはゆっくり立ち上がると、客間を突っ切って、廊下の突き当たりのトイレに向かってよたよた歩き始めた。

 おばあちゃんの歩いた跡が、なんだかぬれている。

(うへぇ)

 サトルはダイニングキッチンから雑巾を持ってきて、おばあちゃんの後を追いかけながら自分の手や服に付かないように慎重に拭き取った。

 最後におばあちゃんが出るのを待って、便器の周りをざっと拭いて、ついでにおばあちゃんが流し忘れた水も流して、雑巾をふろ場に投げ込んだ。


 その夜、珍しくお父さんがサトルの起きている時間に帰ってきた。

「ねえお父さん、ト・・・」

 サトルが言いかけると、すぐさまさえぎられた。

「お父さんはちょっとお母さんと話があるから、お前はもう寝ろ」

 しょうがないなぁ。トシ坊のこと、もっと詳しく聞きたかったのに・・・。

 サトルは小さくため息をついて二階の自分の部屋に上がった。


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