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勇者と紡ぐ英雄譚!  作者: 紅月玲
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檻の中の遁走曲③

 ラグナが向かったのは、アーカムの最重要区画ともいえる機関長室だった。同じフロアに会議室や応接間なども配置されていることもあって、床には柔らかな藍色の絨毯が敷かれ、扉には細かな装飾が施されていた。


「ラグナ・アーズガルドです。入隊予定の二名を連れてきました。入室許可を」


 フロアの一番奥が目的とする場所だ。機関長室と金色のプレートが掲げられたそこをノックしながら要件を告げる。


「許可する、入れ」


 中から聞こえてきたのは女性の声だった。

 扉の脇に置かれたリーダーにラグナはバンクルをかざす。電子音の後にロックが解除された音がした。


「失礼します」


 扉を押し開け、後ろで控えていたジークフリードとネイを連れて入室する。


 室内に一歩踏み入れば、丈夫そうな木製の机とその上に山のように積まれた書類が、真っ先に目に入る。その横には端末がおかれ、壁に配置された本棚には書類やファイル、本といったものがぎっしりと詰まっていた。


「よく来たな。その二人が、噂の勇者殿か?」


 そして、書類の山に半分埋もれるようにしてデスクに座っている女性が、煙管から煙をくゆらせ、皮肉気に笑った。


「む……」

「わぁ……」


 そんな彼女を見て、ジークフリードとネイは絶句していた。その様子に、ラグナは小さく苦笑いを浮かべる。

 つややかな黒髪は、ゆるいウェーブをかけて、腰まで伸び、血のように赤く、なまめかしい唇に、切れ長のこげ茶色の瞳と泣き黒子ホクロが印象的な、三十歳前後くらいの顔立ち。加えて、ぴっちりとした白いスーツと胸元が開いたシャツによって強調される豊満な肉体が醸し出す強烈な色気に、これまで幾人の人が目を奪われ、あっけにとられたことか。


「テレビで見るより、男前だな。そちらの子もかわいらしい」


 彼女は腕を組んで顎に手をやり、口元を歪めて笑った。そのしぐさによって、ただでさえ強調されている胸がより一層強調されたのだが。


「私は、ミレイア・フォン・シュトラスブルグ。ここアーカム特務機関の機関長だ」

「わ、私はジークフリード。彼女はネイだ。この世界を救うために、勇者協会より派遣された勇者だ」

「勇者協会?」


 女性——ミレイアは、一瞬きょとんとした後に笑い出した。


「あははは! 本当に、そんなことを言うとは。まったくもって、理解できんよ」


 ちらりとミレイアは、ラグナを見やった。


「リュウコの報告は聞いていたが。なかなか愉快な子たちだな。ラグナの真言魔法を使って得た情報だとは、にわかには信じがたい」


 そう言った後、ミレイアの表情が曇る。


「だが。勇者殿には悪いが、君が勇者だということは伏せさせていただく。金輪際、勇者だと名乗らないように」

「む? なぜだ?」

「急に異世界から勇者が現れたとなると、世界は混乱するからな。今回の件は、エッジ入隊予定である君が、少しばかり興奮して起こした騒動として処分させてもらっている。悪いが、そういう認識でいてくれ」

「む? 人々を混乱に陥れるのは、たしかにまずいな。心得た」


 ジークフリードが頷くと、ミレイアも満足げに微笑んだ。


「さて、私からの話はそう多くはない。エッジの処置を受けたら、君は私の部下になる。ここに限らず、アズラエル自体にも言えるのだが、慢性的な人手不足でね。君には期待しているよ」

「ふむ。精一杯やらせてもらう」


 ジークフリードは自信満々といった様子で答え、そしてふいに顔をしかめた。


「だが、エッジとはなんだ?」


 そして、突如として発せられた言葉に、ラグナとミレイアは顔を見合わせた。


「……ラグナ。彼は一体、どんな知識を持ってるんだい?」

「知りません。知りたくもない」


 エッジとは何か。この世界において、その質問に対する答えは幼子でも知っている。


「ジーク様。協会から渡された資料、ちゃんと読みました?」

「む? あの分厚い本か? 読み物は苦手だ」

「ジーク様! あの資料には、この世界の基本的なことが書かれてるんです! しっかり読んでくださいって、私言いましたよね?!」


 ヒステリックなネイの声が、機関長室に響き渡る。どうにも彼女の声は、よく通るなぁなどと関係ないことをラグナは考えていた。


「ふむ、そういえばそうだったな」


 一方のジークフリードはのんきなもので、顎に手をやり虚空を見上げていた。


「……本当に、異世界から来たのか……?」

「機関長、信じるんですか?」

「君には、これが私たちの油断を誘う芝居に見えるのか?」

「いえ、そういうわけでは」


 ミレイアの言葉を否定して、ラグナは二人を見やる。ジークフリードをしかりつけるネイと、それにまったく堪える様子のないジークフリード。既視感を感じて、ラグナはそっとため息をついた。


「……それくらいにしないか。後でエッジになる際の注意事項も含めてもろもろ説明するよ」

「本当か? 助かるな」


 ラグナの言葉に、ジークフリードはにこやかな笑みを浮かべた。ネイは、まだ何か言いたそうだったが、しかし押し黙ったままだった。


「では、ラグナ。二人の教育をしっかりな」

「俺が面倒みるんですか?」

「違うのか?」


 尋ねたミレイアの顔が思ったより真面目なものだったため、ラグナはため息をついたのだった。



☆★★☆★★☆★★☆★☆☆




「さて、どこから説明したものか」


 一通り施設の中を見て回った後、三人はエントランスに戻っていた。

 受付嬢の確認すれば、手続きの準備がまだ済んでいないという。空き時間の間に、おあつらえ向きにエントランスに置かれたソファに腰掛けて、説明することにした。


 だが、今まで常識として扱ってきた知識を改めて説明するのは、なかなかに難しい。


「……事の始まりは、三十年ほど前に、黒い雪が降ったこと。それまでの世界は、人間の天下だった。いくつもの人の国家が存在し、時に共存し、時に争いながらも人類は世界の支配者として君臨していた」


 悩みながらも口にしたのは、今となっては、おとぎ話と同列に扱われる内容。ラグナも含め、若い世代にとっては、信じられない話だ。


「だけど、三十年前。黒い雪が降り、同時にマモノと呼ばれる存在が現れ、人類を襲った。当然、人類も反撃したけど、それまで使っていた兵器はほとんど無意味だった。それどころか、多種多様の兵器が打ち込まれた大地は穢れ、人が住めない土地になった。わずかに残された人類の生存範囲を守るために、人類は力を合わせてシェルターを築いた」

「作り上げられた十個のシェルター内に人々は逃げ、そこで暮らすようになった。それが、今の状態ですよね?」


 ネイが確認するように尋ねる。


「そうだよ。黒い雪は、マモノを生み出すだけではなく、触れたら黒雪病と呼ばれる死の病をもたらす。シェルターの中に入ることで、人類はようやく安全圏を手に入れた。そして、そこから本格的に黒い雪の研究が進められた。黒い雪を専門に研究する機関としてアズラエルが生まれ、シェルター内は人種差別や抗争が起きないようにと、国家を解体し、世界統一機構による統制を受けることになった」

「む? 何か、難しい単語が出てきたな」

「要は、人類は形式上一つにまとまったってこと」


 ジークフリードの眉間に刻まれた皺を見て、ラグナはかみ砕いた説明をする。


「む? それは、良いことだな」

「いや、良いことばかりではないんだけどな。まぁ、それはおいておいて、マモノに対する有効な手段が見つかったのはシェルター内に人々が避難してまもなく。ある一人の青年が、魔素と呼ばれるエネルギーを感知したのがきっかけだった」

「魔素……確か、魔法を使うのに必要な元素、でしたね」

「博識だな。今までは認知されていなかった元素だった。その青年が発見し、それを使う方法を見つけ出した」


 マモノを退け、人類の希望の星となった英雄のお話は、子供たちに人気のお話の一つだ。幼いころから、その話を聞かされたためか、彼に憧れる人間も少なくない。そうしてエッジになった者が一定数いるのだ。


「魔素は普通の物質には宿らない。だけど、特殊な処置を施した人間には扱える。アズラエルは、エッジと呼ばれる魔素を扱える兵士を作り出して、シェルターを守るようになった。それが、今の世界の現状」


 ラグナの説明に、ネイは得心した様子で何度か頷き、ジークフリードの方は難しそうな顔で何かを考えていた。


「要は、俺たちエッジが人類を守ってるってこと」

「ふむ、そういうことか」


 だが、ジークフリードもラグナのかみ砕いた説明には得心が言ったようだ。眉間の皺が取れ、顔に笑みが戻る。


「基本的には、エッジの仕事はマモノと戦って、シェルターを守ること。それに俺たちアーカムのメンバーは、シェルターの外の調査だったり、強い個体の討伐だったり、少し特殊な任務が加わる」

「どうして、そのような特殊な任務が加わるのだ?」

「それは、うちがアズラエルの中でも精鋭と謳われる部隊だから」


 突然入ってきた声に見上げれば、リュウコがいつもの不機嫌そうな表情でこちらに向かっているのが見えた。


「もう戻ってきていたか」

「施設は一通り見て回ったよ」

「他のメンバーには会ったか?」

「いや、会ってない」


 リュウコは、ラグナの言葉に「そうか」と呟き思案顔。


「まぁ、良い。ジークフリードとネイはこれからメディカルチェックをしてもらう。おれと一緒に来てくれ」

「あい、分かった」


 ジークフリードが立ち上がり、次いでネイがその後に続く。


「ラグナもご苦労だったな。後の手続きはおれがするから、お前は自由にしてて構わん」

「了解」


 立ち去る三人の背中を何とはなしに見送って、ラグナはわきに置かれたテレビを見やる。テレビではニューズ番組が報じられており、先日のジークフリードが起こした事件について説明していた。内容はといえば、ミレイアが語ったものと同じだ。浮ついたエッジ適合者によって事件は引き起こされ、アズラエル関係者によって捉えられたとニュースキャスターは告げる。


「あ、ラグナ君。ここにいたんだ」


 名を呼ばれて顔を上げれば、こちらに小走りにやってくるソフィアが見えた。


「ソフィ、どうしたんだ?」

「あ、うん。新作の魔法の制御がうまくいかなくて。手伝ってもらえるかなって思って」

「ああ、良いよ」

「本当? やった!」


 彼女は心底嬉しそうな表情を浮かべた。


「で、今回の魔法はどんなものなんだ?」

「えっとね、防御魔法の一種でどんな攻撃も一度だけは防ぐっていう魔法なんだけど。強度は良いんだけど、使用する魔力が大きすぎて一般的なエッジには扱えない感じなの。だから、魔力を抑えようと思うんだけど、そうすると今度は強度が足りないし」


 早口にまくしたてる彼女の姿に苦笑いをしながらもソファから立ち上がる。魔法マニアと自他ともに認めるほどに、魔法のこととなると、彼女は周りが見えなくなるのだ。


「要は消費魔力を抑えて、かつ、強度が保てれば良いんだろ?」

「そう! でも、なかなかうまくいかなくて」

「広範囲に展開し過ぎなんじゃないのか? 一部分だけの展開でも、実戦ではそこそこ効果があるとは思うけど」

「そっか。それもありだね」


 得心した表情でソフィアは何度か頷く。


『アーカム部隊のみなさん、緊急事態です』


 ふいに耳に取り付けた無線機から届いた通信に、二人は表情を険しくする。


『アズラエル、ホド支部、第六研究所がアルバと名乗る武装集団によって占拠。研究所職員を人質にとって同施設内に立てこもっています。内部の映像などから、武装集団内にエッジがいる可能性あり。ホド支部エッジ部隊より応援要請が入っています』


ネイ「さ、ジーク様。お仕事です(^^)」

ジーク「む? あの次回予告とやらだな(^o^)」

ネイ「そうです。何とか味方扱いしてもらったジーク様でしたが、これからどうなるのでしょう?(−_−;)」

ジーク「同じ志を抱いた同士だ。何とかやっていけるだろう(⌒▽⌒)」

ネイ「ジーク様の、その無駄にポジティブなところは素晴らしいと思いますよ」

ジーク「ははは!(≧∇≦)」

ネイ「でも、ジーク様。何やら不穏な空気が流れておりますが」

ジーク「何と! だが、この私、ジークフリードがおれば万事解決! 任せておけ!(^∇^)」

ネイ「その根拠のない自信、素晴らしいです(≧▽≦)」



ラグナ「……けなしてるのか、ほめてるのか(ーー;)」

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