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勇者と紡ぐ英雄譚!  作者: 紅月玲
3/18

勇者の前奏曲①

5月26日誤字脱字他、文章の一部分を修正しました。

 ——四月六日。十四時。


 目を覚ました時に、飛び込んできたのは無機質な白い壁とつけっぱなしのテレビ。どうでも良いニュースをアナウンサーが読み上げている声が、右から左へと流れていく。


「……」


 見覚えのある、しかし自室以外のその景色を前に、何度か瞬きをする。どこだ、ここ?

 いまだに夢の残滓で、ぼんやりとした頭が正常に働くようになるまでに、しばしの時間が欲しかった。


 だが、落ち着いてみれば、ここはオフィスの中の談話室であり、そこのソファの上に、中途半端に足を下したまま横になっているのだと気づいた。おそらく、座っている状態で眠ってしまい、そのまま倒れこんだのだろう。


「あ、起きた?」


 聞き覚えのある声に、体を起こせば、胸元まで掛けられていたブランケットが滑り落ちた。それを拾い上げて、声の主を見る。


 声の主は、談話室の奥の簡易キッチンスペースにいた。黒い髪を腰まで伸ばした、瑠璃の瞳の女性だ。黒色のバンクルを右手に嵌め、白磁のような透き通った白い手にマグカップを持ち、すらりとした体躯は白いシャツの上にジャケットを羽織っていた。下は、キュロットスカートとニーハイソックスといった姿で、女性らしさを醸し出している。


「……ソフィ、もしかして、このブランケット掛けてくれた?」


 尋ねると、彼女——ソフィア・ブリューナクはマグカップを持ったままで口元を隠し、クスクスと笑う。どこか慈愛に満ちた微笑みは、あちこちで天使と囁かれるのも頷けるだけのものがあった。


「そうだよ。珍しく熟睡しているみたいだったから」


 その言葉に、金色の髪をかきあげて、眉間にしわを寄せる。自分の右手に巻いた黒いバンクルと青い編み紐が視界の端にちらついた、


 もともと眠りが浅いほうではある。かすかな物音でも目を覚ます変な自信はあったのだが。

 疲れていたのだろうかと考えて、内心で苦笑する。疲労とは無縁の体なのだ。疲れているなどという理由があてはあるとは到底思えない。


「最近、ちょっと疲れてるんじゃなかって。リュウコさん、心配してたよ?」

「そうかもな。気を付けるよ」


 適当に相槌を打って、大きく伸びをする。そうすれば、眠気の残るけだるさが、幾分かまぎれたような気がした。


 室内は、蛍光灯をつけていないのに明るい。そう長いこと眠り込んだわけではないだろう。白いシャツに黒いジャケットといった格好で眠っていたのだが、どちらも元々が戦闘用に作られているためか、皴一つ残っていなかった。


「リュウコたちは?」

「下見に行ってくるって。明日から合同任務になるから、先に挨拶に行くって言ってたよ」


 視線を向ければ、彼女は先ほど持っていたマグカップを再び簡易キッチンにおいて、何かを作っていた。それが出来上がると、今度はマグカップを二つ持って、こちらにやってくる。


「はい、ラグナ君の分」

「ありがとう」


 ソファの前に置かれたローテーブルの上に、彼女は二つのマグカップを並べる。暖かい飲み物らしく、ほっこりと湯気が立っていた。

 それを置くと、コの字に組まれたソファに腰かける。ちょうどテレビを斜めに見るようになるその位置が、彼女の定位置だった。


 ラグナも自分の前に置かれたマグカップに手を伸ばす。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。口の中に入れれば、とたんに広がるしつこいくらいの甘味に、思わず顔をしかめた。これじゃ、甘味の暴力だ。ほかの味を押しのけて甘さだけが際立ち、何とも言えない味になってしまっている。

 その様子をちらりと見たソフィアも、マグカップを両手で抱えて中の飲み物を口に含んで、苦笑い。


「ココアにてしては、甘すぎるね」


 彼女の感想の通り、甘い飲料である通常のココアよりも、よっぽど甘い。くどいくらいに甘かった。そのくせ、後味には確かにココアのような風味は残っているのだから、この飲料は一体何だというのか。


「これ、どこでもらったんだ?」

「えっとね、開発班が新しい甘味料を開発したって。それで、試供品ってもらったものなんだけど……」


 ソフィアの表情が曇る。ラグナも顔をこわばらせた。開発班といえば、研究者たちが集まっては日夜様々な研究が成され、新たな武器や装備、道具といったものを生み出している場所だ。加えて、そこに所属する研究者たちはある種の変人である。仕事が優秀なのは確かなのだが、時折よくわからない薬品やら道具やらを開発する。

 過去に、何度かそのようなものを作り上げては失敗し、甚大な被害をもたらしている部署だ。


「……安全な甘味料なんだよな?」

「安全、だとは思うんだけどね。うん、でも、甘いの好きな人には良いんじゃないかな? ルカとかルディなら、好きじゃない?」


 ソフィアはマグカップを両手で包む込んだまま、その茶色い湖面をじっと見ていた。もう一口飲もうか迷っているのだろう。


 ラグナ自身、甘いものは苦手ではない。だが、マグカップになみなみと注がれたこれらを、すべて飲み干せるかというと少し怪しい。


「コーヒーを入れて、カフェモカにしたら、おいしくなるかな?」

「さぁ……」


 おいしくなるというよりは、もう少しましになるといったところじゃないかな。


 目の前のココアらしき液体から目を背けるわけではないのだが、なんとなく目の前のテレビの方へと視線を向ける。いつの間にかニュースは終わり、今はバラエティ番組だろう。出演者たちが他愛ない笑い話を繰り広げている映像と音声が静かな室内に流れていた。


「——ん?」


 ふいに画面に一瞬だけ、ノイズが走った。それをきっかけにとばかりに、どんどん映像は乱れ、やがて画面は砂嵐へと変わってしまった。


「あれ? 変だね。電波悪いのかな?」


 ソフィアが、おもむろに立ち上がりテレビへと近づく。原因を究明しようと、伸ばした彼女の手がテレビに触れた瞬間、パッと画面が切り替わった。


『しゃべっていいのか?』

『はい、どうぞ、ジーク様。用意はできております』


 映し出されたのは、真っ白な壁紙の前に立つ、ツンツンとした赤毛の青年。瞳は緑色で、頬に走る斜めの傷があり、自信に満ち溢れた表情をしていた。身にまとっているのは、何かの仮装なのだろうか。時代遅れも甚だしい金属の鎧で、背中から剣と思しきものの柄が見えていた。年齢は二十歳前後くらいだろう。


『我が名はジークフリード! この世界を救いに来た!!』


 そして、その謎の赤毛の青年は、大音量でとんでもないことを宣言した。

 突然の事態に、ソフィアは手を伸ばした状態のまま呆然としている。ラグナも、すぐに状況が読み込めずに、唖然とした表情で画面を見つめていた。


 世界を救いに来たなどと、冗談も良いところだ。この世界は、すでに終わりを迎えようとしているというのに。


『諸君安心したまえ! このジークフリード様が来たからには、もう安心だ!』


 そんな彼らに構わず、ハッハッハと、腰に手を当てて高笑いをする赤毛の青年。


『勇者協会に所属する勇者が一人、このジークフリード様に任せておけば、万事解決する』


「なに、これ……?」


 ようやく我に返ったソフィアがラグナを振り返った。だが、彼女の問いに対し、ラグナも「さぁ?」と肩をすくめるしかない。

 何らかの特番にしては、冗談としか思えないような内容だし、だからといってどこかのテロリストの犯行声明とは明らかに違う。それに、こんなテロリストは嫌だ。


『この世界は救われたも同然! 大船に乗ったつもりでいてくれたまえ!!』


 自信満々に赤毛の青年の宣言が聞こえたかと思えば、今度はラグナとソフィアの耳元で、電子音が聞こえる。


『聞こえるか、ラグナ』


 耳に取り付けたイヤモニのスイッチを入れれば、聞こえてくるのは、低い男性の声。普段よりも低いから、よほど機嫌が悪いらしい。


「聞こえてる。どうしたんだ? リュウコ」

『テレビの放送は見ているな?』

「このわけのわからない、勇者とかっていうやつのこと?」


 通信相手が、小さく嘆息するのが聞こえた。


『その勇者を名乗るたった二人に、通信施設が占拠された。その結果、この放送が流れているわけだが』

「たった二人で、通信施設を占拠できるんですか?」


 驚いたのは、ソフィアだった。


『そうだ。応援に向かった治安維持部隊の兵も、全員が負傷して戦闘不能な状態だ』

「たった二人で、そんなことができるとしたら——」


 ラグナは顎に手を当て、考える。

 普通の人間には困難であろう。いかに腕っぷしが強かろうが、結局戦いは数だ。通信施設は重要な設備であり、普段からある程度の戦力は配備されていたはず。


 そんな通信施設を占拠することができるとすれば——


「エッジか。それに類する者の仕業か」

『おそらくな。そうであるとしたら、おれたちの出番だ』


 にやりと相手が笑ったような気がした。しかも、子供が見たら絶対泣き出すような悪い笑みだ。本人に自覚はないのかもしれないけれど。


『……それに、ホドの連中はすぐに動かんから、おれたちで出るしかないんだがな』

「どうしてですか? ホドで起こっている問題である以上、私たちよりホドの人たちが介入するのが当然では?」


 ソフィアの至極まともな指摘に、向こう側で盛大にため息をつく音がした。

 ホドは現在ラグナたちが滞在するシェルターの一つ。十あるシェルターのうち、南西の隅にあるシェルターで、軍事関係の主要な箇所だ。

 今や人類の天敵といっても差支えのないマモノの対策機構――アズラエルの本部が置かれているシェルター――マルクトに勝るとも劣らない戦闘力があるのは、このシェルターのみだろう。


『部隊の編制やらなんやらで時間を食ってるんだ。たった二人で通信施設を占領した強敵(・・)を相手にどう戦うか考えているみたいでな。加えて、映像を見る限り、相手にエッジの特徴は一つもないから、エッジ部隊が出動を見合わせているんだ』

「あー……」


 その言葉に、ラグナは思わずうめき声をもらす。

 ラグナたちは、有事に自分たちの判断で動いていいといった特権を有している。それに、そんな経験も何度かしている。

 だが、それは彼らが特別(・・)だから。普通は、そんな特権を持っていない。それどころか、様々な制約が付けられている。シェルターの外ならいざ知らず、シェルター内の活動は著しく制限されるものだ。


「ホドの手助けはほとんど得られないってことか」

『アーカムとして応援を要請しているが、どうにも反応が鈍い』


 小さな舌打ちが聞こえた。やはり相当苛立っている様子だ。


「大丈夫だよ、リュウコ。たぶん、二人で何とかなる」

『お前たちのことは信用しているが、無理だと思ったら、素直に引き返してこい』


 だが……と通信は続く。


『アーカムの実力を示してこい』


 力強い言葉とともに通信は切れた。


「……リュウコさん、ホドの人たちとうまくいかなかったのかな?」


 通信機を見下ろし、ソフィアがぽつりと呟く。


「明日からの合同演習、荒れるかもな」

「穏便に済ませたいんだけど……無理かなぁ」


 ラグナとソフィアの呟く中、テレビの生放送は続いていた。



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