7-8.とまったのは久遠
校長の尽力あってか、体育祭の開催時間は三十分の延長がなされていた。
運動嫌いの文化部員にとって、体育祭という魔の時間が増えることほどの苦痛はないだろう。
まあそのおかげで長縄跳びの時間が確保できたわけで……許して欲しい。
『本日は天候にも恵まれ、いい体育祭になりそうです』
雲一つない晴天の下、水色の支柱をした号令台の上で、体操着姿の神崎先輩が生徒代表としての言葉を述べている。
列の前の方にいる俺には、その姿がよく見えた。
前方にいるのは身長が低いという、触れて欲しくない理由からだけど。
ガラス張りの校舎をバックに、白主体の体操着姿の生徒たちが並ぶグラウンド。
白線で引かれたトラック。
北側には号令台と、本部の白テント。
そこで生徒を見つめている教師たち。
西館のテラスには、点数を表示するためのパネル。
二十一クラスを三組に分けてあるため、赤組、青組、白組と三枚のパネルに分かれている。
ちなみにA組の俺は白組、理数科である久遠は赤組だ。
頭に巻いているはちまきが髪に触れ、痒く感じてどうも落ち着かない。
『次は校長先生からお言葉をいただきます』
司会役の声に、テントから人影が立ち上がってくるのが見えた。
緑色のジャージに全身を包んだ校長だ。
教師が出るような競技はなかったはずだけど……まあいいか。
号令台の前で一礼し、四段しかない階段を上ってくる。
マイクを二、三回とんとんと叩き、もう半歩踏み出してから話し始めた。
『まず最初に言っておきたいのが、今日は時間が少し、延びております。あれって思った生徒さんもいるかと思いますが、これは実行委員会さんの方から、お願いがあったわけですね』
この日のために、生徒会の役員さんとか、体育委員さん、今回は雑務部の部員さんも、手伝ってくれたわけです。
彼らは夜遅くまで残ったりして、どうすればみんなが喜んでくれるのか、どうすれば楽しんでくれるのか。
それを、ずっと考えてくれました。
この中には、運動はちょっと苦手だよ。
そんな人もいるかもしれません。
でも今日だけは、そんな実行委員さんたちのために、三十分増えていることを、お許し願いたいと、こういうふうに思います。
以上です、と切り、ふたたび一礼して号令台を下りた校長。
去年、いやこれまで参加した運動会や体育祭で、こういうことを言われても、そのまま流していただろう。
そりゃ誰かが企画しているのだし、よほど下手なやつが日程を組んだのだろうな、と。
だが今回は、そのお願いをしたのが自分であるだけに、妙に注目されている気がして恥ずかしさを感じた。
俺が校長に開催時間の延長を申し出たことは、神崎先輩をはじめとした実行委員しか知らない。
それなのに周囲から、「あの下手なやつがタイムテーブルをミスったんだな」と思われているようだ。
これが自意識過剰ってやつですね。
そんな有名な人物じゃないんだから……
有名といえば、校長が雑務部の名前を出したことにはちょっと驚いた。
いじめへの制裁という本来の役割上、あまり注目されて欲しくないということもあるが、部員二人しかいない部活動の名前をとり上げたことにびっくりする。
別に「生徒会役員と体育委員、その他ボランティアの生徒が……」と言えばよかったのだ。
それをわざわざ部活動名で出したのは、校長なりに雑務部を評価してくれている証なのかもしれない。
……考えすぎか。
『それでは準備体操に移ります。生徒はあたらない程度に広がってください』
司会のアナウンスに、後ろを見ながら広がっていく体操着。
さて、いよいよだ。
一ヶ月近くの準備期間を要した、体育祭の始まりが。
俺も後ろのクラスメートとの距離を気にしながら、校舎側へと身体を下げていった。
体育祭は滞りなく進んでいった。
最初は一年生の徒競走、次に二年生の騎馬戦、そして一年生の二人三脚……
『えー!? お前、俺と走るの?』
『さやちゃん私と一緒? 無理だってー』
俺は本部近くの入場門、その外側で待機中している。
この次に行われる、二年生の徒競走に出るためだ。
借りもの競走は女子競技だから出られないし、騎馬戦は友達と呼べる存在がいなかったため、俺の中の参加レースに落選していた。
選抜リレー……は、運動部でも屈指の強豪が集まるから、出たいとも思わない。
五十メートル六秒台があたり前という世界だからな。
しかし生徒は一回以上出なければならないため、仕方なく残っていた徒競走を選ばざるをえなかったのである。
まあ単独競技だし、俺が負けたところで大きな影響は出ないだろうし。
周囲では、同じ競走順になった生徒同士が会話を交わしている。
徒競走の順番はクラスで決定するだけのため、当日まで他のクラスの様子がわからないのだ。
ちなみに俺と同じ競走順には、肌が焼けているいかにも運動部ですといった面々が見える。
もう走る前からあて馬確定だ。
遅すぎるゆえ、あて馬にすらならないだろうけど。
『次は、二年生による徒競走です』
司会のアナウンス。
動き出す生徒たち。
交わされていた会話が、少しずつ収まっていく。
目の前にあるクラスメートの背中を、俺は小走りで追いかけた。
入場門からグラウンドへ、待機場所からトラックの中央へ。
周囲からの視線が、一気に集まっている場所だ。
『もう少し前へ……そこでとまってください』
指示をしているのは、体育祭の実行委員。
彼らは運営も兼ねているから、こうして参加者の並びを指示したりもするのだ。
俺も午後に行われる、障害物競走の準備を手伝わなくてはならない。
……でも今は、そんなことを考えている余裕などないかな。
『最初の走者は、スタート位置へとついてください』
最前列にいた七人が、トラックへと散っていった。
やや長めの一周で競うため、外側と内側のスタート位置の差がかなりあるからだ。
俺のクラスであるA組の位置はもっとも外側。
後ろから迫ってくるであろう足音から逃げなければならないという、焦燥感に駆られそうだ。
『位置について、よーい……』
両手を前方のラインにあわせ、足は前後に分ける。
腰が上がり、スタートの準備を整えた第一走者の姿が見えた。
グラウンドが静かになる。
パン!
スターターピストルが綺麗に響いた。
ザッという砂利の上を滑る、運動靴の音。
足を高く蹴り上げた七人が、腕をブンブン振り回しながらトラックを走っていく。
速い速い。
俊足がそろったためなのか、等しい間隔を保って向こう正面を駆け抜けていった。
最後のコーナーを回って直線。
苦しそうに顔を歪めながら、A組のクラスメートがゴールへと突っ込んできた。
そのまま隣にいたB組の男子と競るようにして、白く太いゴールテープを通過する。
『ゴールしました! 一着はB組、二着はA組です』
どうやら最後に抜かされてしまったらしい。
長距離走をやったわけでもないのに、走ってきた七人はいずれもゼイゼイハァハァと息を荒げている。
B組の男子は、実行委員の女子に案内されながら、一着の旗の下へと座った。
『次の走者は、位置についてください』
次走のアナウンス。
その後も、徒競走は列の順番通りに進められていった。
数十センチで決まった勝負。
大差で一着が決まった勝負。
時間にして三十秒もない中で、走った生徒たちにはどんどん成績がつけられていく。
徒競走は列ごとに得点がつけられるから、こうしている間にも三組の点数は変わっているのだろう。
巻き返したり、あるいは差を広げたり。
前で待っている体操着が、見る見るうちに減っていく。
走る順番――そのときは刻々と迫っていた。
『次の走者、スタート位置についてください』
俺の列が先頭にきた。
実行委員に指示され、俺は奥にある白いスタートラインへと歩いていく。
幅にして一メートルあるかどうか。
ここから一周分、俺は全力で走らなければならない。
応援席から聞こえる、うるさいほどの応援の声。
ほぼ全ての生徒が叫んでいるのだから、うるさく感じるのも当然だ。
同時に緊張もしてくる。
これだけ多くの視線の中、走らなければならないのか……
『位置について、よーい……』
両手をラインぎりぎりにつけた。
足を五十センチほど開き、後ろになった右足のかかとを上げる。
パァン!
何かが破裂するような音と共に、思いっきり右足を前へと蹴り出す。
腕を振り出し、次は左足。
グラウンドの土に若干滑りながらも、自分の中ではベストと言えるくらいのスタートを決めた。
短くて長い、徒競走の始まりだ。
A組の俺は、スタートしてすぐに最初のコーナーが待っている。
左へと緩やかに、向こう正面へ二つ連続のコーナーだ。
足を左にあるB組走者との境界線ぎりぎりにつけ、遠心力とつりあうくらいに身体を傾けながら走っていった。
何も考えなくても、腕が前後に激しく振られる。
「ハッ……ハッ……」
耳元に息づかいが聞こえてきた。
途端に焦りが出てくる。
B組がもう追いついてきたのか。
待機場所でC組の生徒と話していたあたり、陸上部員らしいが。
まだスタートして、コーナー一つ抜けたくらいなのに。
だんだんと大きくなり、そして横に並んだ息づかいを聞きながら、校舎側にあるバックストレートへと入った。
白組応援席の前を駆ける、大して長くもない直線。
普段運動をしているわけでもない俺の体力は、この時点で限界を迎えつつあった。
心臓の脈拍が耳まで伝わってくるし、息をするたびに気管が痛みを感じている。
苦しい。
吸っても吐いても呼吸は楽にならない。
持久走の終盤みたいな感じだ。
見る限りではそう長くもない距離なのに、こうして走ると、いつまで続くのか……
B組が少し前に出た状態で、第三コーナーへと入った。
そのとき――
「はっ……!」
第三コーナーの外側は、赤組の応援席となっている。
そこの前に――久遠の姿があった。
白い体操着姿に、赤いはちまきを額に巻いた久遠の姿が。
体操着姿を見るのは初めてだ。
久遠はじっと立ったまま、笑うことも怒ることもせず、ただただ俺の方を見つめている。
その黒い瞳で。
「ハッ……ハッ……」
瞬間、身体中の力が抜けていった。
足が上がらなくなり、腕の筋肉が動いてくれない。
走る気力すらも、どこかへいってしまったようだ。
失速していく自分。
左横をB組の体操着がスーッと前へ出ていく。
コーナーに入る。
C組、D組、E組……
一緒に走っていた、さっきまで俺の後方にいたであろう走者が、全て前へ出ていった。
俺を置いていくように。
それを追いかけようとは思わなかった。
なぜ、走るのをやめたのかはわからない。
急に恥ずかしくなったのかな。
いつもはそばにいるはずの、久遠から見られて。
注目されるほど、必死に走っていたわけではないくせに――
結局、二年生の学年競技として行われた徒競走。
俺の順位は、最下位の七着という悲惨な結果で終わった。
途中で走るのをやめたのも同然なのだから、あたり前の結果と言える。
まあ俺が負けたところで、組の勝敗が左右されるような影響とはならないだろうし、クラス全体での平均順位はトップだったみたいだから、気にすることもないだろう。
ビリだったのは俺だけだし。
元々、期待なんかされていないだろうしね。
徒競走の次は、午前中の目玉競技となる棒倒し。
それが終わると、ようやく午前の競技が終了。
四十五分間の昼休み休憩だ。
『それでは昼休みに入ります。生徒は、時間までに再集合してください』
司会のアナウンスが入ると、グラウンドの生徒たちは思い思いの場所に散っていく。
応援席が広くないため、昼食はどこでとってもいいからだ。
そのままグラウンドに残り、太陽の下で食べてもよし。
教室に戻り、クラスメートと食べてもよし。
食堂のテーブルを使っても構わないのだ。
だたし、食堂そのものはやっていないけど。
周囲の生徒が談笑を交わしながら歩いていく中、俺は列に加わって校舎内に入った。
一つは昼食――と言ってもくる途中で買ってきた、コンビニのパン二つであるが、それを取るために教室へ行くため。
そしてもう一つは……
「あら」
雑務部の部室へ行くため、だ。
教室からコンビニのビニール袋をとり、そのまま歩いてきたのがこの場所。
スライドドアを開けると同時に、中にいた久遠と目があった。
ちょうど食べようとしていたときだったのか、プラスチック製で透明の小さな弁当箱を広げ、右手にさほど長くない箸を持っている。
「西ヶ谷も、ここで昼食をとるつもり?」
「グラウンドは暑いし、教室は肩身が狭いしな」
半分本当、半分うその理由を並べつつ、長机にビニール袋を置き、パイプ椅子に重くなった腰を下ろした。
徒競走で走ったせいか、腰から下が疲れてたまらない。
自転車通学だから、文化部員の中では運動している方だと思うんだけどな。
「徒競走、お疲れ様」
パンに歯形をつけたとき、そんな言葉を送られた。
「な、なんだよ急に……」
「労っただけでしょう? なんでそんなに驚いているのよ」
失礼ねぇ……
と、言いたそうに、久遠は難しそうな顔をした。
そりゃ驚くよ。
結果的には、七着という残念すぎる着順に終わっているのだから。
雑務部員ともあろう西ヶ谷が、どーのこーの……
と皮肉こそ飛んでくる覚悟はしていたのだが、まさか労らいの言葉をかけてもらえるとはね。
「いやいつもはさ、俺を皮肉ったりバカにしてくるじゃん?」
「そうして欲しいの? 私は西ヶ谷をマゾだと思っていたけれど、本当にマゾだったのね」
「あのなぁ……」
どこかの誰かさんが皮肉ったりするから、そういう思考になるんです。
そう反論しようかと思ったが、久遠相手に勝てるわけがないのでやめた。
むしろ、俺が余計マゾヒストとして扱われるようになってしまう。
「久遠は出ないのか?」
「午後の借りもの競走に出るわ」
「そうか。徒競走に出ると思ったんだけど」
「人数が余っていたのが、借りもの競走だったのよ」
「へえ。やさしいな、クラスメートにゆずったのか」
「結果的にそうなっているだけよ。こんなことで揉めたくないでしょう?」
「自分が出る競技なんだから、その遠慮はいらないと思うんだけどな」
そんな会話を、しばらく続けていた。
他愛もないというか、わざわざ話すことでもないというか。
雑務部の事務連絡ではなく、友達としての会話を交わせるのは、ちょっとうれしいと思う。
ただの部員ではなく、久遠から友達として見られている証だから。
生徒会長である神崎先輩にすら、「はい」「そうですね」の淡白な返事しかしない久遠。
会話というものに興味がないように、だ。
そんな久遠と、俺は会話を交わしている。
自然に出てくる言葉をつむぎ、それに対する意味を持った言葉が返ってくるのだ。
でも、そんな日も今日で……
「……ありがとうね」
ぽそっと、久遠がつぶやいた。
珍しく、小さくてはっきりしない声だ。
思わず、パンをかじりながら顔を上げた。
「開催時間の延長は、西ヶ谷がお願いしてくれたのでしょう?」
久遠もまた、俺を見つめている。
「まあ、それはそうだけど……」
自信なさげに答えた。
たしかに校長へ開催時間延長の提案をしたのは俺だ。
でもそれは、後に続けてくれた神崎先輩のしっかりとした説明があったから。
さらに言えば、そこまでの状況を整えてくれたのは久遠だ。
二人に比べれば、俺のしたことなど誇れるようなことではない。
「あれがなければ、私は今頃、生徒の中で噂になっていたでしょうね」
重要なタイムテーブルの変更書類を紛失。
体育祭を台なしにした、張本人として。
そう言ってきた久遠。
違う。
そんなことはない。
俺はそう言いたかった。
みんな、想像以上に知っているのだ。
企画部を導いてくれたことを。
全体競技を決めてくれたことを。
神崎先輩の補佐として、企画部をまとめてくれたことを……
そんな久遠をみんなは、賞賛こそすれ批判することはなぃだろう。
久遠がいなければ、タイムテーブルのミスはなかったかもしれない。
でも同時に、企画部がまとまり体育祭が無事に開催されるかもわからなかったのだ。
「……俺は、そうではないと思っているけどな」
残念ながら、俺にはそういったことを伝えられる文章能力はない。
短く否定するのが精一杯だった。
もっと明確に、はっきりと「違う」と言うべきだったのに。
「……」
「……」
久遠からの返事はなく、沈黙が下りた。
これが、最後になってしまうのか。
体育祭が終われば、久遠は栃木へと転校することになる。
そうなれば……なくなるだろう。
放課後の部室で会うことも、
中身のないような会話を交わすことも、
共に相談を聞くことも、
許されぬ者たちを制裁することも、
友達かいる――そんな感傷に浸ることも……
久遠がいない日常が浮かんでくる。
誰もいない、放課後の部室。
自分だけで受け、自分だけでやりとげる依頼。
いなくなった友達。
嫌だ……!
なくなることへの恐怖と、どうにもならないことへの不安。
様々な感情が入りまじり、それらが「孤独を拒む」という形で溢れそうになってくる。
どうしてだろうか。
半年前までは、話すような人間もいなかったのだ。
だから一人なんて慣れていた。
それなのに、今はどうだろう。
ただ元の状態に戻るだけなのに、猛烈な抵抗を感じる。
一人になることに。
孤独へ戻ることに。
『競技開始五分前となりました。生徒は、応援席に戻ってください』
司会からのアナウンス。
どうやら、校内放送でも流されているらしい。
少しくもった声で聞こえてきた。
「戻りましょう」
キイッとパイプ椅子を下げた久遠。
プラスチック製の小さな弁当箱を抱え、箸入れと共に立ち上がった。
俺も食べかけのパンを口へ押し込み、ガサガサとビニール袋の口をしばる。
延長してもらったとはいえ、時間に余裕があるわけではない。
しかも実行委員として運営の仕事もある。
惜しむ時間などない。
終わってしまったのだ。
この部室での時間が。
この落ち着ける時間が。
この久遠との……二人の時間が。
俺はゆっくりと立ち上がり、足どりを確かめるかのように、スライドドアの方へと歩いていった。
振り返りたい。
その心を、奥底へと押し込んで。
昼食後、全校生徒の集合を待って午後の競技が開始された。
予定されていたプログラムが、淡々(たんたん)と消化されていく。
三年生の徒競走。
一年女子の障害物競走。
二年女子の借りもの競走。
全校生徒対象の選抜リレー。
三年男子の組体操――
借りもの競走は久遠が参加していたらしいが、実行委員の仕事が忙しかったために見逃してしまった。
ゴール直後だけは見たが、さすがは久遠、他の女子を圧倒的大差で引き離しての一着だ。
そんな体育祭も、いよいよ大詰め。
ラストにして目玉競技である、長縄跳びの時間となった。
ここまでの点数は、選抜リレーによる巻き返しがあったため、非常な僅差となっている。
長縄跳びの点数は大きく設定されているから、これが本当の最終決戦だ。
ルールは各クラス二人が縄を回し、残りの生徒が飛べた最多回数を競う。
五分以内なら何度でもやり直しがきくため、跳ぶスピードの速いほうが一応有利ではある。
『それでは、二年生の順番に移ります』
司会のアナウンスに、トラック内側の一年生と入れ替わるようにして、二年生が広がっていく。
跳ぶ順番は、一年生から二年生、三年生となっている。
終了した一年生は、D組が最多回数を跳んだらしく、所属する赤組が若干リードをとった形になった。
ここで一位をとらないと、我々白組の優勝は絶望的となる。
わかっている人はわかっているらしく、一部のクラスメートは戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていた。
『もっとそっち! 違う、逆!』
『前きて前!』
細かな位置調整の声が飛ぶ。
全員で引っかからずに跳ばなければならないため、チームワークが試される競技だ。
けんか腰で乱れてしまわないかと思ったが、これがラストなだけに気にする者は誰もいない。
ちなみに昼休みなどを使って練習してはいたものの、ここまでのクラス最多は十八回。
C組が三十回超えを達成していることを考えれば、一位などほど遠い数字だ。
同じ赤組であるB組が勝つことを祈るか?
そんな適当なことを考えている間に、競技開始の時間がやってきた。
パン!
『スタートしました!』
スターターピストルによって、五分の計測が開始される。
勝負の三百秒、カウントダウンの始まりだ。
『いくよー!』
『せーのー!』
男子二人の声によって、A組の長縄が大きく弧を描いた。
宙を舞った長縄は、俺の頭すぐ上を通過し、左側から足へと襲ってくる。
気持ち早いくらいのタイミングを見計らい、両足を使って身体を真上にジャンプさせた。
『一! 二! 三!』
パンッ……パンッ……パンッ……
長縄がグラウンドを叩く音。
リズミカルな音と共に、クラスメートの身体が上下に動いている。
普段はバラバラに行動しているA組が、珍しくまとまっている貴重なシーンだ。
パンッ……!
突然、縄が弛んだ。
一斉後ろを振り向くクラスメート。
どうやら、真ん中あたりにいた女子が足に引っかけてしまったらしい。
恥ずかしそうに顔を隠し、近くにいた男子にポンポンと背中を軽く叩かれていた。
『ドンマイドンマイ!』
『次いこうぜ次!』
列が元のように一直線になる。
ふたたび準備は整った。
『いくよ!』
『せーのー!』
回り始める縄。
引っかかったことを考慮したのか、先ほどより大きめの弧を描きつつあった。
じっと足を屈め、力をためるようにして縄を待つ。
そして遅めのタイミングを見計らい、身体を上方へと跳躍させた。
直後に長縄が両足のすぐ下を抜けていく。
落下、着地。
『いーち! にーい! さーん……』
刻まれるリズム。
重なる声。
誰もが自然に、跳んでいる回数を数えていた。
仲間がつまずけばアドバイス。
引っかかった人のスペースを広くとり、跳びやすくする。
そんな団体としてのおもいやりが、誰から教えられたわけでもないのに実行されていた。
俺のクラスって、こんなに団結力あったんだな。
誰と誰が友達で、誰と誰は嫌いな者同士。
それ全くと言っていいほど、俺は知らない。
でも俺が知らないだけで、人間関係は間違いなくあるはずだ。
にも関わらず、クラスメートたちは互いに協力しあっていた。
これが体育祭の、全体競技の力だとでもいうのか。
タイムテーブルで揉めたりもしたけれど、やってよかったな。
どうでもいいところに感動しながら、俺はくる縄くる縄とひたすら跳び越えていた。
『じゅうはっち! じゅうく! にじゅう!』――
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