7-2.とまったのは久遠
週が明けた最初の月曜日――
俺の前に立ち塞がっていた問題集たちは、指定範囲の全てを埋め尽くされ、白旗を上げながら俺の鞄へと収まっていた。
担当教師のチェックから戻ってきたからだ。
これを返されたとき、どの教師も「こいつ、やりおる……」みたいな顔をしていて面白かったな。
まるで俺が宿題を踏み倒すことを前提にしていたかのようだ。
残念ながら、その野望は見事に打ち砕かれた。
これだから教師というやつは。
よく「俺は怒りたいから怒っているんじゃない、君たちのためを思って……」などと、自らの優しさを誇示するかのような演説をする教師がいる。
そんなの、俺から見ればただの痛い人だし。
怒りたくないのに怒っている人間なんて、この世にいるものか。
みんな怒りたいから、自分のストレスを発散したいからだ。
あるいはボーナス査定あたりに響くからだろ、怒る理由って。
まあ教師にボーナス査定が存在するのか、それが受け持ち生徒の成績と関係するのか知らないけど。
しかし、国語総合の問題集一ページを進めるのにもヒイヒイ言っていた俺が、なんで大量の宿題をクリアできたのか。
それは毎日徹夜したから――ではない。
とりあえず解答欄を適当な答えで埋めたから――でもない。
どこかの勇者みたいに、眠っていた力が覚醒した――わけでもない。
そんな覚醒できる力があるのなら、毎日覚醒したいくらいだ。
それではどうしたのかというと、久遠にやってもらったのである。
もちろん、久遠がそのまま問題集に書き込んだら、筆跡が違いすぎてバレてしまう。
パソコンで打ったのかと勘違いするくらい綺麗な楷書と、ミミズがのた打ち回った後のような文字っぽい何かの違いだからね。
だから久遠の言った答えを、俺が書いていくという代筆みたいなことをやった。
久遠は人生で一番、あきれたと言っていたが。
うん、さすがに同意するわ。
やる必要もない他人の宿題を、実質的にやらされたようなものだし。
しかし、やっぱり久遠は理数科のエースだけある。
理数科のエースというのは、俺が勝手に名づけているだけなんだけどね。
日本史の出来事なんて、年号一つでドンドン出てくる。
数学も、最初から答えを知っているかのような解答の早さだった。
英語なんて、帰国子女じゃないかと疑うレベルだ。
そんな久遠のおかげで、俺なら一年ペースの問題集がわずか三日足らずでやり終えられたわけである。
お礼の一つくらい、しておいた方がよかったかな……
と、こんな感じで俺と夏休みの宿題の戦いは、ようやく幕を下ろしたのであった――
そして、ここからが本題。
今日は体育祭の実行委員会、その初めてとなる全体会議だ。
先の説明では、ここで生徒会役員と体育委員との顔あわせ、役割分担が決められるという。
「放課後に西館一階の会議室、と言われたけど……」
自分のメモ帳を片手に、階段を下りていく久遠。
その後ろについていくと、会議室のスライドドアが開かれているのが見えた。
「あれじゃないか」
「そうみたいね」
サッカー部の一件があった場所だから、俺たちとしてはあまり気持ちのいい場所ではない。
だがそんな事情で会場を変えてもらうことはできないし、これしきの理由で参加をとりやめるわけにもいかない。
それに、実行委員はあくまで実行委員だ。
つまり運動がバリバリできる連中ばかりというわけではない。
部長会と違って一年生や二年生もけっこういるから、怯えることもないだろう。
軽くお辞儀をしながら、俺たちは会議室の入り口をくぐった。
LEDの蛍光灯がやたら明るい室内には、左右にスライドするホワイトボードと格納されているスクリーン。
床は毛の短い絨毯みたいなやわらかいものであり、白い長机がプラスチック製の背もたれを持つ椅子と共に奥の方まで並べられていた。
南城高校の教室と言えば、床から伸びているような折りたたみ式の椅子が特徴的である。
しかし会議室は、机や椅子の配置を細々(こまごま)と変えるため、移動できるようにわざと普通の椅子を置いてあるのだろうな。
そして席に座って周囲と雑談をしている、生徒会役員や体育委員たち。
埋まっているのは、半分くらいだろうか。
やっぱり体育系のマッチョマンは見当たらない。
どちらかと言えば、男子も女子も背が低そうで細い人が多い印象だ。
さてと。
俺たちは後ろへでも座っているか……
部外者に近いので、目立つところにはいたくないな。
もちろん、本音としては堂々とするのが恥ずかしいからだけど。
それは久遠も同じなのか、最後方にポツンと置かれている長机の方へと向かっていく。
「ふぅ……」
ギィッという椅子が軋む音を聞きながら、俺は小さな窓から外を見た。
いや、全面ガラスというプライベートを無視した教室のおかげで小さく感じるだけであって、通常の会議室の窓と何ら大きさは変わらないんだけどね。
高度が落ちるに従い、青から白、そして橙色へとグラデーションしている空。
太陽も夏真っ盛りの頃よりは、いくぶんか落ち着き始めているようだ。
やがて秋になり、あっという間に冬がくるだろう。
なんだか時間がたつのが早い気がしてきたな……
『遅れてごめんねー! さっそく始めましょう』
十分ほど待っていると、神崎先輩が何人かの三年生を連れて入室してきた。
きっと三年生の方で、何か用事があったのだろう。
クリアファイルに挟み、数枚のプリントを持っていた。
この時期になると、最上級生である三年生は大学受験や就職活動に重点を置き始めていく。
その中で生徒会の仕事にも顔を出す神崎先輩は、よほど忙しいのだろう。
時間に遅れるようなイメージもないし。
俺も来年はああなるのか……
パタン。
最後に入ってきた教師がスライドドアを閉じた。
あれが今回の担当教師か。
というか、数学の教師かよ。
あのおっさん、いつも偉そうにしているから嫌いなんだけど。
『はいっ! それじゃあ始めましょう!』
神崎先輩の元気いっぱいのあいさつで、体育祭実行委員会の初会議が始まった
司会進行が三年男子の体育委員長に引き継がれる
最初は生徒会役員と体育委員の自己紹介
次に神崎先輩からの方針伝達
その後は、企画における役割の分担が行われた
会議、というより会合は滞りなく進んでいく
まあ今日は、何かを話しあって決定するわけではないし
役割分担も生徒会あたりであらかじめ決められていたらしく、役員が振り分けた名前を読み上げる時間が続いた
企画には、いくつかの部門みたいなものが存在する
実施競技を決める競技部
必要な予算をまとめる会計部
チームの振り分けや、当日の生徒の動きを決める組分け部……
人数がバラバラなのは、各々の分野における労力を考慮したせいか
決定事項が多い部門は人手が必要だろうし、その判断はこれまでの経験から生徒会がやっているだろう
『それでは分担が決まったので……え?』
ほとんどの名前を呼び終わり、次へと進行しようとした体育委員長がちょんちょんと肩を叩かれた。
声を途切れさせながら横へ振り向くと、神崎先輩が替われと手でジェスチャーしている。
何かを言うつもりらしい。
『これで役割分担は決まりましたが、今回は生徒会と体育委員会の他、応援にきてもらっている人たちがいます!』
パッと左腕を伸ばし、俺と久遠の方に向けてきた。
そして「ほら、立って立って!」という風に手を振っている。
それにつられるようにして、会議室中の視線が俺たちへと向き始めた。
一年生や二年生、三年生。
不思議そうな目や面倒くさそうな目と、いろいろな感じの視線が刺さってくる。
ああ、応援という立場なのですね。
軽く流すか、そのまま部門に振り分けてくれると思っていた。
まさか、こんな注目を浴びながら紹介されるはめになるとは……
いや、状況からして自己紹介をしろという意味らしい。
久遠だスッと立つのにあわせて、俺もおそるおそる立ち上がった。
「実行委員会の応援として参加させていただきます、雑務部の久遠です」
抑揚のない声でそう言い、数秒かけて深めのお辞儀をした。
場の空気が少しであるが変化する。
張りつめたというか、緊張感が生まれた感じだ。
会議室を目の動きだけで見渡すと、明らかに表情を曇らせた生徒もいる。
雑務部、という言葉に反応したのだろう。
知らない者からすれば、学校権利を後ろ盾に容赦のない暴力を行使する、恐怖の対象であるからだろう。
本当はそんなことはない。
俺たちが力を使う相手は、いじめをしていると確信した人間のみ。
だが雑務部の活動全てが公開されていない以上、それを理解してもらうのは不可能だろうな……
久遠が座るのとほぼ同時に、俺は小さく息を吸い込んだ。
「お、同じく雑務部員の、西ヶ谷です。よろしくお願いします」
たかが自己紹介に、ここまで緊張するとは……
怖くすら感じてくる周囲の視線を受けながら、縮こまるようにして椅子へ座った。
俺が腰を下ろしたのを見届けると、神崎先輩がふたたび声を上げる。
『雑務部の方々には、主に事務作業などについてもらいます』
今日は初日ですので、これくらいにしましょう。
後は各部門のリーダーから集合がかかると思いますので、それに従ってください。
それでは解散!
足早な感じで、神崎先輩が会議を締めくくった。
ふぅ……
もたれかかった椅子の背もたれが、ふたたび軋んで音をたてた。
自己紹介しかしていないのに、授業一時限分よりも疲れた気がする。
自分の肩書きというか、所属部活で印象を変えられてしまうことなんて、今までなかったものな。
会議中にわけられた資料――プリント数枚を、トントンとそろえる久遠。
ファイリングして鞄にしまうと、椅子を下げて立ち上がった。
「帰りましょうか」
「え? ああ……」
唐突に言われたため、部室に行くのか帰宅するのかわからないが……
まあそんなことはついていけばわかるだろうと、久遠の後について出口へと歩いた。
冷房のきいた会議室に身体が慣れてしまったせいか、廊下が蒸し暑く感じる。
時間と共に気温は下がってくれても、湿度は変わってくれないらしい。
体育祭の実行委員会――か。
早ければ、明日から活動が始まるらしい。
雑務部としての活動は、しばらく途切れ途切れになるだろう。
普段からあまり他人と関わりを持たない俺にとって、こういった大人数でまとまるような活動は気が進まない。
文化的価値観に食い違いが生じているし、行動倫理も異なるし……
と、難しいこと並べているが、結局は他人と話したくないだけだ
クラスの日直のときだって、心臓が口から出そうなくらい緊張してる人間である
ましてや、今日初めて顔を見た人間となど……
今さら後にはひけないけどね
久遠の背中が、西側の階段を上り始めていた
水曜日の放課後――
「企画部の会議に出席。場所は会議室……か」
久遠からきたメールを確認しながら、俺は同級生の流れに従って東側の階段を下りているところだった。
相変わらず無機質というか、可愛げのないメールだな。
女子高生なんだから、もっと絵文字とか使えばいいのに。
でも久遠からそんなメールが届いたら、それはそれで抵抗感がすごい気がするな。
事務作業を担当することになった雑務部。
やるのは主に、板書や書記、資料の作成、その配布、部署間の連絡役だそうだ。
たしかに事務作業というか、「雑務」だな。
雑務部の名に恥じない、ご立派なお仕事を与えられまして……
一階の玄関ホールは、帰宅する生徒で溢れていた。
『先生、さようならー』
『はい、さようなら』
へえ、教師の見送りなんてやっていたんだ。
最近は雑務部にいるおかげで、この時間帯に帰ったことがない。
だから玄関ホールにここまでの生徒がいるのには、ちょっと不思議な感じがした。
一年生の頃は、ほぼ毎日この時間だったんだけどね。
囲碁部の活動日以外は、まず家に直行していたし。
俺も変わったもんだな。
そう思いながら、俺は左側にある会議室の方向へと向かっていった。
「失礼します」
少しすき間のあったスライドドアを押し広げ、遠慮気味に中へと入る。
昨日と配置の変わらない机と椅子に、十五人ほどの生徒が座っていた。
この面々が企画部の担当なのだろう。
一年生と二年生がほとんどだ。
「西ヶ谷、こっち」
正面から向かい、ホワイトボードの右側。
若干ななめに傾けて設置されている長机に、久遠がついていた。
隣に座るよう、小さく手招きをしている。
そうか。
板書とか書記役だから、前にいないといけないのね。
「まだ始まっていない?」
席につきながら久遠に問いかけた。
人数はそろっているみたいだから、もう始まっているかと思ったけど。
「企画部門のリーダーがまだきていないのよ」
そう言って、時計を見上げる久遠。
ホワイトボードの上部中央、デジタル式の四角い時計は、午後四時を指していた。
帰りのSHRの終了時刻が三時半だから、そろそろきてもいい頃だけど……
ガターン!
そんな音だった。
突然、会議室に響き渡った、何かをたたきつけるようなすさまじい音。
すごい音、ではない。
すさまじい音、だ。
思わず身体がビクリと反応してしまう。
な、なんだよ今の音!?
あまりのショックに、それがスライドドアを開けた音だと気づいたのは数秒後のことだった。
『企画部のみんな! よろしくぅ!』
髪の毛はボサボサで、その上微妙に長い。
太っているせいか、丸い顔。
縁がやけに太いメガネから見える、横に長い両目。
それにずんぐりとした体型を加えれば、お世辞にもかっこいいとは言えない。
一応、身長は俺と変わらないくらいのようであるが……
そんな彼が、思いっきり開放されたスライドドアから異常なくらいフレンドリーな声であいさつしてきたのだ。
それも右手を高く上げて。
うわ……この人イタイ……
会議室はシーンと静まりかえってしまった。
誰もがあっけにとられ、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。
それほど、彼の第一印象はインパクトがあった。
……よくない意味で。
「さあーて、企画部会議を始めるよーん」
変に語尾を伸ばしつつ、ドアを閉めて中央の教卓へと歩いていく彼。
そこはゆっくり閉めるのかよ!
いやドアが壊れるから、思いっきりあけないでね!?
もう俺は、心の中でありとあらゆることに突っ込みまくっていた。
漫才の突っ込み役をやったら、一時間はできるだろう。
彼と組みたいなんて絶対に思わないけど。
キュキュッ、キュキュキュキュ……
その強烈な彼は、黒のマーカーを右手に取った。
そして縦一メートル、横三メートルくらいはありそうな広いホワイトボード全面を使い、マジックを走らせていく。
横にいる久遠もあっけにとられていた。
さすがに思考が追いつかないらしい。
バンッ!
「ボクは企画部のリーダー、富士村 睦月だ!」
ホワイトボードをこれでもかと思うくらい強く叩き、うるさいほどの声で名乗られた。
ついでにニヤッと歯を見せ、右手はマーカーを握りながら「グッド」のハンドサインをしている。
こいつは新任の教師かよ。
まあ新任の教師でも、ここまで派手にやる人はいないと思うけど。
しかし、ホワイトボードに書かれた「富士村 睦月」の文字。
はっきり言って……いや、はっきり言わなくても下手だ。
おそらく、本人は行書を真似して書いたのだろうが……
どの字も線がぐにゃぐにゃに曲がっているし、「士」の字は下の棒が長すぎて「土」になっている。
竜頭蛇尾というか、文字の大きさがドンドン小さくなっているし。
『性格は温厚、好きな色はブルーだね。趣味は読書で、毎日数冊は小説を……』
誰もしゃべらないこの場を、無理にでも盛り上げようとしたのか、それとも自分が場を仕切れていると勘違いしたのだろうか。
今度は自己紹介を始める富士村。
目線を少しだけ上げながら会議室中を見渡し、両手を訴えるように上下させている。
選挙の演説じゃないんだから。
しかも性格が温厚って、自分で言うか。
なんだか頭が痛くなってきた。
こんなやつがリーダーだというのか。
そしてここにいる俺たちは体育祭が終わるまでの間、この富士村と付きあっていかねばならないと……
「富士村さん、あまり自己紹介に時間を割かれますと、本題である企画部会議が長引いてしまいます」
会議室の空気を引き裂くように、冷たい声が走った。
久遠だ。
鋭い視線を富士村に向け、もうやめてくれといった強めの口調で、自己紹介に熱弁をふるう富士村を制した。
さすがに我慢できなかったのだろう。
天気に例えるとするならば、どんよりと曇っていた会議室。
それが一瞬で凍りついた。
雪みたいな生易しいものではない。
そこに漂っていた何かが、固まって動けなくなった――そんな感じだ。
一瞬だけ会議室に沈黙がおりる。
突如引き裂かれた場の雰囲気に、生徒たちがついていけなかったからだろう。
遠回しにすら「やめて」と言い出せない空気の中、ほぼ直球でそれを伝えた久遠。
まさか言う人間がいるとは……と、驚いているのもあるんだろうな。
有無を言わせない意思を感じ取ったのか、。
「ウオッホン!」
わざとらしい咳払いをする富士村。
「ごもっともな意見だ。早急に本題へ入るとしよう」
両手を教卓につき、じろっと室内を見渡す富士村。
このしゃべり方は変わらないのか。
まあ何にしても、久遠のおかげで会議は先へと進みそうだ。
ん?
横っ腹をツンツンとやわらかくつつかれた。
「立って。板書を任せるわ」
「俺が板書するのか?」
「そのためにいるのでしょう? それともノート書記をやりたいの?」
問題集に書かれた、自分の文字を思い出す。
そこにあるのは「ミミズがのた打ち回った後のような文字っぽい何か」だ。
記録ノート――いわゆる議事録は、会議ごとの公式な記録として生徒会に提出され、そこで保存される。
あたりまえだが読める文字、もっと言えば綺麗な文字でなくてはならない。
それを俺が書いたりしたら……
明日あたりに、生徒会から呼び出しをくらうことになるだろう。
神崎先輩あたりから「ねえ、これ何ていう文字?」と。
黒歴史が増えるのは嫌ですねー。
俺は椅子を後ろに下げ、立ち上がってホワイトボードへと歩いていく。
黒色のマーカーは……どうやら貸してくれそうにない。
仕方ないと、青色のマーカーを右手に取る。
ついでにクリーナーを左手に持ち、ホワイトボードを名前もろとも綺麗に消してやった。
「うむ、ご苦労」
満足そうに頷く富士村。
なにが「ご苦労」だよ。
お前がでっかく名前なんて書かなければ、ホワイトボードを消す理由もないだろうが。
「今日、ボクがここへきたのは他でもない!」
会議室どころか正面の職員室、いや学校中に響いているんじゃないかと思うほどの大声で、部屋中を見渡しながら叫んだ富士村。
「今年度における体育祭、その実施競技を、ここにいる、みんなと決定するためにやってきたのだっ!」
高々と拳を上げ、それをぐっと握りしめた。
なんとも勇ましい演説だ。
それを見ている生徒はといえば、みんなポカーンとしている。
やっぱりこの雰囲気で進むのか――そんな感じで。
そんなあきれかかっている生徒のことなど眼中にないかのように、富士村は演説――もとい、説明を続けた。
「毎年、体育祭の実施競技は生徒によって選ばれ、実施される! 諸君らには、ボクと共にそれを決めてもらいたい!」
体育祭の実施競技は、体育競技であれば何でもいいわけではない。
単独競技と団体競技、男子と女子、一年生と二年生、三年生といった学年……
それらを考慮し、点数的な公平性やパフォーマンスなども加えた上で決定しなければならないのだ。
しかも、過去の実施内容をそのまま使うことも――できない。
だからこそ、この企画部門にはある程度の人数が割り振られているわけだろうが……
こういうのは人数が多ければいい、というわけではないんだよな。
少人数では挙がる意見も少なくなってしまうが、人数が多くなるとまとめづらくなる。
従って、それなりに優秀な人間をそれなりの人数で入れておくのが一番だ。
と、いうのが俺の意見であるが。
「もちろん! ここにいるのは、体育祭の実行委員を歴任した者ばかりではないだろう!」
机をバンバンと叩く富士村。
いい加減、そのマーカーを返してくれませんかね?
マーカーで教卓をぶち抜きそうだ。
「だから! 諸君には少しヒントを与えようと思う!」
そこまで言うと、急に富士村がクルッと振り向いた。
ひいっ!
意図せず目があい、思わず一歩ひいてしまう。
「そこの君っ! 名前は!?」
「に、西ヶ谷です……」
全体会合のとき、自己紹介しただろ!
そんな言葉が出る前に、勢いに負けて反射的に答えてしまった。
ついでにコミュ障アンドぼっちの癖が出てしまい、敬語とのセットだ。
くっ……
こんなやつに敬語を使うハメになるとは……
今、人生でも指折りの屈辱を体験した気がする。
「これは去年の実施競技だ……板書してくれたまえ」
近い近い近い近い!
十センチもないほど詰め寄られたまま、富士村から紙片を渡される。
それ普通に渡してくれればいいよね!?
わざわざ詰め寄る必要性ないよね!?
なんなのお前、純正のホモかなんかの!?
ちらっと久遠の方を見る。
溺れる者は藁にもすがる、という思いで助けを求めたのだが――
当の久遠は冷静に議事録を書いている。
視線は記録用のノート一直線だ。
こちらの様子など、全く興味がないという風に。
絶対わざとだろ……
どうにもならないと観念し、無言で紙片を受けとって内容を確認した。
こ、これを板書すればいいんだな……
頷く俺にニカッと笑い、ようやく解放した富士村。
その体型からは想像しがたいほど機敏な動きで、生徒たちの方へ向き直ると、
「これから、彼が去年の実施競技を挙げてくれる。しっかりと見て、参考にしてくれたまえ!」
マイクでも使っているのかと思えるくらいの声を発した。
見なくてもどんな動きをしているか伝わってくるが、もはや考えたくもないな。
紙片に書かれている競技名を、ホワイトボードに書き写すことだけに集中する。
しかし、こいつ字も下手くそだな。
会議の冒頭、久遠にノート書記を任せるくらいだから、俺も自分の字が上手いなんて思ったことはない。
だが紙片に書かれている象形文字を見る限り、初めて自分の文字はうまいと誤認識することになりそうだ。
俺が「ミミズがのた打ち回った後のような文字っぽい何か」を書いているならば、こいつは「何かが組みあわさって文字っぽくなっている」レベルである。
殴り書きだから綺麗でないのは許容するけど、読めるくらいにはしてくれよ……
最初に書かれているのは「従就走」?
もしかしてこれ、「従」は「徒」の間違い?
だとしたら、「就」は「競」のミス?
つまりこれは、「徒競走」か。
古代石碑の翻訳作業をやっているみたいだ。
俺は歴史学者を志した覚えはないんだけど。
これは骨が折れそうだ――
そんな感じで、紙片に書かれた競技名を翻訳しては板書していく作業に専念した。
紙片に書かれた文字を見るのは俺だけだろうが、板書したものは会議室にいる生徒たち全員が見ることになる。
最悪でも、こちらは判別できる文字で書かなくてはならない。
とめ、はね、はらいに気をつけ、書初めでもやってるかのような緊張した雰囲気の中で書いていった。
板書が「ミミズがのた打ち回った後のような文字っぽい何か」では困るからな。
「……ふぅ」
数分は要したかと思うほど時間をかけ、ようやく板書、というより翻訳作業は完了した。
一応、「文字っぽい何か」から「古代日本のくずし文字」くらいには昇格しているから許してくれ。
大きさが心配だったが、思いの外、ちょうどいい大きさになってくれたようだ。
「以上が、去年実施された体育祭の実施競技である!」
バァン!
富士村が板書を思いっきり叩き、ホワイトボードがぐらぐらと揺れる。
「これを参考とし、今年度実施する競技の内容を提案せよ! ……意見のある者は、潔く手を挙げい!」
ふたたび会議室中に響く、富士村の声。
対照的に、シーンとなる生徒たち。
一部の者は、近くと顔をみあわせていた。
ここで意見を求めてくるか。
富士村自身が言っているが、ここにいるのは前年度も体育祭の実行委員だった人間ばかりではない。
どちらかといえば、何をするかもわからない初めての生徒の方が多いだろう。
そこへ去年の実施競技だけを挙げ、いきなり「意見のある人!」はちょっと無茶だ。
せめて、この競技はどういういきさつで決まったのか、競技を決める段取りくらいは説明してあげないと……
「どうした! 言いたい者は恥ずかしがらずにドンドン言っていいんだぞ!?」
そんな俺の意見など知るよしもなく、超のつくハイテンションで周囲を見渡している富士村。
俺の意見どころか、ここにいる生徒の半分くらいは同じことを考えている自信があるけどな。
当然、一人も手が挙がらない。
「そうだな、我輩はコスプレ競走とか宝探しがよいと思うぞよ!」
意見が出ないとわかり、無理にでも場をつなげようとしたのか……
自ら意見を出し、候補へとつけ加えていく。
いや意見を出すのはいいけどさ、それがどういう競技か説明くらいしようね。
しかも一人称が「我輩」になってるし。
みんながついていけずポカーンとしている中、富士村はドンドン候補競技を追加していく。
相変わらずの象形文字のため、一部はなんと書いてあるのかすら読みとれない。
「……よし!」
十分ほど粘ったが、もう意見は出てこないと判断したらしい。
姿勢を正し、室内を見渡し、富士村はまたホワイトボードを強く叩いた。
バン!
ホワイトボードと共に、上から吊り下げられているプロジェクターが小さく揺れる。
あれ落としたら、相当な被害額になるだろうな。
「この中からアンケートで決定することとする!」
また意味わからんことを言い出したぞ。
富士村としては、なんとしてでもこの場で実施競技を決定したいらしい。
ふんっと鼻息荒く、両手を教卓の上へと下ろした。
「明日! 明日の会議にて多数決を採り、決定することにする! 各員、自分の意見を明日までに……」
「リーダー、一つよろしいですか」
突然、久遠がペンを放り出して挙手した。
その右腕は真っ直ぐ、天井へ向けて伸ばされている。
何か明確な意思を持っているようだ。
富士村よりも早く、生徒たちの視線が久遠へと向いた。
中にはちょっと期待の目をしている者もいる。
この富士村の独壇場を、彼女ならなんとかしてくれるかもしれない。
そんなことを考えているのだろう。
それに応えるように、久遠の視線が鋭く富士村に突き刺さっていた。
反撃を許さない、にらみつめるような目だ。
「む、なんだね?」
さすがに怖じ気づいたのか、それまでの勢いを弱めて富士村が返事をする。
攻勢に出られると確信したのか、スッと椅子から立ち上がる久遠。
背筋をピンと伸ばし、鋭い目を外さぬまま、無機質な声をピンク色の唇から発した。
「実施競技の決定という、重要事項を明日中に決定するのは無理でしょう。雑務部の方でアンケート用紙を作成し配布、回収の後、集計しようと思います。……いかがでしょうか」
なるほど。
会議室で多数決を採るのではなく、アンケート用紙を配って集計しようというわけか。
そうすれば、生徒一人一人が競技名から内容を調べることもできるし、理論上は無回答も最小限に抑えられる。
だがこの提案、本当の意図は異なるものだろう。
明日という締め切りを、少しでも延ばすため。
少ない思考期間で適当に決めてしまえば、後々その苦労は自らに帰ってくる。
それを防ぐために、アンケートという形を提案して雑務部側で決定の主導権を握り、締め切りを少しでも延ばそうとしているのではないだろうか。
要は富士村のペースに乗せられないためだ。
どういう理由かわからないが、富士村はとりまとめを急いでいるように感じられる。
それに流されては、結局困るのは自分たちだと久遠は感じ取ったのだろうな。
「よかろう。雑務部の諸君に、アンケートの作成を命ずる!」
提案が通り、俺は今日始めて安堵した。
これで明日までという恐怖の締め切りは、多少ではあるが延びてくれるだろう。
しかし、この提案……というより作戦には、一つだけ弱点が存在する。
それは――
「わかりました。では締め切りは……」
「延長だ! 明後日とするからそのつもりでな!」
――富士村に無理矢理締め切り日を指定されることだ。
まあどんな方法でも、無理矢理行動されたら防ぎようがないのだけど。
「しかし、アンケートの作成には少々時間がかかります」
なんとかこちらのペースに引き戻そうと、久遠が反論する。
久遠の力量であれば、明日どころか今日中にアンケートを完成させることもできるだろう。
それをあえて「時間がかかる」と伝え、全体的な日程を横延ばしにする作戦か。
「そうか! ではボクも作成を手伝うとしよう! ……なに、ボクの力があれば今日中にでも完成させられるさ!」
あちゃー……
そんな久遠の悪あがき的な作戦も、見事失敗に終わった。
あいつがアンケートなんか作ったら、どんなのができるか想像がつかない。
もはやアンケートですらないかもしれないな。
そもそも、これは雑務部が主導権を握るための提案だ。
口が裂けても「手伝ってほしい」とは言えない。
「い、いえ……アンケートの作成は雑務部が事務作業として任されている仕事ですから……」
「そ、そうか。では明日までに頼むぞ!」
うろたえる久遠を相手に、満足そうに頷く富士村。
自分の意見を受け入れてもらえたことに、安心したのだろうか。
その顔は、ニタァっとした気持ち悪い笑顔だ。
生徒の顔には、落胆の表情が見える。
頼みの綱と期待していた久遠が、あっけなく崩れ去ったのだ。
「……」
久遠はこれ以上言っても無駄だと感じたのか、固く口を閉じている。
勝負あったか。
久遠が口先で負けるとはね……
まあ仕方ない。
いくら理論派の久遠とはいえ、自分の意見をひたすら押し通してくる人物に勝つのは難しいだろう。
しかも相手は異常なほどハイテンションだし、久遠には明確な反論の材料がない。
むしろ、よく一日延ばしたものだ。
『では、栄光ある第一回、体育祭実行委員会、企画部会議を終了するぞ!』
その異常なほどハイテンションな、富士村の声で会議は終了した。
はぁ……
なんだか恐ろしく疲れた。
このまま机に顔をうずめ、寝てしまいたいくらいだ――
翌日の朝、俺は東館の二階にある、パソコン室にいた。
昨日、久遠が提案したアンケートの作成を手伝うためだ。
締め切りをできるだけ引っ張るという作戦は失敗してしまったが、それを理由にアンケートを放棄するわけにもいかない。
しかし、短期間で重要な事項を決定することは、後々に自らリスクを背負うことになるだろう。
そこで一時間でも生徒たちの思考時間を確保するため、早朝登校してアンケートを作成、朝のSHRで担任あたりに配布してもらうことにしたのだ。
朝に弱い俺としては、このままパソコン室で寝てしまいたいくらい……だけ……ど……
はっ!
いかんいかん、意識が飛ぶところだった。
手伝いとはいえ、現時点では何もやることがない。
手が動かないと、眠気が襲ってくるのである。
少しでも気を紛らわそうと、部屋の中を見渡した。
真っ白な壁、長方形が行儀よく並べられている同色の天井。
よく言えば清涼感のある、悪く言えば温かみのないここには、数十台の液晶ディスプレイと直方体の本体が列を成している。
奥にある教師用の長い机とパソコン、その後ろにはホワイトボードもあった。
会社のオフィスというのは、こんな感じなのだろう。
パソコンの放熱対策のためなのか、冷房がほどよくきいていて涼しい。
雑務部室で苦しめられていた暑さとも、ここは無縁だ。
もう部室はこっちにしようか。
そうすれば、依頼とかもIT化できて便利かもしれない。
ところでIT化って何?
「障害物競走は、網のくぐり抜けや平均台など、コース上に設置された障害物をクリアしていく速さを競う競技……っと」
隣では、久遠がカタカタとキーボードを打っている。
文章ソフトを使い、アンケート用紙を作成している最中だ。
去年の実施競技と、富士村の提案した競技の簡易的な説明。
それらを選ぶための回答スペース。
これに、傾向調査用の学年や性別を入れる欄を追加する、といった具合である。
ここまでするなら、いっそのこと全校でやった方がいいのでは? と思った。
それを久遠に言ったところ、「数年前に、それで大失敗したと聞いた」らしい。
なんでも、全校アンケートを採ったら、意見が反映されない生徒たちがやる気をなくしてまともに参加しなかったとか。
たしかに、自分の意見が通らなかったらやる気がなくなるだろう。
わかる気がしないでもない。
でも、よくそんなことまで調べているよな。
「しっかし……手馴れてるよなー」
久遠の使っているパソコンの画面を見ていると、社会でも通用するくらいの完璧なアンケート用紙ができあがりつつあった。
見やすい配置に、丁寧な言葉づかい、ほどよい長さの文章……
重要なところにはラインがひかれていたり、回答欄も適度な大きさが確保されている。
学校で印刷する以上、できあがる用紙は白黒だ。
つまり色を使って出来をごまかすということができない。
それなのに、ここまで見やすくて綺麗なプリントが作れるとは……
「小学校と中学校は、ずっと生徒会の役員とかをしていたから……」
ちょっぴり恥ずかしそうな声で、久遠はそう言った。
「久遠が?」
「ええ。していたというより、やらされていたという感じだったけどね」
あー、なんとなくわかった。
クラスとかで担任の教師が「学級委員やりたい人ー」と声をかけても、誰も手を挙げないやつ。
そこから「お前やれよ」「お前こそやれよ」に発展し、最終的に断れない生徒が渋々受けるパターンだな。
特に久遠は成績がよかっただろうから、教師からも適任に思われたのだろう。
あの「成績のいいやつはリーダーに向いている」といういいかげんな理論はやめた方がいい。
たいてい、内気なやつがやらされることになるのだから。
「まあ、こんな感じかしら」
数分後、久遠がキーボードから手を離した。
「印刷するから、プリンターの電源を入れてきて」
「はいよ」
パソコン室の隅っこにある、四角いホワイトカラーのプリンター。
大きさはダンボール箱くらいで、机の上において使う形のやつだ。
俺はその近くへ行き、右端にある緑色のボタンを押した。
ウィーン。
連続的な機械音が聞こえ、ランプが点灯する。
そのまま待っていると、ウィンウィンという音と共にアンケートの印刷されたプリントが次々に出てきた。
「西ヶ谷は、どう思う?」
唐突に聞かれ、後ろを振り向いた。
椅子を回転させ、膝に軽く握った両手を置きながらこちらを見ている久遠が目に入る。
「どうって……?」
「あのリーダー――富士村のことよ」
ああ、あいつのことか。
「他人の意見を聞こうとしない、ああいう人間は嫌いだわ」
視線を鋭くし、そう言ってきた。
やはり久遠は富士村のことが嫌いなんだな。
当然だろう。
他人の意見を聞こうとしないというか、自分の意見を優先させすぎるがあまり聞く耳を持たないという感じだ。
意見はあくまで意見。
正確には参考意見であり、最終的な決定は、主軸であるボクが決める。
そんな雰囲気だった。
俺も嫌いだ。
やたらとハイテンションだし。
命令口調だし。
字が汚いし。
「やる気があるのは……せめてもの救いかしら」
頬杖をついている久遠から、そんな声がこぼれてきた。
やる気、か。
たしかに、あの中で一番やる気を持っているのは富士村だ。
他の生徒は参加したというよりも、やらされているという感じがビンビンと伝わってくる。
企画部のメインは、富士村でも、俺や久遠でもない。
生徒会と体育委員会から召集された、数十名の彼らだ。
その彼らがやる気を出してくれない限り、誰がリーダーとなっても企画部としての活動は活発化しないだろう。
ただ富士村に彼らをやる気にさせる力があるのかと言われれば、NOと言わざるをえないのであるが……
ガチャン!
最後の一枚が排出され、アンケート用紙の印刷が終了した。
後はこれを、各クラスの担任に届けるだけだ。
「職員室に行くわよ」
パソコンの電源を落とし、素早く退出準備を終わらせる久遠。
俺は印刷されたプリントをわきへと挟み、左手で自分の通学用の鞄を持った。
こんな形になったが、企画部そのものは進んでいけそうだ。
体育祭が終われば解散する委員会だし、それまでの辛抱かな。
ドアをスライドさせると、むわっとした空気が顔面を襲ってきた。
朝から冷房のきいた部屋にいたため、余計に暑く感じる。
額から汗がふき出してきそうだ。
不快感に襲われながら、俺は職員室へと歩き始めた。
後ろでドアの閉まる音、久遠がドアを閉めた音を聞きながら――
配布したアンケートは、金曜日の会議直前に全てが回収できた。
回答を放棄する生徒がいるのではないかと心配したが、それは杞憂だったようだ
最初の協力性という壁は越えられたか。
とりあえず、今はこれを集計し、結果を出さなければならない。
集まったプリントを一つずつ見ていき、回答を学年と性別と共にカウントしていく。
こっちは徒競走と騎馬戦……
一年生の男子……っと。
集計用紙には、カウントの「正」の字がライン作業のように作られていく。
俺は正の字ライン工! なんちゃって!
……早くやってしまおう。
『さて! 本日の議題はこちらっ!』
今日も富士村のやたら元気な声が聞こえる。
キュキュキュッ……という動きの激しいマーカーの音が聞こえるあたり、ホワイトボードに「本日の議題」とやらを殴り書きしているのだろう。
もう見なくても行動が読める。
あきれたやつだ。
普通にやってくれれば、それでいいのに。
久遠は前回と同じくノート書記なので、板書役がいないことになる。
もちろん、そのまま空席とはいかない。
だから今日の板書は――富士村が兼任だ。
読めない象形文字が、ホワイトボードに並ぶのだろうな。
生徒もそうだが、書記である久遠が一番苦労するかもしれない。
書いてある内容を聞いたら聞いたで、必要以上に絡まれる可能性もあるのだから。
まあガンバッテ。
『全体競技の決定! さっそくやっていこう!』
バン!
ホワイトボードを殴る音が響く。
富士村が会議をやるたびに、ホワイトボードの寿命は確実に短くなっているのだろうな。
生徒や久遠だけでなく、ホワイトボードの心配までしなければならない会議とは……
ちらりと顔を上げると、上を向いたり横を向いたり下を向いている生徒がほとんどだった。
あれはやる気がないというより、富士村と顔をあわせたくないという意思表示だ。
目があったら最後、この会議が終わるまで絡まれつづけるのではないだろうか。
そんな雰囲気を漂わせている富士村だった。
『全体競技! それは、南城高校体育祭の、頂点にあるべき、競技である! これなくして、南城高校の、体育祭は、語れないっ!』
テレビの実況者顔負けの熱弁をふるってる。
全体競技とは、読んで字のごとく生徒全体で行う競技のことだ。
体育祭は、大きく分けて学年競技と全体競技がある。
このうち当日行われる競技のほとんどは、学年単位で競われる学年競技であり、全体競技は二つしかない。
しかも一つは選抜リレーであり、生徒全員が参加できるとは言いがたいのだ。
そこで毎年、企画部の発案で生徒全体がちゃんと参加でき、かつ点数を配分できる競技を実施しているらしいのである。
『さあっ! 諸君らも遠慮せず、存分に意見を出してくれたまえ!』
さあこい!
とでも言う風に、富士村は両腕を大きく左右へ開いて見せた。
もちろん、その顔はぶっ飛ばしてやりたいくらいの笑顔だ。
学習能力のないやつめ……
前回と同じ方法で、今度は意見が出ると思っているのかよ。
いっけね、俺の手がとまってる。
早くアンケートの集計を終わらせ、この空気を何とかしようと、視線を手元に落として次のアンケート用紙に手を伸ばす。
ペラッ……ペラッ……
しばらく、俺が用紙をめくる音だけが会議室を満たしていた。
いわゆる「沈黙」というやつだ。
『そうか! ヒントがなければ辛かろう! よし! ボクが直々にヒントを与えてしんぜよう!』
ハーッハッハッハー!
高らかな笑い声を残し、ホワイトボードがガタガタと揺れ始めた。
同時にマーカーの滑る音がしてくる。
何かを板書しているらしいが……
過去に実施された、全体競技とかかな?
『ボクのプロデュースするのは――ハイパースペシャルグレートバッティングローテーションデラックス!』
お約束通り、ホワイトボードをバァン! と叩く富士村。
気合が入っているのか、フーっという荒い鼻息まで聞こえてきた。
ちらりと顔を上げると、生徒たちは全員でポカーンとしている。
えーっと……つまり何?
ホワイトボードに説明でも書かれているのかと思ったが、そこにあったのは「HSGBRDX!」のアルファベット。
それ、頭文字をとっただけじゃん……
結局、何の競技を指しているのか全くわからなかった。
ヒントどころか難問だな。
解く必要なんてないけど。
「あのー……それは一体何でしょうか……?」
勇気ある一年生の女子が、おそるおそる手を挙げた。
いや、挙げてしまったというのが正しいだろう。
黒縁メガネの奥にある、富士村の瞳がキュピーン! と光った。
間違いなく、聞かれることを想定していたのだろう。
この競技の内容を、すぐにでもしゃべりたくて仕方がなかった。
そんな顔だ。
「よくぞ……よくぞ聞いてくれたっ!」
もう我慢できないとばかりに、富士村は身体を震わせている。
そしてバッと胸を張ると、唾が飛んでるのではないかと思えるくらい、激しい口調で説明し……いや訴え始めた。
「ハイパースペシャルグレートバッティングローテーションデラックス! 略してHSGBRDX! こいつは、簡単に言えば、バットを使った競走だっ!」
ホワイトボードを占領している七文字のアルファベット。
そのすき間を「不器用に」使い、富士村はマーカーで何かを書きはじめた。
横に長いその身体で、何を書いているのかはわからないが……
二、三分マーカーを走らせた富士村は、
「説明しよう! ハイパースペシャルグレートバッティングローテーションデラックス! 略してHSGBRDXとは、スタート地点でバットをおでこでグルグルし、十ローテーションした後にダァッシュ! 百メートル前方にある、バランスビームズを突破! 最後は強固に展開されたネットをクリアし、力をふりしぼってゴールするレースなのだっ! ……ハァハァ」
説明を一気に終わらせた。
全然説明になっていないけどな。
しかも無駄に疲れているし。
ふらつくようにして退いた富士村の背後に、ようやく書いていた説明図らしきものが見えた。
すき間を使っているせいか、説明が派手な割りにとても小さい。
おまけに下手すぎて、もう何が何だかわからない状態だ。
……棒人間が数人、バットでグルグルしている?
「どうやら、「ぐるぐるバット」のことを言っているみたいね」
隣から冷静な声で、久遠がささやいてきた。
興味本位なのか、ノート書記という仕事があるからなのか、一応聞いてはいたらしい。
「ぐるぐるバット?」
「知らないの? スタート地点でバットを立てて、それをおでこにつけながらグルグル回して、フラフラになりながら走っていく競技よ」
ああ!
あれか、本人は真っ直ぐ走っているつもりなんだけど、端から見れば回った方向へと進行方向がドンドンずれていくやつ!
弱い人だと、数回回っただけで走ることもおぼつかないんだよな。
俺もやったことあるわ、あれ。
途中で転び、同じく隣をフラフラと走っていたクラスメートに踏みつけられたっけ。
嫌な思い出だ……
「でもあれ、全体競技か?」
「無理に決まっているじゃない。用意する器具が少ないのはメリットだけど、全校生徒をさばけるだけの時間なんてとれないわ」
ぐるぐるバットは一人単位で行う競走だ。
つまりリレー方式など団体戦の手段を採ったとしても、全員が走りきるだけの時間を確保しなければならない。
全体競技が体育祭の目玉とはいえ、何十分もとるわけにはいかないだろう。
『他には……ビッグボールクライシス、もありだな、うん』
ふふん、と笑いながら、一人で勝手に競技を挙げている富士村。
どうやらこのHSGBRDX……ぐるぐるバットを本気で全体競技候補にしているらしい。
というか、こういうやつって横文字が好きだよなー。
そんなイタイ名前つけて、万が一体育祭でアナウンスされたら恥ずかしくないのだろうか。
いや……こんな人間に、そんな恥じらいの感情が備わっているとも思えない。
「それより西ヶ谷、集計は終わったの?」
「あっ! いや、これで終わりか」
久遠に急かされ、最後のアンケート用紙の回答を集計した。
これでとりあえず、学年競技は固まりそうだな。
まさか、これ以上言ってくることはないと思うが……
「後は……そうだな、イッツザロープバトッ! てのも……」
「あーリーダー、学年競技の方のアンケート、集計終わりましたけど……」
得意そうな顔をしている富士村に、遠慮しながら集計完了を伝える。
その瞬間、ギロッという鋭い視線が俺に向かって刺さってきた。
全然怖くないけど。
「それでは君、その結果を板書してくれたまえ」
俺は近寄られなかったことに安堵感を覚えつつ、椅子から立ち上がってホワイトボードの前へと歩いていった。
黒のマーカーは相変わらず富士村が握っているので、また青色のマーカーを使わざるをえない。
そしてホワイトボードは「HSGBRDX!」のアルファベットが並んでいるが……
集計結果が書けないので消してしまおう。
断ることもなく、そのまま端にあったクリーナーを手にとってゴシゴシと消した。
富士村の板書は、筆圧が高いせいか全然消えてくれない。
このバカ力が。
バカみたいに大きい力、というよりは、バカみたいなところで使っている力、という意味だ。
そんなことを考えながら、ようやくまっさらになったホワイトボードの一部へと、アンケートで上位になった競技名を書き込んでいく。
「徒競走……二人三脚……障害物競走……」
アンケートで幸運だったのは、その結果が偏ってくれたことだ。
ここでバラけてしまうと、再討論という無駄な作業が一つ増えてしまう。
しかも富士村がリーダーという、最悪の条件が存在している。
この後も討論というか、協議をしなければならない状況は出てくるだろうけど、それを少しでも抑えていきたかった。
「えーと……学年競技の一覧はこうなりました。異議のある人は、理由と共に申し出てください」
理由を述べよ、と言われると、たいていの人間はし尻込みしてしまう。
なぜなら、反論されたら反対の意見として効力を失ってしまうからだ。
そうでなくても、発表そのものを恥ずかしがる学生という立場において、自ら反対理由を伝えていくのは抵抗感しかないだろう。
それを考えた上での、言い方だった。
だって無駄な協議はしたくないし。
「……」
予想通り、異議のある生徒は誰もいなかった。
「ではリーダー、これで決定します」
俺が発した締めくくりの言葉に、富士村は満足そうにうんうんと頷いた。
久遠はホワイトボードの文字をせっせと記録用ノートに書き写している。
これでとりあえず……学年競技は決定された。
「よし! アンケートというのは我ながら良案だったな!」
ぐふふ……
漫画だったら、そんな擬音が入っていただろう。
得意そうな、自己陶酔の笑顔を見せつけてきた富士村。
こいつ、久遠の苦労も知らないで……
前回の会議から、必要な情報を抜き出し、説明を追加し、答えやすいアンケートを作った久遠。
その戦果を自分のものだと勘違いしているのだろう。
少しであったが、腹がたった。
他人の隠れた苦労を評価する。
そういうことを、この富士村という人間は知らないのだろう。
もし知っていたところで、心から感謝したりお礼をするという行動に移すとは考えられないけど。
そんなことを考えていたとき……
富士村が、とんでもないことを言い出した。
「そうだ! 全体競技の決定もアンケートをとるとしよう!」
パァン!
大きな音をたて、富士村の両手が重ねられた。
まるでこれ以上ない妙案を思いついた、とでもいう風に。
生徒たちの一部が顔を見あわせている。
またアンケート?
こうやって決めるものだっけ?
そんな声が聞こえてきそうだ。
「雑居部の二名に命ずる! ただちにアンケートを作成してくれたまえ! 期限は翌週の火曜日! では、本日はこれで解散!」
富士村はそういい残し、すたこらと教卓から身をひいた。
あろうことか、そのまま会議室を出ていこうとしている。
俺は思考が追いつかず、また驚きで声も出ない。
解散?
まだ全体競技が決まっていないのに?
しかも、「雑居部」と部活動名まで間違えられている。
俺たちはビルの管理者じゃないっての。
耐え切れなかったのか、久遠がガタッと椅子から立ち上がる。
「現時点では選択肢があまりにも少数過ぎます。もう少し、意見を募ってみてはいかがでしょう」
そして富士村の前に立ちふさがり、やや強めの口調で会議の続行を進言した。
今ある全体競技の選択肢といえば、富士村の出した四つの競技だけだ。
どれも十分な説明がなされていないし、そもそも説明すらされていないものもある。
この状況でアンケートをとるというのは、あまりにも横暴ではないのだろうか。
そんなメッセージが久遠から伝わってきていた。
肉食動物が獲物を狙うときのような、細く鋭い目。
握られた両手の拳。
進路を断つようにして置かれている両足。
ここは譲らないという、静かながら強い意志を見せていた。
「そうだな! では過去のデータも入れておいてくれ! 頼んだぞ!」
だが……
どうやら富士村は、久遠に対する耐性のようなものを身につけているらしい。
あるいは、最近の経験で身につけたものか。
とんっと軽く久遠の肩を押し、そのまま会議室から出ていってしまった。
廊下にこだまする、満足そうで高らかな笑い声。
「……」
後に残された俺たち――企画部の面々は、唖然とするしかなかった。
あれもアンケート、これもアンケート。
勝手に決めつけられるよりはマシだろうけど、全部こんな決め方はないだろうよ。
結局、自分の意見しか出していないし。
また過去の記録を遡り、競技の説明をつけ加える作業に追われるのか。
しかも今度は、富士村の意味不明な競技名を翻訳するところから始めなくてはならない。
「あの……解散してもいいのでしょうか……?」
最前列の椅子に座っていた女子生徒が、おそるおそる声を上げた。
振り向くと、全員が固まったように微妙な体勢をとっている。
突然の解散宣言に、どう動いていいのかわからないのだろう。
はぁ……
すぐ隣から、そんな久遠のため息が聞こえてきた。
「……リーダーが退室されたので、本日は解散にします。週明けの月曜日にアンケート用紙を配布するので、回答した上で火曜日放課後に再集合してください」
凛とした声で、久遠は言い切った。
どこか疲れている、それでも無理をしているような声にも聞こえる。
久遠の解散宣言に、部屋中からガタガタという椅子をしまう音が響き始めていた。
誰もが会話を交わすことなく、静かに退室していく。
「西ヶ谷」
ホワイトボードを消している最中、不意に呼びとめられた。
「悪いけど、この後もつきあってもらえるかしら? アンケートを作ってしまいたいから」
ちょっとうつむいたまま、久遠がそう言ってきた。
今日は金曜日だから、明日は土曜日――休日だ。
当然、学校にくることはないため、アンケートの作成も月曜日となってしまう。
ただでさえ時間のかかりそうなアンケートだ。
今日中に作ってしまいたいという、久遠の考えなのだろう。
「わかった、俺もできる限り手伝うよ」
なるべく明るい声で返事をするように心がけた。
なんだか久遠が全てを背負っているみたいで、非常に申し訳ない気持ちがする。
久遠自身は勝手にやっているという考えなのだろうが、端から見ているこっちとしては、丸投げしているようで肩身が狭い。
だから少しでも、久遠を助けてやりたかった。
クリーナーでホワイトボードの掃除を終わらせ、マーカーを保管場所へと片づける。
あいつ、黒色のマーカーを持ち帰りやがったな……
独断で補充するわけにもいかないから、後で教師にでも伝えておくか。
「失礼しま……あれっ?」
入り口から聞こえた、びっくりするような女子の声。
誰か忘れものでもしたのかな?
そう思いながら久遠と同時に顔をあげると、
「先輩?」
立っていたのは神崎先輩だった。
片手にはプリント数枚を持ち、驚きの表情で会議室中を見渡している。
「もう終わったの!? 富士村くんは!?」
「ああ、もう帰ったみたいですよ」
他に言いたいことは山ほどあったが、俺では感情が先行してしまいそうだったので、それだけにしておいた。
それを久遠が感じとってくれたのか、静かに説明をつけ加える。
学年競技をアンケートで集計し、それは全員一致の上で決定した。
その後、全体競技を決めることになったが、富士村以外からの提案がない。
だからリーダーが自らの意見を数個挙げ、再度アンケートにて集計することにした。
しかし、リーダーの意見だけでは選択肢として不足している。
それを言ったところ、過去に実施した全体競技も選択肢に加えろと言われた。
そのままリーダーは解散を宣言したので、他の生徒を帰らせ、私たちはアンケートを作成しにいくのだと。
「……」
神崎先輩は、ずっと黙って聞いていた。
いつものように陽気な感じではなく、ことの流れを理解しようと真剣な目つきで。
これが神崎先輩の人気の秘密だろう。
富士村のように、常にテンションを維持しているわけではない。
ときには目線を下げ、相手との対話を重んじる。
ちゃんと話をしてくれる人物だからこそ、神崎先輩は人望があるのだろうな。
そして、久遠もまたすごいと思った。
会議室でのできごとを――富士村の行動を、淡々(たんたん)と説明していく。
一切の感情なく、だ。
これはできそうで、意外と難しい。
人間は感情がある生きものだ。
だから説明や説得をするとき、話し相手に対し自分が有利になるような話し方をする。
富士村が勝手に決めた。
富士村がわけのわからない競技を提案した。
富士村はその説明をしてくれない。
俺だったら、そんな言葉を入れていくだろう。
富士村を不利にするような文言を。
だが、久遠はそれをしない。
目の前で起こった出来事を、そのまま正確に伝えている。
聞き手が偏見に満ちた異常な判断をすることがないよう、自然に考慮しているのだ。
さすがとしか言いようがない。
おそらく久遠も、神崎先輩と似たような才能を持っているのだろう。
友達がいないと聞くが、それが大うそにすら感じられる。
神崎先輩の後継として、時期生徒会長をやるといっても、なんら不思議ではない。
「なるほど、だからこんなに解散が早いのね」
話を飲み込んだのか、神崎先輩がうんうんと頷いた。
ちなみにここへきたのは、会議終了の報告がきていないにも関わらず、企画部の生徒が下校しているのを見かけたからだそうだ。
各部門のリーダーには、会議終了後に生徒会へと報告する義務があるらしい。
ということは、やはりそのまま帰っちまったのか……
「どうされますか?」
判断を委ねる久遠。
うーん……とうなった神崎は、ちょっと考えた後、
「悪いけれど、アンケートについては作成をお願いしていいかしら」
困った顔でそう言った。
「他の生徒に混乱が生じるといけないし……」
「わかりました。リーダーについては、何か手段をとりますか?」
怖いことを聞いたな、久遠。
富士村がリーダーのままでは、企画部どころか体育祭が危ないと考え始めたのか。
企画部は、体育祭の実施競技を決める重要な部署だ。
しかも今決定しているのは、目玉競技である全体競技。
ここでミスをすれば、体育祭の失敗を招きかねない。
雑務部として参加している以上、そこはしっかりとやっておきたいのだろう。
「富士村くんには、そのままリーダーにいてもらうわ」
その代わり……
と、神崎先輩はつけ加えた。
「次の会議はいつなの?」
「翌週火曜日の放課後、と」
「わかりました。生徒会長として、その場に同席するわ」
ニコッとやわらかな笑顔を浮かべた。
ああ……
富士村の気持ち悪いニヤけ顔とは一転、天使の微笑みにすら感じられる。
久遠を労うつもりで笑ったのかもしれないが、その恩恵は俺まで受けられそうだ。
この笑顔を思い出すだけで、一週間分の授業を全部乗り越えられるだろう。
授業全く関係ないけど。
しかも思い出しているときの俺こそ、富士村みたいなキモい顔になっていそうだ。
「そうですか。お気遣い、ありがとうございます」
久遠が深々とお辞儀をする。
「いいっていいって! 頼んだのはこっちなんだし、むしろ迷惑かけちゃって……ごめんね」
神崎先輩も競うようにして頭を下げ、申し訳なさそうに会議室を出ていった。
とにかく、神崎先輩に状況を伝えることができた。
次回の会議には同席してくれるという約束だし、多少は好転するだろう。
うまくいけば、神崎先輩が富士村をフォローする形に持っていけるかもしれない。
「……パソコン室、いきましょう」
「ああ」
片付けの終わった会議室の電灯を消し、俺は久遠と共にドアをくぐった。
蒸し暑い空気が、季節を思い出させるように顔へとふきつけてくる……
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