第四話 追う者、追われる者
まだだ、まだエタらんよ。…あけましておめでとうございます。読んで下さる方がいるかどうかわかりませんが、続きます。
皆さん、こんにちは。吸血鬼のキリルです。吸血鬼の弱点って皆さんは何を思い浮かべられますか?日光?十字架?にんにく?それとも白木の杭でしょうか?。ちょっとマイナーなところで流水が渉れない、というのもありますね。
実際は、一つを除いてこれらは本当で、間違ってます。どういうことかというと、吸血鬼の弱点はどの血族に属しているかで大きく変わるからです、もちろん個人差もかなりありますが。日光を苦手とする血族は今はほとんどいませんし、にんにくは個人差の範囲です。ただ吸血鬼は嗅覚も優れているので強い匂いは得意ではない事が多いです。僕なんかは、ぽかぽかとした陽だまりで日向ぼっことお昼寝を嗜んだりしますし、ニンニクのたっぷり入った餃子も結構好きだったりします。
十字架は敬虔なクリスチャンから転化した吸血鬼は苦手らしいです。まぁ、今時の吸血鬼のほとんどは無神論者だったりするので、ファッションで十字架をつけている吸血鬼もいたりします。
白木の杭に心臓を貫かれたら死ぬのは本当ですが、他の素材の杭でも心臓をやられたら死んでしまいます。というか、心臓を貫かれても平気な生き物でいませんよね?
ほぼ当たっていると言えるのは、流水の上を渡れないという弱点です。厳密には、かなり頑張れば橋も渡れますし、船や飛行機にも乗れます。ただもの凄く気持ち悪くなるので、だれもやりたがりません。吸血鬼が海を渡って海外に行きたがらないのはこのせいです。間違いなく弱体化はするので、もし吸血鬼に襲われたら川や海に逃げるのもありかもしれませんね。
***
親殺しの吸血鬼アナトリー討伐のため、北海道札幌市にあるロシア連邦極東経済特区管理部本館から千歳市にあるビジネスホテル近郊にやってきたキリル一行であった。このホテルにアナトリーが潜伏しているのだ。
「ここからは徒歩か。まったくキリルはいつになったらちゃんと力を抑えることが出来るようになるのかの」
真夏の昼間に外を出歩くことに、リリアナはキリルに文句を言った。真夏の日差しはじりじりと肌を焼くようで、侍女の一人がリリアナを日傘で作る影の中に入れる。
「これでもかなり抑える事が出来るようになったのですが……」
吸血鬼の持つ力は『Odic force(オドの力、もしくはオド)』と呼ばれる。これは僅かではあるが、ただの人間にも備わっている力である。もともとこの力は魔力や単に力と言い表していたが、近年、魔術師の扱う力、いわゆる魔力とは異なる事がわかってきた。オドという言葉は、以前は気やプラーナに近い超自然的な力の意味で使えわれていたが、これを区別して使うようになったのだ。
リリアナの世話役についてから、キリルが一番最初にリリアナに言われたのが、このオドの制御についてであった。当時のキリルの制御能力は最底辺クラスで、己のオドを垂れ流していたのだ。オドの制御がうまく出来ない子供の吸血鬼を除き、己より高位の吸血鬼を前にして力を抑えないのは礼儀知らずか、喧嘩を売っていると思われても仕方ない事である。
ホテルのすぐ近くまで車で向かわなかった理由は、このキリルの制御能力の低さにあった。吸血鬼の持つオドは、他の吸血鬼にも感じ取る事ができる。キリル以外の吸血鬼は、身体から漏れ出るオドを完全に抑えることができ、相手の吸血鬼は察知することができなくなるのだ。
しかし、キリルは完全にオドを抑える事が未だに出来ていなかった。そのため、部下をホテルの周囲に配置する前に近づきすぎれば気づかれて逃亡される恐れがあったのだ。
「キリル様が不器用なのは、今に始まったことではありません。それよりこれからどうなさいますか?特に作戦などは聞いておりませんが」
カタリナはさらりと毒を吐いた。キリルも己の不器用さは自覚していたのでなにもいえない。
「えーと、基本的には囲んで叩こうと思います。僕以外の真祖の吸血鬼の皆さんでホテルの北と南と西に一人づつ配置します。もちろん気配は消しておいて下さい。姫様や僕を含めたほかの人は東からホテルに近づきます。ここまでで何か意見はありますか?」
キリルが問いかけると、部下の真祖の吸血鬼の一人が質疑の声を挙げた。
「3つほどお聞きしたい事があります。第一にこの作戦はホテルの西にある小山というか林に標的を誘い込むための物であると考えてもよろしいのでしょうか?第2に林に誘い込むのは人目を避けるためだとすると、深夜まで待って実行したほうがよろしいのでは?最期に現在監視している人員についてはどうされます?」
おおう、とキリルはスラスラと挙げられた質問に少し仰け反った。
「ええと、はい。一個目の質問は、その通りでホテルの西側にある林にアナトリーさんを追い込みたいと考えてます。彼が今後どうするかはわかりませんが、他の血族に入るのでも、はぐれとして生きて行くにしても、目立って表社会の人たちに注目されるのは不味いですから。おそらくアナトリーさんも人目の付かないところに向かうと思われます。もちろん僕達も目立ちたくありません、昨今は情報操作も目撃者の記憶操作だけでは済まなくなりましたから」
ここ20年くらいであろうか、多機能の情報処理端末が一般市民のほぼすべての手にわたり、画像や録画映像が瞬時にネットに上げられ拡散されるようになったのは。それより昔は、目撃者に記憶操作を施し、一部の記者などがもってきたカメラ等を壊してしまえば済む話だったのだ。万一、記録されたとしても吸血鬼社会と太いパイプのある大手マスコミの上層部からストップをかけてしまえばよかった。しかし、現在ではこちらが手を回すより先に、情報がネットに挙げられてしまう事も珍しくなくなり、情報操作はさらに難度が上がってしまった。
「二つ目の深夜まで待ったほうが良いということですが、人目に付きにくいという意味では確かに深夜までまったほうが良いです。ですが、アナトリーさんがこのホテルから動かないのは何か狙いがあるとかんがえられます。そして、それはおそらく誰かと待ち合わせている可能性が高いと考えています。つまり、他の者達と合流する前に出来れば叩いておきたいのです」
全員の顔を見て、異論が無い事を確認し、キリルは続ける。
「監視している人たちについては、これを維持してもらいます。緊急時にはワンさんに連絡してもらいましょう。既に覗いているかもしれまんせんが。カタリナさん、ワンさんはなんと?」
「了承した。何かあったらすぐに飛んで行ってやる、とおっしゃっておりました」
飛んで行くと言うのは、実際に飛行して来るというわけではない。風水士ワンは、この辺り一帯の土地を管理しており、地脈を通じて擬似的な空間転移を行うことが出来るのだ。平たく言えば土地神と同様の権限を持っているといえる。
「ワンさんが来ると大変ですから、その何かを起こさないようにしましょう。ええと、あとはそうですね。念話は緊急時以外は使用不可で、機械で会話しましょう。隠密性を第一に」
「キリルよ、お主はちゃんとその機械を使えるのかの?」
リリアナは、キリルが機械を苦手としていることをよく知っているので少し心配して聞いてみた。
「むむ、使えますよ。耳にはめて、話すときはボタンを押して話せば良いのでしょう?さすがにこのくらいの機械なら大丈夫です」
キリルたちが使用する使用する小型の無線機は扱いが非常に簡単なものであった。そうでないと機械音痴のキリルが扱えないと、カタリナが用意したもので、移動中に配布済みである。
「作戦開始は今から30分後で。それまでに皆さん配置についてください。時間を合わせますね。」
キリルの分のデジタル式時計を合わせるのはカタリナがやった。キリルに任せておくと時間がかかりすぎるのだ。
「アナトリーさんの相手は基本的に僕がします。他の方はアナトリーさんが逃げたときの足止めを行ってください。開始の合図があったら、今から配る血を飲んでください。では、解散!」
キリルは最後に、血を飲むことを皆に命じた。今、カタリナが配っているもの銀色のパックには人間から採取した血が入っている。吸血鬼が血を飲むと一時的に身体能力や治癒能力が強化されるため、作戦開始時に血を飲む事は吸血鬼の常識である。
十分程度の後、北、西、そして南に散った部下の吸血鬼から配置に付いた事を知らせる連絡が入った。
あとは作戦開始時刻を待つだけである。
しかしながら、予定通りには何事も進まないものであった。
無線機から流れる小さなザリザリとした音と共に、標的を監視していた者から連絡が入ったのだ。
その内容は、標的の部屋を訪ねてきた人物あり、と言う内容であった。
***
アナトリーは、元はノヴゴロド・フリードマンの姓を持つ吸血鬼は苛立っていた。ここ最近の不運続きで、全く嫌に成る程の不幸が自分に襲い掛かっていると彼は感じていた。そんな中、アナトリーはやっと尋ねてきた友人に鬱屈した感情を吐き出していた。
アナトリーにとって最初の不運は、彼と彼の新しい友人達で密かに進めていた計画を、彼の父親であるフリードマン伯爵に知られてしまったことである。予定ではもっと計画が進んだ状態で、時期をみて父親に明かすつもりであったのだ。
フリードマン伯爵は息子の計画を知り、考え直すように息子を怒鳴りつけた。ここで伯爵は、うかつなことにまだ誰にも伝えていない、今なら大きな問題にならずに処理できると息子に伝えてしまったのだ。フリードマン伯爵からすれば、それは親としての愛情であったのだろう。いずれ伯爵位を継ぐ息子に、また家名に傷を付けたくないという考えもあった。だが、それは全て裏目に出る事となった。
まだ誰にも伝えてないと聞いたアナトリーは、ここで父親を殺害し、隠してしまう事を選んだ。不意打ちで格上の吸血鬼であった父親を殺害する事には成功したものの、父の眷属であった配下の吸血鬼たちに隠蔽前に見つかってしまったのだ。
そこからの展開は速かった。親殺しの罪は、衆目の目を集める事となり、すぐに追っ手がかかることになったのだ。アナトリーは自身の眷属を供とし、東へと逃げることとなった。追っ手は執拗に彼らを追い続け、アナトリーの眷属たちは一人、また一人と討たれていった。アナトリーは追っ手を撒くために配下の吸血鬼を囮とし、追っ手の攻撃から身を守るための盾としたのだ。アナトリーが海を渡るころには、配下の者は誰一人として残っていなかった。
結果的にアナトリーは追っ手から逃れ、死ぬ思いで海を越えられた。これは十分に奇跡的といっていい結果であった。しかし、追っ手に追われていたことに加え、海を越えたことによりアナトリーは大きく疲弊していた。何とかはぐれ吸血鬼のコミュニティと連絡を取り血を飲むことが出来たのだが、彼にとって耐え難いほどに屈辱的であったのだ。
はぐれのコミュニティの吸血鬼は基本的にどんな吸血鬼でも受け入れるというスタンスである。アナトリーに対しても吸血用に調整された人間の血を適正な値段で売り、彼がコミュニティに加入する事を望むのなら新入りとして認めたことであろう。
「はぐれどもめ、私をだれだと思っているのだ!次期伯爵たる私が血を望んだのなら大人しく差し出すのが下級吸血鬼の正しい行いと言うものだというのに、あやつらはこともあろうに代価を要求してしたのです!信じられますか!?それもありえない程不味い血液パックで!!しかもですよ、はぐれにはいるのなら新入りとして扱う、とこういうのです!はぐれどもめっ!常識を知らぬにもほどがある。ありえないことですが、私がはぐれ共に加わるのなら盟主として崇めるのが当然ではないか!そうはおもいませぬか?そもそもこんな目に私が合うのは父上の不明が問題なのです。父上が私達の偉大で崇高な目的を理解していればこんな羽目に私が陥る事は無かったのだ。だいたい……」
「アナトリー殿、お気持ちは十分にわかります。わかりますが、今は我々の目的を達する事が肝要です。目的を達する事が出来ればあなたは新しい血族の元で、伯爵どころか、侯爵、もしかすると公爵になることだって可能でしょう」
アナトリーと共にホテルの一室にいるのは奇妙な男であった。中肉中背、濃い茶色の髪をもち、服装もフォーマルであるが、特徴に薄い格好である。男の持つ奇妙さは、顔にかけた仮面によるものだった。何処とは特定しにくいが、南国風の民族的な模様を用いた仮面である。キリルたちに監視役が報告したアナトリーへの来客とはこの男の事であった。
「無論、わかっております。仮面卿。日本との経済特区である北海道に第五始祖さまがおられるのは間違いありません。これを確かめるために少々無理をして、父上に見つかってしまったのですから」
「なんと!やはり第一始祖さまは、第五始祖さまを手放したのですね。新しき女王さまは、まだ生まれたばかりのはず。一体いずこの方が護衛に付いているのでしょうか?」
「名の知れたものは唯一人、風水士のみですな。あれは元からこの地の守護についていたはず」
仮面卿と呼ばれた男は、腕を組み少し考えた様であった。
「土地の守護と、新しき始祖さまの護衛が風水士ただ一人とは……。確かに彼の吸血鬼の力は古血の中でも有数の物でしょうが、たった一人とは。黒雷や炎眼赤手、もしくは病理の駆り手など他の古血はどうしたのです?」
「風水士だけなのは間違いありません。他の古血が海を越えてこの地に入っているなど有り得ません。私の調査が信用ならないと申されますか?」
アナトリーは、自らの調査結果にケチをつけられたと思い不満であった。
「いいえ、決してそのようなことは。近い未来に公爵となられる方のいうことですから。疑ってなどおりませんとも。ただ余りにも以外だったもので。失言をお詫びします」
仮面の男はアナトリーに謝罪し頭を下げた。アナトリーとしても新しい血族に加わるためには仮面卿の手引きが必要であったため大人しく謝罪を受け入れた。
「まぁ、あと多少なりとも厄介そうなのはハバロフスク公の公子ぐらいですか」
「ふむ、ハバロフスク公の息子というとあの神童殿ですかな?」
「いや、それの弟の方です」
仮面の男は、ハバロフスク公の次男、キリルのことは知らないようであった。
「神童殿の弟…ですか。聞いた覚えがありませんね。どのような方かご存知で?」
「名はキリルで、たしか成人してまだ然程経っていなかったはず。私も夜会で挨拶を交わしたことがあるくらいですが、性格は冷徹な自信家と記憶しています」
「冷徹で、自信家ですか」
「ええ、高位の貴族達が参加する夜会で力を抑える事もせず、全開でしたからね。正直に言って気がふれているのかと思いましたよ。挨拶するときの冷たい目にはヒヤリとしたことを覚えています。私より年下の癖に、放つ力は成人したての吸血鬼の物とは思えないほどでした。あれは己の力を誇示していたのでしょう」
「なんとまぁ、命知らずな」
仮面卿は呆れたように言った。
「夜会で力を抑えないとは、それだけ異常で別格なオドの持ち主ということですか?」
「いいえ、そうではありません。彼の力は確かに年の割にはそれなり以上と言って良いでしょう。しかし、仮面卿のような古血に比べたらまだまだ見劣りする程度のものです。あれが潰されなかったのはハバロフスク家の威光があってのものでしょう。それでも間違いなく長生きはできそうにありませんな。何百年か後には、あれが灰になっていて、私が古血になっている事でしょう」
アナトリーは自信をもってハバロフスク家次男の将来を断言した。
ここでアナトリーと仮面卿は、ほぼ同時に近づきつつあるオドの気配に気が付いた。
「ふむ、威嚇と言うには弱々しい気配ですな」
「気配としてはハバロフスクの次男に似ていますが、前に会った時より明らかに弱い。仮面卿、何が狙いかわかりますか?」
「どうでしょう、わかりません。わかりませんが、単なる誘導かもしれません。わざわざ弱く見せる必要もないと思いますが……」
二人ともキリルから感じられた弱々しいオドの気配は不可解なものの、目立つのが宜しくない事は共通の見解であった。
恐らく追っ手側としは、気配の反対にある林に追い込みたいのだろう。向こうとしても目立つのは避ける筈である。
「風水士は姫君の護衛から離れられないでしょう。となるとあとは例の次男坊とせいぜい下級貴族くらいのものでしょう。私と仮面卿の二人がかりであれば、多少の罠があっても問題ないでしょう」
派手にしか力を振るえない事で有名な風水士が、第五始祖の護衛で離れられないとすると、アナトリーのいう事も一理あると仮面卿は判断した。
「では、向こうの思惑に乗ってみることにしましょう」
アナトリーと仮面卿はホテルを後にし、人目につかない林に向かった。
読了ありがとうございます。