第三話 姫君への報告と狩りの始まり
マイペースでつづけていけたらいいなぁ……。
こんにちは、吸血鬼のキリルです。吸血鬼には誕生日が二つあります。一つはこの世に生まれた日。もう一つは吸血衝動が生じて、初めて血を吸った日になります。両親が吸血鬼の子供--生まれた時から吸血鬼の子供--は、大体十台前半から半ばぐらいで吸血衝動に目覚めて第二の誕生日を迎えます。人間から転化した吸血鬼は、転化したその日が第二の誕生日になります。ちなみに15歳のリリアナ様はちょっと発育が遅いようで、まだ第二の誕生日を迎えられていません。まだまだ赤ちゃんということですね。
***
リリアナは始祖吸血鬼である。吸血鬼の中で最も偉大で高貴な存在で、世界でもっとも強大な生物の一つだ。ただ、リリアナは生まれたばかりでまだ15歳なのだ。吸血鬼の常識からすると赤ん坊扱いされてしまう年齢である。大いなる力を秘めてはいるものの、まだそれの使い方を習得できていない、言わば飛び方を知らないひよこのようなものである。
第五始祖リリアナが発生してすぐに、第一始祖がリリアナを保護した。リリアナもこのことには全く文句は無かった。発生した時点で既に人間の幼児程度の外見であったが、己がまだ力を十分に使う事が出来ない事を知っていた為だ。
第一始祖はリリアナにやさしかった。親も血縁関係のある家族もいない始祖吸血鬼達ではあったが、リリアナは第一始祖を姉と呼び、第一始祖はリリアナを妹と呼んだ。彼女達は仲睦まじい姉妹となった。
唯一つ、リリアナが不満に感じていたのは、いつからか感じて居た漠然とした窮屈さだった。はじめは何が原因でこの狭苦しい圧迫感を感じているのかわからなかった。だが、次第に己の周りにいる者達に対して、窮屈さを感じているのがわかってきたのだ。
第一始祖が直々に選び出し、リリアナの侍女とした真祖の吸血鬼はとても優秀であった。リリアナが必要としているものを先読みし、一切の遅延無くリリアナに仕えた。彼女達はリリアナが感じている窮屈さも理解し、できるだけリリアナの負担にならないよう自分達の存在を限りなく薄くしたのだった。
リリアナの不満が向かったのは、勉学や礼儀作法を教える世話役の吸血鬼に対してだった。彼ら、彼女らが言う事に従うのはリリアナにとって身体を拘束具に繋がれるに等しかった。彼女にとってそれは許しがたいことであったのだ。だから、リリアナは徹底的に反抗し世話役に対して全身全霊を賭けて戦った。
リリアナの必死の戦いの結果、世話役の吸血鬼は頻繁に入れ替わった。新しい世話役が来てもリリアナは一切の躊躇もなしに徹底抗戦の構えであった。そんな彼女の戦争が終わったのは、まだ若い--実際成人したてであった--公爵子息のキリルが彼女の世話役に就任してからだった。
***
洗顔と着替えを終えて、身だしなみを整えたリリアナが部屋に戻ってきた。目の隈は残っているが、格好だけは良家のお嬢様であった。部屋の中には世話役のキリルと彼の従者のカタリナがリリアナを待っていた。
リリアナからみて、キリルは初めて会った頃と全く変わった様子はない。大体いつもぼんやりとしているおっとりさんだ。外見年齢は10代後半ぐらいで、小柄な金髪碧眼の少年といった見た目だ。容姿はかなり整っているので一見すると冷たい感じを受けかねないのだが、5分もあればネジの2~3本抜けたようなゆるさが露見していまうだろう。
カタリナのことはリリアナも良く知らない。外見的には黒髪を後ろで一つにまとめた、碧眼の若い女性といった見た目なのだが、見た目の年齢も実際の年齢もよくわからないのだ。若いようにも、若作りのように見える。女性なのにいつも執事服を着ているのもよくわからない。何となく腹が立つような気がするのでリリアナは見ないようにしているのだが、カタリナの胸部装甲はかなり分厚いため男物の服が全く似合ってないのだ。
カタリナの胸部装甲には若干の不満はあるが、それを除きこの二人のことをリリアナはかなり気に入っているのだ。昔はキリルにも不満な点があったのだが今ではかなり改善されたので問題はない。
リリアナがテーブルに着くと、侍女の一人がカレーを運んできた。リリアナが応援する野球選手の一人が朝にカレーを食べると聞いてから、最近の彼女の朝食はカレーになったのであった。すでに朝食というよりは昼食に近い時間であるが、起きてから最初の食事だから朝食なのだ。カレーっておいしいよね。
リリアナがキリルとカタリナに着席を許すと、キリルが報告を始めた。
要約すると、
第一始祖から親殺しを犯した犯罪者の討伐命令が来た。
眷属や部下の吸血鬼たちでは遅れを取りかねないから、キリルが直接討伐する。
他所の血族が協力している可能性がある。
可能性は低いがリリアナに対して何らかの行動を起こすかもしれないから注意が必要。
ということであった。
リリアナはキリルの報告が終わるより早くカレーを食べきり、食後に2杯目のラッシーを飲んでいた。
「ですので、姫様はこの館の中で大人しくしておいてください。お願いしますね」
キリルが説明している間、リリアナはふんふんと大人しく聞いていた。今日は機嫌が良いのかなとキリルが安心して、リリアナに留守番を頼んだ。
「イヤだ」
「えっ、姫様いまなんて?」
「い、や、だ、と言ったのだ!折角の狩りなのだ。我も連れて行くとよい。最近ひまなのだ」
えー、とキリルは嫌そうな顔を隠しもしない。リリアナは感情を素直に出すキリルを好ましく思っていた。腹の中で何を考えているのかわからないのに、リリアナには笑みを浮かべてくる奴らより何倍もマシなのである。だが、好ましく思っていても、お願いを聞いてやるのとは別問題なのであった。
「だから、もしかすると姫様が狙いかも知れませんし、危ないから大人しく待っていて欲しいのです」
「ここに来た理由がわからないのだろう?ならば我が直接アナ何某とやらに聞いてしんぜよう。なに遠慮はいらぬ。キリルと我の仲ではないか」
「駄目です…。話を聞いているのに通じていません」
キリルは助けを求めてカタリナに視線を向けた。
しかし、カタリナはキリルの救援要請を無視した。
「別に宜しいではありませんか、姫様をお連れしても。アナトリーだけならキリル様が遅れを取る事はないでしょうし、他に協力者がいたとしてもいざとなれば姫様の守りには風水士どのがいらっしゃいます」
「さすがカタリナだな。話がわかる。褒めて進ぜよう」
「恐縮です」
キリルに味方はいなかったのだ。こうなってしまっては、キリルには諦めるしかなかった。
「ワンさんが出てきたらとんでもなく大事になるじゃないですか。わかりましたよ…。そんなことにならないよう姫様は僕の言う事にはちゃんと従ってくださいね、約束ですよ」
「心配無用である。我はキリルの諫言をよく聞く耳をもっているのだ、問題など起こりようがないではないか」
「じゃあ、姫様が第五始祖だって絶対に内緒ですよ?ばれないようにして下さいね」
「無論である。我にはたやすい事よ」
リリアナは自身満々であったが、キリルはなんとなく嫌な予感にため息をついたのであった。
「カタリナ、万が一のときのためワンさんに事情を説明しておいてください」
「了解いたしました」
キリルは心の底から風水士・ワンの出番が無い事を祈った。吸血鬼なので祈る神はいないのだが。
ワンとは、風水士の二つ名を持つ御歳800歳を超える古血である。もともとは異なる血族出身であったが、ワンの祖たる始祖吸血鬼が滅んだため、紆余曲折あったものの第一始祖の客分として招かれたのだ。ワンはここ北海道の地と第五始祖の守護を第一始祖と契約している古く力のある吸血鬼であった。
ワンの力は非常に強く、ワンが遅れを取るとなるとそれこそ始祖吸血鬼に匹敵するような相手ぐらいのものだ。しかし、風水士などという二つ名で呼ばれているが、ワンは力の加減が不得手であった。より正確に言えば、力の制御がド下手なのである。ワンが力を使った後は、都市が丸ごと水没したり、瓦礫の山になったりがよくあることだ。わかりやすく例えると、一発の銃弾で済むところを、町ひとつが吹っ飛ぶ爆弾を使用するといえば想像できるであろうか。
「では、お昼を食べ終わったら出発しましょう」
「まて、キリルよ。我はお腹が既に満ちておる。昼餉はもう入らぬぞ」
「……そうですね、カレーを食べたばかりですから。姫様は、動きやすい格好をして出かける準備をして待っていて下さい」
「うむ、よかろう」
第五始祖リリアナは満足げであった。
***
さて、やる事が決まってしまえばキリルはそれほど忙しくはない。細かな事はカタリナを始めとした部下達が片付けてしまうからだ。昼食をのんびりと食べ、アナトリーとの戦闘に備え、幾つかの護符を棚から出して、魔術礼装を仕込んだ服に着替えれば準備万端である。黒のスラックスに白のワイシャツ、両方とも裏地に防護の術を織り込んだ一級品の魔術礼装である。この上に薄手の黒いローブを羽織る。夏場に黒ローブは暑苦しいが、多くの護符を仕込めるので、一番便利で防御力が高いのだ。最期に、中途半端な時間に食事をしたリリアナが、途中でお腹をすかせる事を考慮して侍女の一人にサンドイッチを用意してもらって準備万端である。
忘れ物がないよう指差し確認をしていると、カタリナが呼びに来た。
玄関ホールに行くと、既にアナトリー討伐の面子がそろっている。都市迷彩のアーミールックな衣装を着た第五始祖リリアナに御付の侍女が2人、もちろん侍女服である。キリルの従者である執事服を着たリリアナ、キリルの部下で彼と同じく真夏に黒いローブを着た真祖の吸血鬼が3人。あとは現地でアナトリーを監視している眷族たち。以上がアナトリー討伐に向かう人員である。
真夏に黒いローブの男達と、執事服と侍女服の女性達、加えて迷彩服の少女の一団。率直に言えば、仮装行事の参加者か、警察に職務質問を受けそうな一団であった。非常に目立つ一行なのは間違いないので、アナトリーが潜伏するホテルの近くまで自動車で移動となった。移動スモークフィルムが付きのドイツ製高級車で、値段が高いことと頑丈なことで有名な車種である。これはこれで目立つが、まぁ許容範囲内とする。
「えーと、皆さん、そろってますね。では出発しましょう」
さて、狩りのはじまりだ。
読了感謝です。




