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吸血鬼公子の平凡なる日常  作者: 千賀八洲
親殺しの吸血鬼
3/5

第二話 狩りの獲物の行方

遅筆ですみません。

ブックマークが2件になりました!!読んで下さる方がいらっしゃるのですね。ありがたや、ありがたや。

 皆さん、こんにちは。吸血鬼のキリルです。僕の部下にカタリナさんという優秀な人がいます。人間から転化した吸血鬼の血を引いているので姓は無くただのカタリナになります。彼女に任せておけば大抵の事は上手くやってくれるので、基本的に「カタリナさんお願いします」で済んでしまいます。機械関係にも強くて、なんとでーぶいでーの予約録画までこなせるほどです。年齢は僕より年上だと思いますが聞いても答えてくれないので年齢不詳です。あと、彼女がいつも着ている執事服は彼女の趣味だそうです。



***



 第一始祖からの書簡で、親殺しの吸血鬼アナトリー討伐の命を受けたキリルであった。キリルの仕事は第五始祖リリアナの世話役である。しかし、アナトリー討伐のためにはリリアナのそばを離れなければならない。そのことを奏上するためキリルは第五始祖リリアナの居室に向かっていたのだった。


 キリルは、元気よく朝の挨拶をすると同時に、リリアナの居室へとつながる扉を開けた。窓が暗幕によってさえぎられているため部屋は真っ暗である。冷房を強く効かせているため、部屋の中は肌寒いくらいであった。


 巨大な天蓋付きのベットの上で、もぞもぞと動いているのが第五始祖リリアナである。何かしゃべっているのだが、キリルにはうめき声にしか聞こえなかった。推測するに朝の挨拶と、キリルの名前を呼んだのようである。


 もともとリリアナの寝室は応接間のさらに奥、入室するには警護の者と侍女の待機用の小部屋を通るように改装する予定であった。しかし、リリアナ本人の希望で壁を取っ払ってしまい大きな一つの部屋にしてしまったのだ。リリアナの身を守るという点でも、淑女の寝室が廊下から扉一枚しかないという点でも宜しくない。宜しくないのだが、リリアナがこうと決めてしまったこと、世話役の責任者であるキリルが姫様が言うようにしていいよ、と余り考えないで許可してしまったため、このような間取りになった。


 キリルは、うす暗い室内を迷い無く歩き、窓にかかっていた暗幕を開ける。昼前の明るい日差しが入るようになった。


 リリアナの寝巻きは、かわいらしくデフォルメされたライオンのきぐるみパジャマである。もこもこした手触りが彼女のお気に入りだ。北海道ではあるものの、8月にこれでは暑くて寝苦しい。それを解決するために冷房を強くしていたのだ。


 リリアナの外見は、10歳を過ぎたぐらいの少女である。ライオンのパジャマはフードつきで、そこから見事なまでの銀髪が陽光を浴びてキラキラと輝いた。美しい珊瑚礁の海を思わせる明るい翠玉色の瞳と、小さく形のよい薄桃色のくちびる、すらりと通った鼻筋、白く透き通った肌。人形を思わせるどころか、どのような名工であってもこれほど美しく可愛らしい存在を作り出すことは叶わないだろう。たとえ、寝癖が盛大に付いていて、寝不足で目が充血、隈が出来ていて、さらに口元によだれの跡が付いていたとしてもだ。


 キリルが思うに、もししっかりと睡眠をとって、顔を洗っておめかしをすれば、第一始祖さまにだって引けを取らないぐらい美しく輝くことだろう。だが、残念な事にここ数年、彼女の顔から隈が取れた事はない。


「姫さま、もう昼前ですよ。今朝、第一始祖さまから書簡が届きましたので、その報告に参りました」


 キリルは用件を告げた。リリアナはいつものように夜更かしをしていて、起きるのは昼過ぎになる事も珍しくない。侍女達はリリアナを無理やり起こす事はしない。彼女達は、余程の緊急時でない限りキリルの起こせという命令より、リリアナの眠たいからあとちょっとと言う命令に従う。そのため、キリルは自分でリリアナを起こすしかないのだった。ノックの音ぐらいではリリアナは中々起きない。リリアナを起こすには暗幕を取り払い、日の光を浴びさせるのが一番効果的なのは既に承知している。このような理由から、キリルはあらかじめ使者を立てず、ノックもしないという蛮行に及んだのだった。


「姉さまからのお手紙?」


 リリアナは、こてんと寝ぼけまなこで首を横にたおす。明るい日差しを浴びて、リリアナは少しは目を覚ましたようだ。


「まずは顔を洗って着替えてきてください。報告はその後にします」


 キリルがそう言うと、いつのまにかリリアナ御付の侍女たちが出現していた。キリルにも侍女たちがいつこの部屋に入ったのかわからない。彼女たちは、リリアナの仕度を整えるため彼女を部屋の外へ連れて行った。顔を洗う場所も、着替える場所も別にあるためだ。


 キリルはそのまま部屋にある椅子に腰をかけた。女性らしい優美な曲線を描いき、細かな細工が施された椅子とそれと揃いのテーブルもある。リリアナが親しい友人とお茶を飲むために誂えられた、小さなテーブルである。だが、キリルはリリアナがこのテーブルで優雅なお茶会を開いているのを見たことが無かった。


 椅子に腰掛けると同時に、侍女がお茶をそっとテーブルに置いた。いつもながら全く気配が読めない。キリルは内心、この侍女たちを少しばかり脅威に思っていた。第一始祖さまから直接、第五始祖リリアナに付けられた侍女達だ。すこぶる優秀なのだが、優秀すぎてちょっと怖いのである。


 出されたお茶はハーブティーであった。何のハーブかはキリルにはわからなかったが、なんとなくすっきりするような香りのお茶だ。優秀な侍女達にかかれば、リリアナの仕度もそれほど時間はかからないだろう、そう思っていたら扉をノックする音がした。


 部屋の主人たるリリアナがいないので、かわりにキリルが開けるよう侍女に命じる。侍女はカタリナが訪ねてきた事をキリルに告げ、彼は入室の許可を出した。


「カタリナさん、どうかしました?何か問題がありましたか?」

「いいえ、アナトリーらしき人物の所在がわかりましたので、ご報告に参りました。既に追跡の人員を放っております。ご命令を待たずに行動したことお許しください」


 カタリナはそう言って頭を下げた。

 キリルは驚いた。本国から逃げている真祖の吸血鬼をこれほど早く捕捉出来るなんて思ってもみなかったのだ。


「問題ないよ、カタリナさん。急ぎの用件だからね。追跡する人もいるんだったら、それほど急がなくてもいいかな。えっと、アナトリーさんはどこかに向かっているのかな?」

「現状移動する様子見見られず、昨日から千歳市のホテルに宿泊しています」


 意外と近いというのがキリルの感想だ。親殺しの犯人なのだから、逃げ回っているのかと彼は予想していたのだ。若干不可解に思いながら報告に来たカタリナに席を勧めた。椅子は二脚しかなかったが、侍女がいつのまにかカタリナの分の椅子も用意していた、もう一脚はリリアナの分だ。


 カタリナは、人間から転化した吸血鬼の血を引いているため、始祖吸血鬼のリリアナや真祖の高位吸血鬼のキリルと席を同じくするのは、本国ロシアでは有り得ないことだった。けれど、リリアナもキリルもそんな事は気にしない。公式の場なら一応考慮はするが、二人とも礼儀作法や身分差があまり頭に入っていないのだ。こういうところが、キリルがリリアナの世話役を比較的うまくやれている理由なのだろう。


 失礼しますとリリアナが一言ことわって、着席する。すると音も無く侍女がカタリナの前にお茶を置いた。カタリナは礼を言って、報告を続ける。


「目標の足取りとしては、小樽港付近で上陸したようです。余程喉が渇いていたのでしょうか、すぐにここのはぐれたちと連絡を取って、血を分けてもらったようです」 

「なんというか、うかつな人みたいですね、アナトリーさんは。追われているのはわかっているでしょうに、吸血鬼のコミュニティーと連絡を取って血をわけてもらうなんて」 

 

 はぐれというのは、自分達の血の源たる始祖吸血鬼が死亡した者か、罪を犯して血族から追放処分を受けた者、またそれらの子孫・眷属のことである。始祖吸血鬼が死んだ場合、真祖の吸血鬼は他の血族の一員になる事もある。しかし、追放処分された吸血鬼を血族にすると、追放した血族に明確な敵対行為となるため、他の血族に受け入れられることはまずない。したがって、はぐれのコミュニティーは、吸血鬼のアウトロー達の集まりという認識で間違っていない。


 アナトリーも追放処分を受けて姓を剥奪された。しかも、彼の罪状は吸血鬼社会の中で禁忌の一つである親殺しだ。これを上回る罪科は、血族の祖たる始祖吸血鬼を害するくらいのものである。だからこそ、追っ手をかけられたのだった。


「中央出身の貴族ですからね。はぐれのコミュニティーと私達との間に繋がりがあるなんて思ってもみなかったのでしょう」

「あー、そうかもしれませんね。ほとんどの貴族の人たちは、はぐれを蔑んで嫌いぬいてますからね。特にはぐれたちと協力しているなんてご老人方に知られたら大変なことになります」


 カタリナは、キリルの言葉に僅かに唇を歪ませた苦笑で返した。意味は、キリルは最も高位の貴族である公爵の子息なのにか、それとも、始祖吸血鬼の次に権威のある--吸血鬼社会の最高意思決定機関である--元老院をご老人扱いしたことだろうか。


「それにしても、よくアナトリーさんははぐれの皆さんに協力を求めましたね。何となくですが、吸血鬼の真祖である矜持がー、とか言ってはぐれの皆さんを下に見て、力を借りようなんて思わないような気がしますが…」

「それだけ、切羽詰っていたのではないでしょうか。本国から逃げるのに血を吸う余裕なんて無かったのでしょう」

「そんなに喉が乾いているなら魅了(チャーム)なり何なりして、その辺りの人間の血を吸ってしまえばよいのでは?」


 キリルの疑問に対して、カタリナは再度微かな苦笑いを浮かべた。


「貴族様だからです。特に高位貴族の皆様は専用に調整された人間の、とびきりおいしい血しか飲んだことがありません。そもそも彼らは、自分で動いて野良の人間から血を吸うなんて獣と同じ野蛮な行為だと思っているんですよ」


 キリルは、カタリナの言葉に納得が行かないようであった。それは彼の過去の経験から来るもので、確かに他の一般的な高位吸血鬼とは大きく異なる教育を受けた為であった。


 カタリナもカタリナで、どうして自分は高位貴族である真祖の吸血鬼さまに高位貴族さまの常識を説明しているのか不思議な心持であった。彼女もキリルに仕えてそれなりに長いので、主の常識の無さや型破りな行動をいまさらのように承知してはいるものの、時折このように常識のずれを感じるのだ。


「まぁ、はぐれ吸血鬼の中にもそれなりの家の出の者もいますから、少なからず血を吸うために調整した人間を育てているんですよ。アナトリーが提供されたのもそうした人間でしょう」



「うーん、難儀なものです。それで、アナトリーさんは千歳市にいるんですよね」


 キリルは、頭の中で千歳市周辺の地図を思い浮かべようとしたが上手く行かなかった。地図が欲しいから侍女に頼んで持って来てもらおうと考えた時、カタリナがどうぞと周辺の地図が表示されたB5サイズの情報処理端末を机に置いた。これは一昔前にタブレットPCと呼ばれたものをさらに厚紙程度に薄く高性能にしたもので、スレートPC、もしくは単にスレートなどと呼ばれている。


 カタリナといい、姫様の侍女といい、本当に他者の心を読めるんじゃないかと戦慄してしまうキリルである。気をとり直して、キリルはスレートPCに触れないようにして千歳市とあと2箇所を順に指差した。触らないようにしたのは、誤って触ってしまうと壊れそうな気がするからだ。吸血鬼は機械が苦手な者が多いが、キリルもまたその一人である。


「ここが千歳市で、ここからの移動だと新千歳空港から空の便か、苫小牧港から海の便というところでしょうか。そもそも、彼は千歳市に留まって何をしているんでしょうか?僕達の拠点が札幌市にあることはよく知られているはずなのに、どうしてもっと遠くに逃げないのでしょうか?もっと言えば、ロシアから日本に来た理由がわからないんですよね。」


 キリルは疑問を口に出したが、カタリナに問いかけているというより自問自答しているようであった。


 これらの疑問はもっともなものである。カタリナも一箇所に留まっているというこのに違和感を覚えていた。キリルらが本拠地にしている札幌市とアナトリーが潜伏している苫小牧市はそれなりに近い。親殺しの罪で追われることは理解しているはずなのに、敵の本拠地の近くにわざわざ隠れる必要は無いのだ。隠れるならもっと離れた場所に隠れれば良いし、移動し続けたほうが追ってを撒きやすい。


「追っ手を誘き寄せる罠があらかじめ用意してあるというのはどうでしょうか?逃げるだけなら既に空港や港に向かっているはずですから」


 カタリナは己の推測を話した。


「なるほど、その可能性もありますね。うん、あとは空港から近いので外部協力者と落ち合わせている。あるいは、その両方といったところでしょうか」


 親殺しが計画的な犯行であったとしたら、先んじて外部に協力者を作っておくのも十分ありえる話である。


「はぐれの皆さんに何か変わった動きはありますか?」

「今の所何の報告もあがって来ておりません。少なくとも北海道内のはぐれ吸血鬼たちとは限定的な友好関係か、不干渉を貫くことで同意していますから。今更他所の血族から声をかけられたところで靡く可能性は低いかと」

「そうなると協力者がいるとすると、他の血族ということですか…。カタリナさんは、鷲と狼どちらだと思いますか?」


 鷲と狼はそれぞれ第二始祖と第三始祖の紋章に使われている動物である。ここから第二始祖の血族を鷲の一族、第三始祖の血族を狼の一族とも呼ぶようになった。ちなみに第一始祖は蛇の一族と呼ばれる。


 蛇と鷲と狼、それぞれの血族で対立し、三竦みとなっているのが現在の吸血鬼社会の大まかな構造である。


「現状では、なんとも言えません。どちらにしてもフリードマン伯爵を殺害してメリットがあるとは思えません。調べたところフリードマン伯爵は大きな派閥には加わっておらず、強いて言えば中立派の中堅貴族というところです」


 成る程、亡くなったフリードマン伯爵には悪いが、確かに暗殺のし甲斐も無い事だろう。二人で悩んでみても、協力者がいる可能性はそれなりに高いと結論付けたが、その協力者については推測できるほどの情報は見当たらなかった。


「では、キリル様。協力者のいる可能性が高いことは追跡する者たちに知らせておくとして、なぜ日本に逃げたのかとはどういうことでしょう。ここ北海道は半ば我々の属領であり、他の国境と比べれば密入国しやすく、逃亡が容易だったということではないのでしょうか?」


 協力者についてはいったん推測をやめ、なぜ日本の北海道に逃亡したのかについて二人は意見を交わす。キリルにとっては協力者の背景より、この理由のほうが重要視するべき案件だった。


「アナトリーさんが、だた逃げやすいと言う理由できたのなら問題はないのです。ただ我々の勢力圏から逃げるだけなら狼との緩衝地域に逃げ込む方が余程近いでしょう。中東や中国方面に逃げてしまっても良いではありませんか」


 第一始祖の本拠地はロシアの首都モスクワ、第3始祖の本拠地はドイツの首都ベルリンであった。両勢力はフィンランドからウクライナにかけての東部一帯を緩衝地としている。アナトリーの居たモスクワから逃げるならば西へ、第三始祖狼の血族の支配地に逃げ込んだほうがはるか東の日本よりよほど近いのである。


「西へ逃げなかったのは、協力者が狼ではなく鷲の者であったからではないでしょうか--いえ、やはり、これは無いですね」


 カタリナは、協力者が鷲の血族であると推測しようとしたが、すぐにその推測は間違いである事に気が付いた。


「ええ、鷲が協力者なら、むしろ狼の支配地域に逃がして、蛇と狼の関係悪化を狙うでしょう。逆に狼が協力者なら親殺しの吸血鬼をわざわざ懐に入れる危険を犯すとはおもえません。というより、僕が言いたいのは、なぜ日本のここ北海道なのか、東ヨーロッパでも中東でも、中国でもなく」


 カタリナは、キリルが言いたい事がやっと理解できた。


「それこそ在り得ないのでではないでしょうか?姫様がここにいる(・・・・・・・・)ことが理由なんで。本国でも知る者は極一部です。彼らが、ましてや私達が他所の血族に漏らすようなことは考えられません!」


 キリルも内心カタリナの意見に同意していた。しかし、このことだけは万が一にも備えておくべき事である。


 扉をノックする音が聞こえ、侍女が第五始祖リリアナが戻ってきたことをキリルたちに伝えた。キリルとカタリナは立ち上がり、リリアナの入室を待った。




 

 


読了感謝です。

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