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吸血鬼公子の平凡なる日常  作者: 千賀八洲
親殺しの吸血鬼
2/5

第一話 吸血鬼のお姫さま 

このお話の世界は、架空の歴史を辿った日本を舞台にしています。

もちろん実際の人物、地名、事件とは一切合切なんの関係もございません、完璧にフィクションです、悪しからず。

 皆さん、こんにちは。吸血鬼のキリルです、ロシアから来ました。フルネームはキリル・ノヴゴロド・ハバロフスクといいます。ノヴゴロドが始祖さまの姓で、ハバロフスクが父親の持っている領地の名前になります。同じ血族の方には、ハバロフスクのキリル、異なる血族の方には、ノウゴロドの血に連なるキリル・ハバロスクという風に名乗ります。昔はもっと長かったそうですが面倒なので短くなったそうです。



 ***

 


 朝食を終えた少年(偽)こと吸血鬼のキリルは、北海道札幌市にある元極東総督府(現ロシア連邦極東経済特区管理部本館)にある執務室へ来ていた。


 ソビエト連邦は第二次世界大戦において枢軸国であるドイツと日本に対して不可侵条約を結んでいた。しかし、ドイツが1941年にソビエト連邦への侵略を開始したため、連合国側について戦うことになり日本とも戦火を交えることとなった。終戦間際のアメリカ合衆国による札幌市へ原子爆弾の投下後、ソビエト連邦は電撃的な速さをもって北海道を制圧し、これを占領した。札幌市への原爆投下により日本は広島、長崎に続き3度目の核の炎を体験する事になったのである。この札幌への原子爆弾投下にはソビエト連邦とアメリカ合衆国の間に何らかの密約があったとされるが定かではない。


 終戦後、日本は樺太、千島列島(北方領土)、そして北海道の返還を求めた。しかしながら、いくつかの条件緩和や在留邦人による自治区の開設は認められたものの、返還交渉は難航し続けた。ようやく1991年のソビエト連邦崩壊の際、ロシア連邦と日本の共同開発による経済特区を始めとした、いくつかの条約を結び、北海道は日本へと返還される事となった。


 キリルはこの経済特区の総督として、吸血鬼の第一始祖から派遣されていた。だがしかし、キリルの外見は日本で言うところの高校生ぐらいの年頃にしか見えないため、ほとんどの仕事を眷属や人間のお役人に任せっぱなしであった。つまりは、名ばかりの裏総督である。実際の所、貫禄のあるナイスミドルなおじさまが経済特区のロシア側のトップとして辣腕を揮っているのだ。


 あまり役に立ってないキリルのもっぱらのお仕事は、第五始祖、吸血鬼の女王の一人をお世話する事だった。この第五始祖、御名をリリアナ・ルクセンブルクと言い、御年15歳の少女である。ちなみに姓のルクセンブルクはこのリリアナが発生した場所の地名である。吸血鬼の始祖は、父親も母親も居らず、突然発生するのだ、正に生命の神秘と言って過言ではない。かの有名なルクセンブルク家とは何の関係もないので悪しからず。


 ともかく、吸血鬼社会にとって15歳というのはようやくハイハイできるようになった赤ちゃんと変わらないのである。15年前、リリアナが発生して間もなく保護者として名乗りを上げたのが、キリルの血族の頂点である第一始祖であった。第一始祖はリリアナが現在唯一同姓である始祖のためか、第五始祖のリリアナを溺愛した。それはもう溺愛した。リリアナという名も彼女が名づけたものだ。リリアナが何かをするたび褒め称え、録画し、写真をとり、周囲に自慢をしまくったのである。親バカならぬ、姉バカであった。


 甘やかされて育ったリリアナは、よく言えば天衣無縫で天真爛漫、悪く言えば野放図で自分勝手に育った。率直に言えば、わがままぷーである。わがままぷーなお姫様は多くの問題を引き起こした。数えていったらそれはもうきりが無いほどである。当時、世話役に選ばれていた真祖の吸血鬼(両親が純血の吸血鬼)たちがストレスで胃炎になり、ノイローゼで首を吊ったほどである(注:死んでない、というか首を吊ったくらいでは死にはしない)。


 第一始祖の血族たちは大いに困った。第一始祖は第五始祖のリリアナにダダ甘で、リリアナへの文句なんてとてもではないが言える様な状況ではなかったのだ。リリアナのお世話を任されたにも関わらず、その任を果たせないとは絶対に言えず、その任を放棄するぐらいなら一族総出で自害した方がましなのである。


 そんな中、白羽の矢が立ったのがキリル・ノヴゴロド・ハバロフスクであった。彼は、成人したばかりで何の役職にも付いておらず、なおかつ優秀な兄がいるため、たとえキリルがストレスで体調を崩してもハバロフスク家は何の問題もなかった。性情も温和で温厚、のんびりとしておりストレスとは無縁に思われたのだ。その様はまるで昼寝をする牛の如し、コタツの中でまどろむネコもかくやという有様である。まぁ、細かい事は気にしないとも言う。


 ともかく、めでたくキリルは第五始祖リリアナのお世話役に就任したのであった。


 キリルが世話役に就任してからも、リリアナが起こす問題は収まる事は無かったが、なんとかかんとかキリルがストレスで引きこもりにならないくらいには、キリルはリリアナとうまくやっているのである。


 さて、リリアナが12歳の頃、人間から吸血鬼に変化|(これを転化という)した侍女の一人がリリアナに日本の文化を紹介した。本来なら転化した吸血鬼は、真祖の吸血鬼より下に見られるため始祖吸血鬼であるリリアナの世話役に抜擢されることは無いはずであった。しかし、人手不足のため、それはそれこれはこれということで、なし崩しにリリアナ専属の侍女に収まったのだ。


 日本の文化に触れたリリアナは、それにどっぷりと嵌まった、ズブズブと。すぐに日本へ行きたいと言い出し、あっという間に北海道札幌市にある元極東総督府の建物を改装し、そこに居住することと相成ったのである。


 リリアナは当初、日本の首都の東京に住みたいと主張したが、警護上の観点からこちらの影響が強い北海道のほうが都合がよいこと、また実際に東京に行ったリリアナがあまりの人の多さに気持ち悪くなったため東京在住を諦めたのであった。

 

 そのような経緯で、元極東総督府で現ロシア連邦極東経済特区管理部本館は、リリアナの居城になったのである。もちろん世話役のキリルもここの一室で暮らしている。


 さて、執務室についたキリルは執事服の女性|(名をカタリナという)から第一始祖から送られた書簡を受け取った。蝋で封をされた手紙は、ノヴゴロドの紋章である2匹の蛇がお互いを飲み込んでいる図によって第一始祖からの勅令であることが示されている。


 吸血鬼の多くがこういった手紙を使い魔によって運ばせる事を好んで行っている。そもそも古い時代から生きているのでなかなかPCや多機能携帯を使ったメールやSNSを利用したやり取りを使えないのだ。


 キリルもまた若い吸血鬼であるが、機械の扱いにはめっぽう弱かった。具体的にはVHS(映像録画の規格の一つ)のビデオ予約がぎりぎりできなかったぐらいである。


 キリルは真鍮製のペーパーナイフできれいに封を開け、手紙を読み始めた。

 

「カタリナ、フリードマン伯爵って知っていますか?」


 手紙を読み終えたキリルは、カタリナにそう質問した。


「フリードマン伯爵ですか、たしか領地をお持ちの貴族ではなかったと思いますが。フリードマン伯爵がどうかなされたので?」

「お亡くなりになったそうですよ。それも息子さんに殺されて」


 カタリナが僅かに眉を顰める。普段から無表情のカタリナが表情を動かしているのでかなり驚いたのだろう。


「親殺しですが、珍しいですね。私が転化して以来初めてかもしれません」

「うん、僕もうちの血族で親殺しは初めて聞いた。伯爵殺した犯人の名前はアナトリー・ノヴゴロド・フリードマン。姓は剥奪されて、ただのアナトリーになったけどね」

「__ああ、思い出しました。アナトリー・フリードマン卿ですね。何度かキリル様と同じ夜会にも参加された事がありますよ」


 カタリナがいついつの夜会だとか、だれそれの誕生祝いの席だとかキリルとアナトリーの両方が参加した宴席を挙げていく。しかし、キリルはどうにもこのアナトリーのことを思い出す事が出来ない。同封されていたアナトリーの写真を見ても全く見覚えが無い。写真を見る限りでは、人間で言う所の20代前半くらいだろうか、薄い金の髪と青っぽい瞳、それなりに整った顔立ちである。キリルには、どこにでもいるようなただの青年にしか見えなかった。おそらく余り目立つ人物ではなかったのだろう、影が薄いんだなアナトリーとキリルは納得した。


「カタリナ、どうも僕はこのアナトリーのことをあまり覚えていないようです」


 堂々と同じ夜会に出席していた貴族を忘れたと言うキリルに、カタリナは白い目を向ける。貴族たるもの夜会に出席した貴族の顔や名前、趣味に家族構成など完璧に覚えていて当然という顔だ。カタリナはため息を一つ吐いて諦めた。キリルの記憶力に期待するのは愚かな事だと十分承知しているからだ。


「それでですね、逃亡したアナトリーが日本に来ているそうです。要するに狩りの命令ですね。密航船を使って北海道に侵入したのは間違いないそうです」

「では、逃げられないように空港と港を押さえますか。追い込みはこちらでやるとして、仕留める所まで可能でしょうか?」


 キリルは少し考えた。狩りの獲物は、もと伯爵家出身の真祖の吸血鬼である。探査と追い込みなら数に勝るキリルの血族と眷族たちで十分だろう。しかし、仕留めるとなると少し厳しいかもしれない。こちらにも下級貴族出身の真祖の吸血鬼は何名かいるが、一対一では負けてしまうだろうし、複数名であたっても取り逃がしてしまうことは有り得るだろう。


 基本的に、男爵より子爵の方が強く、子爵よりはやはり伯爵の方が強いのだ。これは爵位の高いほうがより濃く始祖吸血鬼の血を引いているためである。手紙にはアナトリーの年齢は192歳であると書いてある。男爵家の者でも何百年と経た古き吸血鬼ならば、若いアナトリーにも勝てるだろうが、キリルの部下にはアナトリーと五十歩百歩の若い吸血鬼しかいないのだ。


「探査と追い込みまでですね、最後は僕がやります。逃げられると叱られるので急ぎましょう」

「御意」


 カタリナは、深く頭を下げて答えた。キリルはカタリナに手紙と同封の写真や資料を渡した。アナトリー探索も、追い込みもすべてカタリナに任せた方が上手くいくことをキリルは経験上学んでいたのだ。キリルが指揮をとっても邪魔にしかならないのは彼が一番よく知っているのである。


「もう一人の始祖さまには、キリル様からご報告してくださいね」


 カタリナが退室する際、そう声を掛けてきた。キリルはアナトリーを仕留める前にやらなければいけないことがあることをやっと認識したのだった。



***



 第五始祖リリアナ・ルクセンブルクの部屋は、キリルの執務室のすぐそばにあった。


 始祖の部屋である、たとえキリルの血族とは異なっていても血の源流・偉大で高貴な吸血鬼の女王の居室である。本来ならば先触れを遣わして、相手の予定とこちらの都合をすり合わせた後に訪ねるべきである。


 しかし、そんな気遣いと礼儀は無用であるとキリルは知っていた。だから、ノックも無しに偉大な女王の部屋へと続く扉を開いのだった。


「姫さま、おはようございます!!」


 外の太陽は既に煌々と輝き、じわじわと夏の日差しで気温が上昇している午前11時。


 偉大なる始祖の居室は暗幕に包まれており、真に暗闇であった。真夏の蒸し暑い外気とは全く異なるぞっとするような冷気がキリルが開いた扉を通じて部屋の外に流れ出した。


 開いた扉から差し込む光が、天蓋つきの巨大な寝台をそっと照らした。

 

 未だ光の届かぬ寝台の中の闇から何かがざわめき、ゆっくりと動き出した。


 言語かどうかすらもわからぬ、うめき声にも聞こえる不気味な音。


 闇から伸びる白く細いモノ、これは偉大なる始祖吸血鬼の御手である。


 差し込む光を受けて銀の月の如く輝くのは、高貴なる血の源流の御髪である。


 そうして、偉大で高貴な吸血鬼の女王は姿を現した。


 寝ぼけて呻きながら、片腕を上げて、未だ目を開けずに。


「う~、おぁよー、きりる……」


もう一度言おう、偉大で、高貴なる、女王陛下はそう仰ったのだった。 





読了感謝です。

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