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吸血鬼公子の平凡なる日常  作者: 千賀八洲
親殺しの吸血鬼
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序章

初投稿になります。読んで頂ければ幸いです。

 序章


 時事ニュースがテレビ画面から流れている。


 ニュースは、広島、長崎に続いて3つめの原子爆弾が落とされた札幌にある慰霊碑を映している。若い女性ニュースキャスターが痛ましげな顔をしながら戦争当時の記録を読み上げた。戦争で亡くなった人々の遺族たちが献花台に花を添える。第二次世界大戦から70年の節目の年であるためか、毎年の式典より規模が大きく、また慰霊碑に参列する者たちの数も多い。戦後時間が経つにつれ、戦争を体験した世代が次第に亡くなり、戦争の悲惨さを直接伝えにくくなってきている。そのため、戦争にまつわる悲惨で鮮烈な記憶を記録として残していく必要があるとニュースキャスターはまとめた。


 ニュースを流しているテレビはまるで絵画のように立派な額縁に飾られ壁に貼り付けられている。部屋には年代ものの彫刻や絵画、また時代がかった骨董品の武具が装飾として置かれていた。大画面のテレビは広い室内の一面をすべて使っており、小規模な映画館に匹敵する大きさだ。これだけの大きさでは、超特大といっていいテレビである、無論一般市民には縁の無いお値段である。ここにある彫刻、絵画、武具もまた、美術館や博物館に展示されていてもおかしくない程の品であった。


 しかしながら、遅めの朝食をゆっくりと摂っているこの部屋の主は、ニュースの内容にも、部屋の装飾にもほとんど関心はもっていなかった。青年と少年の間にあるようなこの部屋の主、十代後半ほどであろうか、ここでは少年(仮)とする、少年(仮)はまったく別のことを考えていた。少し前までテレビといえば箱のような形をしていたものだが、この部屋にあるものは壁に飾られた厚紙に等しい。いったいいつから、これほどテレビは薄くなったのだろうか、と。


「厚紙と同程度の厚さのテレビがいつ開発されたのかは存じませんが、この部屋のテレビは5年ほど前に取り替えられたものです。毎日の朝食はここで摂られていますのに、…今更ですが」


 少年(仮)の後ろの壁際に、男装の若い女性が控えていた。先の発言はこの女性のものである。古めかしい形式の執事服だが、着用者が起伏にとんだ体形であるため無理やりに着ている様にしか見えない。少年(仮)は一言も発していない。であるにも関わらずこの女性は少年(仮)の疑問に対し意見を述べたのである、驚くべきことであった。


「いつものことですから驚きはしませんが、本当にどうやってこちらの考えを読むのでしょうかね。この国にはサトリという思考を読む妖怪がいると聞きますが、実はサトリの血を引いているとか?」


 少年(仮)は怪訝そうに問いかけた。女性が少年(仮)の思考を読むのはいつもの事らしい。


「おそらくサトリの話題はこれで10度目ですね。答えは無論否定です。先祖に妖怪がいたとは聞き及んではおりません、今は鬼の血を引いてはおりますが」


 人から血を啜る鬼へとなった女性は、少年(仮)にそう答えた。女性を人外へ転じさせた少年(仮)は、そうですか、とのんびりと返した。


 吸血鬼である少年(仮)は、実のところ100歳を大きく超えていた。これでは少年(偽)と称するべきであろう。


 少年(偽)は、ゆっくりと食事の続きを摂る。吸血鬼であるとは記したが、現在、少年(偽)の前に並んでいる朝食は穢れなき処女の鮮血などではなく、人間の食事と変わらぬものであった。バターの甘い香りが漂うクロワッサンを小さく千切り、この国の甘味である地産の小豆から作った餡子を付けて口に入れる。口の中が甘くなったところで、今度は厚切りの燻製肉のステーキをナイフで大きめに切り分けて、口に入れる。塩と胡椒のみのシンプルな味ではあるが、その分肉の旨みがよくわかる。甘いものと塩辛いものを交互に摂るのは鉄板であるといえる。あとはさっぱりとしたドレッシングのサラダと、酸味の強い、けれどしっかり甘い柑橘系のフルーツジュース、既に飲み干してしまった生クリームをたっぷりと使ったやさしい甘さのコーンのポタージュ、これらが少年(偽)の朝食における正義であった。


 少年(偽)は最期に残った付け合せの温野菜を食べて、フルーツジュースをごくりと飲み込んだ。ゆったりとした時間とおいしい食事、これでよい、これがよいのだ。


「のんびりとお食事を取られるのは結構ですが、よろしいのですか?」


 女性に問われ、少年(偽)は、はて、今日は何か用事があったのかと考えた。


「起床時、本日の予定をお伝えした際に第一始祖さまより書簡が届いている事をお伝えしましたが、お忘れでしょうか?」


 疑問系ではあるが、まさか忘れては無いだろうなと副音声が聞こえた気がした。さっぱりきっぱりと頭の中に残っていなかったが、それを言うと長い小言をもらうはめになるのは目に見えていた。


「もちろん、覚えていたに決まっているでしょう。第一始祖さまからの書簡ですよ?忘れるわけがないじゃないですか。ありえないと言い切ってしまってよいでしょう」


 少年(偽)は胸を張って言い切った。見事なまでに白を切った。年下の女性に叱られるのは辛いのだ。


 毎度のように少年(偽)の考えを読む執事服の女性は、何も言わなかった。時間の無駄だと諦めたのかもしれない。


 少年(偽)は朝食を終えて席を立つ。テレビのニュースからは戦後における復興の様子が流されていた。


 さて、ある吸血鬼公子の日常が今日も始まる。








読了感謝です。

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